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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物が校舎を建てるには
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・それは果たして幸運か

・それは果たして幸運か


 週末の夕方に開かれた、第十三回群魔区地域振興会議は、仮校舎ことウィルトの教会で、開かれることとなった。


 とは言っても妖精学校の授業に、便乗してのことなので、会議と呼べるほどの人数の大半は、相手側の学生と職員である。


 この時間でやることは、校長からの業務報告に加え生徒たちが、どんな商いをしていくのか討論し、実践に移すための試行錯誤の時間である。


 学生のアルバイトなら、日本なら門限のようなものあったが、ここではどうだろう。


「えー、この度市から本校の授業の一環として、店舗の出店並びに開発した商品の販売を、許可して頂きましたことを報告いたしますわ。詳細については……」


 タニヤ校長がタニヤ校長よりも、大きい書類を読み上げていく。店舗の出店は神無側市内と彼らの本籍地とでも言うべき、妖精の国に限定されていたが、むしろ群魔区内に限定されなかったことを、この場合は喜ぶべきだろう。


 これは魔物呼ばわりされても、人間側の妖精に対する印象は、悪くないことを意味している。まあ一部の妖精は、利益の為に囲われちゃってるらしいし。


「ということで、本日からこの教会が妖精学校の店舗第一号となりますの! ここから商品を作っては他のお店に卸したり、販売して校舎の復興資金に充てていきますわ! 皆様どうぞよしなに」


 おいちょっと待て。いいのかそれ。如何にウィルトがきな臭い運用をしている教会とはいえ、それは許されていいのか。


 隣を見れば、ディーがしてやったりという顔をしている。どうやら彼女の考えらしい。それもそうか。


 それならこれも、ウィルトもある程度納得しているというか、織り込み済みの話なんだろう。


 俺はそう思っていた。だからほっとしながら反対側の隣を見たのだが。


 ――ウィルトのこんな無表情初めて。


 端的に表すと、想定外の案件にフリーズ起こしたという感じだ。


 自分の家に更なる区分が設けられたことは、予定にないことのようだった。


「群魔区役所をお手本として、我々も商品を開発し、運営資金を獲得していく所存です。差し当たっては、取扱い品目の決定から始めますわよ!」


 ウィルトが固まっている間に、タニヤ校長は眼鏡をクイっとしながら説明を続けた。人差し指と親指でレンズをつまんで持ち上げるほうの『クイっ』だ。


「ここで最初に扱う商品を絞ることで、目標を具体的にすることにぐっと近づきます。皆さん奮って意見を募りますわ! 安心してくださいまし、細かい計算はディー先生が、してくださいますから」


 校長陛下のお言葉に今度はディーが固まる。

 なんだ? 雲行きがおかしいぞ?


「幸いにして市と区から助成金が、下りることになりましたので、全額稼がなくても良くなりましたから、あまり気負わなくても大丈夫っ!」


 俺の前の席に座っていたミトラスが、静かに溜め息を吐いた。顔色が良くない。助成金と言っても出所は税金である。


 使途としては悪くないと思うが、こちらを優先したことで、また諸々の支払いが先延ばしになる。パンドラがいなければ、首が回らなくなる頃だ。


「幾らくらい出るの?」


「市が奮発して十万出してくれるのですが、うちの負担が一万、それとは別にうちが出さないと、いけなくなったのが三万、合計四万の痛い出費。一方彼らは十三万の身入りで、復興には王手が掛かっています」


 既に勝負が着いている。これで寄付金まで集まろうものなら、完全決着である。質を問わなければ、既に家を建てられるくらいの金額だ。


「何故またそんなにお金が出ることになったんだか」


 俺は気になったことをそのまま口にしていた。特に誰に尋ねたつもりもなかったけど、硬直から復帰したウィルトが説明をし始めた。


「……妖精学校は元々人間にも開かれていましたし、魔物扱いとはいえ、妖精は人間との関係を、ほとんど悪化させていません。それに学校が一般にも開かれていた時点で、公共に資する施設の要件は満たしていましたし、今回の件に対して同情的な意見が多かったのは事実です。些か納得はしかねる部分がありますが」


 つまりこの世界の世の中の空気では、妖精は魔物ではなく、隣人や奉仕種族のように思われていて、人間が特別に妖精を好きだから、肩入れしてもらえたというわけだ。


 そのせいでうちは財政に、思わぬ打撃を受けた訳なのだが。なんかずるい。


「タニヤ校長たちからすればもっけの幸い。この機に乗じて今回導入した、この風変りな授業や体制を確立するつもりでしょうね」


 何故かちょっと敵対的な響きを乗せて、ウィルトが呟く。彼らが助かる目処が立ったのはいいことだし、区役所をお手本にしてくれるらしいから、そこまで悪い気はしないけど。


「生徒及び職員の皆さん! 今こそ第二の区役所となるべく奮起するのですわー!」


 礼拝堂の檀上でピコピコとよく動くタニヤ校長は、非常に可愛い。意外にお調子者なのな。この前までの落ち込み様が嘘みたいだ。


 まるでアッパー系の童話のような、急な事態の好転具合だが、俺の脳裏に不意に『妖精の仕業』という言葉が浮かび上がった。


 勝手に仕事が仕上がっていたり、いつの間にか物事が上手く進んでいたりとか、そういう意図せぬ幸運に巡り合うときに、言われることだ。


 もしもそれが本当にあったとして、妖精たち自身を対象に起こると、どうなるのか。たぶんこういうことなんだろう。


 掛け値なしの幸運じゃなくて、ちゃんと他人にそのしわ寄せが来る辺りが、童話との違いか。そこは八方丸く収められなかったのか。


「まあこれで俺たちも気が楽になったし、いいんじゃないかな」


「逆ですよサチウス。この状況でコケたら、目も当てられないってことなんですよ」


 脅かさないで欲しい。世の中勝ち確と思ってた時季が過ぎ去るのは、良くあることだけども、この状況でそのケースが来ると、最悪助成金に手を付けたのに、なんてことにもなりかねない。


 あれ、むしろ責任重大なのか。


「こんな最初に詰めの段階が来るなんて、むしろ詰みです。勢いだけで調子に乗って、終わってみれば助成金の取り崩し、なんてことにならないよう焦らずに、当初の予定通り夏までを目処に、じっくりと生徒を育てて事に当たらせないと、大火傷しますよ」


 こうして、ある程度の失敗を前提としていた俺たちの授業計画という名の目論見は脆くも崩れ去り、資金にゆとりが出来てしまった妖精たちへの、より慎重な対応が、求められることとなってしまったのだった。

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