・最終確認
・最終確認
タカ爺の下に労働審判の為の、必要な書類が一式。そして連名用に各地の猿系獣人から、提出された添付書類が揃った。
後者は区役所の床にうず高く積み上げられ、お年寄り一人に持って生かせれば、容易く殺人罪が成立しそうな量だった。
狂倒と神無側だけでこれなのだ。仮にまだ見ぬ全国から集めていたならば、書類だけで一室が隙間無く、埋まってしまうのではなかろうか。
行政は書類で窒息する仕事、人の土地より紙の土地のほうが高いとは、良くいったものである。保管に困ることこの上ない。
これらの記入ミスは市と区でチェックしたり直したりしたことで、たぶん大丈夫だと思う。この分かりやすい抗議の形を王都の裁判所に提出し、審議が行われるという訳だ。
配送はミトラスとウィルトが交互に行う。
また今回は雇う側と雇われる側ではなく、法律を出した側、つまり宰相に対して雇う側、猿たちを率いる各地の事業主及び、彼らを住民として抱える、または抱えようとしている自治体っていう、特殊極まりないケースだ。
判例が無いからどうなることやら。
基本的には下手に出て、恩情を賜る方向で行くとのことだ。堪忍してくれ見逃してくれと、拝み倒すのである。
何分相手は実際に法律を、どうこうできちゃう立場の相手なのだ。余計なことは言わず、これで困っていますからこうしてくれと、一箇所、すなわち猿が猿以上へ復権することだけを譲らず、只管へりくだるのだそうだ。
この辺は王都まで入れない俺たちでは、伺い知ることはできないので、完全にタカ爺頼みだ。
なのでその分俺たちは、審理の進行状況を聞きながら分身パンドラの出荷と設置、各地の猿たちの警護、元嫁候補たちとの連絡などを、密にする以外にできることがなかった。
他には帰って来たタカ爺の報告を、伝えることくらいだ。審理の推移は以下の通りである。
口頭をそのまま記すと長いし、期間も空いて覚えられないから、ダイジェスト調で簡単に記録する。
――六月一週
市長が王都入りする。手続きの為に数日間の滞在、書類の提出が完了して、労働審判の受理が成される。一度目の審理の日程を受け取り帰宅。魔物は指定された住処から出てはいけないのだが、護衛はミトラスが強引に務めた。
先んじて搬入された分身パンドラから送られてきた映像だと、元の世界のちょっと田舎の観光地くらいの都会だった。町並みには活気があったが、案の定人間しかいない。それと遠くにお城が見えた。うん、群魔でいいな。旅行とかは別に。
――六月二週
市長の審理一度目。今回はジョージ族長が冒険者として護衛に付く。当たり前のように登録してあった。彼らは猿であり冒険者であって魔物じゃないから普通に王都に入れるのだそうだ。柔軟というかいい加減というか。審理の推移はというと、タカ爺曰くオクセンは魔物を嫌っているので、そこには触れないよう陳情したとのこと。具体的には猿、というか動物に事業主が襲われた場合、加入している保険や補償が降りなくなるので、商人たちを守るためにも、猿の扱いを戻して欲しいと。
これに対しオクセン、王室の止むに止まれぬ事情があり、緊急措置として仕方なく執ったことと、全面的に交戦を避ける姿勢を見せたとのこと。これには一同胸を撫で下ろす。丸ごと切り捨てられたらどうしようもない。獣害に遭った人間まで魔物にはできないのでそういう線も考えられたが、連名で相手の予想以上に数を、揃えられたのが大きいとのこと。
王都お抱えの穀倉地帯六原にも、獣人が納める地域があり、お膝元からの不満の声が届いていたらしいというのは、ワイニンからの情報だった。
余談だが族長の描いたオクセンの似顔絵が想像よりも猿っぽくて吹く。
だぶついた黒い上等そうなローブを着て、あちこちに純白のフリルが付いている。頬に付いた肉がオランウータンのフランジを想起させる。
――六月三週
市長の審理二度目。今度は相手のほうから、猿の代わりに、人間の社会的地位の低い者、罪人や奴隷階級を用いてはどうかという、妥協案を持ちかけられる。市長これには憤慨した振りをする。ここで市長の従軍経験が光った。罪人や奴隷が、如何に危険かを説き、次いで良く仕込み育てた猟犬や、軍馬の頼もしさを引き合いに出し、そこに猿を据えるという論法で、逆にオクセンへの説得を試みる。また、魔物の人的資源を安くて良質な特産品、或いは奴隷の上位互換のように語ることで、魔物のいる地域の経済の有効性を説く。
帰って来たタカ爺に再現してもらったが、俺の頭では半分くらいしか理解できなかった。やっぱりこの人頭がいい。
また、この時期に各地の獣人たちに、どっきりの全容を教え始める。何気にここが一番の山場だったことを記しておく。背景を説明した辺りで、怒った者たちが暴発しないか不安だったのだが、その後彼らを大人しくさせるために考え出したスローガンにより、辛うじて沈静化に成功する。
題して『侮辱には恥辱で返す』というもので、内容を聞いた途端に、雄共が元気を失くしたこともついでに記しておく。
――六月四週
市長が王都に入り、下された判決を受け容れるか、更に訴えるかを決める日。この日の結果は、どちらに転んでも和解、調停する予定だ。その後市長が謝罪と感謝を込めて、宰相との会食を申し込む。
その日に連れ出せたら、そのまま外にいるジョージ族長を通して、全パンドラに合図を出し、そこから女性陣に連絡し、目的地に連れ出されたオクセンに接触するという手はずだ。別に日を約束できたら、その日に決行。
場所は裁判所から少し離れた場所にある飲食店だ。何故かって目撃者は多いほうがいいし、何より裁判所近辺には、テナントのての字もないから。区画の持つ雰囲気のせいか、積極的に店を開く人が、いないのである。
ここまで長く一つの事柄を預かったのは、去年の妖精学校の再建以来だ。なんだか段々と扱うトラブルの解決が長期化している気がする。それだけ大きな問題が起きて、うちがそれを扱えるようになったせいかも知れないけど、正直なところ数日で終わる厄介事や、冒険のほうがずっと気が楽だ。気が休まらないことこの上ない。
でもそれももう直ぐ終わる。
そう、今、正に、区役所内にある分身パンドラが、これから起きるであろう光景を、プロジェクターの如く役所の壁や空中に、映し出し始めているのだから。
――つまり、今日ってこと。
「もう始まったかの?」
「いや、これから」
「不謹慎だけど、どきどきするわね」
バスキーとディーは俺と留守番だ。ウィルトとミトラスはどっきりの準備と撤収のために、現地入りしている。当然パンドラ(本体)もだ。後はただ成り行きを見守るだけ。
俺たちはお菓子と飲み物を用意して、固唾を呑んで画面を見つめ続けていた。
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