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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物と名前を名乗るには
161/227

・顛末

今回長いです。

・顛末


 あれから一週間。特に国からの調査や、粛清ということもなく、時は過ぎていった。不気味なほどに平和な時間だった。それこそ事務的なくらいに。


 先ず労働審理の結果だが、ヒトザル族を除く、各地で猿を雇っていた自治体については、段階的にはその扱いを、魔物へと戻していくことで調停が成された。


 初めからイヴさんの所だけ、隔離するつもりだったのだろう。じゃあ初めからそうすればよかったろ。


 そして今回の混乱に際して、身分として取得された冒険者の資格及び登録については、そのままでも良いとのことだった。


 もっとも、魔物に戻れば魔物に適用される法律が、優先されるそうなのだが。


 またどっきりに参加した魔物の子役が、本当に王様の子どもである可能性が、捨て切れないとして、基本的には魔物に戻し、希望する者は個別に申請することにより、人間への登録をするということになった。


 これは後日宰相がひっそりと発布したものである。この世界にはまだDNA鑑定ないからな。心当たりがあるって怖いな。別人なのに。


 こうして王族の血筋って増えてくんだなあ。


 で、各地の猿系獣人たちの感情は、どうなったかと言えば、すっきりとはしないものの、報復は果たされたので、煮え切らない気持ちではあるが、もう一度何か行動を起こそうという、雰囲気じゃないようだ。


 今更人間になりたいという、種族もいなかったし、このまま風化していくんじゃないかな。


 突然の無配慮な暴力によって齎されたこの一件は、黒幕の自滅という形で終了した。


 被害を受けた猿たちも、何れ今まで通り魔物として名乗ることが、できるようになるだろう。


 差し当たってその先駆けとして、群魔区にも新たな住人が増えようとしている。イヴさんと一部のヒトザル族、そしてジョージ族長率いる、イエティ族の数人が役所を尋ねて来た。


 つっても現在役所には、報告をしに来てくれた市長と俺くらいしかいない。


「これはお二人とも、よくお出でくださいましたな。生憎と区長は現在外出中ですが」


「存じております。あの方は今、他の部族と分布の再編に、参加して頂いておりますから」


 以前の物騒な格好ではなく、簡素な麻のシャツとズボンに麦藁帽子を被っている。族長は帽子を脱いで、市長に頭を下げた。年寄り同士の会談に、俺の場違いさが際立つ。


 ミトラスは魔物の扱いを、取り上げられた猿たちの立場を逆に利用して、他の部族や地域への合流や進出を画策している最中だ。


 魔物は指定された場所以外に住んではいけないし、許可無く他の街へ行くこともできない。


 しかし今の彼らはまだ猿だ。


 魔物に戻らない間に可能な限り他所と交流したり、少数となった部族同士を合流させたりと、手を打って置きたいとのことだった。


 手を打つといえば、あちこちにばら撒いたパンドラだけど、これは事前にウィルトが目印を付けていたらしく、無事全員回収できた。


 放っておけば帰ってくるとはいえ、道に迷う個体も少なからずいたのだ。


 全員が本体ということで、オリジナルのパンドラが分身を吸収しようとすると、分身の体力が無くなった瞬間にパンドラが致命傷を負うという、分かりきっていた問題が起きた。


 これは分身を少しずつ吸収していき、オリジナルに発生したダメージを、ウィルトがその都度回復することで、対処することになった。


 ボスキャラがボスキャラを回復するというありがちな構図だが、実際は手間が掛かっており、作業も未だに終わっていない。


 この場に彼らがいないのはそのせいである。今後分身は技の改良が果たされない限り、一切使用禁止ということになった。


「この度は市長、あなたに礼をするべく参りました」

「ほ、儂に、ですか」


 おっと、回想に夢中で二人を忘れるところだった。いかんいかん。しかし地味な絵面だ。


「はい。元はと言えば、区長が我々の身を案じ、熱心に働きかけてくれたからですが、その熱意を汲み取ってくださったのは市長、あなたです。今回の騒動は、あなたがいて下さらなければ、どうにもならなかったでしょう」


 族長が目を瞑り、うんうんと首を振った。確かに大事なところも、そうでないところも、今回は任せ切りだった気がする。そう思うと今回の主役はタカ爺だったんだな。パンドラじゃなくて。


「何を仰る。儂は宰相殿のご無体に、できる限りの責任をとったまでのこと。それこそ元はと言えばという奴です」


 謙遜しているがタカ爺は嬉しそうだった。行政職でしかも偉い人が、面と向かって誰かに感謝される機会は皆無と言っていい。やっぱり嬉しいよな。


「やはり、あなたは頼もしい御方だ。区長にあなたのような味方がいるなら、我らも安心して、神無側の民を志せるというもの」


「え、っていうことは……」


 横から暢気な声を上げた俺に、族長とイヴさんが頷いた。


「イヴたちはすぐにでも、我らは魔物としての扱いが戻り次第、群魔区に住民登録を願い出ようという次第です。それと市長、冒険者となった同胞たちの、ことなのですが」


 冒険者になった猿たちは、引き続き冒険者でいられることが決まっている。つまり時が経てば、人間にもなれる。


「安心してください。人間の決めた法を守って人間になるのなら、そこになんの遠慮も心配も要りません。むしろあなた方のような魔物が、治安の悪い場所の人間に取って代わってくださるなら、こんなありがたい話もありませんぞ。ほっほっほ」


 おお、変な笑い方したな。物騒な発言が飛び出した辺り、かなり機嫌が良さそうだ。


「その言葉を聞けて安心しました。これから先、我ら猿系獣人は今日の日のことを決して忘れず、魔物としても、人間としても、市長と区長のお役に立って見せましょうぞ」


 そう言って、族長と市長は力強く握手を交わした。


 爽やかで時代を感じる笑みは、種族を超えた友情の証か。その二人の影から、イヴさんがそっとこちらに歩み寄ってきた。


「サチウスさん。先日はお部屋に泊めて頂き、ありがとうございました」


「ああ、別に構いませんて、皆入ってるし」


 そう、イヴさんは俺の部屋に寝泊りしていたのだ。


 僅かな間だが仕事にかこつけて、獣人の女性問題とか男性との経験談とかを堪能させてもらって、それなりに楽しかった。


 ハーレムのある獣人であるためか、王様との婚前交渉自体は、そこまで気にしてないようだった。


「こんなことはもう無いとは思うますけど、今度からは気を付けたほうがいいですよ」


「気を付けようがないですよ。こればっかりは」


 違いない。俺とイヴさんは小さく笑った。最初は少し気に入らなかったけど、やっぱりスタイルが良い人は良い。目の保養になる。礼儀正しいし、見放題なのがいい。


「住所が決まったら教えてください。その時はこの街を案内しますから」


「ええ、是非」


 イヴさんは軽くはにかむと、族長の傍に戻る。

 うん、かわいい。


「市長、そして群魔区の皆さん、本当にありがとうございました。またいずれ、必ずやお会いしましょう。お元気で!」


 族長ジョージはそう言うと、他の方々を引き連れて帰っていった。


「これにて一件落着かのう」

「今回市長大活躍でしたね」


 彼らを見送ってから、俺はタカ爺を振り返った。


 彼はこちらを見ると、照れくさそうに、禿げた頭をかいた。うむ、年寄りは笑っているほうがいい。


「うむ。儂もこの齢になって、自慢話が一つ増えるとは思わなんだ。長生きはするもんじゃ」


 お客さんがいなくなったからか、爺さんは今度は謙遜しなかった。胸を張って背を逸らせる。猫背になってない。健康的で何よりだ。


 このご老人は本当に不思議な人、というより変わった人だ。人間なのに精力的に、俺たちに手を貸してくれる。お茶目で、狡賢いけど、誠実な人。


「市長、前々から聞きたかったんだけど、いいかな」

「なんじゃサチウスくん、急に改まって」


 態度を素に戻したことが、改まったと言えるのかは疑問だが、俺は一つ質問をしてみることにした。


「市長は人間なのに、どうして魔物のために頑張ってくれるの。この世界の人なんでしょ?」


「……君と同じ理由で、とはぐらかすも良くないの」


 タカ爺はたっぷりと貯えられた髭を扱き、目を閉じて唸った。俺の理由は簡単だ。俺はミトラスと、四天王と、他の魔物たちが、好きになったからだ。


 たぶん、この人も同じ理由でいいはずだ。


 でもタカ爺は、それとは違う答えを用意しているみたいだった。


「ミトラスから聞いたことはあるかな。儂は人間の嫌な部分を見過ぎてのう。嫌気が差したんじゃ。それで魔物たちに肩入れするようになった。そこから先は、確かまだ、あの子にも教えてなかったはずじゃ」


 老人は薄らと目を開き、遠くを見つめた。何かを、何時かを、思い出しているんだろう。


「儂はのう、善人でいたかった。それを気取っていたいだけの人生じゃった。しかし難しいのう、人生は。たったそれだけの見栄を、張ることさえ叶わぬ。小賢しい知恵をひけらかして食い扶持を稼ぐ日々に、心底疲れていた。そこに現れたのが、あ奴じゃったよ」


 タカ爺は魔物と人間の戦争時代には、騎士団で頭脳労働を担当していたらしい。思い出しているのはその頃のことみたいだ。


「初めてミトラスと出会った時、儂は天罰と思った。魔物を傷つけてきたことで、儂のなりたかったものが儂の目の前に現れたのじゃと」


 ミトラスは当時魔物の中でも非戦闘員や、好戦的でない者を生かす為に、人間側と内通したことがあると言っていた。その相手がこの人だった。


「あ奴は仲間たちの為に駆け回り、這い蹲って、あろうことか敵の儂にまで助けを求めた。その姿を見て、ここを逃せば次は無いと、もう格好はつけられないと思ったよ。おかしいじゃろう。そのとき既に、齢六十も終わりに近かったというのに」


 自嘲気味に笑う爺さんの目は、ほんの少しだけ潤んでいた。そして少しだけ、若返って見えた。


「儂はのう、自分を好きでいたいから、それができるから、お主たちに肩入れしているんじゃよ。たったそれだけなんじゃ、幻滅したかの」


 タカ爺が吐露した内容は、どこにでも転がってそうな優しさだった。でも、俺は知ってる、それを実践できる人は、少ないってこと。


「いや、普通でいいと思うよ」


「お主らにいい格好をしようとするから、儂は儂でいられるんじゃよ。ありがとうな、サチコくん」


 溜め息が漏れた。

 俺のだったか、おじいさんのだったか。


「どういたしまして。大丈夫だよ。ちゃんと、格好良かったよ。ミトラスも甘えてるし」


「……それは何よりじゃ」


 もう一度、溜め息が漏れた。

 今度は俺のだって、はっきりと分かる。


 傷の痛みや疲れから零れた優しさを、どうにか零さないように気を張っている。本当にそうだろうか。


 この人は、きっとそう思っているんだろうな。

 もっと、ずっと大きく見えるのに。


「やれやれ、辛気臭くなってしもうたのう。そろそろミトラスが帰ってくる頃じゃ。この話は、ここでお開きとしよう」


「……ええ、そうですね」


 俺とタカ爺は、お互いにミトラスのことが大好きだ。だけど彼に見えているものは、きっと違っているだろう。だからこの人は、敢えて別の理由を教えてくれたんだろう。


「お疲れ様です。市長」

「ああ、お疲れ様じゃよ、サチコくん」


 何を言える訳でもなかったから、俺たちはそれ最後に会話を終わらせた。この変な年寄りは、いつもの市長に戻っていた。


 俺の家には祖父がいなかったけど、じいちゃんってこんな感じなんだろうか。


 少しだけ気になったけど、ミトラスが帰ってくる頃には、いつもの俺たちに戻っていた。


 タカジン。


 神無側の市長で、元気で茶目っ気があり、格好をつけたがる、妙なお年寄り。


 ――でも俺には、孫の前で背伸びをしたがる、人のいい爺さんにしか見えない。


 敢えてそのことは口には出さず、帰って来たミトラスをタカ爺と二人で出迎えた。


 それから俺は、こういう人生もあるんだなと、しばらくの間、仲良くじゃれ合う幼子と老人を見ていた。


<了>

これにて12章は終了となります。

ここまで読んで下さった方々、本当に

ありがとうございました!


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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