プロローグ
仮想現実没入──VR。眼鏡に投影するような拡張現実投影とは異なる本物のそれが民間世界に現れてから十四年。その間、四度の大躍進があった。
第零世代VR、軍事用独立型感覚再現機。
現在全ての民間生産機体に義務付けられている強制遮断の能力の存在しない、いちばんはじめの機体。
第一世代VR、独立型単純視聴覚投影。
初めて人類が人間の脳へ意図したものを映し出すことが可能になった。方法面では拡張現実との差異は大きいものの可能なこと自体はまだそう変わらなかった。唯一と言って良い違いはVRにおいては心身負荷が一定以上に達した場合強制遮断措置がとられることで、この措置によって心的負荷となりうる情報についての知識が積み上がっていった。なお、視覚聴覚の投影がより早く実現されたのはそれらが五感のうちではより後天的に習得される(すなわち生まれてすぐにははたらかない)ものであることと関係しているとされる。
第二世代VR、独立型五感複写。
第二世代仮想現実の開発に伴い、拡張現実でも五感投影型のものが出始めるようになった。どの程度までならば危険なのかの実例が蓄積されていったからだ。
第三世代VR、独立型思考並行反映投射。
事ここに至り、VRはようやくあらかじめ用意してあったものを追体験するだけのものではなくなり、仮想現実の名に恥じぬものと言えるようになった。
第四世代VR、複数同期思考並行反映投射。
中央集約式を捨て、各利用者ごとの有機的量子演算機を利用して全体の演算を行うという方式を採用したことによって、複数人の思考に対しての即事反応は可能となった。しかしこの段階ではまだ一つの同期集団に対しては一種類の表示、あるいはその一種類の表示の視点違いしか示すことは出来ず、必然的に最も心身負荷水準の低い人間に合わせざるをえない状態であった。
そして第五世代VR、同時多種連動型=無矛盾多様表示形式思考並行反映投射。
第五世代仮想現実様式が登場してから三年後、西暦2058年。無矛盾多様表示形式という特性を最大限に生かした前代未聞の仮想現実上大規模多人数同時参加型ロール・プレイング・ゲームが発表された。名を"LOST₋EDEN"。
個人個人の許容限界ぎりぎりまで現実味を追求すると謳われたそのゲームは瞬く間に全世界の過去表現限界で満足できなかった人々を惹きつけた。また、より時間はかかったものの許容限界は低くとも仕組み段階での現実感を求める人々からも支持を受け、発売中のあらゆるRPGの中で最も高難度であると言われながらも発売後半年から安定して黒字を達成するという快挙を成し遂げる。
月額課金式、別途の課金アイテムは現金との換金アイテムのみ、という徹底ぶりにも関わらず。なおこの課金アイテムは七色、あるいは玉虫色に輝く半固体の形状をしており、プレイヤー間でもプレイヤー―現地住民間でも譲渡が可能。現地住民からは見た目の美しさと希少価値からゲーム内通貨よりも価値があると思われている(2060/8/24現在)。もともとはRMTに伴う諸問題防止のために導入されたこともあり、生産活動に利用する方法は今のところ見つかっていない。また、信用の無い人物が持っていても盗品と疑われて受け取られないという事例も確認されている。現実との接点ともいえる課金アイテムでこれほどだ。他の要素もまた想像に難くない。
しかし、プレイヤーからしてみればどうでもいいような気もするが、ひとつゲームの名称について気になることがある。公式電脳空間によればゲーム内部にはいくつもの小世界があるらしいのだ(開始から二年三ヶ月経った今でも共通開始世界のひとつしか見つかっていないが)。ならば、その中にはなにが含まれているのか?
つまり、
"LOST EDEN"ははたして失われた楽園か。はたまた楽園は既に──失われたのか。
※超能力者:Super-Natural Ability User、略してスノウ。能力は人によって様々で、最高位の能力者と低位能力者とは雲泥の差。SS、ST、SO、A、B、C、Dの各段階に分類される。所属する国家にもよるが、大体SOまたはSTから上は人間ではなく兵器として扱われることが多い。
なお主人公は戦略級超能力者であり、後述する特異能力者でもある。
※特異能力者:人間に見えるなにか。生物かどうかあやしい。詳細不明。 学名Homo Sapiens Credence。超能力者でない個体が発見された例はなく、大規模な能力の持ち主が多い。