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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物が校舎を建てるには
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・レクリエーション

・レクリエーション


「あのー先生、ボクたちの夏休みって、どうなるんでしょうか」


 夏の日差しが熱中症避けの麦藁帽子に突き刺さる、七月最初の授業、生徒の一人がいきなりそれを聞いてきた。どうして選りにも選って俺たちなんだ。


「一応仮校舎の店舗はそのままにしておいて、夏休みの間に学校に来て、商品を作ったり卸したりしても、いいそうだよ」


 俺は当たり障りのない答えを返すことにした。夏休み没収なんて無茶は有り得ないし、かといってじゃあ夏休みだから、学校に来るなとも言えない。


 部活やってない奴が、夏休みに学校に来てはいけないという、校則はないのだ。


「まあそんな訳だから、暇ならちょいちょい店の手伝いに来るんだね。お前らも他の商品が増えて、夏祭りにもいっちょ噛みできそうなんだろ。頑張った甲斐があったんじゃないか」


 気を遣って励まそうとしてみるも、生徒たちから漂うのは素直に喜べないほろ苦い空気。おい止めろよ。そんなジャパニーズスマイルなんか見たくもないよ。


 ことは思った以上に深刻だな。今もこうして将来に備えて、畑ゴーレムを量産するという、授業とは名ばかりの作業時間を過ごしているけど、もうそんな場合じゃないな。


 ならばどうするか。冷静になって考えろ。今の俺にできそうなことを。


 まず元の世界こと、日本の学生基準で考えてみる。俺が彼らの不仲を把握していることを告げて、頭ごなしに説教して謝らせようとする。これは明らかに駄目なケースだ。無神経に過ぎる。


 ストレスへの耐性が低い、もしくは問題解決能力の乏しい人がやりがちな失敗だ。不安や面倒さから逃れるために、一刻も早く問題を片付けてしまおうという脳筋思考だ。


 ではミトラスを使って、目の前で小芝居でも演じてみるか。


 彼らが今抱えている、気持ちの問題を目の前で再現して、上手く収めて見せることで、生徒たちに問題の解決方法を、カンニングさせるのだ。


 いやこれも駄目だ。そんな器用な真似が即興でできるなら、こんな悩んだりしない。


 それに恐らくだが、彼らはたぶん俺より年上。この授業は偏に、彼らの良識で以て存在している。年下の先生が何かを言って聞かせようとして、信頼を損ねたら学級崩壊待ったなしだ。


 俺が何時何処で誰にどう舐められても、おかしくない立ち位置にあるということを、忘れてはいけない。ミトラスを頼ろうにも、被害が一人増えるだけのような気がする。


 俺たちが彼らに直接、どうこうしようという方針は上手く行きそうにない。歯痒いことだけど、ガス抜きさせるのがせいぜいか。


「ミトラス、今日の授業、変えてもいい?」

「そのほうが良さそうですね」


 隣で黙々と作業をしていたミトラスが、麦藁帽子を上げながら言う。良し。許可は貰った。


「なんだか皆調子が悪そうだから、今日は仕事休んで授業をします。はい、普段担当してる班毎に分かれてください」


 自分でも気が狂ったような、発言をしてると思う。仕事を休んで授業をする。その言葉に生徒たちも困惑しているが、とりあえず班に分かれてくれる。


「最初に水増し式のレベルアップはやったけど、模擬戦はほとんど、やってなかったからね。好きに作って戦わせてみなさい。ただしそのときはちゃんと俺たちに宣告して、グラウンドの中央で周りから離れてやること。俺たちも参加するから挑戦してもいいよ。ミトラス、準備を頼む。それじゃよーい、始め!」


 とりあえずそう言ってみたものの、生徒たちの反応は今一つ。


『いきなりそんなこと言われても』という感じだったけど、急かしても仕方ない。俺は俺でレベル上げに、勤しむこととする。


「それで、これからどうするつもりです?」


「どうもしないよ。せいぜい不満の目眩ましにでも、なればと思ってね」


 生徒たちから出して欲しいと言われた魔物を召喚しながら、ミトラスが小声で聞いてくる。元より黒板も教科書もない授業だ。これくらいは良いだろう。


 俺はスケルトンを五体ほど出してもらう。男性型が三、女性型が二。


 スケルトンたちに命令を出して一体を残して分解させ合う。破壊ではなく分解だ。


 骨に骨を這わせて補強し、余分な手を握り合わせることで、輪っかにし留め金の代わりにする。一体のスケルトンを、他のスケルトンの骨で補強していく。


 うん、頭蓋二つを肩パッドに、もう二つはグローブ代わりだ。流石に人体四つ分の骨を、全部使うのは苦労したが、その甲斐あって中々立派だ。


 余った骨で作られた鎧に包まれた、白一色の体は非常に肉厚、いや骨太。流石にこれで五レベルとなるほど強くはないが、物理だけなら随分戦えるはず。これはスカルウォリアーと名付けよう。


 生徒からは奇妙なものを見る様な視線が。一種類しか素材となる魔物を使ってないからだろう。一番早くに出来て挑戦者待ちをしていると、生徒たちの中から一団が進み出て、模擬戦の申し込みをしてきた。


「先生、ボクたちで試合します」

「いいよ、並んで」


 他の生徒たちが気不味そうに彼らを、避けているのを見るに、たぶん彼らが、対立を起こしている者たちなんだろう。


 見れば片方の何人かは、うちの制服と良く似た和服を身に付けている。


 どうやら衝突したとされる後発組は、和服担当班のようだ。もしやこの特に意味のない勝負で、何かを決しようというのか。対峙する彼ら、交錯する視線。


 少年漫画みたいな展開しやがって。


 外見から察するに和服を着ているほうが後発の和服班で、そうでないほうが雑貨班か。


 楽器班はいないようだ。あいつらだけ自由というかマイペースというか。


「ここで白黒はっきりさせてやる」

「それでお前たちの気が済むなら」


 おい止めろ。急に意味深な会話を始めるな。とはいえやるとなったら、見届けなければいけない。


 和服組の作った魔物は、スケルトンにリビングアーマーを着せて、中の隙間をアースゴーレムで埋めた、三段重ね。背後に揺らめく陽炎は、ゴーストが憑いていることを示している。使用魔物は四体。


 目を引くのは配色だ。純白の鎧には赤と金の炎模様が描かれ、関節部から覗く土は黒。甲冑の細部には花を模したタイルを埋め込んでおり、やたらとお洒落。面当ての奥に見える、白骨の眼窩には渋みがある。


 対して雑貨班が用意したのはスカルナイト。俺が今年の春の大会で優勝した際に、使ったのと同じ物を用意したのか。


 手堅いと言えば手堅いが、そこは俺も製作者、違いは一目で分かる。彼らの工夫は軽量化と重量の再分配にある。


 リビングアーマーの随所にスリットが設けられ、所々に起伏が追加されている。外側である全身甲冑が中身のスケルトンに合わせて、調整されているのだ。なんとも繊細な工夫だ。ナーバスと言ってもいい。


 原作者贔屓と言われてしまうが、スカルナイトの表情も、どこか晴れやかに映る。


「勝負が着いたら、ちゃんと気持ちの清算をしなよ。それじゃあ、用意……始め!」


 開戦の合図と共に、生徒たちが用意した魔物が己の勝利のために歩み寄る。お互いに手が届くほどの距離まで近付いて、拳を振り上げる。


「叩き潰せ! アーマーゴーレム!」

「負けるな! スカルナイト!」


 吠える両陣営に湧き上がる歓声。湧き立つ観衆。

 いいぞお前たち、仲良くケンカしろ。


 この勝負を通して、彼らが少しでも、自分の気持ちを整理できればいいのだが。


「サチウスはどっちが勝つと思いますか?」

「お前まで夢中になるんじゃないよ」


 ミトラスがキラキラした目で、こちらを見上げる。こっちが内心で気を揉んでいるというのに、こいつと来たら。


 どっちが勝つだって? そんなの俺のスカルナイトがに決まってるだろうが。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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