09 学園・討伐・ヤンキー女
早朝。
空はオニマディッカ魔術学園の正門前に来ていた。
昨日、空が捕まったあのワインレッドの髪の女性アルギン・ロイス・オニマディッカは、なんとこのバカでかい学園の学園長であった。
空は何故呼び出されたのか未だ分からない。
旅立って以来、分からない事だらけだ。
「あの、ロイス様にお呼び頂いた者なんですが……」
先日突っ撥ねられた衛兵のお姉さんにそう伝える。
「この前の者ですか」
彼女の目つきが尖ったので、空は慌ててバッジを取り出し見せた。
「……む、学園長の賓客の方で御座いましたか。これは失礼致しました」
彼女は軽く一礼すると、こう続ける。
「そのバッジは賓客として学園内を歩く際に身につけて頂く物です。左胸にお付け下さい」
「分かりました。有難う御座います……えーと」
「ユーリと申します」
「有難う御座います、ユーリさん。空春野です」
「ソラ・ハルノ様ですね。少々お待ち下さい」
そう言ってユーリはもう一人の衛兵に何かを伝えると、空のもとに戻ってくる。
「それでは学園長室までご案内致します」
そう言うと、空とユーリは学園内へと足を踏み入れた。
「右手側がグラウンドになります」
「へぇー、大きいですね」
暫し歩くと大きなグラウンドが見えてくる。
東京ドーム半個分くらいあるんじゃないか、と思う程の大きさだった。
「正面の建物が本館です」
「おおぉー」
空は視線を正面に戻すと、驚嘆した。
そこには煉瓦造りの旧ヨーロッパ風の大きな三階建ての建物があった。
空の在籍していた大学の一番大きな建物に匹敵する大きさである。
空はユーリに誘われるまま本館へと入り、階段を上った。
「本館1階では魔術の、2階では教養の授業が行われています」
「そうなんですか」
2人は更に階段を上り3階へ向かう。
「3階には主に教員室、学生会室、学園長室などがあります」
「なるほど」
空は向かう先が学園長室だと予感した。
ユーリはドアをノックし、背筋を伸ばして言った。
「ソラ・ハルノ殿が参られました」
すると中から聞き覚えのある声が聞こえる。
「通せ」
ユーリはドアを開けると、空を促した。
空が中に入るとユーリは一礼し、外からドアを閉めた。
空はとりあえず目の前の女学園長アルギン・ロイス・オニマディッカにお辞儀をしておいた。
「ソラ・ハルノ。貴様を歓迎しよう」
唐突にそう言うアルギンは不敵な笑みを浮かべている。
「……歓迎というのは、どういうことでしょうか?」
「我が学園に入学せよ、と言っている」
空はまだ理解できない。
「何故か、聞いても宜しいですか?」
「貴様に拒否権は無い。昨日の罪を不問にしてやるから、入学しろと、そう言っている」
「……はい」
理由は話してくれないようだと察し、一言返事をして閉口した。
「ふはっ! そうだ、それでいい。決して野心など抱くな。貴様は私に従っていればいい」
アルギンは満足そうに笑った。
「安心しろ、金は全て私が出す。貴様は特待生という扱いでいいだろう」
(僥倖っ……! 何という僥倖……!)
空は美味しい話に喜ぶ半面、何か裏があるのではないかと少し不安になったが、結局アルギンには逆らえないだろうと思い考えないようにした。
「有難う御座います」
思わずアルギンにお礼をする。
「ふん。入学は一週間後だ。同じ時間にここに顔を出せ」
「はい、分かりました」
「では去るがよい」
「失礼しました」
空はぺこりとお辞儀をし、学園長室を後にした。
学園を出た空はギルドへと向かった。
急に学費と入学金が免除されトントン拍子に事が進んだが、無一文だというのは変わっていない。
生活費を稼ぐため、早急に何か依頼をこなさなければならない状況である。
思えば昨日今日と持参した干し肉しか食べていない。
(半日でもできる魔物討伐ですぐに稼いで何か食べよう)
空はそう考えると、少し足早になった。
「魔物の討伐で良いものってありますか?」
受付にフェリルがいたので、空はそう聞くと、すぐに返事が返ってきた。
「そ、ソラ様! 昨日は申し訳ございませんでした。依頼主が違法商人とは分からずに」
「ああー、いや、それはもう大丈夫ですよ」
「すみません。今後この様な事が起こらないよう、依頼主は厳重に選別して行こうという方針が我々の方で定まりつつあります」
「ええ。そうして下さい」
空がそう言うと、フェリルはほっとした顔をする。
「はい。ええっと……魔物の討伐ですね。それでしたら、Aランクのダイアウルフ討伐が良いと思います」
「ダイアウルフ、ですか?」
「西の森に群れで生息している凶暴で大きな狼です。討伐の確認は尻尾を切り落として持って来て下されば大丈夫です。一匹あたり3000セルの報酬となっています」
空は魔物と言うともっとおどろおどろしいものを想像していたが、狼と聞いて少し拍子抜けといった感じだった。
ただ、魑魅魍魎よりかは幾分ましというだけで、狼には狼の怖さがある。
気を引き締め直す空。
「なるほど。ではそのダイアウルフ討伐をやろうと思います」
「分かりました。でしたら、こちらの袋とナイフをお持ち下さい」
フェリルは袋とナイフを空に手渡す。
「有難う御座います。行ってきます」
空はそう言ってギルドを出た。
西の門を抜け、関所を過ぎて暫く歩くと、森に到着した。
この森は木の密度が低く、ある程度見渡しが効くので迷うことは無さそうだった。
(よーし、まずはこっちが先に見つけないとな)
先手必勝。
空はダイアウルフの先手をとって、というより背後をとってぶっ殺す算段だった。
その時は早くも訪れた。
(――いたっ!)
空はダイアウルフの姿を見つける。
気付かれないように、魔術を外さない自信のある距離までゆっくりと近づいた。
(でけぇええええええ)
ダイアウルフはでかかった。
体長2メートル以上はあるように見える。
空は生半可な攻撃じゃ駄目だと考えた。
当初はスタンガン魔術で無力化させて、それから止めをさせばいいと考えていたが、一発目で無力化できなかったとしたらマズいと感じる。
(火か……? いや、物理のがいいか……?)
空はダイアウルフの大きさに完全に臆していた。
それがいけなかった。
急にダイアウルフが空に向かって駆け出す。
ダイアイルフはいつの間にか空の存在に気づいていたのだ。
(は、速いっ!)
悩んでいる暇はなかった。
空は即座に木の陰から飛び出して、ダイアウルフに向かってフルパワーのスタンガン魔術を放つ。
強烈な閃光が辺りを照らした。
次の瞬間。
爆音が森をつんざく。
術者の空も咄嗟に身を縮こませる程の音と衝撃。
ダイアウルフは頭から前足にかけて黒焦げになり、一瞬のうちに息絶えた。
唖然とする空。
「………………こりゃ、封印だな」
尻尾を回収すると、これ以外に有効な攻撃方法がないか模索しつつ歩いたのだった。
「ふぅ……はぁ……こ、これで10匹目か……」
夕方になると、空は既にダイアウルフ討伐の要領をつかんでいた。
使うのは、岩である。
空は予てより、何故【玉水】の魔術が宙に浮かぶのかが疑問だった。
それは恐らく魔力が物質を、この場合は水を球形に留めるために、働いている筈だと推測した。
では、それが可能ならば、魔力を”推進力”として利用することもできるのではないかと空は考える。
結果は成功。
1トン程ある岩を魔力で持ち上げることができた。
その岩をぶん回して殴ることもできた。
1トンの岩の質量攻撃はダイアウルフにとても有効で、一発KOである。
しかしながら、この岩のぶん回し攻撃はかなりの魔力を消費するのか、空は10匹も倒した今、疲労困憊となっていた。
魔力消費を味わった事のない空は、それが魔力消費による疲労なのかも分からないのだが。
「ひぃー、疲れたぁー……今日はもう日も暮れそうだし終わりだな」
空は来た道を戻る。
すると、視界の端に何かが動くのを捉えた。
かなり遠くだが、人だ。
剣を持って戦っているように見える。
少し様子を見ると、どうやら苦戦しているようだった。
空はそう分かると同時に駆け出した。
―――
――チッ!
こいつらいつもと動きが違ぇ。
何かに怯えてんのか、捨て身で攻撃してきやがるッ。
そうか、あの昼間の雷で――、
「ぐあぁッ!!」
クソッ!
体当たりか!
早く体勢を立て直さねぇと……。
駄目だ、息が上がってやがる。
逃げるか?
いや、あいつらの方が足が速ぇ。
背中を見せたら即やられる。
どうする。
右のやつに斬りかかって、それからあたしの後ろ側に【炎火】で……。
いや、駄目だ、左側に【炎火】が先か……?
ああくそっ!
どうすんだよ!?
「うおおッ!!」
痛ぇ!
痛ぇなちくしょう。
こりゃいよいよやべぇかもな……。
……ああ、あれ?
意識が遠くなってきやがった。
もう、駄目だ、死っ――
「……ぇ?」
夢でも見ているような光景だった。
目の前のダイアウルフが横から飛んできた巨大な岩に押しつぶされて吹っ飛んだ。
ドシン、と振動をケツに感じると、次に不可解な音が聞こえる。
バリバリバリという奇妙な音が鳴る方を見ると、一人の男がいた。
男のかざした手から小さな稲妻の様な光が出ると、その光はダイアウルフを襲う。
一瞬で3匹のダイアウルフをぶっ倒しやがった……。
男がこっちに来る。
「大丈夫ですか!?」
……あ、こいつ、こないだギルドにいた奴だ。
同業者、か?
「…………ぅ……あ、ああ」
声が上手く出ねぇ。
「よかった! どこか痛くないですか?」
何だこいつ、随分と親切だな。
どこが痛ぇって、全身痛ぇよ。
……あれ、喋れてねぇ、のか?
……駄目だ、今度こそ、意識、が…………。
「も、もしもし!? もしもーし! 大丈夫ですかー!?」
遠のく意識の中で、男の呼びかける声だけが響いていた。
―――
空は目の前で意識を失ったこの女性が、この間ギルドで見かけたヤンキー女だと気付いた。
目を閉じていれば何ともまあ愛らしい顔である。
呼吸もちゃんとしているようだし、今はどうやら疲れて眠ってしまったようだった。
彼女を背中に担ぐと、帰路を急いだ。
西門をくぐった頃、背中がもぞりと動く。
「ぅ……ん……」
彼女が起きたようだ。
「あっ、起きましたか? 痛いところはありませんか?」
空は心配して声を掛けた。
「…………」
少し寝ぼけているのか、状況がつかめていないのか、彼女は何も言わない。
「大丈夫ですか?」
空が再度聞いた。
「あぁ?」
「ひいぃ」
ドスの効いた声が返ってきて、空はちょっとびびった。
「別に……ねぇ、よ」
「そ、そうですか。よかった」
彼女は少し強がった。
その証拠に、空の背中から降りることはなかった。
「お水、飲みますか?」
空は体の心配をする。
「……くれ」
彼女はどこか悔しそうな顔で、そう返事をした。
空は水属性下級魔術【玉水】の応用で更に小さい水の球体を作り出し、彼女の口元に運んだ。
「ん、ん!? ぐっ……」
少し戸惑った彼女だが、喉が渇いていたのかごくごくと飲み干す。
「ぷは……テ、テメェ……」
一般人なら確実にびびりあがる凄みのある声と、空を睨めつけるパンピーとは思えない程鋭い眼光に、空は足がすくんだ。
「おい……同業者、だよなぁ?」
彼女の吐息が首筋にかかりびくっとなり、それから空は口を開く。
「は、はい。空春野と言います」
「システィ・リンプトファート、だ」
互いに名乗り合う。
背中から声が響く感覚が心地良い。
「あなたもハンターなんですか?」
「おう……そうか、お前は知らねぇんだな」
「知らない? あっ、僕こっちに来たばかりなので……もしかしてシスティさんって有名なハンターだったり?」
「っ…………」
彼女は空にシスティと呼ばれて、少し頬を赤く染めた。
システィは父親以外の男にファーストネームで呼ばれることは初めてだった。
また、よくよく考えればシスティは男に触ること、ましてや背負われることも初めての経験だった。
(あ、これ、やべぇ、なんだこれやべぇじゃねぇか……しかもこれ……胸、が…………)
システィはそう思うと同時に、空の背中からバッと飛び降りる。
「え!? う、動いて大丈夫ですか!?」
「う、うるせぇ!!」
「えぇぇ!? な、なんか顔も赤いですし、安静にした方が」
「あぁん!!?」
「ひいぃぃすみません!!」
システィは空を威圧すると、くるりと方向転換して早足で去っていった。
「えっ!? あの、システィさん?!」
空が名前を呼ぶと、早足は駆け足になり、その姿はすぐに見えなくなった。
空は何か気に障る事を言ってしまったのだろうかと考えたが、その答えが出ることはなかった。
「半日でこんなに……と、とてもお強いのですね。こちら報酬の30000セルです」
空が受付のフェリルにダイアウルフの尻尾が10本入った袋とナイフを渡すと、若干引かれた。
フェリルは金貨3枚の入った巾着袋を空に手渡す。
ここスクロス王国では銅貨が一セル、銀貨が百セル、金貨が一万セル、そして白金貨が百万セルである。
街の庶民に人気の食事処で一食100セル程かかることを考えると、今回の報酬の30000セルはかなりの大金であることが分かる。
空は、これなら当分働かずに済むし、ギルドの宿舎をタダ借りしっぱなしの現状から抜け出すことも容易いだろうと思った。
「フェリルさん、ギルドの宿舎2日間も有難う御座いました。今夜から宿屋に移ろうと思います」
「分かりました。また緊急時はいつでもご利用して下さい」
「はい。どうも有難う御座います」
「宿屋はギルドの5軒左隣に良い所があります」
「そうですか。ご紹介痛み入ります」
フェリルに良い宿の場所を教えてもらい、空は早速そこへと向かった。
「1泊800セル、朝晩飯つきなら1000セルだ」
「飯無しで、えーと……7泊お願いします」
空は宿屋のおじさんにそう伝えると、鍵を渡される。
「2階の201だ」
角部屋でちょっと嬉しかった。
空は部屋に着くと早々に、ベッドに倒れる。
学園の事、学園長の事、予言魔術の事、生活費の事、システィさんの事……空の考える事は一杯あった。
色々と考えるうちに、いつの間にか眠ってしまった。
お読み頂き有難うございます。
色々と詰め込んだ結果がこれれす。
謎のヤンキーヒロイン、システィが登場しました。
次回は、空とシスティが再会します。
<修正(2014 6/15 17:18)>
ダイアウルフの値段を一匹300セルから3000セルに修正しました。
また、空の倒したダイアウルフの数を50匹から10匹に変更しました。