・魔法の覚え方
・魔法の覚え方
次の日。
「こんにちはサチコさん。それでは今日から魔法教習の授業を、始めますからね」
「よろしくお願いします。シノ教官」
俺はシノさんに挨拶をして、ついでに実習の登録を済ませる。
昨日も見かけたが、他に何人か屋敷内にいる。今は授業の間の時間なので、彼らはのんびりと何かの本を読んだり、会話をしていたりする。数えてみるとその数三人。少ないな。
座学は一緒にできるけど、実習のほうはどうするんだろう。一対一じゃないんだろうか。それなら両方共シノさんが担当するのも、分かるけど。
「サチコさんは今日が初めての授業だから、まずは魔法が使える状態になってもらいます」
魔法が使える状態。
これって魔力がゼロから一になるとか、使用回数的なものがゼロから一になるとか、たぶんそういう処理だろうな。
ゲームだと魔法や術が使えないキャラに、それらを覚えさせると、仕様の都合上最低限のポイントが割り振られ、成長するようになる。
これが今、俺にも当てはまろうとしている。いったいどうやって教えて貰えるのだろう。内心では結構ワクワクしてる。
「それではまず、こちらの水晶球をお手に取ってください。手で包んで色が変わったら、こちらの箱に入れてください。箱から『チン』と音がしましたら水晶球を取り出して、もう一度手で包んでください。色が抜けて透明に戻ったら、晴れて魔法が使えるようになっています。これで実習の前準備は終わりとなります」
シノさんが机の引き出しから水晶球と、それが収納されるであろう金色の箱を取り出した。水晶球は直径が十五センチほど。
箱は、葛っぽいんだけどなんだろう。金色だけど、メッキって感じじゃないし。かといって純金なのかと言えば、そんな重量でもない。そもそも金属の手触りじゃない。
「なんか、随分とお手軽ですね」
「うふふ、うちの家宝なんですよ。魔法や妖術が使えない人にその力を授ける。目覚めさせると言ったほうが正しいかしら。そういう力があるの。それとも別の方法がいいかしら。うちのこれは余所よりも習得期間が短いって、口コミで評判なんです」
口コミかあ。ちなみに別の方法というのは聞いてみたところ、怪しげなお薬を飲んで怪しげなお香を焚きながら怪しげなお経を聞きつつ怪しげな呪文を唱え続けて極限状態になるというものや、特定の魔物の血や骨や灰を用いた鍼灸で、魔法に目覚める病気に罹りながら、鉄に磁力を帯びさせるように、色々な魔法を浴びて体を変化させていく等々。
これが一番安全で早いそうなので、このままの方向でお願いすることにした。
「巻物や本を読んで覚えるとかじゃないんですね」
「やだぁサチコさんったら。使えないうちから覚えてどうするのよ」
ああ、そういうこと。基本的には先ず自前のマジックポイントを発生させる段階なのか。
それで『使える』段階に入ってから、魔法自体を覚えて、両方揃ってようやく魔法が使えると言える状態になるのか。順序としてはそうか。
「まあ冒険者なんかは片方だけで済ませて、もう片方をアイテムに頼る人も、少なくないらしいわよ。両方備わって自己完結してる装備はとても高価だし、時間のない人は、だいたいそうしてるわね」
別に社会的にどうこうと考えず、文字通り実戦ですぐ使いたいとなると、そうなるのか。ともあれ、俺は言われるがままに、水晶球を受け取って手で包んだ。撫でるように手の中で転がしていると、直ぐに変化はあった。
「あ、本当に色が、って、え、ちょ、ちょっと!」
「あらあらこれは、あーうわー……」
水晶球の中に、煙のように色が湧き上がってきたと思ったら、何これ。内側から叩き割ろうとするような勢いで、色がどんどん噴出す。
それもなんだか血みたいな赤だったり黒だったり紫だったりと、全体的に色が暗い。
ほぼ水晶球が赤黒くなった辺りで、更に白い色がそれを覆い隠すように沸く。隠しているのか混ざっているのか、最終的には灰色になって落ち着いた。
「あの、これって」
「普段こういう色の出方する人って、あんまりいないのよね。何か悩みでも」
言われて心当たりを探すが、見当たらない。この世界に来て色々あったが、今は間違いなく幸せだ。名前を言ったら嘘だと言われそうなくらい幸せだ。
俺は首を横に振った。ていうか悩みと魔力は関係があるのか。
「とりあえず、それを箱にどうぞ」
「あ、はい」
そして金色の箱に、水晶球を納めて待つこと二分。古い電子レンジみたいな軽快な音がして取り出すと、水晶球からは湯気が立ち上っていた。色も灰色であることは変わらないけど、少しだけ明るくなっている。
「ではこれを持ってください。熱そうに見えてそんなことありませんから」
本当に熱くないのかと思い、指で恐る恐る突いてみるが、本当に熱くない。もう一度手に取って、両手で包んでみる。そのとき、妙な感じがした。
「自分の魔力を実感することは、割りと衝撃体験ですから、気をしっかり持ってくださいね」
「はあ。そうなんですか。なんか寒いような、暑いような、そんな感じです」
風呂上りの全身に風が行き渡る感覚。それがずっとまとわりついて、離れない。心地よいのは最初だけ。薄気味の悪い感触だったけど、それも不気味な寒気を最後に、次第に止んでいった。
「おめでとうございます。これでサチコさんも晴れて魔力に目覚めましたので、これから実習に入っていけますよ」
「あ、ありがとうございます」
シノさんが微笑んで、今しがた使った箱と、透明に戻った水晶球を片付ける。さっきまであった不思議な感覚は、既に無くなっていた。
その代わりなのか、少しだけ目眩がする。
「この後は学科の授業に入りますけど、そのまま授業に出られますか」
「ええ。出ます。なので次もよろしくお願いします」
頭を軽く振りながら、そう返事をする。魔法を使えるようになるための、勉強をしに来たんだから、出ないことには始まらない。
でも何故だろう。俺は今、たった今、自分の魔力というものを目の当たりにしてから、魔法を覚えようと思ったことを、どこかで後悔し始めている。
見てはいけないものを見たというか、臭い物の蓋をとってしまったというか。そんな失敗と連動した恐怖や焦りが、胸の内に込み上げて来ていたからだ。
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