50 一別、そして胎動
「…………」
「おら、元気出せよ坊主。また帰りに寄るっつってんだからよォ」
早朝、首都ニッチを出発するソラ一行を、ティコ姫が直々に見送りに来ていた。その横にはルーシー副騎士団長の姿もある。
「それにしてもお前、随分と可愛らしい服着てんなぁ……?」
ソラは説明が面倒なのでシスティを放置していたため、その結果、システィは未だにティコのことを男の子だと思っているようだ。システィの性別の判断基準は髪型だけなのだろうか。はたまた、弱視なのかもしれない。
「ティコ。アドバイスは忘れてない?」
「うん」
ソラの言葉に、ティコはこくりと頷く。
ソラは傍で屈むと、ティコの耳元に口を寄せてこう言った。
「――王妃と王子、衛兵団を信用しちゃ駄目だ。何かあったら、お父さんと騎士団を頼ること。特にルーシーさんは強いから、なるべく一緒に行動するように。いいね?」
「――っ!」
驚くティコ。
ティコも薄々感づいていたルオーン王国の“雰囲気”、それにぴったりと当てはまる指摘であったからだ。
何故ソラが知っているのか、ティコはそう疑問を持つも、それは最早どうでもよいことだと気が付く。
「……うん、分かった。ボクも前からあの人たちは嫌だと思ってたんだ。ソラを信じるよ」
ティコはソラの目を真っ直ぐな瞳で見つめると、そう言った。
無条件で二度も命を救ってくれた恩人は、無条件で信用して当たり前である。
「ありがとう――――それじゃあ、ルーシーさん。ティコをお願いします」
「うむ。ソラ殿も、息災で」
ルーシーは凛とした所作で頷くと、ソラ達を確りと見据えて見送った。
「またね、ティコ。2年後にまた会いに来るよ」
ソラはティコに一時の別れを告げると、馬車の御者台へと乗る。
リーシェはさらりと一礼し、システィは手を振って馬車へと乗り込んだ。
「ソラっ! ボク、一人前の魔術師になるから! だから、また一緒に冒険に連れてって!」
ティコが馬車に向かってそう叫ぶ。
ソラは振り返ってにこりと笑い頷くと、ゆっくりと馬車を走らせる。
ティコは走り出した馬車の後を追い掛けようとして、やめた。
本当に冒険者になりたいのなら、今はまだ冒険に出る時ではないと理解しているからだ。
2年後に思いを馳せて、今はただソラ達を見送るティコであった。
「このまま平原を北東へ行けば、3日くらいで国境の街ラウだ」
「そしたら、いよいよエクン王国ですね」
「うん。目的地は近いね」
首都ニッチを出発した日の夜、焚き火の明かりで地図を照らして旅程を確認するソラとリーシェ。
システィは相変わらず抜刀の特訓をしていた。
ここのところ毎晩と特訓をしているシスティ。ルーシーに負けたことが悔しかったのか、今夜の特訓はいつもより更に身が入っているように見える。
抜刀術はよく分からないソラだが、システィの抜刀は中々様になっているように見えた。その理由としては、女性にあるまじき馬鹿力と、元来のセンスであろうか。
リーシェもシスティに負けじと、アブレシブジェット魔術の特訓を毎日こっそりと行っていた。こっそりする理由は、人に努力を見せないというのがリーシェのポリシーだからである。
ソラはというと、空いた時間にルーシーの破魔についての考察をまとめたり、何か思いつけば『やりたい実験リスト』なるものに覚え書きを加え、自身の戦闘力向上のためエネルギー化体内魔力の運用法を考え、実践し、検討し……と物凄く充実していた。
御者台に座っている時間も常に考え事をし、下手をすれば魔術の実験を行っているソラ。場所が場所ならばかなり危ないが、今は平原を走っているため大した危険はないだろう。そうであって欲しい。
移動の時間を如何に有効に使うかというのが日常の充実においてかなり大切なポイントであるとソラは考えており、それは日本にいた頃から変わらない思想であった。
エクン王国に到着するまで、あと3日。
この僅かな移動の時間にも、ソラ達3人はそれぞれ成長しようとしていた。
国境の大きい街門を抜けるとラルであった。
「――ここが、エクン王国……」
3日間平原を越え、エクン王国は国境の街ラルに到着したソラ一行。
ラルという街の雰囲気を一言で表すと、“雑踏”。
活発な行商人が入り乱れ、衛兵は盗人を追い回し、獲物を担いだハンター達が行き交い、町民はせっせと仕事に奔走している。
土埃の煙たい臭いが鼻につき、ソラは少しだけむせた。
「そこ行く旅人さん! 安くするよ、今晩一杯どうだい?」
「今夜はうちの宿屋にどうさ! 馬小屋もちゃあんとあるよ!」
「俺のとこは馬小屋は勿論、メシが美味いって有名だぜ!」
「お兄さん! お靴磨かせて!」
馬車を徐行させ、夕方の街の大通りを行くだけで、嫌というほど声が掛かる。
ソラは「すみません!」「ごめんなさい!」と連呼して馬車を進めるよりない。
「おいおい……すげぇな」
「皆、生きて行くのに必死なのよ」
ソラは勿論のこと、システィとリーシェも圧倒されるほどの雑踏であった。
「だからってよぉ、こんな群がって来るもんか? フツー」
「……お国柄かしら、ね」
スクロス王国とも、ルオーン王国とも違う、エクン王国の独特な雰囲気をひしひしと感じる3人。
今晩の宿屋へ辿り着くのも一苦労なのであった。
「――明日は午前中にネガロさんについて少しだけ聞き込みして、それから首都のガルアルに向かおうと思う」
「そのネガロって奴はガルアルに居んのか?」
「うん、そう聞いてるけど……もしかしたら引っ越してるかもしれないから、念のためね」
「地図を見る限り首都ガルアルまでは1日程、然程距離もないですし、ガルアルの情報についてはここラルでもある程度得られるかと思いますから、私は賛成です」
「うん。じゃあ、そういうことで――――ん?」
宿屋の一室、明日の作戦会議をしていた3人。
話がまとまったというその時、ソラが何かを察知し、表情を変えた。
「……? 兄さん?」
「オイ、どうした?」
ソラは会話や行動の節目節目で索敵魔術を展開することが最早癖となっており、この話し合いの終了も丁度良い節目であったため、何の気なしに索敵魔術を展開したのだ。
「ん、いや……誰か扉の前にいた気がしたんだけど、気のせいだったみたいだ」
一瞬、扉の前に気配を捉えたソラだったが、その気配は即座に消え失せたため、何かの勘違いであったとそう結論づけた。
リーシェとシスティは首を傾げている。
一番首を傾げていたのは、ソラであった。
――――
「……ふぅ」
国境の街ラウの一角、路地裏で息を潜める影が一つ。
「要注意と仰っていたが……これは本当に要注意だな」
ソラの索敵魔術を掻い潜り、ルオーン王国から尾行していた男――名をアガロスと言う。
3日間尾行し、ソラの索敵魔術のパターンを完全に把握したつもりでいたアガロスだが、盗み聞きの欲が出たためか、髪の毛一本ほどの隙を捉えられてしまた。
「反省反省」
欲を出さず、尾行と監視に徹底するよう己を戒めるアガロス。
路地裏を進むと、人知れず影へと消えて行く。
――ソラの知らぬところで、何かが動き出そうとしていた。
お読み頂きありがとうございます。
じわりと何かが迫っています。
次回は、エクン王国首都・城塞都市ガルアルです。
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