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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物が魔法を使うには
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・研修に行こう

・研修に行こう


 俺は初めての馬車に揺られながら、初めて滅びていない街に行く。正午を回った秋の陽射しは柔らかく、風は少し冷たいが、どこかいい匂いがする。


 今日は研修初日、今日から午後は魔法を覚えるまでの講習に、精を出すことになる。


 質の粗い紙で出来た簡素な切符を握り締め、駅にて乗合馬車に乗る。


 ミトラスに送り迎えしてもらうほうが早いし安上がりだけど、折角なので自力で移動してみようと思ったのだ。というのも、周辺人物、というか魔物が良くも悪くも大物なので、世間一般とのズレがある。


 パンピーならパンピーらしさを身に付けないと、と一念発起した結果。こうして馬車に揺られることを、選んだという訳だ。


 群魔町の北端のある駅で切符を買って、やって来た二頭立ての幌馬車に乗る。中には人も魔物もいるが、お喋りをしている者はいない。


 険悪な空気という訳でもない。このどこにでもある距離感を、俺はどこか懐かしく思っていた。


 馬車の中には木組みの椅子に安っぽい布が敷かれ、平たくなったクッションが置かれている。吊り革もないから乗客は座る訳だが、そうなると結構手狭だ。


 御者を含めて十人。あまり大きかったり重たかったりする客が乗ると、人数に制限をかけられそうだ。


 窓はないから、景色を見ようと思えば前か後ろを、見るしかない。前には御者の背中が見える。ブーツに手袋、幾らか汚れたもんぺと胴着。


 こういうところにも、うちの品物が普及していることが分かって、少し嬉しくなった。ありがとうございます。


 後ろを振り向けば、見慣れない景色が早回しで遠ざかっていく。


 俺はこれから、まだ行ったことのない、新しい地域に足を運ぶことになる。正直憂鬱だ。


 目的地は河川(かがわ)区。神無側区の西、妖精町(旧屠殺(とっとり))の北に位置する。市内で一番小さいが、水源に恵まれた土地で、他所より少しだけ標高も高いらしい。水所として有名でお酒が美味しいらしいが、未成年の俺には関係ないな。


 一応ウィルトが前に授業で教えていたことは、魔法の教習にも役立つらしいので、復習はしておいた。


 彼曰く、妖精たちの大半は、魔法を故郷で使えるようになるらしい。こちらの世界に来たときに、最初にすることは、教習所をパスして、登録を済ますことだそうだ。羨ましいなあ。


「もうじき香川(かせん)(じゅく)前です。お降りのお客さんは降車時にお足元、ご注意ください」


 顔を上げて御者と馬車の隙間から前を除き見ると、乗る時とほとんど同じ外観の駅が、見えてきた。駅というより田舎のバスの停留所といったほうが、イメージとしてはしっくりくる。


 俺の尻のサイズが、人より安定感があるおかげか、酔うようなこともなかった。


「ここが河川区か」


 思わず声に出してしまう。心細い。見送りも送り迎えも強がって断ったが、やはり誰かに付いてきてもらえば良かった。心臓が苦しくなってくる。背後の馬車から数人が降りて、俺の先を歩いて行く。


 道はそこそこ整備されていて、両脇を街路樹、というより林が囲んでいる。群魔も自然は豊かなほうで、割と長閑な景色が広がっていたが、河川は違った。


 どこを歩いても、というより街の中へ近づくほど、川と橋が増えていき、森林が手入れされているのが、分かるようになっていく。


 どの森林も地面と向こうが見える、と言えばいいだろうか。


 遠くに見える山は赤く萌えている。紅葉があるのか非常に美しい景観だった。なんだか遅ればせながら、夏休みをとったような気になってくる。


 結局今年も海に行けなかったのと比べると、もう色々と段違いだが。


 ともあれ地図を見ながら、目的地を目指す。街中は全体的に群魔と同じく、石造りの建物が並ぶが、ちらほらと木造建築も見える。


 和式ではなくコテージといった趣だけど。なだらかな坂に居を構える、宿場町と言ったところか。


 途中で広場に出てこの街の地図を確認する。最近気付いたが、どこの街も広場には、街の見取り図や案内図がある。


 そこで現在地を確認してまた歩く。景勝地ばりの風景だが、すれ違う相手が魔物より、格段に人間が多いので、少し不安だ。


 それから十五分ほど歩いただろうか。街中から少し外れて、真紅の手摺りに木製の足場で造られた、大きな橋を渡った先の坂を下ると、目的地こと魔法教習所『香川(かせん)(じゅく)』に到着した。


 目の前には大きな川が流れている。

 大雨で増水したら浸水しそうだ。


「で、これか」


 俺は思わず呟いていた。目の前の建物は古式ゆかしい藁葺き屋根に、薫り高い木造建築、雨戸の先に見える屋内には、障子戸的な両開きのドア。


 建物自体もやはり浸水を気にしてか、地面より少し浮いている。


 いや藁葺き屋根の建物自体は、日本以外にもある。だからそれは構わないよ。でもこれは完全に日本家屋じゃん?


 もっとこう『こういう目的の場所です』ってのが、分かる所だと思ってただけに、対応に困る。


 完全に古式住宅だよ。ここが目的地だと分かるのは俺の目の前におっ立つ『香川塾』の旗というか幟だけだよ。どうしろと。


 そのままどうしたものかと、右往左往していると、中から数人の人影が出てきた。人間ではない。見慣れた魔物たちだった。


 その後ろで彼らを見送っているのは、これも人間ではなく魔物。獣人のようだ。


 向こうは俺に気付くと、軽くお辞儀をしてくれて、そのままこっちに来た。千早だっけか。巫女さんの服に身を包んだイヌ科の顔。


 果たしてキツネか狼か、後ろに尻尾が見えている。ちゃんと尻尾用の穴は開けているようだ。


「もしや、新しい受講者の方ですか」

「え、あ、はい、えっと、これを」


 俺はしどろもどろになりながら、講座を受理したことを示す葉書を取り出した。彼女はそれを受け取って俺と見比べると、何度か頷いた。


「はい。サチコ・ウスイ様ですね。ようこそ、魔法教習所『香川塾』へ!」


 彼女はにこりと笑って、中へどうぞ、と言って歩き出した。後を追う前にもう一度だけ建物を見上げる。


 ここで本当に魔法が覚えられるのだろうか。なんだか化かされているような気がする。


 俺は別に陰陽師や山伏や尼僧や天狗になるために、来た訳じゃないんだけど。


 本当に大丈夫だろうか。抑えきれない不安と胸騒ぎを覚えながら、俺はケモ巫女の後を追った。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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