49 接触
「そ、ソラ殿……これは一体」
翌日。
来賓用別邸の中庭にて。
ルオーン王国騎士団副団長ルーシー・ペオッソは布で目隠しをされ戸惑っていた。
「ごめんなさい。これから危険性のない魔術を撃つので、避けてくださいね」
「それはいいが……」
ソラは一切の視覚を遮断されているルーシーに対して、こっそりと水滴の魔術を放つ。被弾したとしても、服が少し湿る程度のものである。
「――むっ!」
ルーシーはソラの魔術に機敏に反応すると、体勢を屈めて回避した。
やはり、魔力を感じ取れるようである。
「お見事です。暫く似たような実験を繰り返しますね」
「……分かった。好きにしてくれ」
諦めたように呟くルーシー。
ソラの目はより一層輝いた。
ソラはその後、視覚だけでなく聴覚や嗅覚を遮断した状態での魔力感知の実験を行った。
いずれの状態でも、全てを同時に遮断した状態でも、魔力感知は可能という結果が出ている。
その事から、触覚を用いての感知、もしくは魔力を感知する事のできる何らかの器官が存在するのではないかという説が浮上した。
「ルーシーさん、魔力を感知する際はどの様な感覚ですか?」
「……あまり詳しくは言えないが、第三の目のような感覚だ」
「なるほど。それは飛来する魔力をまるで視覚のように捉えられるということですか?」
「そう、かもしれん」
インタビューしつつ、ふむふむと頷いてメモを取るソラ。
「これは感じ取れますか?」
ソラは左腕を前に出すと、その手のひらの上の部分だけ体内魔力をエネルギー化させた。
「……ああ、分かる。初めて見たぞ。これは魔術か?」
「まあそんなようなものです。では、次は魔力を感じたタイミングで合図をお願いします」
ゆっくりと手のひらで体内魔力をエネルギー化させて行く。
ソラが「エネルギーに変化させよう」と思った瞬間に、パンと手を鳴らす音が聞こえた。
「――オッケーです。ありがとうございます」
すかさずメモを取るソラ。
長くなりそうだな、と辟易するルーシーであった。
「ルーシーさんの、魔術を無効化する技ってありますよね」
「ああ、”破魔”のことか?」
「ハマ?」
「そうだ。破魔という技だ。”魔視”と同じく一子相伝の奥義ゆえ、詳しいことは教えられないが……所謂、魔術を斬る技術だな」
「……なるほど。では、その破魔なのですが、この範囲の中で出来るか少し試して頂けませんか?」
「範囲……?」
首をかしげるルーシーを前に、ソラは半径3メートルの範囲のすべての体内魔力を白色に染色した。
「なぁ――ッ!?」
その光景はルーシーの目にはどのように映ったのだろうか。
瞬時に直径6メートルもの大きな球形に膨れ上がった魔力を感じ取ったルーシーは、驚きの声をあげて2歩3歩と後ずさった。
「僕の魔力を染色した状態です。うーん……見づらいので、こうしましょう」
ソラは魔力の霧をかきわけてルーシーに近づくと、2人の周囲のみ染色を解く。
「これでよく観察できますね。では、白い霧に向かって破魔をお願いします……ルーシーさん?」
「…………あ、ああ。すまない。あまりのことに言葉を失っていた」
暫し放心していたルーシーは気を取り直すと、抜剣した。
白い霧に歩み寄り、剣を構える。
「はっ!」
縦に一閃。
すると、魔力の霧は剣を避けるように弾け、切り裂かれた。
「ゆっくりと破魔をすることはできますか?」
「……うむ。やってみよう」
剣を霧に突き入れ、目を閉じるルーシー。
「ふっ!」
力むような声と同時に、突き入れた剣の周囲の霧が空気に弾かれるように退く。
「んー……なるほど。ありがとうございます」
ソラは暫く観察し、ルーシーにお礼を言うと、染色を解いた。
一瞬で霧が晴れ、ルーシーは「おお」と短く声をあげる。
「最後の実験なんですが……今の突きのポーズをお願いできますか?」
「ん、こうか?」
「はい。そのままちょっと待っててくださいね」
そう言うと、ルーシーに向かって手をかざすソラ。
「なっ――これは!?」
ルーシーは驚愕に目を見開いた。
ソラはルーシーの突き出した剣の周囲に体内魔力を密集させたのである。
かつて真空を作り出した時の要領で、体内魔力を密集させて行くソラ。
遂には、ルーシーの剣とその手の周りにはソラの体内魔力以外の物質がほぼ存在しないという程までに高濃度となった。
「見えるんですね、なるほど……よいしょ」
ルーシーが魔力を感じ取っていることを察し、納得すると、密集している魔力を白色に染色した。
真っ白な物体が剣にまとわりつくように浮き上がる。
「では、この状態で破魔をお願いします」
「わ、分かった」
ルーシーは未だかつて感じたことのない感覚の魔力に戦慄しながらも、破魔を放つため集中する。
「はぁっ!」
掛け声。
しかし、まとわりついたソラの魔力は弾かれない。
「む……ふんッ!」
気合を入れて、もう一発。
だが、ぴくりとも反応しなかった。
「な、何故だっ!?」
ルーシーは破魔が発動しない事に驚きを隠せない。
「やっぱりか……ありがとう、ルーシーさん」
ソラは魔力の密集と染色を解き、納得するようにそう言った。
「どういうことだ!? 何をした!?」
全く納得できないルーシーはソラに詰め寄る。
「ええと、それじゃあ……とりあえず今日の実験の結果をまとめてみましょう。その中で説明します」
ルーシーを椅子に誘導するソラ。
テーブルを挟んで向かい合って座ると、説明を始めた。
「まず最初の実験ですが、あれは魔力感知に視覚・聴覚・嗅覚を必要としないことを確認したかっただけですので、あまり重要ではありません」
「……ふむ」
「次に、白色に染色した魔力に破魔を使うという実験は、破魔がどのようにして発動しているのか観察することが主な目的です。そこで顕著に見て取れたのが”魔力を弾く”という現象ですね」
「魔力を弾く、だと?」
「そうです。そして昨晩に僕が考えていたいくつかの仮説の中に合致しそうなものがあったので、最後の実験をしました。それが、非常に高濃度の体内魔力の中で破魔を行うという実験です」
「その実験と、魔力を弾くという現象に、一体どんな関係があるんだ?」
「合致していそうだなと思った破魔についての仮説は……空気中に存在する体外魔力を何らかの方法で凝集させてぶつけることで魔術を弾き飛ばし無効化するのではないか、というものでした。その仮説が正しければ、体外魔力の存在しないところでは破魔は不可能ということになります」
「体内だの体外だのというのは分からないが……何となく伝わった。つまり、私の破魔は空気中の何かをかき集めて魔術にぶつけて弾いている、というわけだな。その何かが無ければ破魔は発動しないのか……気がつかなかった」
破魔を扱う者として、破魔を扱えない者に破魔のことを教えられるというのは、何とも衝撃的であったルーシー。
それも一子相伝の奥義であるため、なおさら他人に教わるというのは有り得ないことである。
「はい。おおよそ正解です。また、剣とそれを握る手までの範囲を高濃度の体内魔力で包んでいたのですが、それだけで破魔が発動しなかったことを考えると、体外魔力を凝集させる箇所は剣もしくは拳というところまで限定されますね」
「む、そうだな。破魔は拳から剣へと向けて放つイメージだ。その考察は的を射ているな」
「なるほど。では、凝集と発動はほぼ同箇所で行われていると考えてもよさそうですね」
「うむ…………しかし、凄まじいなソラ殿は」
ルーシーは腕を組み、感心するように呟いた。
「初見で破魔を見抜き、あまつさえ私も知りえぬ破魔の情報を調べ上げてしまうとはな……決闘したからこそ分かるが、魔術の才にも秀でている。好戦的な性格には見えなかったが、なるほど、魔術にはこういった道もあるのだな」
「戦闘は起こらなければ起こらないほどいいですから。魔術研究の道は、好きこそ物の上手なれってやつですね」
「ほう、上手い言葉だ。言い得て妙だな」
フッと笑うと、侍女によって運ばれてきた紅茶をあおるルーシー。
かれこれ2時間近く実験を行っていたため、喉が渇いていたのだろう。
「……ルーシーさん。破魔の使い方について、教えていただくわけにはいけませんか?」
落ち着いたところで、ソラはそう切り出した。
一子相伝と分かっていても、どうしても知りたいのである。
「それは叶わん。破魔は我がペオッソ家のみが代々引き継ぐ古の奥義。何人たりとも教えるわけにはいかないのだ」
「ヒントだけでも、だめですか……?」
食い下がるソラ。
「くどいぞ。……そうだな、この話を聞かせよう」
鬱陶しがったルーシーは、ソラを諦めさせるためにある話を語りだした。
「ここルオーン王国には、古くから伝わる”魔人の御伽話”がある。もっとも、我がペオッソ家では御伽話ではなく、破魔と同等に伝承される重要な内容の一つだ。細かいことは省くが……つまりは、魔人に破魔を扱わせてはならないという事。もしも魔人に破魔の技術が奪われてしまうと、大きな災いが起こると言い伝えられている。なればこそ、破魔は門外不出。一子相伝となって伝わっているのだ」
「魔人、ですか……」
「そうだ。ペオッソ家は数百年の長きに渡りこの伝承を守り続けている。ゆえに、その真髄を誰にも教える事はできない」
真髄は教えられないが、実験に付き合う程度の情報の開示はできる。つまり、たとえ魔人が相手でも破魔を観察したくらいでは理解することのできないほど奥深い真髄なのだろう、とソラは察した。
「僕が魔人ではないという証明はどうやってもできない、というわけですね……」
ソラは肩を落とし、考え込む。
万に一つでもと思い実験に付き合って貰ったが、この様子だと実験結果をまとめたところで破魔を扱うための手がかりは掴めそうにないだろう。
しかし、破魔を諦めることは研究者魂が許さない。
そう思いつつも、一転して今度は魔人という言葉に興味を持ち始めたソラ。
魔人――おそらくは、ルオーン王国のみの伝承。
スクロス王国に居た頃に学園の図書館を漁りに漁っていたソラだが、魔人などと書いてある書物を見た覚えはないのだ。
「……分かりました。破魔については諦めます」
一旦ね、と心の中で呟くソラ。
「代わりと言ってはなんですが、魔人について何か教えて頂けませんか?」
頭の整理を付け、破魔モードから魔人モードへと切り替える。
「魔人についてか……む」
ルーシーがソラの質問に答えようとしたとき、近寄って来る侍女の姿が見えたため、話を中断した。
「すまない、時間がきてしまったようだ。……そうだな、王宮西に大図書館がある。そこに魔人について記された書物がいくつか置いてあるだろうから、行くといい」
「分かりました。長々とどうもありがとうございます」
「いや。こちらこそ姫をありがとう。――おい、ソラ殿を図書館まで案内して差し上げろ。入館許可は私が出したと伝えておけ」
「かしこまりました」
ルーシーは侍女に指示を出すと、ソラに向かってぴしりと一礼し、「では」と言って去って行った。
国の騎士団の副団長ともあれば、やはり忙しいのだろう。
貴重な時間を割いて付き合ってくれたルーシーに心の中で再度感謝するソラであった。
「ここが、大図書館……」
ソラは侍女に案内されて図書館に訪れると、斜め上方を見上げて呟いた。
そう、見上げるほどの広い空間に、一杯の書物が保管されていたのだ。
印刷技術のないこの世界でこの規模の蔵書の数というのは、まさに異常である。
「…………あー……とりあえず探そう」
圧倒されながらも、魔人について書かれている文献を探しに一歩を踏み出すソラ。
入口に入館管理をしている侍女が2人いるだけで、司書の姿は見当たらないため、一先ずは自力で探すよりなさそうだ。
暫く歩き回り、魔人の本を3冊ほど発見する。
幸い分野ごとに分けられていたため、直ぐに見つかったのだ。
ソラは共用の読書スペースにある椅子に腰掛けて机に向かうと、本を開いた。
図書館利用者は他に一人もおらず、非常に静かで緩やかな空気の中で、ソラのページをめくる音だけが響く。
「…………なるほど」
1時間後。
5冊ほど読み漁って、魔人について大体を理解したソラ。
魔人の特徴をまとめると、以下のとおりである。
・莫大な魔力
・絶対的な知識
・千変万化する魔術
・災厄の権化
・天使の敵
その他にも悪魔だ化物だ妖怪だと言いたい放題に書かれていたが、それぞれの本に共通している内容は上記の5つくらいであった。
「まあ、御伽話なんてこんなもんか……」
天の使い――所謂”天使”にとって魔人は敵だというところは気になったが、日本で言うところの桃太郎と鬼のような類の話だろうと思い、5冊目の本を閉じるソラ。
天使についても気が向いたら調べてみるか、程度に考えつつ、席を立ち本を棚に返しに行く。
その途中で、この図書館が王宮にほど近い立地にあることをふと思い出した。
――昨日のリーシェの推理を思い出す。
騎士団と衛兵団の軋轢、その上にいる権力者同士のいざこざ。
今がそれを調査するチャンスかもしれない。
「……よし」
ソラは本を全て棚に返すと、窓際に歩み寄り、目を閉じて集中した。
索敵魔術を展開し、王宮内で行われている会話を片っ端から傍受して行く。
……そして、数十分後。
様々な会話から得た色々な情報を整理した結果、ソラはある程度のルオーン王国の状況を掴むことができた。
ティコには2人の兄がいる事。王は騎士団を、王子2人が衛兵団を管理している事。王妃も衛兵団の管理に口出ししている事。そして、王子が父親を王の座から引きずり下ろそうと画策している事。
更に、ティコが実は妾の子である事。妾の女性はティコが生まれてすぐにお亡くなりになっている事。
「か、カオスだな……」
あまりの渾沌っぷりに呆れるソラ。
騎士団と衛兵団の軋轢は、王と王子・王妃の争いが主な原因である事が判明した。
また、ティコが王宮に居づらいのは、妾の子という扱いがあるからかもしれない。
「――やあやあ!」
「うわっ!?」
突如、背後から声をかけられ、飛び上がって驚くソラ。
「おっと、驚かしてしまったかな。失礼。何か調べ物かい?」
声をかけてきた男はかなりの長身で、銀色がかった長髪を揺らし、目鼻立ちのはっきりとした西洋風な顔で笑みを浮かべる胡散臭い男だった。
「……あの、どちら様で」
「おっと、そうだね。自己紹介が先か。……俺はアルク。ここの司書をやっている」
皮膚に張り付いたような笑顔でそう答えたアルクと名乗る男は、どかっと椅子に腰掛ける。
「司書さんでしたか。僕はソラ・ハルノです。ここへは魔人について調べに来ました」
「魔人! へぇ~、物好きだね。それで、今は何をしてたんだい?」
少しどきりとするソラ。
「ちょっと、風にあたりに……」
まさか盗み聞きしていましたと答えるわけにはいかないため、嘘をつく。
「ふーん」
腕を組み、何か考え事をするような素振りを見せるアルク。
その間もずっと微笑みを絶やしていない。
「……君に、いくつか聞きたいんだけど」
組んだ腕を解き、机の上で手を組むと、ソラに向かって問いかけた。
「ルーシー・ペオッソ副騎士団長と何してたの?」
あまりに唐突な質問に、今度こそ心臓が跳ねたソラ。
何処かで見られていたようである。
「ちょ、ちょっと訓練をつけてもらって……」
「ふーん」
納得いかないような声を出す。
「じゃ、次の質問。ここ最近のルオーン王国って、なんだか雲行きが怪しいんだ。特にティコ王女が生まれるくらいの頃からね。俺としては、もっと平穏じゃあなければ都合が悪い。どうしたらいいと思う?」
「えっと、どうしたらとは……?」
「……ふむ。具体的に言うと、王と王子王妃連合が騎士団と衛兵団まで巻き込んで争っているんだ。王女は妾の子だからねぇ、俺の予想では王妃の嫉妬が原因なのだが、他にも色々と要因があるようだから、そんなに簡単な問題じゃあない。で、こんなルオーン王家なんだけど、今回の王女失踪事件を皮切りに激化しそうなんだ。まあ、どの国でもよくある話だよ。王家ってのはそういうの面倒くさいよね。はぁ、本当に困るよ。俺的には早急に何とかしたいから、君のアイデアを聞いてみようと思ったんだ。どう思う?」
恐らくは国の機密であろう情報を初対面のソラ相手にペラペラと喋るアルク。只の図書館司書ではない事は明らかだ。
ソラはあまりに大胆なアルクの言動に呆気にとられながらも、思考を巡らせる。
何故、この男は自分にこの様な話を持ち出してきたのか。
しかしながら、いくら考えても分からなかった。
ここは相手の出方を見るためにも、当たり障りのない回答をしておく。
「……王家のいざこざに首を突っ込む事は難しくはないですか? 僕なら早々に見切りをつけてルオーン王国を出てしまうと思います」
ソラがそう答えると、アルクは眉一つ動かさず、笑顔の仮面のまま答えた。
「ほほー、なるほど。俺はワケあってルオーン王国を離れるわけにはいかないから、悲しいかなそれは不採用だね。……因みにだけど、君は何しにルオーン王国へ?」
「僕はエクン王国へ向かう途中に立ち寄っただけですね。あと数日もすれば出発します」
「ふぅん」
ソラの言葉を聞いて、にやりと笑顔を更に歪めるアルク。
「じゃあ、ルオーン王国の情勢については君にはあまり関係なかったかな」
「いえ、興味深いお話でしたよ」
「それは重畳」
アルクは満足したのか立ち上がると、ソラに背を向けて去って行く。
数歩進んだ所で、くるりとソラの方へ振り返り、いやらしい笑顔でこう言った。
「――嘘をつくときに”ちょっと”と言う癖は直したほうがいい。それと、君は心情が顔に出易いようだから、仮面の装着をおすすめするよ」
何とも不思議で、ぞっとするような人物であった。
お読み頂きありがとうございます。
色々とキーワードが出てきました。
破魔、魔人、天使……なるほどわからん。
次回は、ルオーン王国出発。
ティコとルーシーとは一時の別れです。
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