08 女傑
「この依頼を受けたいんですが、大丈夫ですか?」
空は早朝、ギルドの受付にそう伝えた。
空は一晩考え、護衛の依頼を選んだ。
1泊2日で依頼主を護衛して5000セルの報酬。
Fランクの討伐依頼の10倍以上の金額だった。
空はいまいち何から護衛すればいいのか分からなかったが、これが一番楽そうだからという理由で選んだ。
金に目がくらんだというのもある。
「はい、えーっと……護衛任務ですね。それでは、本日午後2時に西門の前に集合です。二頭立ての馬車が目印だそうです。先方にはハンターカードを見せて下さいね」
「了解です」
フェリルさんでは無かったが、丁寧でスマートな対応だ。日本のサービス業を彷彿とさせる。
依頼は意外にも簡単に受けられるようだ。
この調子でサクサクとこなして行けば学園入学まで一直線だな、と思う空だったが、この時はあんなことになるなんて思ってもいなかった。
集合時間の15分前、空はデキストロの西門に来た。
そこには既に二頭立ての馬車があり、依頼主と思われる男の3人組がいた。
「すみません。ハンターの空春野と申します」
空はそう言って話しかけつつ男達にハンターカードを見せる。
「お前が雇った奴か、早ぇな」
「本当にAランクか? ヒョロヒョロだぜ、はっはっは」
「カードにゃAって書いてあるが……俺らのが強ぇんじゃねーか?」
男達は小馬鹿にしたように空を笑った。
空はいきなり帰りたくなったが、仕事だからと割り切って黙した。
予定より早く馬車は出発した。
馬車の荷台には何かが積んであり、その空いたスペースに男2人と空が、御者台に男1人が座って移動した。
空は一体何から護衛すればいいのか、と聞くと、男達は魔物だと答えた。
これからスクロス王国を出て、近くの森を越えた所にある村まで向かうらしい。
森で魔物が出るので、それから護衛すればいいということだ。
馬車を走らせて30分程で、スクロス王国の関所に着く。
先頭の男は自分の事を商人と言い、後ろの3人は部下と護衛だと言った。
空は、この時はじめて依頼主が商人だと知った。
関所をこえて10分程進むと、前から一両の馬車が来るのが見えた。
「げっ、貴族様だぜ」
男の一人がそう呟いた。
前の馬車はかなり豪奢で、確かに貴族らしい。
馬車がすれ違う。
馬車の周囲には貴族の護衛と思われる騎士達が10人ほど馬に乗って付いていた。
「止まれ。そこの馬車」
不意に、声が掛かった。
その声は通り過ぎた5メートル後方の馬車から聞こえる。
深く落ち着いた、力の篭った女性の声だった。
御者台の男は馬車を止め前に歩み出ると、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「何でございましょうか」
すると、馬車から一人の女性が降りてきた。
グラマラスなその女性はワインレッドの艶やかな髪を引っ詰めて、煌びやかな装飾のされた魔女のような赤黒のローブを着ており、その立ち居振る舞いは優雅で正に貴族のそれである。年齢は分からないが、空には30代前半に見えた。
「関所の目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せん」
女性は鋭い目を更に尖らせてそう言った。
(怖ぇ……)
空はびびり上がった。
依頼人の商人の男は顔面蒼白である。
「な、何のことか分かりかねますな……」
「小賢しい。囲め」
女性が右手を上げると、騎士達が馬車を取り囲むように広がった。
「おいッ! 護衛! お前の出番だ!!」
男の一人が豹変し、空を馬車から突き落とす。
「ええ!? これはどういう状況なんですか!?」
空は状況が掴めていなかったが、とにかくピンチということは理解した。
「こ、この人たちを倒せばいいんですか!?」
空は男達にそう聞いた。
「なんでもいいから時間を稼げ! 逃げる!」
男は御者台に走った。
「かかれ」
ワインレッドの髪の女性がそう言うと、騎士達が空と男達に剣で襲いかかる。
「―――ッ!」
空は目の前の騎士に右手をかざし、研究していたスタンガン魔術を放った。
約100万ボルトの電圧が騎士を襲う。
バチバチバチという音が鳴り響き、騎士は気絶した。
(よし、上手くいった)
空は味をしめて、男達3人に斬りかかる騎士にもスタンガン魔術を発動する。
激しい音と共に騎士達は感電し倒れた。
「なんだと!?」
ワインレッドの女性の顔は驚愕の色に染まった。
空は他に騎士がいないか見渡す。
「クソッ!!」
すると、後方で男の声が聞こえた。
「動くな! 抵抗すれば殺す!」
茂みから回り込んだ騎士が商人の男を人質に取り叫んだ。
空はゆっくりと両手を上にあげて降参した。
残りの騎士達が空を囲む。
男2人も両手を頭の上に置くと、地面に寝そべった。
騎士達は馬車の荷台を確認すると、気絶した騎士を運ぶとともに、男達と空を縛り上げた。
男達3人と空は縛られた状態で、自分たちの乗ってきた馬車の荷台に乗せられる。そのまま搬送されるようだった。
空は状況を全く理解できていなかったが、とりあえず観念して荷台に乗ろうとした。
すると、後方にいたワインレッドの女性から声が掛かった。
「貴様、名は何という」
空は一瞬自分が聞かれたのだと分からなかったが、自分に聞いているのだと気づくと、縛られていながらも居住まいを正した。
「空・春野といいます」
「ソラ・ハルノか、聞いた事がないな。ハンターか?」
「はい。先日、Aランクハンターとして登録致しました」
「……そうか」
女性は一瞬目を見開き、顎に手を当て10秒ほど考えると、口を開いた。
「貴様、私の馬車に来い」
空は驚き半分、意味不明半分といった感じだ。
「公爵閣下、危険です」
騎士の一人がそう言ってその女性を止めた。
「黙れ。私の判断だ」
「は!」
女性が一蹴すると、騎士はビシリと綺麗な礼をして下がった。
空は豪奢な馬車に乗せられると、いよいよ混乱の極地に至った。
「……あの」
「私の名はアルギン・ロイス・オニマディッカ。ロイスでいい」
そう名乗ると、アルギンは足を組んで馬車のシートにもたれた。
「あの、ロイス……様。質問してもよろしいでしょうか」
「ふん。貴様どうせこの件に関して何も分かっていないのだろう? 貴様が質問するまでもない。教えてやろう」
アルギンは全て知っているといった口ぶりでそう言う。
空は正しくそれが聞きたかったのだと思い、閉口した。
「貴様の依頼人は武器を違法輸出し盗賊等に売り捌く下らない連中だ。恐らく貴様は何も知らされていなかったのだろうな」
「そ、そうだったんですか……」
空は瞬時に理解した。
確かにあの3人はガラが悪かったし、思えば怪しいところも多々あったからだ。
「だが。知らないとは言え、貴様が罪人に加担した事に変わりはない」
「……ごめんなさい」
「ふははっ! 私に謝ってどうする」
アルギンは見下すように笑うと、にやりと口の端を釣り上げた。
「領地においては貴族が絶対だ。民は皆それを知って暮らしている。暗黙の了解というやつだ」
ゴクリ、と空の喉が鳴った。
「私が罪だといえば、それは罪なのだ。わかるか?」
空は黙って頷くしかなかった。
「貴様、あの魔術は何だ。言え」
空はスタンガン魔術の事だと察し、説明しようかどうか悩む。
(多分説明しても理解できないと思うんだよなぁ……)
説明しようとすると、原子論等の現代科学は勿論この世界の魔術の仕組みについての仮説から話さなければならない。
空はどう誤魔化したもんか、と考えた。
「ええっと、おそらくロイス様には理解のできない原理で、えーっと、その、あの……」
下手に誤魔化すどころか、テンパってもっと酷い事を言ってしまった気がして、空の声は尻すぼみになっていく。
「ふはっ! ふっははははは!」
アルギンはそれを聞いて、急に笑い出した。
人を馬鹿にするような笑い方だったが、空は不思議と嫌ではなかった。
アルギンは一頻り笑った後、ローブのポケットからバッジを取り出し空に投げ渡した。
「大した度胸と、能力だ。認めよう」
そう言うと、アルギンは組んでいた足を解き、空と向き直った。
「貴様の罪は一時不問とし、私が預かる。明朝、そのバッジを持って学園に来い」
「…………はい?」
空が気の抜けた声を出すと同時に、馬車が止まり扉が開いた。
「降りろ。明朝だ。来なければ命は無いと思え」
馬車を降ろされる。
空は唖然としていると、アルギンの乗る馬車は去って行った。
よく見るとそこはハンターズギルドの前。
(許された、のか……?)
空は未だに縄で縛られっぱなしだった。
(あれっ? そういえば)
空は、自分の目指す学園の名前が『オニマディッカ魔術学園』である事を思い出した。
アルギン・ロイス・オニマディッカは、またの名を”焔の魔女”。
38歳にして魔術師の名家・オニマディッカ公爵家の家督。
そして、オニマディッカ魔術学園の学園長である。
とんでもない女傑、いや、豪傑であった。
お読み頂き有難う御座います。
学園長が登場し、空は入学への足掛かりが出来ました。
この学園長、誰にも平等に辛辣ですが、才能ある者は認めます。
次回は満を持しての学園です!
謎のヤンキー女についてもできれば触れたいと思います。
<修正(2014 6/7)>
50000セルの報酬 → 5000セルの報酬
桁を間違えました。申し訳ないです。
(2014 6/15 1:19)
空とアルギンの会話を改変しました。
領地において貴族が絶対であるということを民が理解しているという内容です。