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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物のレベルを上げるには
1/227

・発端

 某年某月某日某世界、そこは剣と魔法の世界であった。そこには魔物がいて、勇者がいて、魔王がいた。ある時人間と魔物は争い合い、互いの雌雄を決する戦いがあった。結果は人間の勝利に終わり、一部の魔物とも共存を始めた。戦いの傷を癒す間に、両者にあった垣根は徐々に失われていった。



 ――そして、時は流れた……。


 ――流れて、しまった……。



「という訳で、この群魔区も次の市町村合併の対象となります。付きましては、この区の制度も解散を予定しています」


「お、お待ちください市長! それでは僕たち魔物はどうなりますか!?」


 とある古い――時代的な意味で――市庁舎の一室にて、小さな子どもの姿をした人物が、老齢の人間に取り縋る。二人とも背広姿、ではなくゆったりとしたローブのようなものを、身にまとっていた。


「魔物は人類に敗北しました! 戦いを嫌って人間に下った僕たちが、人間の町で暮らしていくためには群魔区が必要です! この中でなければ僕たちの人権は保障されません! ここが無くなれば僕たちは皆、人権を失って路頭に迷うことになってしまいます!」


「今更そんな説明台詞を言われんでも分かっておる!」


 服の端を掴んで離さない子どもに、市長と呼ばれた老人がぴしゃりと言う。


「残念じゃがこれも市民の声というやつじゃ。お主らに害がないことは儂もよう知っておる。下手な人間より納税しとるしの。じゃがこれも時世、魔王との戦いが終わったのに、人の街に魔物がおる。それが気に入らんという輩が、今はあまりに多すぎる。無理もないから無碍にもできん」


「で、では、僕たちはこのまま人間扱いされなくなって、野良と成り果てるしか」

「早まるでない」


 頭を抱えて涙声になる子どもの頭を撫でながら、老人は続けた。


「このままではお主の言うとおりとなろう。じゃがまだ予定、ここから群魔区を盛り立てることができれば、それも見送らせることができるじゃろう。何か手を打つのじゃ。良いな区長」


「市長……はい!ありがとうございます!」


 掴んでいた服の端で涙と鼻水を拭うと、区長と呼ばれた子どもは、何処かへと駆け出していく。その背中を見送りながら、老齢の市長はため息を吐いた。


「市民の声、か」


 市長はすっかり禿げ上がった頭をかくと、白くなった髭に囲まれた口は苦々しげに、そして寂しそうに、呟いた。



 おかしい。俺は昨夜自宅でいつものように、ゲーム三昧して布団に入ったはずなのに。起きたら全く知らない場所だ。


「という訳なんです!」

「それで話が進められると思ってんのか」


 寝起きの俺の前に現れた、小動物めいたこの子どもは、胸倉を掴まれている間中、のべつ幕なし事情の説明を垂れ流していた。


 俺のほうの事情はこうだ。寝て起きたら異世界でした。しんどい。何がしんどいって公衆の面前にスウェット姿を晒したことが。寝る前に使ったエロ本までは見当たらなかったことと、眼鏡が付いてきたことは不幸中の幸いか。


 今は案内されたどこぞの建物の一室だが、起きた時は天下の往来だった。こんなことならブラジャーして寝ればよかった。唯一自慢の長髪だって手入れができない。


「突然召喚したことはお詫びします。ごめんなさい! でももう他の人に頼るしか思い浮かばなかったんです! お願いします! 手を貸してください!」


 人の話を聞かない、というより聞く余裕がないといった感じのこの子ども、改めて見ると、実際に変わっている。


 ファンタジックな緑髪に、頭部から生える猫耳、前髪に隠れた目は金色だ。実際に悪魔っこなのかも知れないが、今そのことは関係ない。ていうか尻尾はないのか。


「お前そうは言っても俺には家族もいれば生活もあんだよ。そこの所をなんとかしないとさあ」

「あ、そ、それはなんとかできます!」

「ほう、どうやって」


 ぱっと顔を上げたかと思うと、子ども区長がそんなことを言う。学校に通うという、地味に避けることが難しい課題を、どう解決するというのか。


「召喚されたものは元の世界に送り返す時に、元の時間にも戻せるんです」

「でも、俺は年を取るよな?」


「大丈夫です。移ろわざる時の呪いを受けるが良い!」

「お前今呪いっつったか?」

「ふう、やりました。成功です」


 おい何いい汗かいてんだ。達成感を浮かべた顔をするな。


「今あなたに不老不死の呪いをかけました。これで問題はないかと」


「お前さらっと赤の他人に対して、とんでもないことをしてくれるな」


「みんなの暮らしを支えることに比べれば、些細なことです!」


 しれっとスケールのでかいこと言ったな。オタクのスペックで不老不死とか拷問だろ。


「どうですか!? こ、これで! なんとか手を貸して頂けませんでしょうか! 手を貸してくれないと、お、おうちに帰してあげま……ゴニョゴニョ」


 余裕がない割にしつこいな。いや、余裕がないからしつこいんだろう。というか脅すなら最後まで言い切ろうよ。そこで罪悪感に打ち負けるなよ。とにかく、分かったことが幾つかある。


 一つ、俺は異世界に勇者的な感じで召喚されたこと。

一つ、俺を召喚したのはこのショタッ子であること。一つ、割と真面目な話らしいってこと。


 もっとハイスペックな奴を呼べば良かっただろうに、案外そういうところも余裕がなかったのかも。何にせよ選択の余地はないようだ。


「は〜、分かった。こんな俺でよければ手を貸すよ」

「本当ですか!?あ、ありがとうございます!」

「約束するよ」


 うん、お礼もお詫びもできるんだから悪い子じゃないんだろうな。よく見ると可愛いし。興味がない訳じゃないし、友達もいないし、現代的な娯楽はなさそうだけど、見捨てて帰ったらトラウマになりそうだし。


「で、では早速お仕事をお願いしたいんですが、何から見てもらいましょうか」

「待ってよ」

「え?」


 子ども区長が引き止められて、また不安そうな顔をする。ころころ表情が変わるが、できればもっと明るい顔を見てみたいな。


「自己紹介がまだだろ。しようよ」

「あ、あっはい! えっと」


 そう言うと、今度は急に大人しくなった。恥ずかしくなったのだろうか。仕方ないから俺から言うことにする。


「初めまして。俺は臼居祥子。いや、一応外国だからサチコ・ウスイになるのか? まあ好きに呼んでくれ」


「あ、は、初めまして。僕は、ミトラス。魔王の息子で、今は群魔区の区長を務めさせて頂いています」


 気が動転していたせいか、ついタメ口を利いてしまったけど、とんでもないのが相手だった。友達がいなくてコミュニケーションに劣る自分が恨めしい。今からでも言葉づかいを改めようか、止そう、ここでへりくだったら不審だ。


「そっか。これからよろしく、ミトラス」

「これからよろしく、ええと、サチウス」


 意趣返しなのだろうか。いきなり小学生時代の、不名誉なあだ名で呼ばれたこの瞬間から、俺の異世界内政ライフが始まってしまったのだった。


初めまして。泉ともと言います。

拙いものですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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