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66 運命共同体


「やあ、ティコ。久しぶり」

 眠り姫が目を覚ますと、彼女の目の前には2年間恋い焦がれた相手が座っていた。

「……? ……っ……! えぇっ!?」

 声にならない声をあげながら飛び起きるティコ。

 かつては短髪だった青黒の髪は背中まで伸びており、飛び起きた勢いでふわりと空中に舞った。その大きなコバルトブルーの目は、更に大きく真ん丸に見開かれている。

「そ、ソラ! なんで!? え、ボク……あれぇっ!?」

「姫、よかった……」

「ルーシー! これ、どういうことさ……?」

「ソラ殿が我々を救出してくださいました」

「そうなのか!」

 ティコは揺れる馬車の中で居住まいを正すと、ソラに対して頭を下げる。

「ありがとう、ソラ。そして久しぶりだね。また会えて、すっごく嬉しいよ」

「……なんでしょう。喋り方が……?」

 リーシェはティコの口調に、些細な違和感を抱いた。なぜかと言えば、それがソラの喋り方に少しだけ似ていたからである。

「ああ。もう癖になってしまってね」

 ティコは、ソラたちと別れてから、一人前の魔術師としての道を独りで歩んだ。

 当時13歳の子供にとってそれは、険しく厳しい修羅の道だった。

 冒険物語の主人公オルトに憧れる漠然とした日々は終わりを迎え、より現実的な目標を目指して邁進する日々が始まり。

 苦しい毎日の中、ティコがいつも思い浮かべるのは、ソラの姿であった。

 そしていつしか、ソラはティコにとって強さの象徴となり、手本にすべき存在となり、信仰すべき対象と化し。最終的にはマネをするまでに至った。

 ……というのも子供の頃の話。今となっては特に意識していないようであるが、しかし1年以上もマネし続けた「ティコが思うソラっぽい喋り方」はなかなか元に戻らず、結局そのままであった。

「リーシェさんも、久しぶり。御者はシスティさんだね……あれ? この子は?」

 ティコはふと、ソラの横に座るミトの存在に気づいた。

 ミトはちらりとティコを見てから、ソラへ視線をやる。説明して、ということだろう。

「ミトちゃん。天才数学者……というか、天才魔術師のタマゴ……というか、うーむ……」

「とにかく天才なんだね」

「うん、そういうこと」

 ソラが褒めると、ミトは少しだけ頬を赤く染めた。肌が白いため「あ、照れてる」とすぐに分かってしまう。

「ところで、この馬車は何処に向かっているんだい?」

「それは……」

 ティコはルーシーに聞く。するとルーシーは、顔を曇らせた。

「ティコ、話がある」

 ソラが神妙な面持ちで言うと、ティコの表情は真剣なものに変わる。

「……あまり、良い話ではなさそうだね」

 内戦中に自身が拉致監禁されたことは、覚えているのだろう。その結果、何が起こったのか。ある程度の予想はついたのだ。

「ルオーン王国には、この先当分、戻ることはない。ティコとルーシーさんには、これから僕らと一緒に、スクロス王国のオニマディッカ魔術学園まで来て欲しい」

 ルオーン王国に、戻ることはない――ティコは静かな悲しみを噛み締めた。

 覚悟はできていたが、それでも。父と、騎士団と、祖国との別れは、辛いものがある。

 しかし――。

「……こう言っては、不謹慎かもしれないけど」

 ティコは、心の中のまた別の場所で、喜びも感じていた。

 ソラと共に学園へ行けるということが、飛び上がるほど嬉しかったのだ。

「喜んで同行する。ありがとう、ソラ。ボクとルーシーを連れ出してくれて」

「……!」

 ティコの「ありがとう」という言葉に、ルーシーは目を見開いた。

 ティコは自身の都合だけでなく、ルーシーとソラの感情や境遇までをも考慮し、快く頷いたのだ。

 ルーシーは、自分が情けなくなった。自分の都合しか考えずソラに食い下がった自分が恥ずかしかった。

 事実、今からでもニッチに戻り、ソラたちの力を借りて平定を目指せば、3日と経たずに内戦は終結するだろう。ティコの父である国王も、ルーシーの父である騎士団長も、騎士団の仲間たちも、助けることが出来る。

 しかしそれは、ソラたちに多大な危険を背負わせることになる。“天使”という脅威が、どこに潜んでいるか分からないからだ。

「……ありがとう」

「いいんだ。何かワケがあるんだろう? 聞かせて欲しい。そして是が非でも協力したい」

「!」

 ティコは、天使の存在を知らないながらも、「ソラたちに何か理由があるのだろう」と察し、それら全てを天秤にかけたうえでルーシーたちに同行を指示したソラの苦渋の決断を見抜いて、感謝を伝えていた。

 その凛とした曇りのない姿に、夢見がちな少女の面影はもうなかった。

「……分かった。今、すべて話すよ。何か気付いたことがあったら言って欲しい」

 ソラたちと、天使たちとの関係。

 ソラは自分の中にある情報を整理して行くように語り始めた。

「まず。天使という奴らは“3つの至宝”を守護し、その3つが集まることを阻止している存在みたいだ。僕は知らないうちに3つすべてに触れてしまい、そのうちの1つを正当に継承しているらしい」

「3つの至宝というのが何なのかは分かっていないの?」

「いや、1つは僕の持つ予言魔術のことだと思っている。そして、もう1つは……」

「……私、ということか」

 ソラの視線を受け、ルーシーが組んでいた腕を解く。

「おそらくは、そうです。ルーシーさんの受け継いでいるその技術が、第2の至宝なのだと思います」

 権天使アルクがティコと引き換えにルーシーを要求したことから、その推理は簡単に立った。

 破魔や魔視といったルーシーの持つ特殊な技術が、第二の至宝だとすれば。ソラはその未知の技術を、予言魔術と同様に「解き明かす」必要がある。ゆえに、ルーシーを学園に連れて帰還するのだ。

「なるほど、分かったよ。ソラは天使に対抗するため、ルーシーの技を研究する必要があるんだね」

「うん、そう。ただ……理由は、対抗だけではない」

 ソラの目が、鋭さを増す。

「2年間、一緒に予言魔術を研究していた人がいた。ネガロ・ルッコ、ミトちゃんのお姉さんだ」

「……っ」

 ティコは、ソラの「いた」という言い方で、ネガロ・ルッコがどうなったのか分かってしまい、顔を顰めた。

「彼女は天使によって殺された。至宝に触れすぎたという、それだけの理由によって」

「……それは、つまり」

「正当に継承していない人物が、必要以上に至宝に触れること。これがどうやら、天使たちの“守護”に引っかかるみたいだ」

「待て。それが本当なら、ソラ殿、あなたは私の破魔に……」

「ええ。僕はルーシーさんの至宝に、触れようとしています」

「そんな!」

 ソラは、自分から天使に向かって行こうとしていた。ティコにはそれが正しい判断だとは思えなかった。

「何故だい? 至宝に触れないように過ごせば、天使とは関わらなくて済む。どうして危険に向かって行くの?」

「気持ちの問題さ」

「気持ちの問題って……確かに、仇討ちしたいかもしれないけど……でも」

 ティコはリーシェに視線を向ける。自分と同じく、ソラが大好きなこの義妹ならば、ソラを止めるはずだ――そう考えた。

 しかし、リーシェは静かに首を横に振り、口を開いた。

「私たちは、もはや一心同体。理不尽に仲間が殺され、今もなお危険な目にあっている。逃げては駄目です。全力で天使に立ち向かうのだと、あの家を出る時、私たちは心に誓ったわ」

「おう。気に食わねぇしな。ぶっ殺してぇ奴らだよ」

「……たたかう」

 リーシェだけでなく、御者台で話を聞いていたシスティも、ミトも、一言答えた。

「僕は、かなり危ないことをしようとしてる。ティコにも、ルーシーさんにも、必ず死の危険が伴う。でも、それでも、僕は天使と戦う決意は曲げない。受け継いだ予言と意志を、決して無駄にはしない」

「……はぁ、まったく、理解できないよ。ただ、逃げては駄目だというのは、概ね同意だけどね」

 ソラの真剣な眼差しを受けて、ティコは呆れ笑いで答えた。

「ボクとルーシーも、死ぬかもしれない。簡単に付いて行くとは言いづらくなってしまった」

 残念そうに言う。

 しかし。

「…………でもね。ボクの本音を言うと、だ」

 ティコは顔を上げ、ニッと笑って言った。

「すごく、ワクワクするんだ。怖くもあるけど、ソラと旅をして、学園で一緒に過ごして、魔術の勉強をして……きっとすごく楽しい。この2年間で、ボクは王国で一番の魔術師になった。少しはソラの力になれると思う」

「……!」

「このティコ・ロレス・ルオーン……ルオーン王国王女としても、一人の人間としても、ソラと共に行くことを誓おう。ルーシーは、どうだい?」

「姫にそこまで言われてしまっては、私も覚悟を決めねばなりませんね……ソラ殿。私はまだ、貴方を心から信用したわけではない。しかし、この一時は、あなたに私の命を預ける……姫を、私を、よろしく頼む」

「だ、そうだ。ソラ、ボクたちは付いて行くよ。ソラのその行動がたとえ間違っていたとしても、一切の後悔はない。天使の打倒に協力することを約束する」

 強い眼差しだった。

 何か崇高な目標があるわけではない。

 むしろソラは、ルーシーの知るペオッソ家に代々伝わる魔人伝承によれば「災厄の元」である魔人にほど近い存在であり、3つの至宝を揃えようとしている「悪」である。

 だが、ティコはソラという個人を見て自身の同行を決め、ルーシーはティコの決断を見て同行を決めた。

 あらゆる相反する要素と相容れる要素を内包した互助関係。ここに、6人の運命共同体が完成した。

「ありがとう」

 ソラの感謝の言葉は、全員に染み行き、暗いばかりではない未来を想像させる。

 そうして馬車はひた走り。

 一行は、辺境の街セロへと到着した。


お読みいただき、ありがとうございます。


がんばります。

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