・初火の出
・初火の出
学科の授業は果たして授業と言って良かったのか。縦長サイズの薄い教科書数冊(イラスト付き)に魔法の使用に関する、注意書きがされた小冊子。
教科書の内容を数ページほど暗記したら、シノさんに言って小テストの用紙をもらう。
教科書に書かれていた内容は、ざっくりとした魔法の歴史とか、魔力の分類とか、魔法の系統とか、何をやったらいけないのか、等々だった。
印刷技術が有るとはいえ文字自体は手書きだ。これを誰か偉い人が書いたんだろうな。
○×テストをしては、また次の範囲に移っての繰り返し。気になった点は質問する。それで学科の時間は過ぎて行く。
塾とは言ってもシノさんが黒板の前に立ち、教鞭を振るったりしないし、特段の講釈がある訳でもない。授業用ビデオもDVDもない。
小テストの範囲を全部終えたら筆記の試験だ。これはそれぞれが受かるまで、各自で自由に進めていいんだそうな。
えーとなになに。『魔法とは精神力を費やして発動する不思議な力。この魔法が使用される際に消耗する精神、及び出力の高低を左右する感情などを、一括りにして魔力と呼びます』
ふんふん、大枠だな。精神全般を指して魔力という訳ではないのか。それはそうか、それなら精神と魔力で分かれたりしないか。あくまで使う部分だけ。
『魔法には効果や属性により参照する魔力が異なり、相性の良い魔力、悪い魔力があります。例えば火炎系統では、短期で気性難の人が得意とする場合が多く、闘争心などの攻撃性が高い人ほど、負担も少なくより強い魔法を、使い易い傾向にあります。反面、穏やかな気性の人の場合は、上記の魔法が苦手で出力も低くなりがちです』
馬か何かみたいな書き方するなよ、せめて性格って書いてくれないかな。感情が必ずしも魔力にはならないけど、その人の性格っていう、精神の見た目で魔法の得意不得意が、ある程度分かるらしい。
『また魔法の属性は多岐に渡りますが、人間側の制定により、次のように分類されることがあります。また名称は地域ごとに異なり、統一されていない可能性があります』
何だか嫌に個人差や表記ぶれに触れてくる教科書だなあ。まあ道具じゃくて、身体的能力の一環みたいな扱いだし、統一するほうが却って無理があるのか。
『一般的には欲望、感情面の魔力を参照するもの及び逆に、特定の魔力を参照しないものを『魔法』といい一部の信仰心や祈り、友愛などの感情を参照するものを奇跡といいます』
小さく注釈が書かれている。ここだけ文字が違う。たぶんシノさんの字だろうか。
※などど書いてありますが世間一般では魔法で通ります。というかこの分類はあまり浸透していません。
そうか魔法でいいのか。他にも呪いとかあるけど、こちらはより専門的な話になるらしい。
詳しく知りたいなら免許とってから、更に呪いの講習に出ないといけないそうだ。
他にも魔法と治安に関する歴史、魔法の使用上の注意などが、教科書ごとに分かれて書いてある。この辺りは後で、ウィルトやミトラスに聞きながら、読み進めればいいか。
試しに小テストをやってみよう。
『火炎系魔法を使う際、用いる触媒に油を染み込ませたり、火薬を塗布してはいけない』
これは○だな。燃え移って発生した火は、もう魔法じゃないから、ちゃんと消火しないといけない。
『超能力とは特定の魔法に特化して、発現するようになった特異体質である』
え、そうなの?
教科書を開いて確認しようとすると、カンニングになるとシノさんに怒られた。
『大気中に存在する魔力は、人間や魔物の魔力と同じ精神力のことを意味している』
これは×だ。終わって見れば正答率七割。意外に覚えられてない。今度は別の教科書に目を通す。『魔力の名称と内容』というもので、最初に早見表が付いている。
魔力毎に看板というか、標識のようなものが、割り振られている。
だからなんだよ、別に速度制限や一方通行といった命令の記号じゃないなら、それにいったい何の意味があるんだ。
そう思って読み進めるとまた注釈があった。
※魔力の回復アイテムに書かれている記号はこれと同じです。自分がどの魔力を消耗しているのかを把握して、対応する魔力の回復アイテムを適切に使用しないと、意味が無いので気をつけましょう。
「グミ食ってもMPは回復しないってことだな」
こうしてみると魔法は便利そうだけど、個人差がありすぎる気がする。
世の中は特定の世界観で出来てる訳じゃないから、ゲームの出してくるステータスが、ほぼ全部ぶち込まれて、ランダムに割り振られているような感じだ。
宗教は世界観で要素が整理されてるけど、現実だとこんなにも混沌とするのか。術とか魔法とかに分かれている挙句、回復アイテムにも体質的に、アレルギー持ってる奴とかも、いるんだろうな。面倒臭い。
そうやって小一時間ほど勉強をした所で、今日の学科は終わった。そして皆が庭まで出ると、今度は実技ということになる。いよいよ初魔法ということだ。
「それでは次の時間は実技になります。出席する方は庭まで御越しください」
シノさんの呼びかけに俺と他の受講者は、荷物もそのまま外へ出た。何せ四人しかいないから、全員出ると誰が盗むんだということになる。もうじきおやつの時間だが、外は既に暗くなり始めていた。
「それでは各自自分の原簿を見て、まだ判子を押されてないところを頑張ってください。はい、これがサチコさんの原簿。一番最初からね」
「よろしくお願いします。あの、シノさん。増えてませんか」
薄平べったい本のような書類を、一冊受け取りながら俺は尋ねた。
そう、この香川塾にはシノさん一人しかいないはずなのに、シノさんが現在は四人いる。端的に言うと、分身しているのだ。
「そうよ。私の幻を出して人員を水増ししているの。幻とは言っても、ちゃんと教習を行うことくらいは出来るわ。だから安心して教習を受けて頂戴」
なるほど狐に化かされてんだ、今。シノさんは懐に手を入れると、一枚のお札を取り出す。お札の表面には懐かしい漢字と、奇妙な記号が羅列されている。
「さっきあなたが自分の魔力を感じたときのことを、このお札に向かって想像してみてください。それでこのお札に魔力が流れるはずです。するとこのお札があなたの魔力で着火します。大丈夫、このお札の火は、持ち主には無害になるように作ってあります」
お札を俺に手渡してシノさんが説明する。さっきの感触。いつまでも風が、まとわり付いて来るような、それでいて温かみのない、嫌な感触。
俺はそれを思い出して、内心押し付けるような気持ちでお札を見た。
次の瞬間、お札が激しく燃え始めた。
「うわ!」
「落ち着いて。熱くないでしょう」
確かに熱くない。空いているほうの手を近づけてみるが何も感じない。幻覚なのでというくらい自分には影響がない。
次第に炎の色が変わっていく。赤から青、青から黒、黒から灰色。灰色の火が手元まで来て、俺の拳を包んだ。熱くない、少し冷たくさえある。
「こ、これで魔法が使えたってことなんでしょうか」
「それはまだ。でも最初の教習はオッケーです。判子押しますね。それとサチコさん、授業ではなくて教習でした。これからは教習って言ってくださいね」
同じことじゃないのか。シノさんは授業の言い方の訂正を、何故かこのタイミングで入れてきた。
感動に水を差された形だけど、おかげで浮き足立ってた気持ちが、落ち着いてくる。
「お札はまだありますので、繰り返して魔力を流すということを、自分に覚えさせましょう」
「はい、ありがとうございます」
実際に魔法を覚えた訳じゃないけど、確かに魔法のようなことはできた。何度もお札を使って練習しているうちに、興奮が蘇る。やばい、楽しい。さっきまでの不安が嘘みたいだ。
今日はそれで授業いや、教習は終わった。これからの実技のことを考えると、すごくワクワクしてくる。
異世界に来て初めて、自分で異世界っぽいことをしているという自覚が、妙に嬉しかった。
「そうだ、サチコさんの今のお住まいって、群魔区の役所で合ってましたよね」
「はい。群魔町の区役所です。それが何か」
帰り際にそんなことを聞かれた。シノさんは確認のためと言って、軽く手を振った。考えてみれば役所住まいというのも、傍から見たら妙な話だ。
例えこの世界のモンスター的には、職住一致が当然だとしても。
そんなことよりも、帰ったらミトラスにこのことを話そう。この世界的には大した土産話でもないけど、きっと笑って聞いてくれるだろう。
家では、彼が俺の帰りを待ってくれている。
俺は周りの景色とは対照的な、明るい気持ちで帰路へと着いた。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




