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45 前途洋洋

 リザードマンという魔物がいる。

 強い腕力と鋭い鉤爪を持ち、高い脚力を活かした素早い動きで襲いかかって来る、爬虫類のような硬質の鱗を持った2~3メートル程もある大きな人型の魔物だ。

 集団で行動する事は滅多に無い単独行動主義の魔物で、単独なりに自然を生き抜く”狩りの方法”を心得ており、冒険者やハンターの間でも厄介な魔物として恐れられている。

 川や湖、湿地の近くに生息するため、多くの冒険者はリザードマンを恐れ水辺に近寄らないのであった。


 セロの街から首都ニッチまでのルートは、2つ。

 1つは、セロから西の海岸まで直進し、そこから海岸線沿いに北上するルート。

 そしてもう1つは、セロ北西の山裾に広がるモーン湖付近の湿地を突き抜けて進むルートである。

 後者を利用する旅人は殆どいない。

 それもその筈、リザードマンがわんさかいるからである。

 しかし、大きく迂回して進む前者のルートと比べると、後者は倍近く距離が短かった。

「こ、ここって……」

 馬車の中、ティコが不安げな声をあげる。

 今ソラ達が通っている所は、言わずもがな、モーン湖畔であった。

「み、みみみ湖!?」

 馬車の中から湖が見えたティコは、焦って取り乱す。

 冒険の経験が無いティコでさえ、人里離れた水辺はリザードマンが出没するという事を知っている。

「綺麗ですね、兄さん」

「うん。湖面がキラキラ輝いて眩しいくらいだね」

 のほほんと景色を楽しむリーシェとソラ。

「ねえ、ソラ! リザードマンが出るよ! 危険だ!」

 ティコは2人がリザードマンの事を知らないのだと思い、注意を促した。

「あー……心配しないで大丈夫だよ、オルト君」

 ソラはとりあえずそう言っておく。

 何が大丈夫なのか、全く納得できないティコ。

 リザードマンの恐ろしいところは、素早さを活かした奇襲攻撃だと、本で読んで知っていたからである。

 ソラ達が何か対策をしているようにも見えない。

 2メートルを超す魔物の不意打ちを受けたならば、ひとたまりもないだろう。

「だ、大丈夫って、どうして!? リザードマンだよ!?」

「いやあ、その、何と言うかね――――あ」

 まごまごと説明途中、ソラがぴくりと何かに反応する。

「リーシェ、右から一匹接近中。頼めるかな」

「お任せ下さい」

 そう指示し、リーシェが返事をした直後、草むらを掻き分けて大きなトカゲのような魔物リザードマンが飛び出して来た。

 ――と、思った瞬間。

 リザードマンの脳天がウォータージェットで貫かれ、その場に脱力し勢い良く倒れた。

 そして、何事もなかったかのように馬車は走り続ける。

「…………はぁ!?」

 一部始終を見ていたティコは、思わず素っ頓狂な声をあげた。

 それは、数時間前にティコの目の前でグレムリンを一瞬にして葬った、未知の魔術。

 ティコは心底驚いた。

 グレムリンならまだしも、あのリザードマンの厚く硬い皮膚をものともせず貫いた、その威力にである。

 正に、殺傷能力に特化した魔術。

 今までティコが学んで来た魔術に比べ、圧倒的な威力であった。

「な……何今の!? 何でっ!?」

 暫し放心していたティコは、我を取り戻すと、そう叫んだ。

「こんな魔術見た事無いよ! し、しかも! ソラ! 何でリザードマンが右から来るって分かったのさ!?」

 興奮状態でリーシェとソラに詰め寄り、まくし立てる。

 ソラは気圧されて体を引きながら、「どうどう」と言ってティコを落ち着けた。

 座席に座らされたティコは、未だ興奮さめやらぬといった風にうずうずとソラの言葉を待っている。

「えーっと、今のリージェの魔術の理論はウォータージェットと言って」

「りろん? うぉーたーじぇっと……?」

「あぁ、オルト君はそこからだね。理論っていうのはつまり…………あー……リーシェ、いい?」

 ソラが困った顔でリーシェに助けを求めると、リーシェはくすりと笑って「承知しました」と返事をした。

 リーシェとしては、ソラに頼られる事が嬉しいのだろう。

「先ず、ソラお兄様は稀代の天才魔術師でありながら魔術研究者として――」

 ティコの方を向くと、まるで自分の事のように自慢げな表情で話し出すリーシェ。

 長くなりそうであった。


 ……1時間後。

「――と、このようにしてお兄様は魔術理論を解き明かし――」


 ……2時間後。

「――お兄様は電撃の魔術をお使いになって、どの様な輩も一瞬で黙らせ――」


 ……3時間後。

「――その時、天空からお兄様が颯爽と現れ、未知の圧倒的魔術で敵兵を4人まとめてぺしゃんこに――」


 ……4時間後。

「――最初に好きになったのは、優しいお声。それから、とても頼もしい背中と、綺麗に整えられた指先かしら。時々黙りがちになるクセも良いわね……」

「……ぐぅ」

「あら、寝てしまったのかしら……?」

「…………ぐ、ぐぅ」

「どうやら寝てしまったようね」

 最初はしっかりと魔術理論について説明していたリーシェだったが、段々と話がズレて行き、最終的にはソラの話しかしていなかった。

 リーシェのソラ語りはまだまだ続きそうだったので、ティコは狸寝入りを決め込み、何とか離脱。

「兄さん、話し終わりました」

 リーシェは微笑みながらソラの方を見て、報告する。

「そ、そうか。ありがとうリーシェ」

 ソラはというと、途中から恥ずかしくて聞いていられなくなり、今の今まで索敵と魔物の駆除に徹していた。

 この4時間で20匹近いリザードマンを人知れず葬っている。

「……ん、そろそろ、お昼ご飯にしようか」

「はい。そう致しましょう」

 昼食の予定を立てる2人を尻目に、空寝中のティコは考える。

 リーシェのソラに対する信仰とも言える好意。

 ティコの見る限りリーシェは超一流の魔術師であり、その彼女がそこまで崇める人物に興味が沸かない筈がない。

 リーシェの説明していた魔術理論についてはいまいち分からなかったティコだが、そんな事は最早どうでもよかった。

 魔術を解き明かさんとする研究者、未知の魔術、冒険の旅。

 王宮にいては味わえない様々な事。

 ティコの胸は、期待に膨らむ一方であった。



「何これっ!? すっごく美味しい! ボク、こんなの食べたことないよ!」

「そっか、よかったよかった」

 草原の真ん中で馬車をとめて、昼食。

 豚肉もといスースという豚に酷似した動物のバラ肉と一緒に、玉ねぎに似た野菜のスライスをフライパンで魔術を使って単純に生姜焼きにし、完成である。

 味付けは砂糖、醤油、生姜に似た根菜のすりおろしの3つだけ、極めてシンプルな一品。

 この様な質素な料理であったが、この世界にまだ存在しない醤油の味が、ティコ姫のお気に召したようだ。

 また”屋外で食べる食事は何でも美味しくなる”という、よくある謎の現象も姫の賞賛に少なからず関与している。

 ティコにとって大変に美味しい、そして新鮮な昼食であった。


 食後、しばしの休憩。

 ソラは、システィから馬車の操作方法について学んでいる。

 この先システィ一人で御者を続けて行くのは流石に不憫なので、ソラからシスティに相談を持ちかけたのだ。

 実を言うと、システィは御者の役目を”ソラの役に立っている感”が強いため気に入っており、ソラの提案には難色を示したのだが、ソラの頼みとあっては断れず、渋々馬車の操り方を教えているのである。

 そんな中、同じく食休みしているティコの元へ、ふらりとリーシェが近寄る。

 そして、唐突にこう発言した。

「……オルト。貴方、本当は女の子でしょう?」

「――ッ!?」

 それまでの、まったりとした雰囲気は一変。

 馬車にもたれていたティコは、がばっと起き上がり、驚愕の表情でリーシェを見た。

 頭から冷水を浴びせられたような感覚。

 肌が粟立ち、心臓は嫌と言う程早鐘を打つ。

 ティコは瞬時に懸念した。

 このリーシェと言う女は、最初から自分を王女だと分かっていたのではないか、と。

「フフ。駄目よ、オルト。私、隠し事には敏感なのだから。……いえ、違うわね。貴方は別に自分が男だと自己紹介していないわ。でも、男の子のフリをしている。それが、分かってしまったの」

「……」

 2人の間を静寂が包んだ。

 蛇に睨まれた蛙と言うべきか、ティコの視線はリーシェの目から少しも動かせずにいたが、その瞳はふるふると恐怖に揺れている。

「まあ、貴方が何の為にそんな事をしているのか、それは別にどうでもいいわ。知りたくもない」

 至って無表情に、しかしその視線は刃物のように鋭く尖り、ティコの目に突き刺さっていた。

「でもね。兄さんに害なす者は…………許さない」

 抑揚のない声で、囁く。

 許さないという一言には、明確な敵意が込められていた。

「貴方はどうなのかしら……?」

「ぼ、わ、わたしは……そんなつもりは、ない……です……」

 ティコは蚊の鳴くような声で、何とか返答する。

「……ゆめゆめ、忘れない事ね」

 リーシェはそうとだけ言い残し、ティコに背を向けると、一人馬車に乗り込んで行った。

 一陣の風が、体中にじっとりと吹き出た汗を冷やすと、悪寒が襲う。

 目の奥がぐるぐると回り、まとまらない思考が加速する。

 あまりにも突然で、不安な出来事。

 ただ一つ分かった事は、一先ず見逃してくれたという事だ。

 姫だと分かったうえで泳がされているのかもしれないが、リーシェがこの事実を吹聴する気配も感じない。

 とにかく、ソラにはあまり近付かないでおこうと、そう心に決めたティコであった。



「おう! ソラ、上手いじゃねーかよオイ!」

「そ、そうかなぁ!?」

 午後。

 ソラ、人生初の御者。

「やり方さえ分かっちゃえば簡単なもんだろ?」

「ま、まあね!?」

 わりとテンパってはいるが、運転はそれなりに様になっている。

 自動車と違い操作の相手は動物なので、打てば必ず響くというわけではない。

 それに最初は戸惑うが、暫く運転すれば慣れる、とはシスティの談である。

 首都のニッチまでは、後2日程の道のり。

 幸い道は平坦な場所が多いと予想されるので、ソラはこの2日で馬車の操作に慣れる予定であった。

 システィは走る馬車の中が初めてのため、落ち着かないのか、そわそわしながらも、適宜アドバイス出来るようにソラに近い前方の座席に座っている。

 リーシェは後ろの座席で瞑想中。

 ティコは先の一件でリーシェが怖いため、システィの隣に座っていた。

「あ、あの……」

 コミュニケーションを図ろうと、システィに話しかける。

「あぁ?」

「ひっ」

 鬼の様に恐ろしい眼光をティコに向けるシスティ。

 口調も荒いため勘違いされやすいが、本人はメンチを切っているつもりは全くない。

 むしろ、子供が相手なので普段より丁寧なくらいの対応である。

「あんだよ?」

 そう続けるシスティは、話の続きを催促しただけのつもりなのだが、一般人の十人中九人がその後に「文句あんのかコラ」と続いて然るべきと捉えてしまうだろう。

「シ、システィ……さん、は、どうして冒険に……?」

 ティコは心底ビビリながらも、気になっていた事を聞いた。

 ソラとリーシェについてはみっちり4時間聞かされたので、魔術研究のためにエクン王国へと向かっている事を知っているが、システィについては謎が多かったのである。

「あ? あー……」

 すると、システィは歯切れが悪そうに言った。

「…………お礼、だな」

 ソラへの、である。

 ティコはその言葉とシスティの人相を照らし合わせた結果、何がどうなったのか”お礼参り”の事だと勘違いし、震え上がった。

「そ、それは……」

「なんつーかよ……その、こ、恋っつーか……」

 顔を真っ赤にしてそう呟くシスティ。

 ティコは瞬時に”自分の恋人を奪った恋敵にお礼参り”というところまで想像した。

 顔が赤いのは、抑えきれない嫉妬と怒りのせいだろうと判断。

「……つらい?」

 ほんの少しの同情から、そう聞いてみるティコ。

「え? あー、まあ、つらかった時もあったけどよ…………ふへへ」

 システィは旅立ちの日にソラと抱き合った事を思い出し、頬を緩めてだらしなく笑った。

 ティコはその姿を見て、狂気を感じ、システィが完全に恋敵をぶち殺す腹だと確信する。

「だ、ダメだよ! そんな……考え直した方がいいよ!」

「考え……てる、つもりだぜ。つらかったけど、いいんだよこれで。これからゆっくりじっくり行くからよ」

「ゆっくりじっくり!? そ、それもダメ!」

「えっ」

「えっ?」

 ゆっくりじっくりと聞いて、真綿で首を締めるようにじわじわとなぶり殺す様が浮かんだティコ。

 長い王宮暮らしの中、読書ばかりに傾倒していたせいか、ティコは変に想像力豊かな少女らしからぬ少女であった。

「っつーか、さっきから何だお前。もうそういう事に興味あんのかぁ? このマセガキがァ」

「いいいいいいやっ! ぜ、ぜぜ全然興味なんてないよ!」

 頷いたら殺し屋に仕立て上げられると思ったティコは、首をぶんぶんと横に振って必死に否定し、システィとは反対の窓から外を眺めた。

 動悸を押さえつけ、泣きそうになりながら、ティコは思い悩む。

 ソラはとりあえず置いておいて……リーシェと、システィ。

 重度のクレイジーサイコブラコンと、極悪面の狂気的殺人鬼。

 果たして、この明らかに異常なメンバーで、まともな旅ができるのだろうか――と。

 色々と、前途多難なティコであった。


 お読み頂きありがとうございます。


 次回は、ソラとティコの何やかんやです。

 首都ニッチでは、新ヒロイン登場です。乞うご期待。


 近頃多忙のため更新ペース落ちてます。

 ごめんなサイドチェスト。

 ご感想も返信できておらず、申し訳なく存じます。

 まったりと、長い目で見守って頂ければ幸いです。



 ツイッターで執筆の進捗などについて呟いております。

 ご興味をお持ちの方は、下部にリンクが御座いますので、そちらからご覧下さい。

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