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53 カンファレンス

 明くる朝。

 一階の食堂に集合した三人は、朝の挨拶を交わす。

 ネガロから厨房も自由にしていいと聞いていたソラは、早速朝食の準備に取り掛かった。すっかり食事係が板についている。

 食堂のテーブルには、あまり使っていなかったためか、少し埃が被っていた。そのため、リーシェとシスティはテーブルや椅子を雑巾で拭いている。

 本日の朝食は、昨日に街で買っておいたパンと、ベーコンと、簡単な野菜スープだ。ソラはスープを味見した際に若干の物足りなさを感じたので、魔術でグルタミン酸ナトリウムのL体を少量生成してスープに加えた。流石は旨味調味料で、一気に日本の家庭っぽい味になり、ソラは満足した。

 料理を運び終え、三人とも席に着き、ソラが「いただきます」と言うと、二人も「いただきます」と続く。元々食事の挨拶に馴染みのなかった二人だが、ソラの真似をして言っているうちに、今では自然な行為として受け入れるようになっていた。

「今朝も美味しいです、兄さん」

「相変わらずうめぇなあ」

 二人の感想に、「ありがとう」と返すソラ。作り甲斐があるなぁと思いつつ、昼食の献立を考えながらパンにジャムを塗る。

「――おはよう、諸君。……む、いい匂いだ」

 そこへ、ネガロが現れた。

 少々ぼさぼさの頭を直しながら、白衣のボタンをとめつつの登場だ。おそらく、今さっき起床したのだろう。

「あ、おはようございま……あれっ?」

 ソラは挨拶を返し、ネガロの方を見やると、ある人影に気が付いた。

「ああ、紹介しよう。妹のミト・ルッコだ」

 ネガロはそう言って、姉の影に隠れる妹ミトを引っ張り出す。

 縮こまりながら出てきたのは、10歳ほどの少女であった。

 ソラはミトの姿を見て、己の目を疑った。

 ミトの着ている服は、大きなポンチョと言うべきか、頭からすっぽり被って足先まで隠れるようなもので、長い靴下を履き、手袋をはめ、顔には狐狸がモチーフの面を、頭にはターバンのような布を巻き、その上からフードを深く被っている。

 ――肌の露出が、一切ない。

 システィやリーシェでさえ、食事の手を止めて注目するくらいの、異様な格好であった。

「…………」

 ミトは「ほら」とネガロに促されるまま、ソラたちに向かってぺこりとお辞儀をした。

「こいつは肌が弱いからこんな格好をしている。あと、かなり無口でな、姉の私でもこいつが何を考えてるか分からん時があるくらいだが……まあ、よろしく頼む」

 ネガロがフォロー(らしきもの)を入れる。するとミトは、自分の仕事は終えたとばかりにネガロの影に戻ってしまった。

「僕はソラだよ。よろしくね、ミトちゃん」

 ソラが和やかに挨拶すると、ミトはネガロの影から少しだけ顔を出し、ソラのことをじっと見つめた。

「……よ、よろしくね?」

 お面のせいでミトの表情が何一つ見えないので、ソラは苦笑いしながらそう言うしかない。

「…………」

 ミトは暫くソラを見つめた後、またネガロの影に隠れた。お面のせいか、小さな体躯のせいか、まるで人を怖がる小動物のようである。

「……まあ、なんだ。そのうち仲良くなれるさ」

 ネガロはそう言うと、ミトをソラの向かいの席に座らせた後、厨房へと向かった。料理を取りに行ったようだ。

 ミトは身長に似合わない椅子から足をぶらさげて、石のようにじっとして料理の到着を待っている。

「ミトちゃんは何歳なの?」

 話しかけるソラ。

「…………」

 無言のミト。

「……そ、その手袋可愛いね。手編みかな?」

 頑張るソラ。

「…………」

 無言のミト。

「……あはは」

 笑って誤魔化すソラ。

「――スープを用意してくれていたのだな。ありがとう、ソラ君」

 そこへ、ネガロが自分とミトの分のスープを持って帰って来た。

「ああいえ、お世話になりますので、ご迷惑でなければこれからお食事は僕が用意しますよ」

「本当か! いやあ、君の料理はとても美味しいから、嬉しい限りだ」

 ソラの申し出に願ってもないとご機嫌なネガロは、ミトの隣に着席すると、「ほら、美味しいぞ」と言ってミトにスープを差し出した。

 ミトはスープのお椀にスプーンを入れて掬うと、お面を少しだけずらし、その隙間から口に運んだ。

 スープの味にぴくっと体が反応した後、もうひと掬い、もうひと掬いと口に運んで行く。

 どうやら気に入ってくれたようだと、ソラは一安心した。

 ミトはスープを一頻り啜り終えると、またじっと大人しくなった。

 ――と、思いきや。

「…………ソラ」

「!」

 唐突にそう呟いたミトに、ソラは吃驚した。

 ミトが何故ソラの名前を呟いたのか、それは誰にも分からなかった。

 長年一緒にいるネガロでも、ミトの考えていることが分かる時の方が珍しい。

「これから、よろしくね」

 ソラがそう話しかけると、ミトはまた無言であった。



「――これより、第一回の研究会カンファレンスを始めます」

 二階、カンファレンスルームにて。ソラ、ネガロを筆頭に、リーシェ、システィ、ミトの5人が集合し、円卓を囲んでいる。

 音頭を取っているのはソラだ。

「研究会と言っても、近況報告も兼ねた定期集会のようなものです。これから週に一回のペースで開いて行こうと思います。この会の目的は、先程申しました通り、皆さんの近況報告が一点。もう一つは、週替わりで研究内容や進捗についての発表を行ってもらい、情報交換や、アドバイスを求めるなど、互いに役立てて行こうというものです。何かご質問等ありますでしょうか?」

 ソラはすらすらと喋る。まだ大学生だった頃、こういった場面はよくあったため、流石に場馴れしている。

「特にないようですね。ではまず、今日は初回なので、これからの皆さんの方針を決定、相談しようと思います。……それでは、リーシェから。どうぞ」

 指名されたリーシェは「はい」と返事をして、話し始めた。

「兄さんと話し合った結果……私は兄さんから“科学の知識”を教えて頂きながら、“魔術による絶対的防御方法の確立”について研究して行くことにしました」

 そこで早速、「いいだろうか」とネガロが挙手をする。「どうぞ」とソラ。

「カガク……とは何だ?」

 そう質問されたリーシェは、ネガロからソラへと視線を移した。ソラは手を挙げて「僕から」と言い、ネガロと向き合う。

「科学とは、先日のお話しで言うところの、『より“正しい認識”に近い知識』です」

「ソラ君含め、数人しか持っていないと言っていた知識か」

「はい。内容は無闇に口外できませんが……ネガロさんには、いずれ話せると思ったときに、話そうと思います」

 ソラは科学のことについて、全幅の信頼を置ける人間のみに教えることにしている。つまりネガロのことは、まだ信頼しきれていないのだ。

「教えてくれるのか! ふっふふ、楽しみが増えたよ。ありがとう」

 ネガロは機嫌良くそう言うと、リーシェに向き直って「すまなかった、続けてくれ」と一言。「では、続けます」とリーシェ。

「魔術による絶対的防御方法の確立についてですが、まだあまり目処は立っていません。兄さんに教えて頂く科学知識と、私の発想次第というところです。兄さん、ご助力よろしくお願い致します」

「うん、勿論。行き詰ったら、僕やネガロさんにアドバイスを求めるといいよ」

 ソラの言葉に、笑顔で頷いたリーシェ。その後、ネガロにもついでといった感じでぺこりとお辞儀をした。ネガロは苦笑いでひらひらと手を振った。

「さて、リーシェの次は……システィ。方針の発表をどうぞ」

 システィはソラに呼ばれると、待ってましたとばかりに組んでいた足を解き、机に手をついて気合十分に話し出した。

「おう。あたしは抜刀術の修行をしながら、ソラに頼まれた“身体強化”ってのを研究してみようと思うぜ。科学だ何だって言われてもわかんねぇからよ、とにかく体を動かして試行錯誤だ。これしかできねぇ。以上!」

 びしっとシスティ。

 ネガロはそれを聞いて、ふむふむと頷き、顎に手を当てた。

「なるほど、身体強化……これは興味深い。期待させてもらおう」

 ソラが以前より着目していた“魔術による身体強化”。これは同じ魔術研究者のネガロとしても気になるところらしい。

「……ソラ君は身体強化について、彼女に任せっきりかい?」

 しかしながら、それをシスティが研究するということについて、不安が残るネガロ。システィがしっかりとした研究結果を出せそうな人物かと言うと、到底そうは思えないのである。

「いえ、大体の部分は僕が主導で進めますが、核となる部分はシスティにやってもらう予定です。具体的には、実験全般です」

 ソラは、システィの持つ魔術センス――具体的には、標的を目視せず魔術を発動したり、剣と魔術を器用に両立させる能力――これにティンときた。加えて、ソラの索敵魔術。これらを究明することで、新たな魔術の要素を発見できるのではないかとソラは思った。そしてその発見は、身体強化に通ずるだろうと予想する。

 つまり、この身体強化魔術の研究は、システィの謎の魔術センスと、身体強化魔術との間に少なからず関係がありそうだと考えたソラによる、総合的研究なのである。

 よってシスティは、実験遂行者であり実験対象者でもあるのだ。

「そうか、分かった。……システィ君、君の研究、楽しみにしているよ」

「おうよ!」

 ネガロはソラの思惑を何となく感じ取り、システィに応援の言葉を送った。システィはソラに研究の手伝いを頼まれたことが嬉しいのか、大変に機嫌が良い。

「――それじゃあ、次は僕の番ですね」

 区切りの良いところで、ソラがそう言った。

 研究テーマ発表の三番目は、ソラ。

 ネガロとリーシェは、静かに期待し、ソラの言葉を待った。

「僕は、リーシェとシスティ、そしてネガロさんの研究のお手伝いをしながら、魔術の発動機構についてもっと掘り下げて研究して行く予定です。……言ってしまえば、未定です。適当にやりたいことをやって、結果が出ればその都度発表ってかたちにしようと思うんですが……どうでしょう?」

 ソラはすまなそうに、眉をハの字にして問いかけた。

「ソラ君のやりたいようにやればいいさ」とネガロが言う。

「兄さんは次から次へと研究課題を見つけられますし、その方法が最も効率が良いと思います」

 リーシェも太鼓判を押した。

「ありがとうございます。ではそういうことで、よろしくお願いします。……次は、ネガロさん。発表を」

 ソラはほっと一息、ネガロにバトンを渡す。

 ネガロは「んんっ」と咳払いを一つして、喋り出した。

「私は、ソラ君に依頼された、魔術の巻物に記されている呪文の解読を行いながら、私の魔術の呪文化についての研究も同時並行する予定だ。これは私の勝手な予想だが、あの巻物に記されている呪文は、私の研究に大いに役立ちそうな気がする。巻物が魔術の呪文化の更なる発展の着火剤となってくれることを祈って、研究を進めようと思う。以上だ」

 言い終えたところで、「ああ、忘れていた」と付け足す。

「因みにミトには、私の助手をしてもらうつもりだ。しかし、もしかしたら君たちのところにも顔を出すかもしれない。ミトは普段、施設内をうろうろとしているからな。ミトがふらっと現れたら、すまんが相手をしてやってくれ」

 ネガロの言葉に、全員快く頷いた。

 当のミトは相変わらず無言で、我関せずと円卓の縁を触っていた。

「では、以上で第一回の研究会を終わります。次回は一週間後の朝です。最初の発表者は……僕からがいいですかね。次にシスティ、ネガロさん、リーシェと回しましょう」

 ソラが締め、次回予告をして、カンファレンスはお開きとなった。

 ネガロは一階の自身の研究室へ、システィは向かいの実験ホールへ、リーシェは三階の自室へ、ミトはふらりと何処かへと解散する面々。

 ソラはカンファレンスホールを出て階段を降りながら、新天地でのこれからの研究を思い、学園に居た頃とはまた一味違った濃密な研究ができそうだと、期待に胸を躍らせるのであった。



―――



「――と、以上がアガロスによる報告です」

「なるほどね。下がっていいよ」

「はっ」

 埃臭く薄暗い部屋に、影が二つ。いや、一つに減った。

 アガロスと呼ばれた男は、未だにソラたちを尾行し、城塞都市ガルアルにおいても監視し続けている。

 その報告を受け取った影は、くつくつと笑った。

「――何百年ぶりだろうねぇ」

 実に楽しそうに、口の端を歪める。

「“神”には触れさせないよ――決して」


 ――それは、ソラたちが知る由もない話。

 そして、いずれ。出会うべくして出会う話――


 お読みいただき、ありがとうございます。


 ミト、登場!


 次回は、それぞれの研究と、ミトについてです。



 ツイッターで進捗などについて呟いております。

 ご興味をお持ちの方は、下部にリンクが御座いますので、そちらからご覧ください。

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