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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物のレベルを上げるには
13/227

・ふたり

・ふたり


 夕暮れの街並みの中を、俺たちは歩いた。今は制服のローブじゃない、お互いに私服だった。


 ミトラスは素っ気ない無地のシャツと、カーキ色のズボン。


 俺は薄手の赤いトレーナーに普通のジーンズ。二人で目的地もなく、ただ歩く。


 途中で差し掛かった市場には色々な魔物がごった返していた。


 上半身が女性で四肢が鳥の魔物、ハーピーの親子がカルガモの行進みたいに歩いていく光景は、なんとも微笑ましかったし、巨大なトカゲ、リザードマンが鮮魚の解体ショーを始めるのも面白かった。


「この日が終わらずに済んで良かった」


 不意にミトラスが安堵のため息を吐いた。疲れた声は紛れもない本心だろう。


 魔物たちに向ける目は、これまで見たことがないほどに、優しいものだった。


「羨ましいな」

「え?」


 振り替えるミトラスを手招きして、そっと市場を離れる。そのまま歩いていくと、今度は公園に出た。


 時間も遅いせいか誰もいない。公園のすぐ隣には川が流れ、その上に橋が架かっている。


「分かるかと思うけどさ、俺ってそんなに、良いとこの育ちじゃないんだ」


「サチウス……」


 橋の欄干にもたれ掛かってミトラスを見る。察しは付いていたって顔だった。


 俺は、この世界に来る前のことを思い出した。


「はっきり言って淋しい人間だったよ。ろくに友達もいない、一人遊びにどっぷり浸かっては、毎日をやり過ごしてた」


 帰ったらゲームして、ネットして、エロ本読んで、寝る。そこに飯と風呂はあるが、会話はない。


「同じ年頃の子たちってのはさ、性格が良くても悪くても、自分が幸せになることは、考えられる奴ばっかりだった」


 一度背を伸ばしてから、もう一度橋に寄り掛かる。正面にいるミトラスは真面目にも棒立ちしたままだ。もう少し楽にしてくれたら良いのに。


「俺はダメでさ、明日に対して何にもできない、死んでるようなものだった」


「それを、どうして今、僕に」


 ミトラスは目を逸らさずに、じっと、俺の言葉を聞いてくれている。


「お前に浚われて俺はこの一月、本当に楽しかった。代わりにはならないけど、知っておいて欲しかったんだよ。お前が呼んだ相手を」


 夕日が落ちて、辺りが急速に暗くなっていく。

 そよ風が吹いて、少しだけ肌寒い。


「……帰ったほうが、本当は良いんだろうけど、俺は帰りたくない」


「それじゃあ結局、どうするんです!」


 胸の前に両手を持ち上げて、焦れたミトラスが声を荒げた。俺の気持ちは決まってるけど、それを決めるために、お前を呼んだんじゃないか。


「どうするって言われてもな。なあ、お前はどうして欲しいんだよ? ミトラス」


「僕は……できることならば、サチコさんに、もっと一緒にいて欲しいです」


 想像よりもずっと真っ直ぐな答えだった。

 素直に嬉しいし、気持ちがいい。


「告白みたいなこと言って。それならなんで俺に帰っていいなんて言うんだよ」


「それは、家に帰れないのは寂しいことだからです。私は、もう昔の家には戻れないから、あなたにそんなことしたくない。だからあんなことを言って、あなたを脅したことも、申し訳ないと思っています」


 俺はそんなことを思っていないのに、こいつはこいつなりに、俺の立場で考えたんだな。また思いつめた顔して、本当に、可愛いやつ。


「でもさ、お前がその気なら、俺はいつでも帰れるんだろ?」

 

 家に帰ったって、そこにお前がいないと寂しいじゃないか。言わせるつもりなのか。


「それは、そうですけど……ここにいてもらっても、僕からはお礼も、お詫びも、どうしたらいいか」


「なんだ。じゃあ一つだけ、お願いを聞いて欲しい」


 急に強い風が吹いて、木々をざわめかせる。

 不思議だ。自分の気持ちが澄んでいくのが分かる。

 俯いたミトラスが、目線だけをこちらに向ける。


「お願いですか?」

「ダメ?」


「そんなことないです。できることなら、なんだってしてあげたい」


 上から目線がちょっとムカつく。でもこれが本当に本音であって欲しい。


「よし。それじゃ、俺がいいって言うまでじっとしてろよ」


「はい、えっ」


 近づいて、腰を落として、腕を広げて、抱え込む。緑色の髪からは、いい匂いがした。


「え、サチコさん! え、ちょっと!」

「じっとしてろってば」


 俺は大して色気がないから、せめてものサービスでおっぱいをできるだけ押し付けてやる。


 頭と背中を撫でる。ずっと、こうしたかった。


「ずっとこうしてやりたいと、思ってた。嫌か?」

「……ううん」

 

 胸の中で頭を振られるとくすぐったいが、まだまだ離してやらない。


 自分の髪が、ミトラスに髪にかかる。


「俺はさ、敢えてお前のことを詮索しなかったけど、辛そうな顔を見てたら、笑ってる顔のほうがいいなって思ったんだ」


「僕は」


 喋り難そうなので後ろに回り込んだ。欄干の根本に腰かけて、今度は抱っこするような形になる。


 ミトラスも、こちらの動きに合わせて座る。


「僕は、あなたを勝手に呼びつけて、嫌われても仕方ないって思って、でもあなたはそんなに怒らないで、頑張ってくれて、一緒にいて、安心した」


「そっか」


 訥々と話すミトラスの頭と撫で、今度は腹を擦る。少しだけ、体の強張りが解れて体重を預けてくる。


 すんなりと出て来ない言葉一つ一つがもどかしい。


「なあ」

「なに?」


「俺は一緒にいたいんだよ。だからそろそろ、一緒にいてくれって、言って欲しいんだけど?」


 ミトラスの体が震える。その震えが伝わってくる。怖がっているんだろうか。


 少しだけ、抱く力を強くする。

 頭に頬をくっつける。


「いいの?」

「うん」

「僕と」


 震えが治まって、また強張る。彼がいったい何歳なのか、自分よりずっと年上なのかもしれない、でも、ずっと子どもだ。


 そう感じた時から、何故だか放っておけない気持ちがしてた。


「サチコには、僕と、もっと一緒に、いてほしい」


 自分の胸に、ミトラスの鼓動が伝わって、やっと分かった。俺はこのために、この子のために呼ばれたんだな。


「言ってくれたな」


 苦しくないように、だけどできるだけ強く、抱きしめる。


 静かに息を吐く音が、すごく近くから聞こえた。


「ありがとう……」


 不意に、胸がいっぱいになって。


 いけないとは思っていても、滲む視界から零れるものが、彼の髪を濡らすことを止められなかった。


 この日、俺の異世界からの帰還が、先送りになることが決定した。


 いつまでいるかとか、どこまで付き合うのかとか、そんなことは決めてないけど、今はただ、ミトラスと一緒にいたいと思った。


<了>

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

最後にもう一話設けました。

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