52 情報交換
「――後ろは私の所の研究員だ」
「はっ、畏まりました。お通りください」
エクン王国首都ガルアル――3王国の中でも屈指の城塞都市と名高いここは、周囲は高い壁と水路に囲まれ、出入り口は南北の2ヶ所、橋が架かっているのは日中のみ、衛兵が街を見回り、王宮周辺では更に厳重に、また付近では騎士団が駐屯している。
昼に到着したネガロとソラたちは、橋を渡り街の入口で検問を受けた。やましいことは何もない筈なのに、ティコの一件のせいか少々びびり気味であったソラたちだが、ネガロの一声で検問を受けるまでもなく通過を許されてしまった。エクン王国において、ネガロ・ルッコは相当な地位と信頼のある人物だと伺える。
「着いたぞ。ここが私の研究施設だ」
ネガロがソラたち3人を誘導した先は、煉瓦造りの大きな三階建ての家。そこは家というよりは、無機質なビルと言った方が雰囲気に合うような、何とも無骨な建物であった。
「入って、どうぞ」
ネガロはそう言って分厚い木製の扉を開く。
「――うわぁ、広いですね!」
内装を見て、ソラは思わず声をあげた。
玄関ホールは二階まで吹き抜けになっていて、屋根に斜めに取り付けられた天窓からは燦々と光が差し込み、玄関から一階廊下と二階三階へと上る階段を明るく照らしている。
ソラに続いて入って来たリーシェとシスティも、想像以上の広々とした空間に少しばかり驚いている様子だ。
「一階から順に案内しよう。先ず、ここが共有スペースだ。そしてあっちが厨房で、食堂はその右だな。一階の西側は全て私の研究スペースとなっている。私は日中は大体ここにいるから、用事があればいつでも訪ねてくれ。次は、二階に行こうか」
「ほえ~……」
ただただ「ほえ~」と言うしかないソラ。ネガロに付いて階段を上る。
ネガロが東側の両開きドアを開けると、そこは広々とした会議室であった。
「見たとおり、二階東側はカンファレンスホールだ。西側はここと同じ広さの実験ホールとなっているのだが……私は使ったことがない」
「えっ、では何故……?」
使う予定などないホールを何故作ったのだろうか。
「ああ、この施設は王から貰い受けたものなのだ。私のところは研究員がいないから、私一人ではどうも持て余してな」
「ひ、一人!?」
「厳密には妹に助手をしてもらっているから二人だが……妹はまだ11歳でな。実質は一人のようなものだ」
「そう、ですか……」
この大きな施設を文字通り一人占め、それだけでも驚きだが、ソラはネガロが一人で研究しているということに何より驚いた。
研究に実験は付き物であり、その実験を一人でこなすというのはとても大変なことであると、身をもって分かっているからである。
だがネガロは、一人で研究を続け、その結果、エクン国王からここまで立派な建物を与えられる程の成果を出しているのだ。大した研究者であると、ソラはそう直感した。
「さて、次は三階だな。三階は4つの空き部屋と、書庫がある。まあとりあえず見てくれ」
ネガロは三階への階段を上りながらそう説明すると、上ってすぐのドアを開く。
「ここが空き部屋だ」
広さは二十畳ほども、床は木造、窓が一つで、それ以外には何もないがらんとした部屋であった。
「二年間こちらにいるのだろ? ここを使ってくれて構わない。家具は街で買って自由に置くといい。金がなければ私が出してやろう」
至れり尽くせりである。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「あじゅじゅす」
ソラが喜びとともにお辞儀すると、リーシェも続いて一礼した。システィも一応お礼を言ったが、しかし何か食べていた。自由奔放である。
「――まあこんなものだな。この施設にあるものは、私の研究スペース以外は自由にしてくれて構わない。これから二年間、よろしく頼むぞ」
一通り案内を終え、一階の共有スペースで紅茶を飲みながら、そう言うネガロ。ソラは頭が下がる思いで「こちらこそ、よろしくお願いします」と返して、一礼する。
ネガロはソラの返事を聞いて満足そうに頷くと、再び口を開いた。
「さて……ソラ君。これから共に研究を進めていく上で、互いの研究内容について、情報交換をする必要があると思うのだが……どうだい?」
「そうですね。僕自身、魔術の呪文化と聞いて興味が尽きません」
「そうか。では早速、私の研究の概要について話そう」
ぐいっと紅茶をあおるネガロ。ソラもつられて紅茶を一口含み、話を聞く体勢を作る。
「先ず、私は、魔術と発声の関係に目をつけた。当時、会話が魔術で成り立っているという説が有力視されていたので、そこに発声が少なからず関わっているのではないかと思ったのだ。そして私は、“魔術を発声しながら行うことで成功率が上がる”という事実を明らかにした」
「発声しながら魔術を……」
「そうだ。発声が重要なのだ。考えた事を言葉にして声に出すという行為、一見単純だが、実はその瞬時の思考が魔術とは関わり深い」
「なるほど」
ソラはネガロの言う現象に少なからず同意できた。術者の理解・認識の深さが魔術の根底にあるがゆえに、魔術を放つ瞬間にわざわざ発声するという行為は、言わば指差し確認のようなもので、より成功率を上げるというのは間違いではなさそうである。
「そして次に、私は“文章を音読して魔術を放つと更に成功率が上がる”ということを発見した」
より正確なイメージを促せるような文章を作り、思い浮かべやすくするということだろうとソラは察す。理にかなっている。
「この2つの研究成果をエクン王国に高く評価され、私は今の地位にいる。……エクン王国軍の魔術師たちは皆、大きな魔術を放つ際は何か書物を読みながら叫んで放つことだろうな……言わなくても分かるとは思うが、内密に頼むぞ」
「……もちろんです」
「で、だ。私は今度は文字に興味を持った。文字と魔術の関係性についての研究を始め、魔術を呪文化できないかと検討したのだ」
「そういった背景があったのですね」
「ああ――そして、実は既に魔術の呪文化の手がかりを掴んでいる」
「なんと!」
「実際に見てもらった方が早いな。ついて来てくれ」
ネガロは自信満々と言った風にソラを自分の研究スペースへと案内した。ソラは何が見れるのかとうきうきしている。
「――これだ」
ネガロがデスクの上から持ち出したものは、2~3枚の紙の束。その全ての紙の一面にびっしりと何やらややこしい記号が書かれていた。
「これが、呪文ですね」
「そうだ。そして、ここに魔力を込める。やってみたまえ」
そう言われたソラは、紙の束を手に持つと、そこに魔力をイメージする。
すると、数秒後。突如「ぼたぼたぼた」という水の滴る音が何処かから聞こえてきた。
「あっ――!」
音源の方を見ると、床に水たまりが出来ていた。
「これは水属性下級魔術【玉水】を呪文化したものだ。魔術の発現する場所と時間の指定、加えて魔術の維持はできないが、何とか発動だけはできるようになった」
「す、凄いですよこれ……!」
「だろう? まあ、こんなものだな」
ふふんと自慢気なネガロ。
ソラは甚だ感心し、その機構をどうしても知りたくなったが、一旦は気持ちを抑える。
「……貴重なお話をありがとうございます」
ネガロはソラを二年間研究を共にする仲間と信用し、己の研究内容を話したのだ。ならば、その信頼には信頼で応えるのが筋だろう。
「次は、僕の番ですね。僕の研究内容については、全てを話すことは出来ません……それは、利己的な理由で秘匿しているわけではなく、秘匿する必要があるからということを、どうか分かってください」
「うむ」
ソラの断りをすんなり聞き入れるネガロ。目の前で金塊を生成する魔術を見せられた今、その理由は察しがつくのだ。
「僕は、魔術理論――つまり、魔術が発動する仕組みについて研究しています。今回お話しするのは、そのもっとも根本にある部分、『体内における魔力の変形及び放出後の体外反応の機序』についてです」
「ほう……非常に興味深い」
ネガロはソラの導入を聞いてそう呟くと、こくりこくりと頷いた。別に何かに対して頷いているわけではなく、思考をより捗らせるために体がリズムを刻んでいるのだ。言わば、ネガロの思考時の癖である。
「先ず、魔力には体内魔力と体外魔力の二種類がありますが、我々が魔術を扱う際に放たれる魔力、これは体内魔力です。この体内魔力は、主に生体内に多量存在し、術者のイメージに依存して変形することができます。その際、体内魔力が魔術自体の形をとるわけではありません。体外魔力と反応して、魔術を発現することができるような形をとります」
「なるほど。つまり、我々の魔術は、体内の魔力と体外の魔力の合わさったものだと、そういうことか?」
「鋭いですね。概ね正解です。術者によって変形された体内魔力は、術者の魔術発動の意志によって空気中に放出されます。すると、発動をイメージした場所まで体外魔力を伝わって移動し、目的地に到着した段階で周囲の体外魔力と反応して魔術が発現します。……まとめると、術者のイメージに応じて変形した体内魔力が空気中の体外魔力を伝わって移動し、標的である体外魔力に特異的に結合・反応して魔術が発現する、という機構です。僕らは、結合する側をリガンド魔力、受け取る側をレセプタ魔力と呼んだりもします」
「そうか……となると、体内魔力と、体外魔力と、完全に分けて考えた方が良いな……」
ソラの話を消化し、それを踏まえて己の研究に役立てるところまで瞬時に思考するネガロ。
ソラはそんなネガロを見てなんだか嬉しくなり、意気揚々と話を続けた。
「この際、重要なファクターが2つあります。1つは、体内魔力は術者の正しい認識によりその変形が行われること。もう1つは、実現力の存在です。順に説明して行きます」
ここが、話の核心である。
ネガロもそれを感じ取ったのか、眼鏡をくいっと上げて、組んでいた足を下ろした。
「魔術は基本四属性以外は無いと言われていますが……断言します。そんなことはありません。魔術は、術者の理解が深く認識が正しい限り、千変万化するのです」
「……それは、俄かには信じられんが、きっと正しいのだろうな。しかし、それでは何故基本属性の魔術が蔓延っているのだ?」
「言及しかねますが……言ってしまえば、知識が足りていません」
「…………スクロス王国軍の魔術師は皆、君のように知識があるのか?」
恐る恐るという風に、ネガロは質問する。
「いえ。現在、僕を除けば、リーシェ、システィ、あともう一人だけだと思います」
「それを聞いて、ほっとしたよ……」
若干の焦りを顔に浮かべていたネガロは、心底安心したように椅子の背もたれに体重を預けた。
「話を続けますね。次に、実現力について話します。まず実現力の定義ですが、僕らは“体内魔粒子+実現力=体内魔力”としています。この実現力がなければ、魔力が魔力として働かないのです。実現力とは、魔力の万能性を司る機構で、おそらくは術者の知識を自動で検索し、そこで得た結果を用いて出来る範囲で魔術を実現させようと働く因子です。これもまだ確証はないですが、固有体内魔粒子量に個人差があるように、実現力の働き度合いにも個人差があると思います。……とりあえず、現時点で話せるのはこのくらいですね」
「…………夢のような話だな」
ネガロはそう言った後、「ふっ」と自重するように笑った。
「感想を述べると……なんだか私の研究が馬鹿馬鹿しく感じたよ。居ても立ってもいられないとはこのことだな。……ひょっとして私、今こうしてゆっくり紅茶を飲んでいる場合じゃないんじゃないか?」
「いやいやいや! ネガロさんの研究も素晴らしいですよ!」
「そうか? そうか。まあ、そうか……」
もごもごと何やら呟きながら、ティーカップで顔を隠すように紅茶を飲むネガロ。かなり衝撃的な内容だったのか、相当に打ちのめされているようだ。
「あー……えっと、か、家具買ってきますね……」
ネガロが今の話を消化しきるにはまだまだ時間がかかりそうであるし、独りにしてオーラをこれでもかと出しているし――と感じたソラは、街に家具を買いに行くことにした。決して逃げ出したわけではない。
「リーシェ、システィ。家具買いに行こう」
「ふぁい……分かりました、兄さん。しかし、一度に3人分は馬車では運びきれないのでは?」
「リーシェ……今なんか」
「食べてません」
「えっ、でも」
「食べてません」
「そ、そう……」
ソラは何故か必死なリーシェから視線を逸らしてシスティを見やると、やはり何かもぐもぐと食べていた。そこで、そう言えば昼食を食べていないことを思い出す。
「あー、ごめん。外に出るついでに、お昼ご飯も食べようか」
「……食べてませんからね」
リーシェはシスティから干し肉をひとかけだけ貰って食べていたのだが、たまたまそのひとかけきりのタイミングでソラに話しかけられたがために、システィのような食いしん坊だと誤解されてはなるまいと、最後まで頑ななリーシェであった。システィは紛れもなく食いしん坊であった。
お読み頂きありがとうございます。
ネガロの人となりが何となく見えてきたかなという回でした。
次回は、謎の妹が登場です。姉が眼鏡ならば、妹は……?
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