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06 世のため人のため

 初めてその青年を見たとき、儂の心は踊った。

 見たこともない奇抜な服を着ており、一目で異世界人だと分かった。

 待った。

 実に待った。

 二百年以上、この時を待っていた。

 口を開くと思わず笑みが溢れる。

「異世界へようこそ。ソラ・ハルノ君」

 儂の目の前の異世界人に、そう告げた。



 暫しソラ君と対話すると、彼が望まずにこの世界へと飛んできたことが分かった。

 果たしてソラ君は何のためにこちらへ来たのだろうか。

 ソラ君は身寄りもない故に、世話してやるのが良いだろう。

 予言の真意を確かめる為にも。



 ソラ君と数日過ごすと、彼がかなりの教養を持つ事に気付く。

 21歳でこれ程の教養を身に付けるには、王国の学園を卒業したとしても珍しいのではなかろうか。



 驚いた。

 夜中に居間を覗き見ると、ソラ君は火のあかりで文字の勉強をしていた。

 実に勤勉だ。

 何事にも一生懸命で、好奇心旺盛、頭の良い青年である。

 ソラ君に本棚の本を読ませるのも良いかもしれない。



 ソラ君はたった3週間足らずで文字を習得したらしい。

 既に本を読み耽っているところを見るとそういう事だろう。

 異世界人は我々より頭が良いのだろうか?

 何にせよ驚きだ。

 彼がここに来てから、驚かされてばかりだ。



 今朝は珍しく、ソラ君が庭に出て行った。

 一体何をするのだろうか。

 ちらりと覗き見ると、どうやら魔術の練習をするようだ。

 ふむ……すぐに魔術なぞ使えるわけがないが、興味があるなら後で教えてやろう。



 凄い!

 ソラ君は魔術の天才かもしれん!

 まさか1日にして中級魔術を扱うとは!

 魔力量もずば抜けておるし、これは逸材だろう。



 驚いた!!

 いや、単に驚いたなんてものではない!

 三百余年生きてきた中で初めての衝撃である!

 ソラ君にこんな才能があったとは!

 魔術で鉱石を作り出すなど、ここ何千年の魔術の歴史を辿っても誰一人として存在しないのではなかろうか。

 ソラ君は術者の認識が魔術に影響すると言っていたが、はて、確かそういった説が前にもあったような……。



 ソラ君はまたしても庭で何やらやっているようだ。

 ……ふむ。

 ここ最近は驚き疲れておったが、こりゃまたたまげた。

 あの馬鹿でかい水の玉はソラ君の魔術か?

 だとすれば、水属性上級魔法以上の……。

 おおっ、いかん。ソラ君が流されおった。



 ソラ君はどうやら同時にいくつかの魔術を使えるらしい。

 宮廷魔術師や優れた魔術師の中の限られたひと握りだけが可能なその技術をいとも容易く行っているように見える。

 あの魔力量と技術力、そして頭の良さ……もしや彼なら……。



――――――



 昼食後の昼下がり。

 空は陽が燦々と降り注ぐ庭へと出て、魔術の実験を行う。

 ここ1週間程この空の実験は続いており、エニマは時折それを覗いては考え事をしていた。

 そして、遂にエニマは空へと声を掛けた。


「ソラ君、ちょっとよいか」

 エニマがドアを開けてそう言う。

「はい。全然大丈夫ですよ」

 空は何事かと思った。

 エニマがこうして声を掛けてくることは珍しかったからだ。

「お主に、予言魔術を……授けようと思う」

 空はそれを聞いて目を丸くした。

「受け取ってくれるか?」

 エニマは空の目を見つめ、力強く言った。

「……はい」

 空は好奇心を押し殺し、一言、そう返事をした。


 空はエニマの目に、何かの強い覚悟が見えた気がした。



――――――



 ソラ君は丸くした目を鋭くさせて、決意するように返事をした。

 儂の覚悟を感じ取ったようだ。



 予言魔術という偉大な魔術が、何故儂にのみ使えるのか。

 儂が予言魔術を選んだのではない。予言魔術が儂を選んだのだ。

 儂はそれに答えねばならない。

 この世界の生きとし生ける物を導く大いなる魔術の糧となり、この予言魔術を後世に伝えなければならない。



 思えばソラ君が来るという予言の真意は、簡単なパズルだった。


 そして、今、最後のピースが嵌るのだろう。


 一番遠い予言は、3日後。


 ソラ君、後は頼む。



――――――



 空は見ていた。

 食い入るように見つめていた。

 もう三日も何も食べていない。

 エニマの一挙手一投足を見逃してはならないと思った。

 自分の持ち得る最大限を発揮し、頭を常にフル回転させて記憶し、確りとメモも取った。

 エニマは巻物に魔力を込めながら呪文を書き込んでいく。

 ゆっくり、ゆっくりと書き込む。

 既に10メートル程の長さを書き上げている。


 ふいに、筆のような筆記具が巻物から離れた。

「ソラ君」

 掠れた声でエニマが空を呼んだ。

「はい」

 空は返事をする。

「……ソラ君」

「はい」

 エニマは空を一瞥し、微笑むと、巻物を畳んだ。

「この巻物に術者の魔力を込めれば、予言魔術が完成する」

「はい」



「……儂は今日、死ぬ」

 ゆっくりと、エニマはそう言った。

「……え……?」

「ソラ君の予言は二番目に遠いと言ったな。一番遠いのは今日、儂の命が終わる日じゃ」

「そ、そんな…………っ」

 空はエニマが死ぬと聞いて、にわかに信じられなかった。

 3日寝ていないからか、思考が酷く重く感じた。

「分かっていたことじゃ。そう騒ぐことでもあるまい」

 エニマは目を閉じると、諭す様に言った。

「ソラ君。儂はお主にこの予言魔術を託す。その魔術の才能を見て確信した。予言の真意は、儂の予言魔術をソラ君に託すことじゃと……。お主ならきっと、この予言魔術を理解し、人々の役に立ててくれるじゃろう。儂はそう信じておる……。儂が死ぬ前に気付けて良かった。これで何も思い残すことなく逝ける」

 安心したように微笑むエニマ。

「エニマさんっ……」

 空はエニマの名前を呼ぶと、全てを理解し涙を流した。

「儂の亡き後、この家はお主にやろう。だが、この家に縛られてはいかんぞ。旅に出て世界中を見てまわると良い。学園に入学するのも良いじゃろう。働くのも良いじゃろう。世界を見て様々な事を学び、世のため人のためにその能力を存分に発揮して欲しい」

「はいっ…………がん……ばり、ますっ」

「……うむ。儂は、最後の仕事をするとしよう」

 エニマは満足そうに笑い、巻物を両手で握った。

 次の瞬間、白い光が巻物とエニマを覆う。

 あまりの眩しさに空は目を瞑った。

 ごとり。

 巻物の落ちる音と、エニマが崩れ落ちる音が同時に聞こえる。

「エニマさんっ!!」

 空はエニマに駆け寄ると、その体を抱き起こした。

 エニマは息も絶え絶えでありながら、薄らと目を開いて空を見た。

「ソラ君…………後は、頼……む………………」

 最後にそう言うと、エニマは事切れた。


 空はエニマの亡骸を抱え、一頻り泣いた。

 涙が収まると、裏庭に墓を作り弔った。

 予言魔術の巻物を自分の床の横に置き、布団を被った。

 布団の中で、自分に文字を教える優しい顔のエニマを思い出し、また泣いた。


 空は、明日、旅立つ決意をした。


 お読み頂き有難う御座います。


 プロローグはこれにて終了です。

 ご意見・ご感想お待ちしております!


 次回は魔術学園編です。

 遂に女の子が登場ッ!!!


<修正>

カギカッコを修正しました。

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亡くなるの早いよ〜( ; ; )
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