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48 不審


「僕は、ソラ・ハルノ。よろしくね」

 そう言って前へ歩み出て、ルーシーと向き合うソラ。

 その目は好奇心一色に染まっていた。

「……む、貴様……」

 ルーシーはソラの堂々とした佇まいに相応の実力を感じ、ショートソードを下段に構え直す。

 いわゆる、受けの構え。ソラの出方を見ようという事である。

「それじゃあ、行くよ」

 ソラはご丁寧に合図まで出し、魔術を放った。

 ソラにとっては何の変哲もないスタンガン魔術である。

「――ッ!!」

 ルーシーはソラが合図を出した瞬間、得も言われぬ恐怖を感じた。

 当初は、システィの時と同じように魔術を迎撃しつつソラとの距離を詰める予定であったルーシー。そのための下段の構えであった。

 だが、本能的な恐怖からか、直後にとった行動は――全力回避。

 ルーシーのみが捉える”何か”が飛来するラインから大きく身を逸らし、回避する。

 先程までルーシーのいた場所に、ぴかりと電撃の光が瞬いた。

「……な、に?」

 それだけかと違和感を抱くルーシー。

「次行きまーす」

 しかし、思考している暇はなかった。

 ソラは再びなめくさった合図を出し、今度はスタンガン魔術を同時に4方向へと放つ。

 ルーシーはそれらを無駄なく躱し、ソラとの間合いを詰めようと地面を蹴った。

「おおっ」

 ソラは何かに感激したようで、そう呟くと、すぐさま予定していた次の行動に移る。

「――ッ!?」

 ルーシーが踏み出した瞬間、辺りが煙に包まれ、視界不良に陥った。

 正確には、ソラが目にもとまらぬ速さで魔術を放ち、ルーシーの周囲を濃い煙幕で包んだのである。

「これはどうかな?」

 間髪入れず、索敵魔術でルーシーの正確な位置を捉え、スタンガン魔術を三発ほど放つ。

 着弾を待ち、煙幕を風魔術で吹き飛ばすと、そこにはソラに向けて剣を構えるルーシーの姿が見えた。

「マジかっ!」

 ソラ的にはこの結果がかなりツボに入ったらしく、たいそうご機嫌な表情である。

「……貴様、舐めているのか?」

 ルーシーはソラの態度が気に入らず、そう口にした。

「ご、ごめん。でも凄いよルーシーさん! 魔力が見えるんだね!? いや、見えるというか、感じ取れるというか!」

「な――!」

「――っ!?」

 ソラがそう言った瞬間、強い反応を示したのは、リーシェ。

 魔力の可視化とその観察については、研究室で過去散々研究したテーマであり、それはソラの溢れ出た体内魔力をソラ自身が染色することでクリアした。

 しかしながら、もしも本当に染色されていない純粋な魔力が見える人間がおり、その機構を解明する事が出来れば、体内魔力ひいては体外魔力の自然状態での観察、体内魔力が体外魔力に作用する瞬間の観察など、今まで出来なかった事が出来るようになるかもしれない。

 リーシェは、ソラがあえて決闘を受けた理由をここで理解した。

「それと、これは僕の予想だけど、ルーシーさんは何らかの方法で魔術発現の阻害もしくは魔力そのものの分解や吸収ができるんじゃないかな……?」

「…………」

 驚愕、疑問、混乱が入り混じった表情で固まるルーシー。

 ソラは先程のシスティとルーシーの戦闘の終盤に現れた”不自然な間”をそう結論づけていた。

 あくまで予想であり、半ばはったりのつもりで言ったのだが、ルーシーの反応を見て確信する。

 だとすれば――。

 そう考えたとき、ソラの好奇心は数倍に膨れ上がった。

「凄い! 凄いよっ! その発想はなかった!! 一体どうやってるんだ!?」

 両手をばたばたと慌ただしく動かして、無意識に興奮を表現してしまうソラ。

 ルーシーは当惑の中、口を開いた。

「……そこまで見破ったか。だが、これは我がペオッソ家に伝わる一子相伝の奥義。貴様には一生扱えん」

「い、遺伝するのかっ!?」

 火に油を注いでしまったようである。

「……ん、遺伝……遺伝んんんん!?」

「!?」

 食い気味にリアクションしたかと思えば、突如何かに気が付いたように叫び声をあげるソラ。

「何で今まで気付かなかったんだっ!」

 頭を抱えてそう叫ぶ。

「ルーシーさんっ! 遺伝ですよっ! 遺伝っっ!」

「……」

 ルーシーは最早意味不明といった感じでソラを見つめている。

「…………なぁ、リーシェ」

「兄さんはあのようになると、暫くこちらには戻って来ないわ……」

 外野のシスティとリーシェですら、半ば呆れた感じであった。

「んあー! やっぱり実験は厳しそうだけど……いずれ本腰入れてDNAと魔力の関係の調査も……! あ、マウスみたいな動物も魔力を持ってるのかな……!?」

 一人でぐるぐるとその場を歩き回り、興奮気味に何やらぶつぶつと呟いているソラ。

 ルーシーはこの謎の時間を利用し、平らかな心をなんとか取り戻していた。

「……素晴らしい洞察力だ。賞賛に値する。ソラ・ハルノ……覚えておこうッ」

 雰囲気はぶち壊されたが、今はまだ決闘中。

 ショートソードを握り直し、ソラへ向かって一直線に駆け抜ける。

「――きた!」

 ソラはその姿を見て、何故か嬉しそうな声をあげると、即座にスタンガン魔術を放った。

「はぁッ!!」

 ルーシーはソラの魔力を感知し、一閃。

 魔術は、発動しない。

 その斬撃は、ソラの放った体内魔力を的確に切り裂き、消滅させていた。

「おおおお!! ……って!」

 ソラ、大興奮。

 しかし、ルーシーは剣を構えてどんどんと接近して来ているため、興奮を楽しんでいる暇はなかった。

 もっと色々と試してみたいという気持ちを必死で押し込めると、対処に移る。

「覚悟!」

 ルーシーはそう叫び、間合いに飛び込んだ。

 刺突の構えである。

 そこには、システィ戦の時のような手加減など微塵もない。

 次の瞬間、ソラはエネルギー化魔力を展開し、剣を大きく横へ弾いた。

「ぬうっ!?」

 ぎらりと、周囲で何かが輝いた気がしたルーシー。

 まるで数多の小魚の群れが一斉に方向転換したような、そんな輝きであった。

 その異変を感じたと同時に、剣を弾かれて体勢を崩し、地面に転がる。

 何が起こったのか、まだ理解できていない。

「な、何をし――ッ!?」

 即座に起き上がりソラの方を向き直ったとき、ルーシーが目にしたもの。

 例えるならば、それはソラから伸びた一本の巨大な腕。

 薙ぎ払われたエネルギー化魔力の残滓であった。

 今まで見た事のない異様な光景。

 あの巨大な魔力の塊が自身の剣を薙ぎ払ったのだと、すぐさま理解する。

 ふわりとその残像が消えると、ルーシーは最初にソラと対峙した時の違和感の正体に気が付いた。

 それは、ソラが今までルーシーが戦ってきた魔術師たちとは全く違う存在であるという事だ。

 対魔術師戦に絶対の自信と対策があったルーシーだが、ソラ・ハルノにそれは通用しないのだと、痛感させられた。

 ――敵わない。

 そう思ったとき、剣を握る手が震える。

 今まで己の剣のみを頼りに生きてきたルーシーが、初めて抗わずして挫折した瞬間だった。

「純粋な体内魔力は見えないのかな? となると、体内魔力が体外魔力に作用している場合に限って見えているのか……?」

 余裕綽々たる面持ちで、ルーシーの能力を考察していくソラ。

 ルーシーはその様子を見て、自分は遊ばれていたのだと理解した。

「……しかし、敗北は許されん」

 そう呟く。

 この時、ルーシーはある誤認をしていた。

 それは、衛兵の間違った報告によって引き起こされている。

 その報告は、過失でなく、故意。

 ”誘拐犯の魔術師3人組を捕える”――ルーシー含む騎士団にはそうとだけ伝えられていたのだ。

 誘拐犯と決めつけ、話し合いをすっ飛ばしていきなり捕えるという、何とも酷い作戦である。

 何故、このように仕組まれた誤報が伝えられたのか。

 その根本にある理由は、いずれソラ達も巻き込まれてしまう深い闇に隠されていた。

「――――ルーシーっ!!」

 ルーシーがソラへと再び立ち向かう事を覚悟した時、馬車の方角から大きな呼び声が聞こえた。

「姫!? ご無事なのですかっ!?」

 その声の主は、ティコ。

 ルーシーは驚いて振り返ると、ティコが衛兵を振り切り駆け寄って来るところであった。

「ルーシー! ソラ達は敵じゃないよ! 攻撃しちゃダメ!」

「なっ――まさかそんな!」

「ソラ達はボクをここまで送り届けてくれたんだ。だから、攻撃しちゃ、ダメ」

「――――ッ!」

 ティコにそう諭されたルーシーは、ティコの後方にいる誤報を伝えた衛兵を睨みつけた。

 その誤報が故意のものであると、すぐに分かったからである。

 誤報を伝えた衛兵は、ルーシーの視線を無視してソラ達に駆け寄ると、頭を下げながら謝罪の言葉を述べた。

「――只今、姫からお話を伺いました。騎士団の者が、誠に申し訳ありません。是非とも謝礼をと存じますので、王宮へお越し下さい」

「貴様ッ!」

「副騎士団長殿。王女様の恩人の方々の前です。お控え願います」

「くっ…………覚えていろ」

 ルーシーは悔しそうな表情で引き下がる。

 そういった細かい応酬が繰り広げられる中、ソラは「とりあえず疑念は晴れたらしい」と理解した。今は細かいことを気にしている場合ではなく、とにかくルーシーの特殊能力が気になって仕方が無いのである。

「本当に申し訳ございませんでした」

 再度頭を下げ、謝罪する衛兵。

「あの、勿論そちらの対応に問題があったのだと思いますが、こちらにも誤解を招いてしまう一因があったと思うので……おあいこという事で」

「そう言って頂けるとこちらも助かります」

 手違いで殺されかけて”おあいこ”というのは甚だおかしな話だが、ソラにとってみれば小蝿を払ったようなものであったため、非常に温い対応になってしまった。大きな力を持つと危機感が薄れるというのは、ゲームの中だけの話ではないらしい。

「……兄さん。少なからずこちらに非があったとしても、実際に剣を向けられたわけですから、もっと謝罪と賠償を要求するべきです」

 見かねて、リーシェが口をはさんだ。

 仰る通りである。

「あー……そっか。確かにそうかも」

 ソラは事態を整理しようと努めたが、脳の容量の9割以上をルーシーの特殊能力について考えることに使用していたため、そちらに全く思考が働かない。

「ソラっ! 大丈夫だった?」

 そこへ、心配そうな表情のティコが駆け寄って来た。

「ああ、うん。ごめんね、ティコ。起こすのが遅れちゃったせいで、迷惑かけて」

「ううん。ボクの方こそ、ぐっすり眠っちゃってごめん……」

 少々恥ずかしそうに苦笑するティコ。

 そんなやりとりをしていた2人に、ルーシーが近づいて来る。

 その後ろには、5人の騎士。

 ルーシーはソラの前で仁王立ちすると、がばりと勢い良く頭を下げた。

「――すまなかった!!」

 すると、後ろにいた5人の騎士も揃って「すみませんでした!」と頭を下げ謝罪する。

「過失は完全にこちらにある。どうか、謝罪を受け入れて欲しい!」

 衛兵のせいだという主張をぐっと飲み込み、ソラに対して誠心誠意謝った。

 この場で衛兵に嵌められたのだと言ったところで、それはソラには関係のない事であるからだ。

「ソラ、ルーシーは悪い人じゃないよ……ちょびっとカタブツだけど」

 すかさずティコがフォローを入れた。

 その言い草から、ルーシーと姫は深い面識があるらしいと分かる。

 この時ソラの脳内では、ルービックキューブが解けたような、パズルの最後の1ピースがはまったような、電球がぴかりと点灯したような閃きが生じていた。

「――でしたらっ! 是非ともルーシーさんの能力の秘密を教えて欲しいです!」

 がばっと身を乗り出して、そう要求するソラ。

「むぐっ。そ、それは…………」

 ルーシーは困惑した。

 一子相伝の奥義を教えるわけにはいかないが、立場上、実に断りづらい。

「無理でしたら、ちょっとした実験に付き合ってもらうだけでも!」

 ソラは要求ランクを落として、畳み掛ける。

「…………分かった。実験だけならば、付き合おう」

「ありがとう、ルーシーさん!」

 渋々、許可を出したルーシー。

 渾身ガッツポーズのソラ。

 呆れ顔のその他3人であった。



「ハルノ様は、こちらのお部屋になります。何か御座いましたら、係の者にお申し付けください」

「はい、分かりました」

「またお約束の件について、副騎士団長から言伝を預かっております。”明日の朝に伺う”とのことです」

「そうですか。ありがとうございます」

「それでは、失礼致します」

 侍女によって、王宮の南に位置する来賓用邸宅へと案内されたソラ達。

 この部屋はソラにあてがわれたものであり、リーシェとシスティにもそれぞれ一部屋ずつあてがわれている。

 扉を開けると、中々に広く高級感溢れるつくりになっていた。

「ふぅー」

 荷物を置いて、ベッドに倒れこむソラ。

 ぐっと伸びをすると、程よい旅の疲れが解き放たれ、大変に気持ちが良い。

 まだ昼過ぎだというのに、眠ってしまいそうであった。

 するとそこへ、コンコンと扉をノックする音が聞こえてくる。

「兄さん、いらっしゃいますか?」

 リーシェだ。

 ソラは「よっこらしょ」とベッドから立ち上がり、扉を開けて迎え入れる。

「どうしたの?」

「お休み中すみません。しかし、どうしても話したい事が……」

 リーシェの目線から、寝転んだ拍子に髪が変に折れて寝癖の様になっている事に気が付いたソラ。「たはは」と笑って跳ねた髪を撫で、リーシェを椅子に案内した。

「話したい事って?」

「はい。今回の誘拐犯と間違われた件ですが……どう考えても不自然です。馬車を降りろと言われて直ぐに降りなかったため怪しまれたというのは納得できますが、その後の騎士の到着と、私たちに斬りかかって来るまでが早すぎます」

「……確かに。今考えてみれば、不自然だね」

 リーシェの話を聞いて同意するソラ。

 トランス状態は脱していたため、難なく理解出来たようだ。

「また、衛兵が謝罪した際、ルーシー・ペオッソとやらが過剰に反応した事も気になります。これはおそらく、今回の手違いを騎士団のせいにされた事が原因でしょう」

「そう……だったかも」

 ソラはよく覚えていなかった。

「しかし、ミスを擦り付けるという、すぐに明るみになる嘘を何故つくのでしょうか。私の予想では、騎士団と衛兵団との間に何らかの軋轢が生じているのではないかと思います」

「お、おう……」

「仮に私達が平々凡々な旅人であり、ティコ姫を保護し送り届けたとした場合……今回のような事になれば、騎士5人によって捕らえられ、いや、殺されていたと思います。この時、ティコ姫の恩人を殺してしまった過失は騎士団にあると言えるでしょう。しかし、騎士団と衛兵団が敵対していると考えると……」

「……なるほど」

「ええ。衛兵団が騎士団を陥れたと考えるのが自然でしょう。今回の場合は兄さんが相手であったため失敗に終わりましたが、本来ならば十中八九そうなっていたのではないかと思います」

 まるで刑事のように推理するリーシェ。

 公爵家の生まれ故、こういったごたごたには非常に敏感であった。

「思うに、これは騎士団の上にいる者と衛兵団の上にいる者のいざこざです。裏にはかなりの権力者が絡んでいます。それこそ、王族のような……」

「そういえば、ちょっと気になった事がある」

「……お聞かせ頂けますか?」

「ティコに両親の話を出したとき、怯えるような表情をしたんだ。この環境では仕方ないのかもしれないけど……」

「……私の想像以上に、このルオーン王国は腐っているのかもしれませんね」

 眉根を寄せるリーシェ。

 欲望に塗れた人間を腐る程見てきたからだろうか、その表情には嫌悪がにじみ出ている。

「少し、調べてみようか」

 顔を突っ込まない方が良いのは分かっているが、ソラはリーシェの気持ちを汲んでそう言った。

「私も力になれるか分かりませんが……」

「いや、リーシェはそのまま推理を続けてくれるだけで十分だ。そもそもリーシェの推理がなかったら、僕はこの件に気がつかなかっただろうしね。素晴らしい推理だと思うよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 推理を褒められて、少し頬を赤く染めるリーシェ。

 ソラに好かれろ褒められろというのが最早リーシェの行動理念と化しているため、もっと褒められるように頑張ろうと意気込むのであった。


 そんなこんなで、ソラとリーシェはルオーン王国の深い闇の部分へと足を踏み入れようとしていた。

 一方、システィはふかふかのベッドで爆睡していた。


 お読み頂きありがとうございます。


 何か色々とややこしくなってしまいました。

 力不足を痛感しています。


 次回は、ルーシーと実験です。加えて、王族のなんやかんやについても少しだけ。



 ツイッターで執筆の進捗などについて呟いております。

 ご興味をお持ちの方は、下部にリンクが御座いますので、そちらからご覧ください。

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