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60 愛別離苦

「シッ――!!」

 鬼丸が一閃する。

「何……!?」

 アガロスは即座に身を躱し、システィから距離をとった。


 ――しかし。

 アガロスの右手は、その肘から先がスッパリと切断されていた。

「……」

 だと言うのに。

 アガロスは顔色一つ変えず、ソラたちの動向を窺っていた。


「…………そんな」

 ソラは、恐る恐る、ネガロに視線をやった。


「――――っ」


 ネガロは、ソラと目が合うと、にこりと笑い、前のめりに倒れた。

 その胸には、風穴。

 ……即死、だった。



 視界が、真っ赤に染まる。

 それは、ネガロの血液か、ソラの血涙か。


 ソラは考える。


 何故。


 何故。


 何故。



(……やられた。あの女、厄介だ)

 アガロスは右腕を止血しながら、至って冷静に、作戦を立てていた。

(子供は……あの女の近くゆえ、狙うべきはもうひとりの女か)

 アガロスが真っ先に目をつけたミトは、システィの後ろで庇われるように震えていた。

 となれば、残るはソラとリーシェのどちらか。

 ネガロ・ルッコ殺害という任は果たしたため、後は逃亡すればよいのである。

 しかし、手負いの状態で逃げ切れるほど、簡単な相手ではないと分かっていた。

 よって、結論は一つ。

 人質である。

「――ッ」

 脅威的な身体能力で、地面を蹴る。

 すると、アガロスの体は弾丸のように加速した。

「オラァッ!」

 怒号と共に、アガロスの目の前で爆発が起きた。

 システィの《爆燃魔術》である。

「ぐぅ……ッ」

 アガロスは、それを右腕で防いだ。

 肘から先を失っていた右腕は、爆発によって更に肩まで吹き飛び、焼け焦げた。

 しかし――アガロスの突進は止まらない。


「――見くびられたものね」

 それは、氷よりも冷たい声音だった。

 同時に、砂塵を巻く豪風が、アガロスの視界を奪った。

 アガロスは目を閉じる。

 だが、その突進は止まらない。

 視界を奪われども、リーシェの位置は見当がつくからである。

「バカお前!」

 システィが心配の声を上げる。

(捉えた……ッ)

 勝利を確信したアガロス。

 その左手が、リーシェの首を掴もうとした――瞬間。

「ふっ……!」

 リーシェは、ゆらりと、前進した。

 アガロスの懐に潜り込み、まるで流水のようにその左手を受け流して、くるりと下方へ返す。

「――!?」

 アガロスは、非常に不思議な感覚に陥った。

 あるはずの手応えが一切なく、体は自身の制御から外れ、外力に補助されて勢いが増し、暴走するような、異常な感覚。

 リーシェによって受け流された力は、下方から上方へ、上方から下方へ、そして後方へと、まるでジェットコースターのようにするすると誘導され、最後はアガロスが元いた場所へと返された。

 それは、熟練された“体術”であった。

 オニマディッカの屋敷において、幼少の頃から、メイドという名の猛者たちに仕込まれていたのだ。鍛錬を怠らない努力家のリーシェは、メイドたちに引けを取らないほどの実力を有していた。

「ぐ……ぉ!」

 アガロスはバランスを崩し、無様にも地面へと叩きつけられた。


 ――ビシュッッ!


 直後。

 何かが空間を切り裂いた。

「ッ……がっ……はぁっ……!」

 運が、良いのか、悪いのか。

 アガロスは、その攻撃を察知し、全身全霊を持って回避した。

「……ちっ」

 リーシェが軽く舌打ちをする。

 彼女の体術によって投げ飛ばされたアガロスを、間髪入れずに追撃した《アブレシブジェット魔術》は、その左手を切断するに留まった。

 アガロスの異常な身体能力と、その類まれな戦闘感覚がなければ、その体は真っ二つになっていたことだろう。

(こいつら……本当に、人間か……!?)

 アガロスは驚愕していた。

 九天使において最下級とは言え、人間との戦闘で、まるでボロ雑巾のように扱われていることが信じられなかった。

 まともに与えることのできた攻撃と言えば、初撃、不意打ちの一発のみ。それも、無抵抗の者に、である。

(…………やはり、危険だ。しかし、三大天使様のご意向に背くわけには……!?)

「――ッ!!」

 アガロスは、思考の最中、強烈な殺気を察知し、回避行動をとった。

 両の腕を失ったためか、着地で少しバランスを崩す。

 だが、体勢など気にしている余裕はなかった。


「…………」


 直後、言葉を失う。

 視界に捉えた、男の姿。

 それは、まさしく――――魔人。


「何故、ネガロさんを?」


 とても落ち着いた声だった。

 それはまるで、人形や動物に語りかけるかのような、平淡で、冷静で、リラックスした声。

 アガロスは直感する。

 この男には、敵わない。

「く……っ!」

 逃走経路を見出し、渾身の力で駆け出す。

 残された両の足を、ただ、逃走のためだけに、全力で――。



「逃がすと思うか?」


「……っ、え?」

 あまりの出来事に、天使は、間抜けな声をあげた。


 体が動かない。

 そんな生半可なものではなかった。

 身じろぎはおろか、まばたきの一つもできないのである。

(何が起きている……!?)

 天使として400年近く生きているアガロスは、生まれて初めての経験に戸惑った。

 ……心底、戸惑った。

(…………馬鹿な)

 直後、アガロスをひとつの感情が襲う。

 それは、久しく忘れていた感情。

 ――――恐怖。


「何故、ネガロさんを?」

 ソラの質問は単純だった。

 今になって考えれば、分かること。

 熾天使セラの言う「至宝に触れすぎた者」――それが、ネガロだったのだろう。

 では、何故、至宝に触れすぎた者は、処理されなければならないのか。

 それが、何故、ネガロなのか。

 何故、ネガロは殺されなければならなかったのか。

 何故、ネガロが。

 何故。


「あ、あ、あ、あッ!!」

 アガロスは、完全な敗北を察知した。

「ああ、あああッッ!!」

 両の腕を切り取られてなお、喘ぎ声ひとつあげなかった男が、悲鳴をあげる。

 ソラのエネルギー化した魔力が、アガロスを包み込み、じわじわと圧縮して行くのだ。

 アガロスの体は、ギシギシと音をたて、ゆっくりと崩壊して行く。

「何故?」

 これは、拷問であった。

「話せ」

 次の瞬間、ソラはアガロスの両足を躊躇せず砕いた。

「~~~!!」

 声にならない声をあげるアガロス。

 潰れた足は、液体となって滴り落ちた。

 すり潰されたのだ。

 一体、何百、何千トンの力が加わったのか。それは計り知れない威力だった。

「話せ」

 ソラは、どんどんと圧力を高めていく。

 しかし、アガロスは喋らなかった。

 彼は、覚悟を決めてしまったのだ。

 前も後ろも、待つものは死のみということに気付き……覚悟を決めたのである。

「……」

 ソラは、その覚悟を見抜いた。

 もう、拷問は意味がない――そう悟った。


 じわじわと、力を加える。

 一気に殺ってしまっては、報復にならないからだ。

 そして、ついには。

 アガロスは、喋ることはおろか、呼吸もままならない状態となった。

 ……それは、最早、人の形を留めていなかった。

「――――」

 最期に、口らしき部分が、パクパクと動く。

 ぐしゃり、と。

 頭蓋が潰れ、アガロスは絶命した。

「……っ」

 ソラは、その液体を、忌々しげに放り捨てた。


 こうして、天使を、殺害した。



――――――



 ソラは、ネガロの亡骸を抱え、遺跡を後にした。

 その後ろに続くのは、ミト。

 ソラの服の裾をぎゅっと握りしめ、黙って付いて来る。

 システィは、まだ他に敵が潜んでいるかもしれないことを警戒し、二人の前方を歩いた。リーシェは、同じ理由で、後方を警戒しながら同行した。


 四人は、ひたすら、歩いた。

 家路を。

 ひたすらに。


 ソラは、リーシェは、システィは。

 歩きながら、色々なことを、思い出した。

 この2年間の、色とりどりの、思い出を。


 ミトは、凍りついた頭で、必死に、思い続けた。

 つい、さっきまで、あったもの。

 いくら思っても、もう二度と、この身に感じられないもの。

 姉の、ぬくもりを。



 ソラたちは、いつの間にか、研究施設に到着していた。

 玄関の前で、数分間、呆然と佇む。

「ソラ」

「兄さん」

 二人の声で、ソラは我に帰った。

 同時に、はっとする。

 自分がしっかりしなければならない、と。


 庭に、墓を建てた。

 ソラにとってそれは、2回目のことだった。

 ふと、気が付く。

 どちらも、“予言”が関係していることに。

 ――至宝とは、予言のことなのだろう。

 そう、直感した。

 何の根拠もない。

 しかし、何故だか、分かってしまった。

 予言のせいで、ネガロは殺されたのだと。

 墓石の前で、ぼんやりと、そう考えていた。




 夜。

 ソラは、ミトと一緒に寝た。


 ミトは、家に着いた時も、墓を建てた時も、夕飯の時も、何も言わなかった。

 ただ、ソラの服の裾を握り、添うのみであった。


 ベッドに入り、ソラの胸に顔をうずめた時。

 ミトの中で、様々な思いが入り乱れ、決壊した。


 一晩中、ミトは咽び泣いた。

 ソラは、優しく抱きしめ、頭を撫でてやることしかできなかった。



「ミトを、よろしく頼む」

 そう言って、頭を下げるネガロの姿が、鮮明に思い出された。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回は、学園への帰還、その中継地点、ルオーン王国への出立です。


 Twitterにて色々呟いています。

 ご興味をお持ちの方は、下部リンクからご覧下さい。

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