61 青写真
青写真とは:未来の構想、計画、展望
「至宝の継承者……奴は、確かにそう言っていた」
明くる朝。
朝食を終えたのち、ソラたち4人は情報を整理していた。
「至宝……これを予言魔術と仮定すると、兄さんがその技術を継承しているということでしょうか」
「でも、僕はまだ予言魔術を扱えないよ」
「継承って、使えなくても“一応は引き継いだ”ってことじゃねぇか?」
「ああ、なるほど……」
事件から、一夜。
少しだけ落ち着いた彼らは、“敵”の目的が何かを探る。
「奴らは、それが気に食わねぇってーのか?」
「……いえ。あの男の話を聞く限り、天使は至宝の守護者で間違いはないけれど、何より三つの至宝が揃うことを阻止しているように感じますね」
熾天使セラは、むしろ三つの至宝が揃うところを見てみたい気持ちすらあると言っていた。それは、長年にわたって守護し続けてきたからこその感情なのだろう。
「僕は既にその三つの至宝すべてに触れ、そのうちの一つを正当に継承しているとも言っていたね」
「つまり、三つ揃わなきゃ別にどーでもいいってことか?」
システィの予想に、ソラは俯きながら首を振る。
「いや……正当継承者以外がその至宝を継承した場合も、アウトなんだと思う」
「……っ、それが……」
「…………うん」
「……」
今は亡き、ネガロの顔が浮かぶ。
ふいに訪れた悲しみに胸が締め付けられた。
同時に、沸々と、憤怒が込み上げる。
「あと8人」
静寂の中、ソラがぽつりと呟いた。
敵は九天使――そのうちの一人は、既に屠った。
そして、残りの8人も、ソラは屠るつもりでいる。
「……」
ソラは全員の顔を見回す。
皆、力強い目をしていた。
たった一言であったが、その意志はしっかりと伝わったようだ。
「……」
ミトが、ソラの服の裾をぎゅっと握る。
「……」
リーシェは、伸びた背筋ですぅっと息を吸った。
「……」
システィは、気を引き締めるように腰の鬼丸に手を当てた。
「ありがとう、みんな」
感謝の言葉。
何に対しての感謝か、ソラ自身もはっきりしていなかった。
だが。
今後一切の苦楽を共にし、残り8人の天使達と最後まで戦い抜く覚悟は、皆すでに決まっている――そう思うと、口をついて出たのだ。
「ありがとう」
嬉しくてたまらなかった。
志を共にする、心から信頼できる仲間がいることが。
ソラは、しみじみと呟き、その頼もしさを噛み締めた。
――魔人対天使。
全面戦争の火蓋が切られた。
「それではカンファを始めます」
二階、カンファレンスルーム。
それは最後のカンファレンスであり、最初のカンファレンスでもあった。
「手元の資料を見て欲しい」
ソラはあらかじめ配布してあった会議資料を開くよう促す。
それは4ページほどの短い資料であった。
まるでワープロで打ったかのように、正確無比な文字が連なっている。ここまでの印刷技術など、この世界のこの時代にはない。しかしそれは、ソラの魔術であれば容易いものだった。
「……天使総合対策会議」
資料の題を見て、リーシェが呟く。
順に目を通していくと、そこには今朝話し合った情報が、更に整理され記載してあった。
「現状の確認、情報の共有をしっかりとやっておきたい。まあ、これについては各自で読んでもらうとして……」
ぺらりと最後のページを開く。
「3ページを開いて欲しい」
ソラが言うと、3人分のページをめくる音が静かに響いた。
「おおよその計画を立ててみたんだ」
そこには日単位の予定表と、大まかな目標が書かれていた。
「まず第一の目的は、学園への帰還だ。だいたい三週間を予定してる」
「え、三週間? 長くねぇか?」
「うん、そう。それが第二の目的。中継地点のルオーン王国で、天使について調べようと思う」
「……なるほど。兄さんが“魔人”についてお知りになられた国ですね」
ルオーン王国の首都ニッチを訪ねた際、王国騎士団副団長であるルーシーが魔人について言及していたことをソラは覚えていた。
「首都ニッチの王宮図書館で天使についての情報を集め、少しでも戦いを有利に進めたい。どうだろう?」
「賛成だぜ」
「もちろん、賛成です」
「……」
システィとリーシェは快く頷いた。
隣に座っていたミトは、「ソラにまかせる」とでも言いたげな目でソラを見上げた。
「うん。それじゃあ、ルオーン王国に寄ることにするよ」
ソラはそう言うと、さらりと手を横にひと振りした。すると、全員が持つ会議資料の予定表部分に「決定」の文字がまるで判を押されたかのように浮き出てきた。
「粋です、兄さん……」
リーシェがうっとりとした表情で呟いた。
「さて、次だけど……戦闘面の強化を図ろうと思う」
4ページ、『今後の展望』と題されたそこは、余白が多めに作られているがらんとしたページで、十字線で四等分されている。どうやら、4人分の欄のようである。
「リーシェとシスティは、各自で今後必要だと思う戦闘法をそこに記入して、後で僕に見せて欲しい」
「分かりました」
「おう」
そのための余白だったようだ。
ソラの欄には「予言魔術の習得」「攻撃魔術の充実」「絶対防御魔術運用法の検討」と書かれている。
「……で、問題は……」
ソラは、ミトを見つめる。
「……」
するとミトは、小首を傾げてソラを見つめ返した。
「ミトちゃん。魔術を――」
ソラがそこまで言いかけた時。
「……」
ミトは、ふるふると首を横に振る。
そして。
「おしえて」
彼女はそう言った。
普段のぼんやりとした時とは、明らかに眼力が違っていた。
芯のある、強い目をしていた。
最愛の姉との別れを経て、彼女の中で何かが変わったのかもしれない。
「――もちろん。これから1週間で、一人前に育て上げてみせると約束するよ」
ソラは、自信満々に宣った。
しかしこの自信には、ソラなりの根拠があった。
ミトは、魔術に対しての固定観念が染み付いていない真っ新な状態の脳であるが故に、正しい魔術の認識をすんなりと受け入れることができるだろうという予想があったのだ。問題があるとすれば「魔力量が少ない・実現力が弱い・魔術そのものが下手」というこの3点だが、そこも大丈夫だと判断するに十分な情報がこの2年間を共に暮らす中で既に分かっていた。
「……」
ミトはぐっと唇に力を入れた。気合十分、といった具合だ。
「よし。そしたら、出発は明日9時。ここガルアルを出て、国境の街ラウを目指すよ。明朝までに準備を終えておいて」
「りょーかい」
「はい、兄さん」
資料をパタンと閉じて、カンファは終了した。
各々は席を立ち、各々の部屋へと戻って行く。
その足取りに、迷いはなかった。
天使の調査、戦力の強化、ミトの魔術教育、そして――予言魔術。
青写真は、見れば見るほど濃密で、目を背けたくなるほど胸を締め付ける。
今や懐かしき学園を目指す、辛く険しい帰還の旅が、今、始まった――。
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