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51 眼鏡現る

「――すみません、ネガロ・ルッコさんについてご存知ですか?」

 国境の街ラウに到着した翌日。

 ソラ達は起床して早々、街の人々にネガロについて聞き込みを始めた。

「ルッコ教授のことかい? あんな有名人知らねぇなんて、さてはあんた旅人か」

 現地人であれば詳しいかと思いそれっぽい人に声を掛けたソラ、いきなりビンゴのようである。

 しかし、ネガロ・ルッコが有名人というのは初耳であった。ソラは意外に思いながらも、話を続けた。

「その、ルッコ教授はどちらにお住まいか分かります?」

「あー。ちょっと待て、確かさっき……」

 ソラがネガロの住所を尋ねると、男はきょろきょろと市場の方を見渡し始める。

 そして、市場の一角を指差すと、こう言った。

「いたいた、あの方だよ」

「…………へっ?」

 酷い阿呆面で聞き返してしまうソラ。

 聞き込み開始から5分と経たず――有力な情報どころか、ネガロ本人が見つかったのだった。


 男が指差した方向、何やら骨董品のような物をずらりと並べている怪しげな露店の前で、顎に手を当てて悩ましげに物色している一人の女性。

 その風貌は研究者然としていて、長手でだぼだぼとした白衣のような衣服を纏い、身長は155センチ程とやや小さく、ぼさぼさの黒髪を両脇でおさげにまとめており、その顔には牛乳瓶の底のように歪な形をしたレンズの眼鏡をかけている。

 あれで前は見えているのだろうかと心配に思ったソラだが、同時に感心した。

 この世界では、未だレンズらしいレンズは発明されていない。水晶や硝子を磨いてレンズに近い物を作れたとしても、その原理を詳細に解明するのはまだまだ先のことだろう。そういった背景の中で、レンズ(らしきもの)を眼鏡として利用している風のネガロという人間は、「一味違った人だ」という印象をソラに与えた。

「兄さん……その、あの方がネガロ・ルッコなのでしょうか……?」

「何だありゃあ……?」

 眼鏡が全く浸透していないこの世界では、眼鏡はかなり奇抜な物に見えるのか、リーシェとシスティはネガロの姿を見て軽く引いていた。眼鏡を見慣れたソラの目から見てもあの眼鏡は異常なので、こればかりは仕方がない。

 ネガロが有名人である理由がなんとなく分かった一同は、恐る恐るネガロに近付いて声を掛けた。

「あの、ネガロ・ルッコさんですか?」

 ソラがそう言うと、ネガロは振り向き、意外そうな顔をして――と言っても前髪と眼鏡で顔の大半が隠れているので表情は大して読み取れないのだが――どことなく意外そうな雰囲気を醸しつつも、口を開いた。

「いかにも。私がネガロ・ルッコである」

 えっへんと無い胸を張るネガロ。そのつもりはないのかもしれないが、表情が見えないせいかちょっぴり威張っているように見える。

 ソラは店頭で長々と話していても悪いので手早く済ませようと思い、いきなり本題を切り出した。

「初めまして。僕はソラ・ハルノと言います。魔術研究者をしております。今回は、ガリゼさんの紹介で――」

 すると、ソラが「ガリゼ」と言った瞬間、ネガロの様子が一変した。

「――ガリゼ!? 今、ガリゼと言ったか!?」

「は、はい」

「何処だっ!? あの糞野郎は何処にいるっ!?」

 ネガロはソラの襟元を掴んで、前後にぶんぶんと振りながらそう捲し立てる。

「言いたまえっ!」

「ちょっ……苦し……い、息がっ、がああああ」

 首を絞められながら頭をがくがくと揺らされて、目を回すソラ。

「それ以上いけないわ」

 そう言ってスッと間に入ったリーシェが、軽々とネガロを引き剥がす。まるで古武術のような、洗練された動きであった。

「ゲホッ、ゲホッ……助かったよ」

「どこかお怪我はございませんか?」

 どさくさに紛れてソラに半ば抱きつきながら背中をさするリーシェを見て、システィが慌てて口を開く。

「そ、ソラっ、どういうことだ? 何かめっちゃ怒ってんぞ?」

「何でだろう……ん゛ん゛っ」

 システィに言われて、喉元を気にしながらネガロに歩み寄るソラ。

 リーシェは邪魔をされたと思いシスティをじとりと睨んだが、システィは素知らぬ顔で何処か左上辺りを見ていた。たまたま視線の先で木の枝に鳥がとまっていたので「まあ鳥だわ」と裏声で呟いたシスティだったが、丁度そのタイミングで鳥がぷりっとフンをしたため、非常に滑稽な気分になった。リーシェはバッと右下の方を向くと、ぷるぷると肩を震わせて何かを堪えていた。どうやら面白かったようだ。

 そんなどうでもいい応酬をする2人を尻目に、鋭い目――をしているかどうかは分からないが、何となく睨みつけていそうな雰囲気のネガロに向かって、ソラは言った。

「すみません。ガリゼさんには紹介されただけで、全然親しくないのですが……何かあったんですか?」

 ソラの話を聞いて、ネガロは「むむむ」と唸り、語り出した。

「……そうだったか。それは、すまないことをした。……あの野郎は、私の研究に興味があると言って研究室に潜り込み、暫く活動していたかと思いきや、ふわりと雲隠れしたのだよ……私の研究費を盗んでな!」

 思い出すだけでトサカに来るのか、身振り手振りでソラに訴え掛けるネガロ。心なしか眼鏡も曇っている。

「ま、マジですか……」

 ネガロが嘘をついているようにも見えないので、ガリゼが研究費泥棒だとあっさり信じるソラ。思い返してみると、確かに盗みをやりそうな人相であった。

「ガリゼさんは今、スクロス王国のオニマディッカ魔術学園にいる筈です」

「そんな遠いところまで逃げ――って、オニマディッカ魔術学園だと? それは、学生という意味でか?」

「いえ、魔術研究者と言っていましたが」

「そんな……一体どうやって……?」

「それはどういう?」

「只の泥棒があんな一流の学園で研究など出来るわけがなかろう」

「あ、確かに……」

 ガリゼ・シータテーン、一体何者なのだろうか。そう考えたところで、ネガロはふと思い出したように言った。

「そう言えば君、どういった用件だっけ?」

 ソラも忘れていたという風にぽんと手を叩いて、話し出す。

「用件を述べます。……ある魔術を発動する巻物があるのですが、そこに書いてある呪文がどうしても解読できないのです。魔術の呪文化について研究されているネガロさんなら、何か分かるのではないかと思って訪ねさせて頂きました」

「魔術を発動する巻物……だと……?」

 ソラの話に興味を引かれるネガロ。

「その巻物というのは?」

 ネガロは思考の後、先ずは現物の確認だと思い当たる。

 ソラは担いでいた鞄から巻物を取り出すと、ネガロに開いて見せた。

「…………むぐぐ」

 ネガロは食い入るように巻物を見つめた。


 5分ほど熱中した後、ゆっくりと顔を上げて口を開くネガロ。

「……とりあえず、分かった。ゆっくり話を聞きたいから、是非とも私の研究室に来てくれ。時間は許すか?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「なぁに、私の方こそ興味が湧いた。ソラ君、でよかったか。私の研究室はガルアルにあるから、今すぐ帰ろうと思うが……君は馬車か?」

「ええ。宿に馬車を置いてあります」

「ならば、私の馬車について来るといい。30分後に北門に集合だ」

「分かりました」

「ああ、それと……後ろの2人は何だ?」

「助手の義妹と……愛弟子です」

「……なんだかよくわからんが、まあ、その2人も同行を許そう」

「ありがとうございます」

 異常なほどにサクサクと話は進んで、ソラとおまけの2人はネガロの研究室へ向かうこととなった。

 とんとん拍子の要因の一つ、ネガロがソラ達3人をすんなりと信用した理由――それは、偏に予言魔術の巻物による。

 それ程に、予言魔術の巻物はネガロにとって素晴らしく“そそる”ものであり、それについて解読しようと試みているソラとその同行者も信用に足るという判断であった。「動物好きに悪い人はいない」というような危うい考えだが、それがマニアックなものであればあるほど意外と当たっていたりする。


 30分後、セロの北門には馬車が2台と4人の人影があった。

「――来たか。では出発しよう。頃合を見て私が野営地を決め合図を出すから、そうしたら止まってくれ」

「分かりました」

 ネガロの指示に頷くソラ。

 一同は馬車に乗り込むと、ネガロの馬車は早速出発したため、ソラは慌ててその後を追走する。

 ソラはネガロが一人であったことに違和感を覚えたが、ここラウから首都ガルアルへは一日程の距離であるため、わざわざ助手などを同行させる必要がなかったのだろうと自己完結する。

 いつも通り馬車を操作しつつ考え事に耽るソラは、一先ず夕飯の献立について色々と考えるのだった。


「今夜はここで野営しよう」

 見晴らしの良い荒地の中心で馬車を岩にとめ、そう言うネガロ。

 辺りには人里植物が群生しており、低木もちらほらとあるので、焚き火の薪は何とかなりそうだ。

「晩御飯はご馳走させてください」

 和やかに言うソラは、馬車から鍋と具材と醤油を取り出した。

 ネガロは「すまんな」と返事をして、リーシェとシスティが焚き火の準備をする中、ソラの近くに腰掛けて真空パックの肉を興味深げに観察している。

「……それは何だ? 何で出来ている?」

 着目したのは、真空パックの包装。

「これは、ポリプロピレンという……いや、うーん……」

 ソラは言いかけて、説明に困ってしまった。

 炭素原子も知らないであろう人にポリプロピレンを説明しても分かるわけがないので仕方がない。そもそも、万物は火水風土の4つの粒子でできているという思想がこの世界の通説であるから、しっかりと説明するにはそこから理解させなければならないのだ。

「言えないか……では、私の協力条件が、君の研究していることの内容を教えてくれというものだったら、どうだい?」

 ネガロはこの何気のないひと時に、大胆かつ自然に、勝負に出た。

 ソラの目的は明快、ではネガロは対価として何を得るかを考えたとき、ネガロにとって最も肥やしになりそうなものは、ソラの研究だろう。ネガロは、ソラが持ち出した真空パックの包装を見て、瞬時にそう判断したのだ。

 ソラもその意図を察し、早急に思考して回答する。

「……僕は2年間こちらに居る予定です」

「そうか。確かにあれを解読するには、骨が折れそうだ。しかし、2年もあれば楽勝だな」

 ソラの要求の大きさと、自分の有能さをアピールするネガロ。

「なるほど。そうですね……正直申しまして、僕の研究内容は全て明かすことはできません。ですが、その氷山の一角でも、ネガロさんを満足させることができる自信はあります」

 ソラは鍋に具材を入れながらそう言い放った。

 ネガロは鼻で笑うと、こう返す。

「信じられんが、信じたくもある。……今、私が決断できそうな“何か”を見せてくれ。そうしたら、話をまとめよう」

 ネガロにとってみれば、予言魔術の巻物もソラ自身についても非常に興味深く、今回のソラの要求を飲んで殆ど損はない。つまりは、こちらの要求を釣り上げられるだけ釣り上げて引き受ければよいのだ。この時、ネガロはソラがこれから行う何かを見定めたうえで、一度は断るつもりでいた。

 ソラは「分かりました」と言って、具材を鍋に入れ終えると、右手の手のひらを上に向けてネガロの前に突き出した。何処かで見た光景である。

 何をするのだろうかと、ネガロは好奇心に胸を躍らせた。

「な――ッ!?」

 次の瞬間、驚愕するネガロ。

 ソラの手のひらの上には、1辺3センチ程の正六面体の金塊が生成されていたからである。

「――どうでしょうか?」

 ニカッと笑って、ソラが言う。

 ネガロは金塊を手に取ると、それが間違いなく金であることを確認した。

「……魔術、か?」

 恐る恐る、そうであって欲しくないという風に、質問する。

 金を生成する魔術、しかも正確な立方体で生み出すなど、それは最早神の領域に近いと感じるネガロ。ガリゼならば「儲け放題だ」と言うところかもしれないが、ネガロはその理論に興味が行って仕方がない。つまり、ネガロはソラと同じく“そっち側”の人間なのだろう。

「紛れもなく、魔術です」

 ソラの回答を聞いて、ネガロは「ふへっ」と笑った。

「狂ってるな……分かったよ。2年で必ず解読しよう。約束する」

「ありがとうございます。僕は2年の間、ネガロさんの研究室をお借りして、そちらの手伝いもしつつ自分の研究をしたいのですが、よろしいですか?」

「勿論だ。では、契約成立だな」

「これから、よろしくお願いします」

「うむ。こちらこそよろしく」

 これまた、とんとん拍子で話がまとまってしまった。

 ネガロは要求を釣り上げるどころか、想像の遥か上を行かれて、むしろ恐れ多い気持ちで引き受けたのであった。

 ソラとしては、良いタイミングでジョーカーを切れたとホッと一息。

 とは言っても、結局はお互いに得ばかりな取引であったため、双方ハッピーは当然の結果とも言える。

 こうしてソラたちは、エクン王国首都城塞都市ガルアルに、2年間の拠点を築けることと相成った。


 翌朝。4人のうち2人は、朝食を取りながらの歓談。

「ネガロさんは、予言魔術についてご存知ですか?」

「うーむ、聞いたことがない。もしかすると巻物はそれか?」

「はい。エニマ・トゥルグという老エルフから託されたものです」

「そうか。私も見た通りまだ若いエルフだから、あまり高齢のエルフとなると分からんなあ」

「失礼ですが……お幾つですか?」

「……幾つに見える?」

「…………17歳くらいでしょうか」

「わっはっはっはっは!」

 大笑いして、バシバシとソラを叩くネガロ。

 結局年齢を言うことはなかった。

「なぁ……」

「ええ……」

 残りの2人は、黙々と朝食をとりつつ、意外なライバル(?)の登場に、はたまたソラの好かれやすい体質に、ため息をつくのであった。


 お読み頂きありがとうございます。


 眼鏡が来ました。

 同じ研究者気質だからか、ソラと気が合うようです。


 次回こそは、城塞都市ガルアルです。



 ツイッターで執筆の進捗などについて呟いております。

 ご興味をお持ちの方は、下部にリンクが御座いますので、そちらからご覧ください。

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