・当たり前だけど
・当たり前だけど
カロンのおかげで故人の身元が、特定できるようになり、一定数が片付いたとはいえ、それ以外のゾンビのほうが圧倒的に多い。
どれくらい多いかというと、既に霊園内の全ての棺桶を、明け渡したとしても、全然足りないくらいだ。
外周部は続々と集まる不死者によって、埋め尽くされようとしており。棒倒しよろしく柱は倒され、吊るされていた棺桶を取り合い、、ゾンビ同士が争い始める始末。
既に周囲には悪臭と、高地まで付いてきたハエの羽音が、広まりつつある。
「これからどうしようか」
「いくら私でも、ここまで多いと制御しきれません。本当にどうしましょうか」
という訳で略式ながら、第十六回群魔区地域振興会議を、ここ広死魔区屍招山中オカヤマ霊園にて、開くこととなった。口に出したら絶対かむ。
安息を求めて墓に来たゾンビは墓を取り合う。そして墓や棺に納まっている、先人を押し退けて、自分がそこに埋まろうとする。
これを彼らは際限なく繰り返し、挙句それが壊れるると、また彷徨うのだそうだ。馬鹿げているが本当の話だ。現にパンドラの出した棺で実践されている。
「霊園の許容量を軽く超えてるんだけど」
「こうなるともう、僕たちが本気を出して彼らを消し去るか、霊園を拡張しなければいけませんが、どちらにしてもこの遺跡に影響が出ますね」
観光地でもあるので、勝手に改装なんかしてはいけないのだ。しかしそれでも、どうにかしないといけないのは、誰の目にも明らかだった。
これが一般的な冒険物語だと、けっこう絶望的な絵面をしているのだが。
仲間の聖職者とか魔法使いが自爆するか、戦士が血路を開いて犠牲にでもならないと、出られないくらいの数が、この二日で集まっていたのだ。
「意外に手足がかくしゃくとしてんだよな」
「人間って死に易い割に他は丈夫ですからね。別の世界ではゾンビが駄目になるまで、労働力として酷使するなんて話を耳にしますが、納得できますよ」
おっかない世界もあったものだな。
まるでブードゥーみたいだ。ん?
「広死魔区の区長には、このことを市長に頼み、追認してもらうとして、問題はどうやって、続々と集まってくるゾンビたちを、葬るかですね」
真っ当な『葬る』の使い方ってなんだか新鮮だな。とはいえ、カロンが死体を操るには限度がある。
うーむ。
「とりあえず問題点を書き出してみよう」
「そうですね」
こうしている間にも、四天王の皆は不毛な持久戦を繰り広げているのだ。
具体的には一つの棺桶を背負って、ゾンビの前を追い付かれないよう、歩いて逃げ回ることだが。
「えーと先ず一つ目、死体に対して霊園の広さが足りない。二つ目、遺跡には手を加えられない。三つ目、カロンが操れる数を、ゾンビ側が大きく超えている」
机の上の広げた大き目の画用紙に、さらさらと文字を書いていく。それをカロンとミトラスが覗き込む。
次に問題同士の繋がりを書き加える。
「霊園に収まらないから霊園を拡張したい。でもこの遺跡は観光地でもあるから、遺跡部分には手を加えられない。追い払おうにもカロンの力を上回る数のゾンビがいる、と」
それぞれの項目の下に、今言った理由を書き込む。こうしてまとめれば少しは話もし易いだろう。ゆっくりと雲の流れる、穏やかな青空の下で、俺たちは何をしてるんだろうな。
「これらを改善、解決するにはどうすれば良いでしょうか」
「遺跡には手を出せないけど、それより上と下は問題にさせないから、そこを開発するとか」
ミトラスが答える。正解である。
幸いこの区はそれで飯食ってる訳だから、墓の数が増える分には問題ない。またここに来るまでの道も、空が飛べないと相当辛い。これを機に整備してしまったほうがいいだろうな。
これで一つ目と二つ目の問題は解決だ。ではそれを実行に移すための、障害である三つ目の問題を、どうにかする方法があれば、全部解決ということになる。
「そうだな。んで、一応聞いておくけど。それ自体はゾンビたち自身に、やらせたいっていうのは、共通の認識でいいかな」
俺の質問に二人が頷く。そりゃそうだ。なまじ操れて人も金もかけずに済みそうなのに、費用を重ねたくはないだろう。手続きの上でもそうしたほうが、話は早いのだ。
「解決策自体は考えてあるんだ。ただその前に聞いておきたいことがあるの。ゾンビって肉体を修復したり蘇生させることって、できる?」
こちらの意図が見えないミトラスは、首を傾げて、目を閉じる。しばらくすると首を横に振り目を開く。
「蘇ってもらって帰らせるっていうのは、たぶん無理だと思う。でも死体を生前みたいに、綺麗に修復することは可能だよ。やっぱり綺麗な状態で埋葬したいって需要は、どこでもあるからね。そのための技術や魔法は案外多いよ。でもどうして?」
なるほどできるのか、となれば次に確認しておきたいのは、俺の考えに需要があるかどうかだな。
「いや、その、ゴーストって体欲しいかな、と」
「え、いや、それはまあ、あれば欲しいだろうって、大半は思いますね」
ミトラスたちが顔を見合わせ、次に俺の顔を見る。そんな心配そうな表情しないで。俺正気だから。気が滅入って、おかしくなったりしてないから。
「要するにだよ、この余ってるゾンビの体を治して、死体を欲しがってるとこに、あげたらどうかなって」
「お墓はどこ行ったの」
「ゴーストを雇ってゾンビを操ってもらうだろ。そのゾンビを使って、山を開発させて、報酬に直した綺麗な体のゾンビを、あげるってのはどうかなってこと」
あ、引いた。今二人が話を聞き終えるなり、すぐさま引いた。
そりゃ俺だって、自分の考えをどうかとは思うよ。ゾンビを農機のように扱うのは、良くないんじゃないかって。
別の幽霊に死体の運転させるとか悪役の所業だよ。でも今追い詰められてるの、俺たちじゃないか。
人道的見地に目を瞑れば、田植えを手伝うと米一俵もらえるってのと、大差ないはずだ。
「目当ての体だけ奪って逃げるゴーストとか出たら」
「そこはカロンに監督してもらうよ。カロンはゴーストも操れるんでしょ」
「あ、むしろそちらが本領ですね。ここの罪人たちの魂を、見張るのが元々のお役目ですし」
よし。技術的な面はこれで良い。後は耳をぺたりと頭に伏せて、悩んでいるミトラスが決めるだけだ。
彼は腕を組んで、何やらぼそぼそといい始めた。
「ええっとお……うん、来る人はいると思う。うん、死体の修復も、うん、出来なくは、ない。でも先生が何て言うかなあ……やっぱり吹き飛ばしたほうが」
懸案事項を口にする、ミトラスの顔色は、見る見るうちに悪くなっていった。
油汗が溢れてくる。呼吸が乱れてくる。彼が気にしているのは、世間体という名の、仲間からの信頼でもある。
モラル面で否決されることは、予想できていたが、ここまで悩まれるのはその外である。
「僕だけでは答えが出せません。四天王の皆にも意見を聞いてみようと思います」
すっかり弱りきったミトラスは、ふらふらと覚束ない足取りで、外周部へと去っていった。
自分じゃ分からないけど、やはりというか、もしかしなくても、道徳上かなり良くないことを、言ってしまったようだ。
そしてこうして、第十六回群魔区地域振興会議は異例の途中終了を向かえたのだった。
「やっぱり、俺の言ったことって不味かったかな?」
「人間ながら、かなりの決断力だと、私は感心しております」
興奮気味のカロンの言葉が、全てを物語っている。これは久しぶりに、やっちまったかな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




