#08
*
「……希帆?」
誰かに名前を呼ばれた。ここは、どこだろう。宛もなく走った私は、その声で顔を上げる。そこには、両手にスーパーの袋を持った岳がいた。
「岳……」
「ここで何してんだよ?夏祭りは?晴人はどうしたんだよ?」
私は岳の質問に答えることなく、その場で再び涙を流した。
「ちょっ……なに泣いてんだよ……」
岳は私のもとに駆け寄り、頭をポンポン撫でた。
「……おばさんいる?」
そう聞かれ、私は首を横に数回振った。
そして、私の手首を掴み岳の家に連れ込まれた。
私、自分家まで走ってたんだ……。何も考えずにひたすら走ったから、なんか疲れたな。
岳に岳の部屋まで導かれ、「座れ」と言われ床に座る。そして、岳からお茶の入ったコップを渡された。
「……晴人は来たのか?」
正面に座った岳は、お茶を一口飲み聞いた。
私は、再び首を横に数回振った。
「来なかった。一時間待っても……で、街中を歩いて探してたら、女の人と歩いてる晴人君見つけて……」
「女の人……」
「すごく綺麗な人だった……。晴人君の彼女に、ピッタリの人だよ……」
また涙を流す私の隣に岳は座り、また私の頭を撫でた。
「……まだ、彼女とは決まってねぇじゃん」
「間接キス……してたもん……」
「晴人の一方的な片想いかもしんねぇじゃん」
「そうだとしても……もう、私には振り向いてくんないよ……」
それ以上、私も岳も何も喋らなかった。
しばらくすると、車が停まる音が聞こえた。音からして、私のお母さんだ。
「お母さん……帰ってきた……」
「……もう帰れ」
「うん」と岳に言い、岳の部屋を出た。
*
夏休みが終わる。
俺は、いつも通り希帆ん家の前で希帆を待った。
夏祭りの日以来、希帆は家から一歩も出ていないらしい。おばさんから、何かあったかと聞かれたが、大丈夫だからと無責任なことを言ってしまった。
……本当は、希帆が失恋して喜ぶべきなのに。希帆が、晴人ばかり見なくなくなるのに。
しばらくすると、希帆が家から出てきた。いつもは朝なのに元気良く挨拶してくるが、今日は口を開かない。
「……はよ」
俺から挨拶すると、希帆からは「……うん」と返ってきた。いつもとアベコベだ。
俺達は無言で足を進めた。こういう時、希帆に何て声をかけてやればいいんだろ。俺、全然使えねぇな。
そうこうしているうちに学校に着いた。
教室に入ると、ドアの後ろに白石が来ていることに気づいた。
俺と白石はメアド交換はしたものの、メールやLINEで喋ることは少なかった。学校で話すのは勿論の事、最近やっと敬語で話さなくなったくらいだ。
白石は俺と目が合うと、パッと笑顔を見せ、俺を手招きした。
「……何?」
「あのさ……飛鳥君、いるかな?」
何で風馬?と思ったが、白石の隣で何やらモジモジしている人が関係あるのだろう。
俺は風馬を呼んだ。風馬は、白石の友達らしき人と少し離れた所へ行ったため、俺は白石と二人きりになった。
何話そう。っていうか、話さなくていいかな。
「……あの、星川君」
ここを立ち去ろうとしたら、白石に呼び止められた。
「野咲さん……大丈夫?」
「……?希帆?」
何で白石の口から希帆の名前が……。二人が話してるところ見たことねぇんだけど……俺が見たことないだけか?
「……何で?」
「噂なんだけど……野咲さん、晴人君に夏祭りドタキャンされたとか……」
「……!」
それ、噂になってんのか……?
「……所詮、噂だろ」
「私もそうだと思ったんだよ?でも、その噂の発信源が、晴人君って……」
「……は?」
なんだよ、それっ……。
晴人が噂の発信源って、夏祭り誘ってくれたのもハメる為だったのか……?でも、元々の原因は、誘うことを進めた俺じゃねぇか……。
「……にしても、野咲さんも凄いよねぇ。晴人君からの誘いに、のっちゃうなんて」
「?どゆこと?」
「これも噂なんだけどね、晴人君、中学の頃から女癖悪かったらしいの……。色んな女の子と付き合っては突き放したり、期待させといてドン底に突き落としたり……」
「顔だけはいいのにね」と笑う白石に、俺は改めて晴人がどんな奴か思い知らされる。晴人は、希帆に気があると期待させておいて、突き放すつもりだったんだ。
「……ま、信じちゃう野咲さんも野咲さんだけど」
白石の笑い混じりの言葉に、ちょっとイラッとくる。
「……希帆をバカにするなよ」
それだけ言い捨てて、俺は教室の中に戻った。