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ワンライ自選集

ながめの魔女

作者: yokosa

【第56回フリーワンライ】

お題:

囁きの雨

遠い視線の先に


フリーワンライ企画概要

http://privatter.net/p/271257

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負

 そこはどこにでもある小村だった。

 しかし、中央暮らしの彼の贔屓目を抜きにしても、寂れた印象の村だった。この時期は農村ならば小麦の作付けも終わって、普通なら弛緩した空気になるものだが、もう何年も飢饉が続いたかのように、村全体をじっとりと淀んだ空気が覆っている。

 溜息を吐く代わりに皮の簡易鎧を撫で付け、胸中で呻いた。腰から吊した護身用の短剣が金具を鳴らす。

(これが本物の魔女の仕業か)

 魔女。魔女スイハープ。この春に赴任してきた神父によって告発され、捕縛された魔女。

 彼、アーサー・リーチがここへ派遣された理由でもある。神父の告発に拠れば、五人もの村人が衰弱し、また村全体に生気がないのは、魔女の仕業であるという。実際に魔女捕縛以後は村人は回復傾向にあるものの、確たる証拠も関連も不明だった。

 そこでリーチの出番となった。調査官として現地に赴き、原因を究明せよ、という辞令だ。


 リーチは村を一通り見て回った。魔女の儀式場とされる洞窟も、魔女の“表向きの姿”だった雑貨屋も、そして生気のない村人も目にした。

 次にリーチが向かったのは、衰弱のために保護された村人の家々だった。体調の回復と保護の観点から中央に移送され、彼らの家は現在無人である。

 どの家も村全体と同じように閑散としていた。人気がないのを差し引いても異常なほどに。

 またそれらの家の特徴――というか、この小村の建築物に共通した特徴だが――として、どこもかしこも畑に面した壁に、横長の窓を備えていた。リーチも予備知識としては知っていたが実際見るのは初めてだった。

 横長の窓は『長目』と言い、この地方の気候に起因するもので、長雨が続いても屋内から屋外を見渡し、それによって無聊を慰めるのだという。単に気象災害をいち早く察知し、畑を守るという実利的な面も多分にはあるだろうが。

 またもう一つ特筆すべきは『鳴瓶』だ。各家の軒下に大小様々な瓶が置かれていて、一見すると異様ではある。これらは雨が降ると軒先の雫を受けて澄んだ音を奏でる。水琴窟の一種だ。これもまた長雨を過ごす工夫である。

『長目』も『鳴瓶』も“ながめ”と呼び、“ながめ”とは長雨であり、それを見守る眺めでもあり、また雨の音を楽しむ瓶でもある。


 ぽつぽつ――

 最後の家を訪ねる前に、雨足に追いつかれた。リーチは駆け足で最後の家に飛び込んだ。

 そこも特に変わったところはなかった。勿論、他と同程度に寂れている。

「手がかりはなし、か」

 今度は隠そうともせず溜息を吐いた。

 ロッキングチェアを窓に寄せて、腰を下ろす。証拠らしい証拠もなく、どうせ外は雨で身動き出来ないし、調査は行き詰まっている。休んだところで誰に咎められるわけもない。

『長目』の窓の景色は早くも雨に煙っている。村の中でも一段高いこの家からは、村の様子もその向こうの畑も一望出来た。

 ぼんやり眺めていると、鼓膜に触れるものがあった。小さく長く深く響く音。『鳴瓶』の音色だ。

 じめじめとした雰囲気を押し流す静謐な音楽。長雨と『鳴瓶』の音色に包まれて、リーチはついうとうととしてしまった。


 暗闇の向こうに小さな白い点が見える。

 遠すぎて判然としないが、なぜかその点が人の顔であるとはっきり確信した。

 点の顔が引き裂けるほどの大口を開けて言った。

『さあ、こちらへいらっしゃい……』

 抗いがたい囁き声に導かれるように、手を差し出した。

 ほんのすぐ近くで不思議な音色が聞こえる――


 がたん

 急に体勢を崩して、リーチは飛び起きた。無理な格好で体重移動させたためにロッキングチェアが傾いだのだ。

 リーチは反射的に顔をぬぐった。水でも浴びたかのようにぐっしょりと汗で濡れている。顔だけではない。全身もだ。そして高熱の後のような異常な疲労感が溜まっている。

 そして、

 ピィィン――

 雫の奇妙な音に弾かれるようにして立ち上がると、リーチはほとんど体当たりするようにしてドアから飛び出し、『鳴瓶』を蹴り倒した。

 雨を身体に受けながら、肩で息をする。

「……これだ。これが原因だったんだ」


 *


「要は暗示だったのです。

 仕掛けは『鳴瓶』の音でした。表向き雑貨屋を営んでいたスイハープには、村人に売りつける瓶に細工することなど造作もなかった。後は長雨の時期になれば、長時間降り続く雨によって『鳴瓶』は自然と奏でられて、村人の精神に暗示を掛けられる。そうして意識を絞り上げ、自在に操った。

 今にして思えば、魔女の儀式場だった洞窟も天然の水琴窟だった。もっと早く気付くべきでした。

 スイハープの犯行は、あの地方、あの村の風習を利用したものだったのです」

 そう一息に告げると、リーチは証言台から下がった。

 調査官アーサー・リーチのその証言によって、魔女スイハープの行状は決定的なものとなり、刑が確定した。

 こうして農村を覆っていた魔女という名の淀んだ空気は取り払われた。



『ながめの魔女』了

 なんちゃってファンタジー。なんちゃってミステリー。

 アーサー・リーチはResearchのアナグラムで、あと魔女の名前ははスイハープから。構想していたことは全てやり切った感があるので、他に言うことは特にないかな。

“ながめ”は短時間にしては結構ちゃんとこじつけられたと思う。


 あ、先週ワンライやらなかったのはナチュラルに忘れてたからです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  御作「ながめの魔女」拝読しました!  主人公の名前のアナグラムや「ながめ」に関するギミックなど、短時間の執筆のなかで凝った工夫が光ってるなあ、と感じました。  文章も整っていて読みやすく、…
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