07 ギルド
第一章、始まります。
どうぞ宜しくお願い致します。
スクロス王国。
広く門戸を開き多くの種族が共生する君主制国家だ。
そのスクロス王国の首都であるデキストロ。
ここは王国の経済の中心であり、世界中の人が行き交う貿易の場ともなっている。
その中でも特筆すべきは『オニマディッカ魔術学園』の存在である。
世界的に見て最大規模の魔術教育施設で、将来を期待された魔術師のエリート候補生達が集っていた。
「やっと着いた……」
春野空は魔術学園を目指していた。
エニマと別れ旅立つ決意をした空は、予言の巻物とメモと筆記用具と地図と少々の干し肉を持ってログハウスを出たのだった。
何故お金が無いかと言うと、エニマが元々は身辺整理をして森の奥のログハウスで隠居していたためである。
空がログハウスから使えそうなものを最大限見繕った結果、この持ち物となったのだ。
空は一度、ログハウスにある本や魔力測定の水晶玉を売ろうかとも考えたが、やめておいた。
エニマの物を勝手に売るのは気が引けたのだ。
つまり、空は無一文であった。
ログハウスから最も近いのはここスクロス王国であり、最も大きな魔術学園があるのもこの国である。
空は入国審査を特に問題無くパスした。
と言っても、関所で持ち物を見られただけである。
色々と寛容な国であった。
他国のスパイとか犯罪者集団とかはどうするのだろうか、と空は思った。
空が事前に本で学んでいた事が本当だとしたら、この国は人治国家なのである。
「ここがデキストロかぁ……」
着いて早々考えることでもないので、空はそう言って大きく伸びをした。
ログハウスはスクロス王国北の森の中にあり、距離は20キロ程度離れている。
インドア派の元大学生としては森を何時間も歩くのは少々厳しかったが、こうして到着できたので良しとする。
「うっ……気持ち悪い…………もうちょっとログハウスで休んでから来ればよかった……」
そう独りごちる空だが、全く言う通りであった。
この後、空は自分の見通しの甘さを痛感することになる。
空はエニマに託された予言魔術について考える。
世のため人のために役立てろとエニマは言った。
果たして今の空は、この世界について何れ程知っているだろうか。
予言魔術を役立てるためにも、先ずはこの世界について学ばないといけないと思った。
その先駆として、エニマも言ったように魔術学園はおあつらえ向きな存在だ。
空がログハウスで読んだ本に書いてあったのは、魔術学園とは魔術についてのみ教育しているわけではなく、魔術師として国に貢献する為に恥ずかしくないレベルの一般教養も学べるようだ。
空は魔術についてもかなりの興味があったので、一石二鳥で魔術学園に入学することに決めたのだった。
「お帰りください」
学園の門の前に居た衛兵の様なお姉さんはそう言った。
「あの、その、せめて話だけでも……」
「関係者の推薦も無く、入学金の準備も無く、挙句は身元不明の不審者。通すわけには参りません」
「……し、失礼しました」
門前払いとはこの事である。
空は見通しがものすごく甘かった。
思い返せば一銭も金がないし、そもそも入学の方法すら分からなかった。
空は、先ずはお金を稼がないといけないと思い、そういえば学費が幾ら掛かるのか知らない事にも気づいた。
おまけに、昨晩は三徹終わりで泥のように眠り、ご飯もろくなものを食べていないうえ、森の道を何時間も歩いて疲れきっている。
空の思考力は著しく低下していた。
とりあえず経験を積む為にも、働いてお金を稼ぐ事が空の当面の目標となったのだった。
「働くって言ってもなあ……」
空は大学院に進むつもりだったので、本格的な就活の経験は無い。バイトの経験はあるものの、大したことはやっていなかった。
「日雇いとか短期のバイトみたいなのがあればいいけど」
ぱっと街中を見渡すと、生肉や野菜等の生鮮品を売っている店が多く目に付いた。
この世界では食品加工の技術は低いようだ。
あるとすれば、干し肉や塩漬けのような保存の効く食料ぐらいか。
後は食事処で料理が出て来るくらいのもので、加工食品を売るという発想は薄いと考える。
「なるほど、加工食品を売るってのも……あ、駄目だ。元手がないや」
空は一銭も所持していなかったので、加工する食材を買うことはできなかった。
更に言えば、商売の許可も取らなければならないので、そこも現状ではクリアするのは難しそうだ。
「あ、そうだ。ダイヤモンドを作って売るっていうのは……」
空はそう考えた。
(しかし、市場のバランスを崩しかねないな……いや、でも1個くらいなら……)
そう考えたのだが、空の良心がそれを引き止めた。
(やめておこう。反則だし)
空はこの時気づいていないが、仮にダイヤモンドを作って売ったとしても、この世界では研磨する技術がないので、価値はほぼ無かった。
ダイヤモンドを作るより、金や銀を作って売ったほうが大きな金になる。
しかし、今の空にはその発想はなく、更に言えば良心がそれを止めるだろう。
「うーん」
空は更に街を見渡した。
すると、物々しい雰囲気のゴツイおっさんの店が目に入る。
そこは日本では絶対に有り得ない店、武器防具屋だった。
「すげぇ……漫画みたいだ」
空は溜息混じりにその店を眺めた。
鉄のプレートをあしらった重そうな鎧や、鋼と思われる大きな剣が並べられている。
(なんで武器と防具が必要なんだ……?)
空は疑問に思ったが、その答えはすぐに出た。
(そうか、魔物だ)
この世界には魔物がいる。
国で魔物の駆除に対応しているとは言え、結局自分の身を守るのは自分なのだ。
(あれ? ってことはつまり……)
空は目敏く気が付く。
(民間にも魔物駆除関係の企業があるんじゃないか?)
日本でも国のやることには必ずお金が付いて回っていた。
どこかで絶対に得をする人間が居るはずだった。
(例えばそうだ、ギルド、とか)
そう思って、街を歩く。
それはすぐに見つかった。
「……あった」
看板には『ハンターズギルド』と書いてあった。
『ハンターズギルド デキストロ支部』と書かれた看板を見つつドアを開けると、中には受付が3つ並んでいた。
横の壁には依頼や討伐、駆除対象の魔物の情報などが書かれた羊皮紙がずらりと貼ってある。
空は隅の方で暫く様子を見ていると、どうやらその紙を受付に持っていけばいいらしい事が分かった。
(登録が必要だったりするかもしれないから、とりあえず受付さんとお話しよう)
空はそう決心すると、受付のショートカットの茶髪の女性に話しかけた。
「あの、初めてなんですが」
すると彼女は、一枚の紙とペンを取り出して空に手渡した。
「こちらに要項をお書きになりましたら、受付にお渡しください」
「はい。有難う御座います」
軽くお辞儀をしてお礼を言った空に、彼女は少し面食らったように見えた。
その紙には、名前・年齢・性別・職種・経歴といった項目が並んでいる。
空は職種と経歴が書けずにいた。
暫く悩んで、職種は魔術師、経歴は無し、と書いて受付に提出した。
「ソラ・ハルノさん、右奥の部屋までお越し下さい」
15分程経つと、受付から声が掛かった。
空は呼ばれた意味が分からなかった。
何か自分の記入に問題があったのだろうかと考える。
空が扉を開けると、そこには先程の受付の女性がいて、部屋の奥に見た事のある水晶玉があった。
「魔術師とありましたが、失礼ながらお聞きした事のないお名前でしたので、申し訳ありませんが魔力の測定を行わせて下さい」
彼女は恭しくそう言うと、空を水晶玉まで案内した。
「あの、それは何の為に?」
不安になってそう聞くと、彼女は答えた。
「もやが現れれば魔術師だと分かりますし、もやの大きさで力量を大雑把に判断し、最初からそれに応じたランクの依頼を斡旋することもできます。初めのうちはどうしても下のランクからになってしまいますから……」
「……なるほど。有難う御座います」
空はエニマに魔力量の測定をされた時はそんな話は聞いたことがなかったが、少し考え納得した。
予言魔術を扱うエニマでさえ水晶に濃いもやがかかる程度なので、魔術師でもない人間がこれを行ったところでもやすらかからないということだ。
魔術師でない魔力を扱うに長けた人間が魔術師を詐称した場合はどうするのだろう、と空は思ったが、大した問題では無かった。
結局は魔物を倒すという事が目的なので、ギルドはハンターを依頼や討伐に送った後はどんな問題も関与するところではないということか。
CSのカの字も無いが、ここは日本ではないので仕方がない。
「それでは、こちらに手をお願いします」
そう言われて、空は水晶玉に手を乗せ、魔力を念じた。
「……えっ?」
彼女は短く声を上げると、真っ白になった水晶玉を見つめる。
「…………」
「…………」
二人の間を暫し沈黙が流れた。
「……もっ、申し訳御座いませんでした!!」
呆然としていた彼女は、急に頭を直角に下げると、空にそう言って謝った。
「え!? な、何がでしょう?」
空はわけが分からなかった。
「ご高名な魔術師様だとは露知らず! 数々のご無礼をお許し下さい!」
空は更に混乱した。
「いや、僕は全然そんなんじゃ」
「そんなっ、ご謙遜なさらず! 当ギルドにお越し頂き、誠に有難う御座います!」
「いや、本当に無名と言いますか」
「またまた! ご冗談を」
「いやいやマジで」
「ソラ様が無名でしたら、世の中の魔術師は皆無名になってしまいますよ。ご冗談がお上手ですね」
彼女はにっこり笑ってそう言う。
彼女は空の事をさぞ有名な魔術師だろうと勘違いした。
それも仕方のないことであった。
水晶玉が真っ白になる程の魔術の使い手など、今までに見たことも聞いたことも無かったからだ。
「私はフェリル・アランと申します。以後お見知りおきを宜しくお願い致します」
フェリルは必死だった。
この21歳の魔術師ソラ・ハルノを何としてでもギルドに引き込まねばならないと考えた。
それはギルドのため、ひいては自分のためでもある。
「当ギルドをご利用の際は、是非私にお呼びかけ下さい。できる限りの便宜を図らせて頂きます」
ここでソラ・ハルノと友好的な関係を結んでおけば、このギルドそしてフェリルの事を贔屓目に見てくれるかもしれないと考える。
「ソラ様の実力であれば、Aランクからの開始で問題ないかと存じます。ハンターランクはAで登録しても宜しいでしょうか?」
ギルドの利益と自分の出世の為に邁進するフェリルであった。
空は未だわけが分からなかったが、フェリルの言うハンターランクというものが少し気になった。
「あの、そのハンターランクというのはどういったものなんでしょうか?」
空がそう聞くと、フェリルは嬉々として答えた。
「はい。ハンターランクとは、ハンターズギルドに登録して頂いたハンターの方々の成果や実力に伴い我々ギルドが勝手ながらランク分けを致しまして、依頼や討伐等の適応性を客観的に分かりやすく表したもので御座います。ランクはFからSSまであり、Aランクもあれば掲示されている依頼は大方受けることができます。SランクやSSランクはギルドから依頼をする場合が御座いますので、相応の実力と共にギルドとの信頼関係も必要なランクとなっています」
「なるほど、よく分かりました。有難う御座います」
空がそうお礼を言うと、フェリルは満足そうに微笑み一礼した。
フェリルさんは説明好きなのかもしれない、と空は思った。
「つまり、僕はあそこの壁に貼ってあるものは全部受けられるんですか?」
「はい。問題無く受けられますが、余りランクの低い依頼ですと少し割に合わないと思います。なるべくご自身のランクに近いランクの依頼をお受けになると宜しいかと存じます」
「依頼にもランクがあるんですか。それは分かり易くて良いですね」
「有難う御座います。もしご希望でしたら、こちらでAランクの依頼をおまとめしてご紹介致しますが、どうでしょうか?」
空は少し考えて、
「はい。でしたら、宜しくお願いします」
と答えた。
「承りました。それでは、ハンターカードを作成致しますので、10分程ロビーでお待ちください。依頼はその時にお渡し致します」
フェリルは一礼してそう告げると、空を扉の前まで案内し、更にもう一礼し、扉が閉まるまで頭を下げ続けた。
空はロビーに戻ると、釈然としない気持ちになった。
(流れでAランクのハンターになっちゃったけど……依頼なんて受けたことないし、魔物なんて見たこともないしなぁ……)
疑問や不安が多々あったが、掲示されている依頼を眺めていると、高ランクの依頼の報酬が低ランクに比べてかなり良いことに気付き、少し嬉しくなる。
(Aランクで上手くやっていけたら、学園もそう遠くないかもな……)
空はふわっと風を感じたので、自然と出入り口の方を向いた。
そこには、丁度ドアを開けてギルドに入って来る、茶髪のロングヘアの綺麗な女の子がいた。
ドアが閉まると、風は止み、なびいていた彼女の髪もふわりと落ち着いた。
空は、目つきは悪いけど綺麗な子だなぁ、と思って見ていた。
すると、彼女の鋭い視線が刃物のように空に突き刺さった。
……ガンを飛ばされた。
空はさっと目を逸らすと、彼女は受付へと歩いて行った。
(…………こわっ)
ヤンキーのような目つきだった。
空はフェリルに呼ばれると、空の個人情報とハンターランクの書かれた薄い木の板を受け取り、Aランクの依頼の紙を10枚程貰った。
薄い木の板の裏には複雑な紋章が刻まれていた。恐らく複製や偽造ができないようにしているのだろう。
ヤンキー女も怖いし帰ろう、とギルドを出ようとしたとき、空は思った。
(……帰る場所がねぇ)
空はフェリルに泣きつくと、特別にギルドの宿舎を利用させて貰えた。
こうして、空の旅立ちの初日が終了した。
お読み頂き有難う御座います。
いよいよファンタジーっぽくなってきました。
次回は、遂に学園! ……の予定です。
<追記(2014 6/14 15:07)>
皆様のご感想を参考に、色々と改変しました。
読みやすくなっていれば幸いです。