表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物が婚儀を挙げるには
130/227

・番外編 <親父のモノローグ~群魔からの手紙>

・番外編 <親父のモノローグ~群魔からの手紙>


 このお話は途中からピート視点でお送りします。


 収穫を終えた畑には雪が積もり、一年の仕事を納めた蔵人たちも、休みを過ごしている。


 とはいえ交代制で、酒蔵の様子を見に行くことは、変わりない。蔵に寝かせた酒は、春先には方々に出荷される。


 農作物も酒の原料分と食料とで分けてある。今年は気候も穏やかで、例年通りの出来栄えだ。彼はそのことに安堵していた。


 酒造りの職人である杜氏、蔵人たちは、年を追う毎に腕を上げる。原料に変わりがなければ、出来上がる酒は美味くなる。


 例年通り、それは平和の証だ。それだけに、たった一つの問題が、彼の内心を締め付けていた。


 否、むしろぽっかりと、穴が空いたかのように空虚であった。


 彼の名はピート。バニラの父であり、六原のうちの一つを治める、グレーン一族の元家長である。今は邸の中で暖を取っていた。


 厚手の紺色のカーディガンと、綿のたっぷり入ったズボンという服装をしている。


 息子とは似ず、岩のような顔をしており、褐色の肌にきっちりと揃えられた白髪と、同じく白い口髭が特徴的だった。身長はあまり高くないが、非常に筋肉質だった。


 彼の手には、遠く離れた地より届いた、一通の手紙が広げられていた。


『お義父(とう)(さま)へ。勝手に家を出ておきながら厚かましくも筆を執りますこと、先ずはお許しください。要らぬことやもしれませんが、バニラさんとの近況をしたためさせて頂きました。私共は現在、狂倒から離れた群魔という街に腰を落ち着けました。ここで地元の酒屋さんに面倒を見て貰っております。とはいえこの時期ですので、作業には大して関われません。早くても春先のことになるので、今は原料の相談を中心に、お仕事を頂いている次第です』


 それは、不肖の息子と駆け落ちした、他所の原の娘からだった。昔から息子のことを、気にかけてくれていた、大層な器量良しだった。


 しかし女系家族の末の娘で嫁の貰い手がなく、家の中でも扱いは悪く、不憫に思っていたものだ。


 それだけに彼女のとった行動が信じられなかった。彼には倅が家の決めたことを蹴ってまで、何かをするという気概があるとは思えなかった。


 倅が貴族の家の企みとかいう、馬鹿げた話を持って来た折は、誰に吹き込まれたのかと、怒りよりも疑念が先に来たものだ。


 そしてその女性、モラセスさんと駆け落ちをしたと知ったとき、全ては彼女の行動から来ているのでは、という考えが頭を過った。手紙の続きを読む。


『流石に六原とは、比べようもなく小さな所ですが、皆さん毎日収穫期や麹の仕込みのときのように働いています。バニラさんの、お義父様から受け継いだ知識に助けられて、なんとか暮らしてはいけております。私はこの人に付いてきて良かったと思っています』


 不出来な倅だ。実家で得た知識があって、食うのがやっとか、自分をこれだけ買ってくれている娘さんに悪いとは思わんのか情けない。


 しかし、あの娘さんがこれほど倅に入れ込んでいたとは。アレを焚き付けて連れ出した張本人としても、憎むことはできなかった。今日び、こうも相手を慕う女性がいるだろうか。いない、心当たりは倅が幼い時分に亡くした嬶ぐらいだ。


 ……思えばあいつは男のくせに、母親に似て頼りなかったな。だからと他の男衆に負けないよう、厳しく接してきた。厳しくするだけだった。


 それが良くなかったのかも知れない。倅を想うあの娘さんが、倅の心の支えだったかも知れない。思えばいつも勢いでばかり、ものを言っていたような気さえする。


 倅が酒の仕込み方よりも、あれこれと賢しらに勉強ばかりしていたのも、今にしても思えば娘さんのためだったのだろうか。手紙を読み進める。


『それだけに私はバニラさんをこの手紙に夫、亭主と書くことを、諦めることはできません。本当に身勝手ではありますが、お願いがあります。私共が結ばれるためには、お義父様の許可が必要です。どうか二人の仲を認めてください。役場への詳しい手順を書いた用紙と、必要な書類は同封してあります。何卒私達を許してください。それさえ頂ければ、家に帰ることも、あるいは二度と故郷の土を踏まないことも、辞さないつもりです』


 なんと身勝手な。そこまでしてあんな馬鹿者と一緒になりたいとは、ありがたい話だ。しかしこれはこれで困ったことになった。今も困っている。


 彼女の家からすれば、行き場のない娘がうちに嫁ぐことは何の損もない。この件に関しては、だんまりを決め込んでいるのは、不幸中の幸いだった。


 問題は、自分が良かれと思って組んだ縁談だった。お互いに面子が潰れてしまい、今更連れ戻して結婚しろとも言えない。しかも相手先の貴族は、婚約を破棄してくれていない。


 いっそ破談していれば勝手にしろと言えたのだが、こちらの不手際だからどうも言えない。


『ただあの人は、こんなことになった今も、お義父様のことを気にかけております。そのことをお忘れなきようお願いします。狂倒は今頃雪化粧をしている頃でしょうか。どうぞお体には、お気をつけてください。また、手紙出します。モラセスより。かしこ』


 むしのいいことを言う。気にするくらいなら、初めから駆け落ちなど、せねば良かったものを。しかし、やはり小心者の倅だな。そこまでしたなら故郷のことなど、忘れるくらいの気概も示せないものか。


 ただ、そうか。やはり、母親似だな。

 要らないところで、やさしい面がある……。


『追伸。追手を差し向けることは、すぐにお止めください。危うく巻き込まれ怪我人が出るところでした』


 これはどういうことだろう。年の瀬で忙しいのに、人をどこかにやる余裕なんかないのは、知っているはずだ。もしかするとモラセスさん家や、顔に泥を塗られた貴族の仕業だろうか。


 罰を受けるのは当然としても、これはいったい。


(…………………………………………)


 手紙を畳むと、ピートは共に送られてきた書類を、手に取った。


 住民票の移動願いと『除籍申請書』、結婚を認めるなら前者の手続きを、認めないなら後者で、家との縁を切って欲しいということである。


 ピートは一人静かに目を閉じた。

 確かにどちらにせよ、彼の許可が必要だった。


 彼もこの書類のことは知っていた。風の噂によると籍を抜いても、親子の縁が切れないふざけた所があるらしい。


 ともあれこの世界では別である。縁を切ったら本当に切れる。親でも子でもなくなる。


 そんなものを添えて結婚させてくれと、嫁のほうから言ってくる。


 ピートは休みの日数を指折り数えると、溜め息一つ吐いた。そして一つの決心と共に、母屋を後にしたのだった。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ