・いざ結婚式
・いざ結婚式
冬休み明けの今日、群魔では初めての結婚式が開かれようとしていた。俺たちは全員が礼服に身を包み、ウィルトの教会へ来ていた。
既に大勢の人間と魔物が集まっていたが、大半がこの街の外から来た人たちだ。数日前から続々と集まり駅馬車の機能は、麻痺寸前である。
ワイニン、バニラさん、そしてモラセスさんの家に縁のある方々で、肌色は褐色、緑、青紫と様々、服装も様々。
ワイニンのところは皆赤いタキシード、バニラさんのところは白いカーディガンに、黒いニッカボッカで統一されていた。モラセスさんのところは、礼服なんだろうけど、皆ばらばら。
小さな教会内は既に埋め尽くされて、ほとんどは外にいる。今日が晴れてて本当に良かった。
「市外からこんなに来るなんて、夏祭り以来だな」
「何せ三人とも名家で、しかも同じ日に、同時に結婚なんて、異例づくめですからね」
紺色のタキシードに蝶ネクタイという、いつもより可愛らしい格好のミトラスは、落ち着かない様子で辺りを見回している。
警備員の数も揃わないので、こっちも気を配らざるを得ないのだ。ちなみに俺はといえば、梅の花を波飛沫のようにあしらった白い着物姿だ。
着付けはディーに手伝ってもらった。
借り物だから大事にしないと。
「あっちも忙しそうだな」
中を覗くと、見慣れた黒いカソックのウィルトと、修道服に着替えたディーが、バニラさん親子と話している。
よくあのサイズがあったものだ。手製かもしれないけど。なお嫁さんたちは、別室に控えているようだ。
「しかし、人間の大群を見ると、いつも思うんだが、どこからこんなに出てくるんだろうな」
「出てくるというよりも、一向に減らないというのが正しいと思うぞ、パンドラくん」
そんなことを言いながら合流したのは、バスキーとパンドラだ。金のやりとりが減ってから、この二人の仲は最近良好である。
パンドラのほうは鎧が新品になっていた。銀を基調にしているが、所々が鉄や青銅製になり、表面には絡み合う蔦や、柱のようなレリーフが、美しく浮かび上がっている。
兜も少しだけ細面になり房飾りも灰色で長い。縁に金色の刺繍が施された、臙脂色の外套もあって大物感がある。武器こそ持っていないが、相当に豪華だ。
バスキーは全体的に野趣な姿だった。
ラフではない。民族的な正装とでも言おうか。
爪や羽には金の飾りが付いて、他の魔物の鱗を使ったらしい、スケイルアーマーを着込んでいる。使われている鱗は半透明で、当人の鱗の赤を透かして、様々な色合いを見せる。その上からまた別の動物の毛皮のコートを、ポンチョのように羽織っている。
バスキーは普段は生活に不便だからと、体長三メートルほどに縮めているらしいけど、それでもこのサイズの大きさの猛獣がいるのか。
頭には原住民の酋長のような、鳥の羽や花を使った冠を被っている。そして全身のあちこちに、民芸品のような石や貝、木彫りの小物を、じゃらじゃらとぶら下げている。もっと成金的な姿で来ると思っていたからこれは意外。
「パンドラ君、ちょっと見え張りすぎじゃないかね」
「うるせえぞ。お前こそ服あるのに、わざとそれより高い素材着込むの止めろ。嫌味な奴め」
パンドラの言葉に逆に気を良くしたのか、何故かバスキーは満足そうだ。ああ、値段で言えばバスキーの装備状態は、服より高価なのか。
「こうして皆が正装して揃うなんて、何気に初めてのことだな」
「そういえばそうですね。あ、とうとう始まるみたいですよ!」
ミトラスの声に振り向けば、教会の壇上には一人の新郎と二人の新婦。
ワイニンは髪を高く結い上げており、純白のウェディングドレスに身を包んでいる。モラセスさんが翡翠色の、サリーっていうのか、あんな感じのドレスだ。髪を下ろし、丸い鏡の付いた髪留めを頭にしていた。
そして新郎はといえば、基本は赤いタキシードなんだけど、膝上まである黒い長靴と、頭にターバン巻いてる。誰が見ても統一されてないことが分かる。
バニラさんは無表情だ。
もうどうにでもなれと顔に書いてある。
「なに。あれ」
周囲の奇異の視線と同じ目で、俺も彼を見る。ひそひそと話す声が、そこかしこで聞こえる。
「長靴はドワーフの結婚の風習ですね。あれを履いてお嫁さんを迎えに行くという、表現なんです。地方によっては傘を渡すということもあるそうですよ。頭の布と服はたぶん、お嫁さんのほうの家では、新郎はそういう格好を、するものなんじゃないですかね」
誰か譲ってやろうよそこは。
罰ゲームみたいになってるじゃないか。
お、ピートさんが前に出てきて、マイクらしき物を握った。拡声の効果がある魔法の込められた、拳大の魔石だ。ちゃんとスタンドもある。
ちなみに必要な書類は全部提出済みだ。
「ええ、今日という良き日に、皆様にお集まり頂きましたこと。真に感謝しております。今日は、息子バニラと、えー、モラセスお嬢さんと、そのぅ、ワイニンお嬢様との晴れの門出でして……」
仲人を勤めるピートさんの歯切れが悪い。控えている他のおうちの方々も、どこか遠くを見て、誰とも目を合わせようとしない。
たぶんこんな事態になって、誰もやりたがらなかったんだろうな。片方一組だけならまだしも、三人一組だもんな。
「皆様、今日はボクとモラセス、それと、ワイニン様との式にお越し頂き、ありがとうございます。ええ、ボクと彼女は」
新郎の挨拶に移って、バニラさんはモラセスさんとの惚気だけ話して終わる。次に新婦の挨拶だが、モラセスさんとワイニンが同時に立つ。順番決めとけよ。
誰もが一瞬冷やりとしたが、先にワイニンが話し始めた。
「皆様、今日は『私の』結婚式にお集まりくださり、よくできました。これからは私も六原の一員として、亭主と『夫婦二人で』頑張っていきますので、よろしくお願いしますわ」
短い挨拶の中に、やたらと上から目線で、強調してくる。年のせいもあってもう完全に毒婦である。
背が低い可愛いただの巨乳という要素が、何も用を成さない。彼女はそれだけを告げると、マイクをもう一人の新婦へと渡した。
「ええ、今日という日を迎えるまでに、色々とありましたが、それでも私たちのことを、許してくれたお義父様、そしてここまで私たちを守ってくださった役所の方々には、感謝してもしたりません。この場をお借りして、もう一度お礼を言わせてください。本当に、ありがとうございました」
ああ、本来ならこっちだけで済んだはずなのにな。どうしてこうなったのか。こんなことなら面倒臭がらずに、力尽くでもあのおばさんを、別れさせておくべきだったか。
そしてお色直しを挟んで休憩、再開。
ピートさんが三つの袋の話をして、ワイニンとモラセスさんの親御さんと思しき人々が起立して、バニラさんに『娘をよろしくお願いします』という流れ。
一人多いから、その分時間も掛かる。
そしてウィルトが三人の前に立って、指輪の交換を促す。先にワイニンが済ますと、今度は誓いの言葉からの口付けを、モラセスさんが引っ手繰るように先んじる。
おかしいな。両手に花とかハーレムって男の夢みたいに聞いてたけど、全然嬉しそうじゃないぞ。
ウィルトも同じ質問を二回繰り返すことに戸惑っているみたいだ。たった今目の前で、嫁さんを愛すると誓ったばかりの男に、別の女を愛するのかと問うのだから、そういう文化圏の出身でもなければ、自分の正気を疑うだろう。
「誓います」
「誓います」
「誓います」
「誓います」
多いな。一度目は嬉しそうにするのに二度目はそうでもない。身長差があるのに屈まない辺りに、愛情のあの字もないのが、傍目にも良く分かる。
しかしワイニンはめげずに飛び上がり、バニラさんの襟首を掴んで引き寄せて、口付けを済ます。
こんなにめでたくない結婚式もそうもない。俺たちの正月は呪われてるんだろうか。
「では、ここに三人の結婚が成立したことを宣言いたします。ご列席の皆様、ご起立願います。お三方の上に祝福のあることを祈りましょう。彼らが今日の結婚によって成長し、実り豊かな生活を送ることが、できますように」
お祈りを済ませておざなりな拍手。ディーが花束を二つ彼らに渡す。振り返って歩き出す三人。外に出ても誰も騒がない。そして花嫁たちは花束を投げる。
誰も欲しがらない。
そして予め用意されていた、二頭立ての馬車に乗り込むと、彼らはどこかへとハネムーンに出かけた。
もしかしたらこのまま、里帰りでもするのかも知れない。
「本当に、これで良かったんだろうか」
「良くはありません、ありませんが、他に方法もありませんでした。たまにはこういうこともあります」
個人的にはワイニンを排して、モラセスさんとだけくっつけさせてやりたかったが、今回は色々な思惑が働いて、思うようには行かなかった。
振り返るといつも、結局は上手くいっていたから、これがこの世界で初めての、敗北とも言える。
人間とドワーフとデーモンの結婚か。異人種間の結婚は辛うじて、無事に果たされたが、何一つ達成感を得られずに、やりきれない気分だけが残った。
「サチウスくん。離婚届の書類を準備しておいたほうがいいぞ。たぶんすぐ来るから」
止めろよバスキー。まだ続きがあるみたいなことを言わないでくれ。俺はもう今までのグダグダな展開に対して、面倒臭い気持ちで一杯なんだよ。
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