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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物と休みを過ごすには
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・スランプ ①

・スランプ ①


 暴走したタニヤ校長がしょんぼりした様子で帰って来たのを見届けてから、俺は祭りの会場を回った。


 流石に僅か二、三年で土壌とか地形をどうにかできる訳もなく、具体的な数字をウィルトから聞いた彼女の口からは『十年』という単語が吐き出された。


 しかしそこは流石にファンタジー界の長命種として名高い妖精さんだった。我慢できないこともないし、こうなったら実家の力も何かも使って、出来る限り早くウィルトと添い遂げると決意を新たにしたことで、タニヤ校長は活力を取り戻したのだった。


 この世界の女性陣って積極的だなあ。

 形振り構わないとも言うけど。


 そんな彼女と別れてしばらくの間、俺はお一人様で妖精町の夏祭りを楽しんだ。


 かつての生徒たちと会って、似たような近況報告を聞いたり、楽隊ともちんどん屋とも付かない、お囃子の行進を追いかけたりだ。


 購買部の出張店舗では、去年よりも充実したラインナップでなんと屋台が二つ。妖精学校印の生活雑貨を売ってくれるものと、群魔と学校で習い作った、和服と楽器を売ってくれる屋台の二つだ。


 生活雑貨のほうが単価が安いのもあり、頻繁に売れていくが、もう片方もそこそこに客が集まってくる。


 和服は緑黄色を基調としていて、全体的に優しい明るさがあり、置いてあるサイズも豊富なのが嬉しい。


 楽器は会場を練り歩いている生徒たちによる、宣伝効果の賜物なのか、手に取る人は多い。


 しかし一番値が張るので中々売れない。しかし自作のための説明書付きで、素材がばら売りされているのもあり、そちらを一式買って行く人も。


 皆色々考えてるんだな。


 感心半分寂しさ半分で会場を回り、その辺で適当にジャムパンとジュースの水割りを買うと、町外れの風力発電所跡地まで歩く。


 もうじき丸二年ほど前に、パンドラとウィルトの二人で来た、この発電所。


 地下に無理矢理増設された、水力発電所の解体と空間の埋め立てのために、立ち入り禁止となっており、今では誰も近付かない。


 なんでも冬までには埋め立てが終わって、それから段階的に風発も減らしていくんだそうだ。


 出力が控えられているからか、それとも別の理由があるのか。以前のような煩さは無い。


 風車の足元にある建物へと続く道、その途中の段差へ髪を踏まないよう腰掛けて、来た道を振り返った。


 妖精町の祭りの明かりと、笛の音がここまで届いている。


 前に回した髪を、風に流しながら、どれくらいの間そうしていただろうか。視界の先には小さな黒い点が一つ浮かんでいた。


 いや、よく見ると箱だ。木で造られた宝箱が、ごとごとと揺れながら、こちらへと向かってくる。


 パンドラだ。


「おす」

「なんだサチウスどうした。こんな所で黄昏て」


 彼はそのまま俺の隣まで来ると、手足も生やさずに同じ段差に乗り上げた。


「ちょっと疲れたから休憩中。パンドラは」


「お前が一人だけでここに行くのを見かけたからな。預かってた荷物を今日の分卸して、両替役の分身を出して引継ぎをしてから、追ってきたんだ」


 けっこう悠長だな。それとまた分身出したのか。


 あれは回復しながらじゃないと、元に戻せないというのに。でも、そうか。


「心配してきてくれたんだ」

「当たり前だろ。オレはいい奴なんだ」


 蓋を開け閉めしながらパンドラは答えた。その言い方がなんだか可笑しくて、ついつい苦笑してしまう。


 俺が友だちだからとか、前に危ない目に遭ったからとか、そんなんじゃない。自分がいい奴だから心配して付いてきたって言うんだ。間違ってないけど、何かおかしい。


「どうしたサチウス。オレ何か変なこと言ったか」

「いや、相変わらず、不思議な奴だなと思ってさ」


 振り返ってみれば、こいつは本当に可笑しくって、不気味で、奇妙な奴だ。


 他の皆は出自がそれなりに分かっている。でもパンドラのことは、誰も知らない。ミトラスや四天王の人生に、どこかでふらっと現れて、気付けば仲間になっている。


 バスキーのような風来坊だったという訳でもない。彼の出自は初めて出会った際に、彼自身が語った部分しか分からないのだ。


「パンドラって変わってるよな」


 自称元ミミックの付喪神。食った物を理解してほぼ無尽蔵に生産できる特殊能力持ちで、ウィルトとミトラスの親友で、群魔の生きた隠し財産。


 一度死んで復活しているという経歴。

 変身もできるし分身もできる。


 元が宝箱の魔物にしたって詰め込みすぎだ。

 そう考えると余計に気になる。


「なんだサチウス、オレの出自が気になるのか」


「有体に言えばそうだけど、いいよ。俺、他人の詮索するの、なんか好きじゃないからさ」


 これは本当だ。相手が話して知る分にはいいけど、自分から相手の内側を、まさぐるようなことはしたくない。


「いや聞けよ。答えてやるから」


 それなのにこういうこと言うしなあ。肝心なとこで空気が読めないんだよな。


「いいよ別に」

「いいから聞けよ」

「いいよ」

「聞けよ」

「いいっつってんだろ!」

「大丈夫だって!」

「聞きたくないっつってんだ!」

「でも知りたいんだろお!」


 ……。

 …………。

 ……………………。


 ――二十分後。


「く、これまでか。周りをぐるぐる回られては」

「これが一般人と四天王の残酷なまでの力の差だぜ」


 口惜しいが力ずくで、延々と付きまとわれては為す術もない。俺は暴力に屈して、やむなくパンドラに質問をすることになってしまった。


「ようやく観念したようだな、さあ! なんなりと聞くがいい!」


「無念だ。だけどなんでそんなに、自分のことを語りたがるんだ」


 こいつは初対面の頃から自己顕示欲が強くて何かと『お役立ちな自分』を前面に押し出そうとしていた。


 だがこの話はそれとは関係ないはずだ。にも関わらずどうしてこんなにも、食い付きがいいのか。


「オレがお前にオレのことを教えたがる理由、それはだな……」


「それは……」


 不意に周囲が静まっていく。


 風車と祭りの音は聞こえるが、その音量を更に一段落としたかのような静けさだ。パンドラは改めてこちらに向き直ると、蓋を閉じたまま、中から昏い音を響かせた。


「それはオレが、お前と同じ世界から来た存在だからだよ」


 一斉に音が戻ってくる。風車のうるささ、祭りのお囃子、遠くの歓声。全身から一気に汗が噴き出すのを感じる。


「パンドラが、俺と同じ世界の出身……嘘だろう」

「嘘です……たぶん」


 引き続き同じ声音とさっきまでの調子で答えたパンドラを、俺は思い切り蹴り飛ばした。


 思わせぶりなハッタリかますんじゃないよ、本気で焦ったじゃないか。


「ちょっと待て、今たぶんって言ったか」


「その辺を確かめたいから聞いてほしいっていうのが本当の理由かな。あとごめんなさい蹴らないで」


 額の汗を拭っていると、パンドラはそんなふうなことをのたまった。本当にこいつだけは一筋縄ではいかないな。


 いいや、この際だ。どうなるか知らないけど、とことんまで付き合ってやろうじゃないか。


「でも、何から聞いたらいいんだろう」


「なんだよ、気になってたんなら、せめて質問の内容くらい決めといてくれよな」


 実際にする予定はなかったんだから仕方ないだろ。いざ質問していいよと言われても、何から聞けばいいのか分からない。頭の中が真っ白だ。


「じゃあ質問がまとまるまで待ってるから、できたら呼んでくれな」


「あ、うん、なんかごめんね」


 それからもう三十分。俺はパンドラにする質問に、頭を悩ませることとなった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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