57 Magic Play is Clearing
「…………さて」
ネガロ邸二階カンファレンスホールでは、緊急の円卓会議が開かれていた。
何から話そうかと悩んでいるのは、ソラ。
「この度、ミトちゃんがトーマスとかいう奴に誘拐されまして……えー、何とか無事に奪還できたわけですが……」
いまいち自分でも把握しきれていないようで、しどろもどろになってしまう。
「まずは、ミトちゃんの仮面が外れたことをお祝いしようと思います」
ソラが拍手をすると、続いてリーシェやシスティ、ネガロもパチパチと手を叩いた。ミトはソラの隣の席にちょこんと座って、恥ずかしそうに俯いている。
「先天性白皮症、か。初めて聞いたよ。だが、ソラ君が言うのだから、私も、ミトも、安心できる……本当に、ありがとう」
ネガロは晴れ晴れとした顔で、ソラに感謝の意を伝えた。それを受けたソラは、ゆっくりと語り出す。
「世間にはまだ受け入れてもらえないかもしれないけれど、僕たちは分かっていますから……ミトちゃんの仲間として、安らげる居場所として、存在していたい。僕にできることは、そのくらいのもんです」
「仲間、ね。ふふふ」
ネガロは暖かな表情でソラの話を聞き、その後に悪戯っぽく微笑んでそう呟くと、ミトに目をやった。ミトはネガロの視線に気がつくと、尚のこと恥ずかしそうに俯いた。しかしその小さな白い手は、ソラの服の裾を掴んだまま離さなかった。
「……ところで、トーマスの件だが」
ミトの祝福を終えると、ネガロの一声で円卓会議が再開された。
「ミトちゃんから大体の話を聞きました。トーマスはミトちゃんにここで行われている研究について話すよう迫り、その後は要求を一転、ミトちゃんの仮面の下を見せるように迫ってきたようです。君だけが我慢すれば済む、君のせいで皆が迷惑している……と、嫌らしいですね。結果、人気が無くなった瞬間に乱暴に仮面を剥ぎ取られたところで、僕が追いつきました」
「……卑劣だな」
ネガロは顔を歪める。
「ええ。着眼点といい、追い詰め方といい、かなり洗練されているように感じます。特に、ターゲットをミトちゃん一点に絞り、要求をミトちゃんだけに関わる自然なものに転換しているあたり……相当ヤり慣れていますね」
ソラはため息をつきながら、そう考察した。ネガロも同じくため息をつき、こう返す。
「たとえ役人であろうとも、ここではそんなものだ。エクン王国の民は皆、利己主義かつ拝金主義。金や権力のためなら何だってする、そんな奴も少なくない。特に権力を持った奴は、悪行放題だろうな」
二人の見解は一致していた。
トーマスがどうしようもない程の悪人であるということ。
そして、今後のトーマスの出方によっては、とても厄介であるということ。
「うーん……」
考え込むソラ。ネガロも腕を組んで悩む。
国の役人であるトーマスが本気でネガロの研究施設を潰しにかかったならば、ソラたちは確実にエクン王国には居られなくなる。入国すらできなくなる可能性も大いにあるだろう。ソラは、予言の示す日に『エクン王国北の森の川のほとり』に行けなければ、何の為に旅に出たのか分からないということになってしまう。加えて、ネガロの予言魔術の解読の進捗が悪くなり、下手をすれば頓挫するだろう。これも痛手である。
ソラとネガロが悩んでいるこの理由、それを察したリーシェも足を組んで打開策を思案し始めた。
……暫しの、沈黙。
「――あのよ」
そこで口を開いたのは、意外にもシスティであった。
「ぶっ殺すってのはどうだ?」
シンプルにして確実な方法である。
「………………いいのかな?」
少しの逡巡ののち、そう聞き返したソラ。いいワケがない。
「確かに魅力的な案だが……トーマスが直前まで出入りしていた場所であるここが、他の役人に怪しまれるだろう。魅力的な案だがな」
ネガロは、トーマスのミトに対しての仕打ちに相当にキていたのか、トーマスを殺したくて堪らないようだ。
ソラが周りを見回すと、この場の誰もがトーマスを殺すことはさも当然のような顔をしていた。
(え、僕だけ……?)
日本との倫理観の違いであろうか。
「もういっそ、国ごとぶっ潰すとかどうだ?」
「……この際、アリかもしれんなぁ」
倫理観どころの話ではなかった。
「ちょっと待ってちょっと待って! 潰すってナニ!? 国を!? 僕らで!?」
「無理があったかー」
「システィ、真面目にやってよね!」
本気かボケか分からないシスティの提案に、ソラが注意を入れる。「兄さんならば、容易いことのような……」というリーシェの呟きは、誰にも聞かれることはなかった。
「しかし……どうするべきか。こうしている間にも、トーマスの奴は何か手を打っているかもしれん」
顎に手を当て、深刻な表情をするネガロ。
「――よいでしょうか」
最早手詰まりかといった雰囲気の中、活路を見出したのはリーシェだった。
「トーマスの口封じを第一に考えると、トーマスの上の存在に働きかけるのが効果的だと思います」
「なるほど……」
ソラは納得するように頷く。
「トーマスの悪事を暴き上司に報告することで、トーマスを封殺します。そしてあわよくば、ネガロ・ルッコには不干渉と結びます」
「実に理想的だな。しかし……誰に、どの様にして働きかける?」
ネガロの尤もな疑問。リーシェは、自信満々にこう答えた。
「――――国王に、取引を持ちかけましょう」
その場にいた誰もがこう思った――「どうやって?」と。
「兄さん、アレを使う時です」
「アレって…………もしかして……」
ソラは、思い当たった。それは4回前のカンファレンスにおけるソラの発表まで遡る。
『試製回折型光学迷彩魔術』――これがその日の題であった。
題を聞いた面々は「意味不明」といった顔をしていたが、一度発表が始まると、その表情は驚愕に染まった。
それは端的に言えば、“姿を消す魔術”。
纏った魔力を光の迂回に利用し、姿を消す――言葉にすれば単純だが、実際には途方もなく入り組んだ機構が存在している。魔力が変形して負の屈折率を有し、メタマテリアルの代替となっているのではないかとソラは考えているが、実現力に頼った魔術なので、真実は定かではない。
ソラがカンファレンスでこの光学迷彩魔術を披露し、皆の度肝を抜いたのは、つい一ヶ月ほど前の話であった。
「はい。具体的には、兄さんが光学迷彩魔術で王宮に忍び込み、王に直談判するというものです。魔術の効果を考えれば、深夜が好ましいでしょう」
「ちょちょ、ちょっと待って! 仮に忍び込んだとして、どうするの!?」
「……脅します」
「脅すの!?」
「ええ。そして恐怖を植え付けます……いつでも殺せるぞ、と」
「…………こわっ」
ソラは乗り気ではない様子だが、一見は無茶苦茶なようで、その実かなり有効な案であった。
内々で王さえ掌握してしまえば、エクン王国は堕ちたも同然。リーシェの思う「兄さんならば国を潰すのも容易い」というのは、ここから来ていた。
「実に良い作戦だと私は思う。ソラ君一人に負担がかかってしまうのは不本意だが、私が共に行けば足手まといになってしまうだろう。かと言って、他に良い提案もない……すまないが、頼むよ」
ネガロはリーシェの案を聞いて、そう述べたのち、ソラにぺこりと頭を下げた。
「…………うーん」
気の進まないソラ。何せ、不安要素が多すぎるのである。
実を言えば、光学迷彩魔術はまだ不完全であり、よく目を凝らせば極薄らと見えてしまうのだ。その上、全身に光学迷彩を纏った場合、術者の視界は完全に失われるため、目の部分だけは露出せざるを得ない。故に、発見されてしまう可能性は高いだろう。
加えて、仮に王の部屋まで忍び込むことができ、その場では良い返事を聞けたとしても、後々王が裏切る可能性も捨てきれない。
「そう心配すんなって、バレたらもうぶっ殺しちまえよ」
「システィそれもうぶっ殺すって言いたいだけだよね……」
システィは込み入った話が苦手なので、こういった話し合いでは適当なことばかり言う。しかし意外と的を射ている時もあるので、時折扱いに困ったりする。
「兄さんのお手を煩わせてしまうのは心苦しいですが、私はこれ以外に方法が思いつきません……もしも危険を感じたならば、顔を隠してお逃げになれば問題ないでしょう。兄さんなら、何があろうと、例えエクン王国軍総員を敵に回そうと、楽々勝利すると、私は信じています」
恭しくも、しれっととんでもないことを言うリーシェ。
信じるもなにも、その状況自体が相当マズいのではと心の中でツッコミを入れながらも、何故だかだんだんと自信が湧いてくるソラ。リーシェの意図しないヨイショが、ソラの保守意識を切り崩した。
「はぁ~……分かった。今夜、行ってくるよ……」
ため息と苦笑いで、ソラ。
一同、拍手であった。
草木も眠る丑三つ時。
ネガロの施設から5kmほど離れた僻地、城塞都市ガルアルの西端に鎮座するはエクン王宮。
そこに、ソラは居た。
試製回折型光学迷彩魔術を駆使して闇に紛れ、窓から王宮に侵入したのだ。
よく見れば、空中にソラの目だけが浮かんでいるように見えるという、なんとも珍妙な光景である。だが、深夜の薄暗い王宮内では十分なカモフラージュ効果であった。
(やるからには、徹底的に……)
この際、出来ることは全てやってしまおうと開き直るソラ。
国王の寝室に侵入し、脅迫まがいに不干渉の体勢を約束させ、ついでにトーマスの悪事を伝え裁くよう要求、おまけにネガロの恒久的な安全の保証を取り付ける予定であった。
抜き足差し足忍び足と、王宮内を徘徊するソラ。王の寝室を探す。
(……どう見ても、あそこなんだよなぁ……)
廊下の突き当たり、他の何処よりも豪奢な扉と、その前には門番が二人。
ソラは息を殺して門番の横を素通りすると、部屋の脇へと回り込み、窓へと向かった。
王の寝室は二階の端に位置すると分かったが、正面切って扉を開けては流石に見つかってしまう。故に、たどり着くには壁の縁を伝って行かなければならない。
ソラは廊下の窓から外に出て、壁沿いにゆっくりと進み、ベランダを目指した。
眼下には豊かな庭園、そこには警備兵の姿がちらほらとある。しかし、庭を背にしているソラは最早完全に光学迷彩に包まれており、薄暗さも手伝って、カモフラージュは完璧であった。
(…………よし)
ベランダに到着したソラは、寝室を目指す。
観音開きの窓をエネルギー化魔力で音を立てないようにそっと開錠し、ゆっくりと開き、寝室内へと侵入する。
そこには、大きな大きな天蓋付きのベッドの上、凛々しい顔で眠る国王の姿があった。
クレブス8世――聡明かつ武闘派な国王として知られ、民からの信望も厚い。父親より王の名を継ぎ、在位20年の長きに渡りエクン王国を治め、今年で48歳の若き王である。軍の強化や城塞の建設に余念がなく、国の更なる発展のため武力を惜しまず行使する姿勢は、諸外国にとって脅威的なまでの迫力。故に、エクン王国内の穏健派貴族からは疎まれているが、クレブス王の保持する軍は正に圧倒的抑止力であり、文句を唱えられる者は誰一人としていないのが現状だ。
「さて……」
ソラは、横たわる男がネガロから聞いた王の特徴と合致することを確認したのち、一部を除いて光学迷彩魔術を解くと、無警戒にベッドに歩み寄った。
一歩二歩と近づき、ついにはクレブス王との距離は1メートルもない程にまで詰め寄る。
「――フッ!!」
予備動作の少ない、洗練された動き。
クレブス王は枕の下に忍ばせていた短剣をソラに突き立てた。
「な――っぁ!?」
常人ならば、クレブス王の一突きで急所を的確に貫かれ死亡していただろう。しかし、相手はソラだった。
エネルギー化した体内魔力でクレブス王の腕を押さえ込むと、間髪入れず、分子を激しく振動させその短剣を熱してゆく。
「――ッッッ!? くぉオッ!!」
クレブス王は、赤熱しドロリと溶解し出した短剣を見た後、自身の手に迫る熱を感知して思わず短剣を放り落とした。ベッドに落下した短剣はシーツに引火し、盛大に燃え上がる。ソラはすかさず大量の水をかけ、消火した。
「抵抗を止せ。今宵、貴様は我の要求に応えてもらう」
「――ッ!?」
クレブス王は、驚愕に次ぐ驚愕の中、しかし取り乱さず冷静に努め、敵を認知しようと、そこで初めてソラの顔を見て……更に、驚愕した。
――――顔が、無いのである。
正確に言えば、光学迷彩によって顔のみを隠しつつ、視界を確保するために目だけ露出させていたので、空中に目が浮かんでいる状態であったのだが、薄暗い寝室の中では、首から上が存在しないように見えたのだ。
「我が名はデュラハン。貴様への要求は三つだ」
首無し騎士の名を語るソラの姿は、纏った黒地に藍色のローブが相まって、正しく首無しの幽霊のようであった。
加えて、ソラは更にひと手間加えていた。それは、“声”である。
人間のものとは思えない、重く低く、地獄を這うような、恐ろしい声
音魔術の派生と言うべきか、それは言わば『ボイスチェンジャー』のようなもので、3ヶ月ほど前のカンファレンスで発表した研究内容であった。
そして極めつけに、ソラはクレブス王の全身をエネルギー化魔力で押さえつけ、ひょいと空中を移動させ、無理矢理にびしょ濡れのベッドに腰掛けさせる。
「やるからには徹底的に」という言葉通りの、抜かりのない演出であった。
姿、声、魔術、未知の力――――その全てをとって、クレブス王は観念した。
国王ともあろう強者が、ガクガクと震え、目の前に迫る“異形の死”を恐れた。
「そう怯えるでない。我の要求を呑むならば、命は救ってやろう」
完全に冷静さを失ったクレブス王に、救いの道を示すソラ。
「一つ、お前のところの役人が悪事を働いている。直ちに正せ。二つ、魔術研究者ネガロ・ルッコの身の安全と継続的な金銭援助、土地の提供を保証せよ。三つ、ネガロ・ルッコ並びにその研究員に対し、必要以上においては不干渉と確約せよ。以上だ。何か質問はあるか?」
「す、少し待て! ……ネガロについては、分かった。役人が悪事と言うのは、どういうことだ?」
必死の表情で聞き返すクレブス王。助かりたい一心で、脳みそをフル回転させていた。
「言葉の通りだ。不埒な悪行三昧の役人を退治せよ。ネガロ・ルッコの研究所に出入りしていた役人と言えば、分かるな」
「……すまぬ。了承した」
クレブス王は、ソラの回答に対し、震える声でそう言った。
ソラはクレブス王の拘束を解くと、背を向けてベランダに向かう。
「我は、貴様を消すことなど、容易い。貴様の家族であっても、だ。万一にも、約束を違えなければ、我は二度と現れまいよ……」
最後の台詞を吐くと、全身を光学迷彩魔術で覆い、その場から姿を消した。クレブス王には、突如としてデュラハンの姿が消えたように見えたことだろう。
「………………なんという、ことだ……」
クレブス王は暫し放心し、夢から覚めるように意識を取り戻すと、直ちに全役人に招集をかけた。
トーマスが血祭りに上げられたのは、その日の午前中の話であった。
……そして、ソラがデュラハンの演技を思い出し、あまりの恥ずかしさに悶え転げるのも、その日の午前中の話であった。
お読みいただき、ありがとうございます。
デュラハーンの再登場は恐らくないです。多分。
次回は、また月日が飛びまして、いよいよ皆の研究成果が出てきます。お楽しみに。
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