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68 全身全霊

<前回までのあらすじ>

触れてはならない至宝に触れてしまったソラは天使に追われることに。

いつものメンバーに加えてルオーン王国王女のティコと副騎士団長のルーシーを仲間に帰路を急ぐ。

全員で無事にスクロス王国まで帰りたいが、道中で天使の邪魔が入る。

今までにない強敵、ソラはついに「本気」を出す。


 ソラはエクスシャへ向けて駆けながら、右手を思い切り振り抜いた。

 次の瞬間、ソラの纏っている体内魔力が次々にエネルギー化し始め、ついには莫大な物体となった。

 それは見上げるほど大きな、全長3メートルはあろうかという巨大な“腕”。

 その「魔力の腕」は、ソラの右手と同じように動き、エクスシャを押し潰さんと迫った。


「…………これは、見誤ったかもしれんなあ」

 エクスシャは呟く。つい先ほどまで、彼は余裕の笑みを浮かべていた。彼は戦闘狂である。何百年という退屈の中、彼を満足させる強さを持った敵はなかなか現れない。ゆえに血湧き肉躍る戦闘ができるとなれば、あまりの興奮から笑顔になってしまうのだ。

 しかし、今や見る影もない。彼は真顔で、冷や汗を垂らしている。

 目の前に迫る馬鹿でかい拳――何とかしてこれを躱さなければ、確実に死ぬ。天使随一の武闘派であり、戦闘狂の彼でさえ、それを瞬時に理解し、恐怖していた。


「仕方あるまいッ」

 エクスシャは自身の足元に向かって手をかざす。ソラの魔力の腕が到達したのは、その直後だった。


 ズゥウウン――地鳴りと共に、砂塵が舞う。


 ソラはすぐさま次の行動に移る。

 指先を指揮者のようにクルクルと動かして、ヒュゥッと口をすぼめて息を吐く。すると、ソラの周りに在る空気が轟々と音をたてて洗濯機のように回りだした。

 普段はイメージをするだけで指先ひとつ動かさずに魔術を発動させるソラが、全身を使ってそのイメージを表現している。すなわち、彼はそれだけ「本気」だった。


「ぐおおお、おおおッ!?」

 ソラを中心として巻き起こる常軌を逸した威力の竜巻によって、エクスシャは“地中”から掘り起こされた。

 おびただしい数の石の礫が恐ろしい速度でエクスシャの体に当たり、その肉を削り取る。

「クソオオッ!!」

 エクスシャが雄叫びをあげると同時に、ソラは竜巻を即座にかき消した。

 何かが来る――過去のアルクとの一戦によって、それが直感できた。

 ソラは絶対防御魔術を円錐状に展開し、エクスシャの攻撃に備えた。


「うっ!?」

 白光。

 目が眩むような強い光と共に、力強い何かが絶対防御の盾にぶち当たり、霧と化す。

 ソラはその攻撃を耐えながら、視力の回復を待った。

「…………な、なんだと!?」

 エクスシャは驚愕に目を見開く。

 目くらまし程度とはいえ、能天使が誇る切り札「生命力の衝撃波」を、いとも容易く防がれた。その事実は、彼が撤退を決めるのに十分なものであった。


「く、ははっ……魔人よ、今回は貴様に譲ってやろう! しかし、我らが九天使は! 貴様が2つの至宝をその手にした時、必ずやまた現れるだろう!」

「……2つの至宝を」

「ははは! せいぜい怯えて暮らせ!」

 エクスシャはそう言い捨てると、大きな翼をはためかせて東の空へと去って行った。


 その背中が見えなくなると同時に、ソラは地面に崩れ落ちる。

 ずっと極限の緊張状態にあった体は、魔力切れの上に体力切れで指先一つ動かせなくなった。

「2つに触れたら……ね」

 そんな状況だというのに。

 ソラはそう呟き、ニヤリと笑った。

 2つの至宝を手にした時、天使はまた現れる。

 すなわち、至宝をこの手にせずに調べる方法さえ考え出せば、ありとあらゆる万全の準備を終えてから天使と対峙できるということだ。

「…………」

 ばたりと仰向けに倒れる。

 凌ぎ切った――。

 その顔は、どこか満足気だった。




「――げェっ!?」

 数分後。

 一人で馬に乗って戻って来たシスティが、大きなクレーターのど真ん中で倒れているソラを発見した。

「……はァ~、大丈夫そうだな」

 ゆるやかな寝息を確認して安心する。


「にしても、なんじゃこりゃあ……相変わらず滅茶苦茶だなオイ……」

 システィは地形がここまで変化する戦闘なんて見たことも聞いたこともない。出会った頃から「ヤバイ奴」だとは思っていたシスティだが、それに拍車をかけてソラに対する畏敬の念が倍増した。

「よっこいしょ……っと。さ、帰ろーぜ」

 システィはニッと笑うと、身体強化の魔術を使ってソラを片手で担ぎ上げる。

 そして馬をゆっくりじっくりと走らせて、森の中に止めてある馬車まで戻った。

 ソラを抱いたまま惚けた表情で戻ったシスティを見て、リーシェとティコがぶちギレ、喧嘩が巻き起こったのは言うまでもない。



「んっ――?」

 走る馬車の中、ソラが目を覚ますと、目の前にティコの顔がどアップであった。

「うわぁっ!? きゅ、急に目を覚まさないでよ!」

「いやそんなこと言われても……」

 顔を赤くしてあたふたするティコだったが、「んんっ」と咳払いをして平静を取り戻すと、口を開いた。

「ありがとう。ソラのおかげでボクらは無事だった」

 純粋な感謝。ソラが一人で飛び出した理由や、命懸けの戦い、できれば戦って欲しくない愛情と、喪失の不安。全ての言葉をぎゅっと飲み込んで「ありがとう」の一言にしたティコは、やはり大きく成長していた。

「どういたしまして」

 寝転がったままソラはそう返した。微笑み合う2人。

 その間に、ヌッと顔が横入りした。

「兄さん。無茶をなさらないでください」

 ソラ信者のリーシェにしては珍しく、ジトーっとした目をソラに向けている。

「えっと、ごめんリーシェ……」

 とりあえず謝るソラ。しかしリーシェはソラに顔を寄せたまま動かない。よく見ると、リーシェの下唇が微かに震えていた。

「…………」

 心配をかけてしまったと、ソラは反省する。あの場では確かに馬車を庇いながらでは不利だったため、一人で飛び出すしかなかった。しかしそれとこれとは別である。せめて事前に一言でもそういう可能性があることを共有しておくべきだったし、全員で逃げるという選択肢もあったのだ。とにかくリーシェを、仲間たちを不安にさせてしまった責任は自分にあると、ソラはそう考えた。

「リーシェ、心配かけてごめんね」

 抱き寄せて、胸に顔をうずめさせる。リーシェは素直に従った。

 そうしてしばらくの間、ソラはリーシェの髪を撫でていた。

「…………」

 いつのまにか、ソラの足にミトがしがみついていた。

 ソラは「おいで」と言って、ミトも抱き抱える。


「慕われているのだな」

 壁に寄りかかり腕を組むルーシーが、目を細めて言った。

 ソラは苦笑いする。


「おーい、そろそろ野営しようぜェー」

 御者台からシスティの声が聞こえてくる。

 やっと日常が戻ってきた。

 そんな気がして、皆は久しぶりに笑顔を浮かべた。



お読みいただき、ありがとうございます。


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