65 決断
<前回のあらすじ>
一行は内戦中のルオーン王国首都ニッチに馬車のまま突入。
ど真ん中を突っ切ってルーシーを奪取し、その後王宮へ突撃。
権天使アルクと対峙。力戦の末、見事ティコを救出。
アルクの失敗を受け、他の天使たちもいよいよ動き出しそう。
……というところから。
ソラは目が覚めるやいなや、決断を迫られた。
ルオーンを出て西に5キロほど進んだ地点。
未だ激しい内戦の続く首都ニッチを静観できる位置に、馬車は停まっていた。
「兄さん、大丈夫ですか」
「うん……痛たた」
まだ少しだけ痛む頭をゆっくりと持ち上げて、ソラは返事をする。
1時間ほどの休憩では回復しきらなかったようで、魔力切れに加え体力切れを起こしたソラの体は静かに悲鳴をあげていた。
「…………そっか」
ぼんやりと覚醒して行く意識の中、ソラは気づいた。
まだ眠り続けているティコの介抱をするルーシー、彼女はルオーン王国の副騎士団長である。
その彼女が、戦線を離れ、ここにいるということ。
それが即ちどういうことかを。
「図書館は既に燃やされていました。おそらく、少しでも情報を与えてしまうことを嫌ったのでしょう」
リーシェが報告する。
権天使アルクは、ソラたちの予想以上の強大な力に、恐れ慄いた。些細なヒントが、破滅を導く――そう直感し、ほんの僅かな情報さえ与えてなるものかと、去り際に図書館に火を放ったのである。
「うん……分かった」
ソラは頷くと、渋い顔をする。
いよいよもって「ルオーン王国へ戻る」という選択肢が選びづらくなったのだ。
まだ他に天使が潜んでいるかもしれない現状、消耗した状態で内戦に飛び込み目立つことは避けたい。
今は学園への帰還を最優先し、早急に魔術と予言の研究を進め、天使への対策を整えることが最善なのである。
「……」
ルーシーは、ソラが目を覚ましたことに気がつくと、ティコのもとから立ち上がり、ソラに近づいた。
「話は、聞いた」
リーシェとシスティからおおよその話は聞いていたようで、彼女は思い詰めた表情をしていた。
「姫の、恩がある。協力はやぶさかではない……しかし私は、それでも、一度ルオーンへ戻りたい」
ソラの目を見据え、そう言った。
今もなお、仲間が、戦友が、そして父親である騎士団長が、戦っている。私だけ、逃げるわけには行かない――ルーシーの思いは切実だった。
「……ルーシーさん」
ソラは、決断する。
「僕を恨んでくれて構わない。諦めてください」
「……っ!」
有無を言わさぬ口調に、ルーシーは黙った。いや、黙ることしかできなかった。
「皆を危険にさらすことになる。それは避けたい」
「ならば、私一人で……!」
「それも駄目です……ルーシーさんは、“奴ら”に対抗する切り札になるかもしれない」
「…………そう、か……」
頭では、分かっていた。
この状況で戦地に戻るなどという馬鹿げた行動はするべきではないと。
しかし彼女は、そう簡単に諦められるような、冷徹な性格はしていなかった。
情けなく、悔しく、怒り、悲しみ、不安で、惨めで。
様々な感情が入り乱れ、ルーシーを苛む。
「くっ……!」
ルーシーは下唇を噛み、地面を殴った。
ソラのせいで――そう思いかけ、甘え切った自分を律した。
目を閉じ、深呼吸をして、心を落ち着かせる。
静まったルーシーは、ソラに「すまない、少し一人になる」と一言、背を向けて去って行った。
「……」
ソラはやりきれない思いで佇む。
ちらりと視線を移すと、そこには眠るティコの姿。
2年前、13歳だった少女は――美しく立派な女性に成長していた。
特に、呼吸に応じてゆっくりと上下する胸は、当時と比べて何倍になったのか見当もつかない。
「ソラ……?」
ぼけーっとティコを見ていたソラのもとに、ミトが近づいて来る。そしてもはや当たり前だというように膝の上に乗った。
「あと少ししたら出発しようか」
「うん……たのしみ」
「何が楽しみ?」
「がくえん」
「そっか」
ソラの胸に頭をあずけて、完全にリラックスする少女は、12歳……のはずであった。
あと3年経ったら、ミトもティコのようになるのかなぁ――と、そこまで考えて、「ならないだろうなぁ」と思い直す。
心の中では、子供はずっと子供のまま。親の気持ちなのか何なのか、ミトにはこのままでいて欲しいと、何故だかそう思うソラであった。
10分後、全員を乗せた馬車は、外れの街セロへ向けて出発した。
お読みいただき、ありがとうございます。
些細なことですが、ペンネームが変わりました。
合成酵素→沢村治太郎
元の名前で検索しても本物しか出てこなかったので……憑き物が落ちた思いです。
心機一転、頑張ります。
今後ともよろしくお願いいたします。
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