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44 夢見るサファイア

 ルオーン王国は、西海岸沿いに広がる縦長の国である。

 南東部ではスクロス王国と、北東部ではエクン王国と国交があり、首都ニッチはちょうど国の中心に位置する。また国土の半分以上に海が面しているため、沿岸の街では漁業が盛んだ。

 海からそれなりに離れたここセロの街でも、海産魚の干物などが見受けられ、ルオーン王国国民の生活にとって魚は非常に身近な物である事が分かる。

「おおっ、魚の干物だぜ!」

「こちらは川魚のようですね」

 宿をとり、セロを散策しているソラ達3人は、真っ先に魚屋が目に止まったのであった。

「おう、あんたら旅の人か。ルィード川の魚は他とは違うぜ~? おまけするからよ、どうだい?」

 暫く見て回っていると、奥から店主のおっちゃんが出て来てそう言う。

「ルィード川、ですか?」

「ああ。街の前のでっかい川だよ。あっこで捕れる魚は身が締まってて美味いんだ」

 そう豪語する店主は、水の入った桶を3人に見せる。

 中ではイワナに似た魚達が息苦しそうに泳いでいた。

 海水魚だけでなく、淡水魚も需要があるようだ。内陸部では新鮮な海水魚を食べる事はできないので、鮮度を求めるならば淡水魚なのだろう。

「じゃあ、3匹下さい」

「まいど。50セルでいいぜ」

 10セルおまけしてもらい、魚を受け取るソラ。

「ありがとうございます」

「なぁに。その様子だとセロは初めてだろ? 楽しんでいけ。……ああ、そうだ。運が良けりゃ、王女様を見られるかもな」

「王女様……?」

「おう。ティコ王女様が、今、このセロの街に来てるらしいんだよ。あ~、俺もひと目でいいから会いたいなぁ……」

 魚屋の店主はそう言って目を瞑り、王女様への想いをほわほわと膨らませる。

 その様子を見たソラは、ティコ王女様はさぞお美しい方なのだろうと感じた。

「へぇ~、お綺麗なんですか?」

 気になったため、聞いてみるソラ。

 リーシェの目つきが鋭くなったような気がしたが、気のせいだろう。

 ソラの質問を受けた店主は、身を乗り出して答えた。

「そうなんだよ! 世界で一番可愛い! そう断言出来る。確か、今年で13歳になられるそうだ……嗚呼、何かもう、それだけで可愛い感じがするぜ……お触りしてぇ……」

 手をわきわきとしながら、ぐふふと笑う店主。

「…………し、失礼します」

 眠れる獅子が目覚めたと言うべきか――触らぬ某に祟りなしと思い、3人は魚屋を立ち去った。



――――――



 ルオーン王国における主要の都市には、王族の別邸が建てられている。

 別邸に宿泊する王族に何かあってはならないと、厳重な警備がなされているのは勿論の事、滞在中も満足に生活出来るよう最大限の奉仕が提供されている。

 一般人にとってみれば夢のような場所で、信じられないほど快適な空間なのだが、ある少女にとっては、そこですら苦痛であった。

「……晩御飯はいらない。ボク独りにさせて」

「姫。何度も申し上げますが、”僕”というのは男性の一人称代名詞です。姫の一人称代名詞には適切では御座いません」

「うるさいっ! 寝るから、入って来ないで」

 少女はドアを勢い良く閉め、理知的な佇まいの侍女を強引に追い出すと、いかにも高級そうなふかふかのベッドに飛び込んだ。

「…………はぁ」

 くるんと仰向けに寝っころがり、深くため息をつく。

 青黒い長髪をシーツに散らして、澄んだコバルトブルーの目で天井を見つめる少女は、13歳らしいあどけなさがあるものの、見る者全てが心奪われる美貌の持ち主である。

 この少女こそ、ルオーン王国第一王女、ティコ・ロレス・ルオーンであった。

「明日もか……嫌だなぁ……」

 折角の可愛らしい顔を曇らせて、ため息混じりにそう呟くティコ。

 まるで日曜日の夜のサラリーマンである。

 ティコが何故このようになってしまっているのかというと、それには深い理由があった。

 そもそも、ティコは何をしに首都ニッチの王宮からわざわざ南東の外れのセロまで出向いたのか。

 それは、忙しい父や母、兄達に代わり、王族としての仕事を果たすためである。

 それだけならば別にどうって事はないのだが、問題は、その仕事をティコ自身が嫌々やっているという事であった。

 簡単に言えば、ティコは政治利用されているという事だ。

 王族ならば当たり前の宿命的な事だが、ティコは受け入れられず、この多感な時期に来て一気に鬱憤が溜まり、最早爆発寸前なのであった。

「……あ~~もうっ!」

 ティコはそう叫ぶと、ぼすっと枕に顔を埋める。

 幼少期から、ひたすらに厳しい英才教育を受け、親しい友人など一人もおらず、政治的あれこれに巻き込まれながら、自分のやりたい事も自由に出来ない生活、人々に注目され続ける日々。

 叫んで当然である。

 最近は、口調を少々乱雑に変えてみたり、侍女に対して突っぱねてみたりと、地味な抵抗を見せているティコ。

 一種の反抗期であった。

「…………冒険、してみたいなぁ……」

 ごろりと転がって横を向き、そう呟く。

 ティコは、幼い頃に読んだ一冊の本に強く影響されていた。

 それは、ありがちな冒険物語。

 砂漠を渡り、山を越え、洞窟を抜けて――魔物との戦いや人々との出会いと別れを描いた冒険譚『オルト物語』という本である。

 殆ど王宮から出る事の少ない、ましてや自分の足で外を歩く事など滅多にないティコは、その本を読んで以来、冒険への憧れが日に日に強まっていったのだ。

 一人称を「ボク」に変えた事も、この『オルト物語』の影響であったりする。

「はぁ……」

 ティコはまたしても大きなため息をつくと、もそもそと掛布団を被り、ゆっくりと眠りについた。



 翌日。

 当初の仕事を終えたティコは、別邸に帰ると、昨日と同じようにしてベッドに飛び込んだ。

「――――ッッッ!!」

 掛布団を被ると、声にならない声をあげて、じたばたと暴れる。

 我慢の限界であった。

 苛立ちや憤りに体を震わせたかと思えば、直後に虚無感に似た何かが湧き上がってくる。

 全てを投げ捨てて、逃げ出してしまいたくなる。

 そのような思考に囚われ、どんどんと深みに嵌って行くティコ。

 このままならない生活を抜け出そうという方向へ、思考はどんどんと進んで行った。

 ――そして。

「…………よし」

 唐突に、ティコは決起した。


「ん、しょ……」

 深夜。

 服を脱ぎ去り、古代ローマのトーガの様にベッドのシーツに包まるティコ。

 変装である。

 着替え終わると、宝石や金貨銀貨を巾着袋に詰め込み、紐で腰に巻きつけた。

 その次に、今度は着ていた服のポケットから、護身用の銀色に輝く短剣を取り出す。

 束ねた髪を持ち上げると、数秒躊躇した後、短剣でバッサリと切り落とした。

 それは、主には変装の為であるが、自身の覚悟を示す為でもあった。

 王女である事を捨て、単身冒険に出るという、決意表明である。

「……もう、行くしかないよ」

 自分に言い聞かせるように、そう呟く。

 そして、勇気を振り絞り、窓から外に出た。

 ティコの部屋はニ階のため、地面まではそれなりの距離がある。

「ひっ」

 身を乗り出し下を覗くと、足が竦んだティコ。

 しかし、部屋に戻る事は無い。

 ティコは土属性中級魔術【硬土】を使い、壁沿いに足場を作った。

 足場は壁から隆起した岩のように、点々と地面まで作られて行く。

 幼少期からの英才教育のお陰もあり、ティコは13歳にして中級魔術までならば全属性扱える立派な魔術師であった。これは天才的と言っても過言ではない。

「ふぅ……」

 【硬土】は13歳の少女の軽い体重を支えるには十分だったようで、ティコは難なく壁伝いに地面へと降りる事が出来た。

 降り立ったそこは、中庭。

 幸い今は見回りの衛兵はいないようだが、いつ見回りが来てもおかしくないため、ティコは急いで場所を移動する。

 その先は、約3メートルはあろうかという壁の下。

 この壁を越える事が出来れば、晴れて外の世界である。

「――っ!」

 そこで、中庭の方に気配を感じたティコ。

 見回りの衛兵だ。

 ティコは焦りつつも、考えていた作戦を実行に移した。

 中庭の方へ手をかざすと、風属性中級魔術【乱風】が巻き起こり、中庭の松明と衛兵の持つ松明がかき消され、辺りを闇が包んだ。

「むっ、誰だ!」

 衛兵が声を上げ、潜んでいたティコの気配を察知した。

 ティコは【乱風】から間髪入れず、壁に【硬土】で点々と足場を作りながら、ロッククライミングの様によじ登って行く。

「侵入者発見! 増援を頼む!」

 衛兵は大声で増援を呼んだ。

 その間に、ティコは壁を登り終える。

 壁の上から外側の地面を見下ろすと、3人の衛兵が声を聞きつけて集まって来る様子が見えた。

 即座に、【乱風】を放つティコ。

 壁に掛けられた松明と兵士の持つ松明が消え、暗闇になる。

「――そこか!」

 すると、3人の衛兵のうちの一人が、火属性中級魔術【炎火】で辺りを照らし、ティコの姿を捉えた。

 ティコは顔をシーツでフードのようにして隠しているため、衛兵は相手がティコだという事を分かっていない。

 つまりは、直接攻撃が来るという事である。

「はッ!」

 発見した衛兵は即座に火属性中級魔術【砲炎】を放った。

 火炎放射器のように伸びた炎がティコを襲う。

「何ッ!?」

 だが、【砲炎】が到達する直前、その炎を消火しながら降り注いだ多量の水によって、3人の衛兵は押し流された。

 ティコの放った水属性中級魔術【潰水】である。

 ドーム状に降り注いだ水は、勢い良く衛兵を押し流した。

 衛兵が水流に飲み込まれているうちに、壁に足場を作りつつ外に降り立つティコ。

 そして、暗闇の中、勢い良く走り出す。

 右も左も分からない街中を駆け抜ける。

 何処までも、何処までも走った。


「はぁっ……はぁっ……」

 何十分も走り、息が切れ、膝に手をつき呼吸するティコ。

 気が付けば、街の外。

 追手の気配は無い。

 ――脱走成功であった。



――――――



「おはようございます」

「おあぉ~ふぁあ」

「……うん。おはよう」

 早朝。

 あくび混じりに挨拶しているシスティは、昨晩気合を入れて居合の修行をしていたようだ。

 システィは馬車の御者なので、寝不足運転は勘弁して欲しいと思うソラ。

「今日はゆっくり行こうか」

 暗に安全運転を促した。

 3人とも馬車に乗り込むと、セロの街を出発する。

 目指すは、北西。

 次の目的地は、首都ニッチである。

 馬車を進ませて、街を出ると、そこには小さな山にかけて大きな台地が広がっていた。

「良い景色ですね、兄さん」

 リーシェはそう言って、景色に見入った。

 ソラが3日間ご機嫌取りに奮闘したため、リーシェの機嫌は一先ず回復したと言っていい。

 しかし、いずれは何かを渡さないと決定的に機嫌を損ねる事になるだろう。日本に居た頃の経験から、妹とはそういうものだと、ソラは思っていた。

「…………ん?」

 そんな事を考えていると、ソラの索敵魔術にいくつかの音が引っ掛かった。

 足音、歩幅、鳴き声から察するに、5匹のグレムリンである。

「魔物ですか?」

「うん……あ、いや、待って」

 リーシェの問い掛けに答えると同時に、ある異変に気が付いたソラ。

 どうやら、5匹のグレムリンは戦闘中のようなのである。

 そして、ソラは6つ目の足音を捉えた。

「5匹のグレムリンと戦闘している人がいる……苦戦しているようだから助けに行こう! システィ、北東方向へ全速力!」

「………………」

「……システィ?」

「…………ハッ! ね、寝てねぇ! 寝てねぇからな!!」

「いいから北東方向!」

「りょ、了解ッ!」



――――――



 白々と夜が明ける。

 大きな木の陰にもたれ掛かり、息を潜めて日の出を待っていたティコは、ゆっくりと立ち上がり辺りを見渡した。

「――わぁあ!」

 そこには、草木の生い茂った台地が広がっており、草花の朝露が朝日に照らされ宝石を散りばめたように煌いていた。

 今まで、馬車の中からしか見た事のない景色。

 自分の足で立って、自分自身で見る景色が、こんなにも美しいなんて。

 そう考えて、ティコは思わず笑顔になった。

 明るく大きな太陽が、冷えたティコの体をだんだんと暖める。

 頬を撫でるそよ風が心地良く、清々しい朝の匂いを感じさせた。

 風になびいた髪を触ると、手応えに違和感を感じる。

 それは、決意の証。

「さあ行こう、冒険の旅へ!」

 お気に入りの台詞を口に出してみる。

 気分は正に『オルト物語』であった。

 太陽に向かって、早足で歩き出す。

「ふふっ」

 あてのない一人旅。

 不安も大きいが、それ以上に、ティコは自由と期待に胸が踊っていた。

 浮かれていたと言ってもいい。

 だからであろうか。

 状況は暗転する。


 ガサガサと茂みに紛れ、ティコの周りを囲む5つの影。

 グレムリンである。

 ティコはまだ気付いていない。

「エ゛エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ェッッ」

 突如、甲高い雄叫びをあげ、狙いすましたように5匹同時にティコに襲いかかるグレムリン。

「――っ!!」

 ティコが気付いた時には、グレムリンは既に眼前に迫っていた。

 0.3秒で反応し、水属性中級魔術【波水】を放つ。

 放射状に広がった水の波がグレムリンを押しのける。

「ア゛ア゛ア゛ッ」

 グレムリンは水流に阻まれ、その攻撃がティコに到達する事は無かった。

 しかし、水流から逃れ着地すると、体勢を立て直して、またしても5匹で連携しティコに襲いかかる。

「くっ!」

 ティコは必死に【波水】で応戦した。

 行く手を水流に阻まれ、暴れるグレムリン達。

 そこでティコは己の致命的ミスに気が付く。

 それは、自分の魔術の中で殺傷能力のあるものは火属性魔術くらいだという事。そして、その上で水属性魔術をメインに置いて戦ってしまった事だ。

 これでは、時間を稼ぐ事しか出来ない。

 ティコは思った。

 嗚呼、自分はなんて馬鹿なのだろう、と。

 考えてみれば、魔物を殺した事も、ましてや戦った事すら無かった。

 13歳にして全属性の中級魔術を使える天才の王女という自分に、慢心していた。

 外の世界を知らな過ぎた。

 余りにも考え無しだった。

 浮かれていた。

 油断していた。

 様々な後悔がティコの頭を過る。

 打開策を見つけなければならない事を分かっていても、思考がまとまらない。

 ただ、【波水】を放ち、時間稼ぎを続けるだけ。

 その結果、地面が水浸しになり、ティコ自身の脚も水流に押されて体勢を崩してしまった。

「ぅあっ!」

 【波水】を止め、何とか体勢を立て直すティコ。

 5匹のグレムリンも水流が弱まったため、同様に立て直す。

「く……くらえっ!」

 ティコは5匹のうち1匹に火属性中級魔術【砲火】を放った。

「エ゛ギギィッ」

 炎に顔を焼かれたグレムリンは、苦しそうな声をあげた後、のたうち回り倒れる。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

 残りの4匹が不気味な鳴き声をあげながら、一斉にティコに襲いかかった。

 ティコは後ずさりながら、もう一度【波水】を放って時間稼ぎをしようと試みる。

「きゃっ!」

 その時、ぬかるんだ地面に足を取られて尻餅をついた。

 起き上がり走って逃げようか、この体勢で【波水】を放とうか、一瞬の逡巡。

 目の前に迫る、4匹のグレムリン。

 判断が遅かった。

 もう、逃げる事も防ぐ事も、どちらも選べない。

 ティコの目には、全てがスローモーションに見えた。

 グレムリンは大きく口を開き、鋭い牙を見せながら襲いかかって来る。

「あっ……」

 死。

 自分はここで、死んでしまうんだ。

 そう思った、次の瞬間。

 ティコは目の前で起きた異常な現象を詳細に捉えた。

 3匹のグレムリンが、その頭を空中から突如現れた光線のような何かによって貫かれ、脱力し絶命したのである。

 その直後、左前方でボゥと爆発音が轟いた。

 一匹残ったグレムリンの脳髄が飛び散り、ティコの顔に血しぶきが貼り付く。

 一瞬で、4匹のグレムリンは沈黙した。

 ティコは何が起きたのか理解できず、混乱する。

「――ひ、ひぁっ!」

 頬にこびりついた血肉を触り、赤黒く濡れた自分の手を見たティコは、座った状態から体を引きずって一歩分後ずさった。

「おーい」

 そこに優しげな男の声が聞こえ、ティコはそちらの方を見やる。

「……うわっ! 君、大丈夫かい?」

「……ほら見なさい、システィ。やはり貴方、使う魔術を間違えたのではないかしら?」

「うげぇ……こりゃすまん……」

 駆けつけたのは、ソラとリーシェとシスティの3人。

 システィは、自分の爆燃魔術で飛び散ったグレムリンの血肉を浴びて血塗れになったティコを見て、申し訳なさそうな顔をする。

「君、こんな所に一人でいたら危ないよ?」

 ソラはそう言いながらポケットから布を取り出して、水で湿らせると、ティコの顔を拭った。

「良かった、傷は無いみたいだね。でも、一応……息、止めててね」

 顔に付着した血液を全て拭き取ると、ソラは魔術で70%エタノールを生成し、布に染み込ませると、改めてティコの顔を拭く。

「んっ!」

 エタノール独特のスーっとした感覚がティコの肌を刺激した。

 ティコにエタノールアレルギーがあった場合とんでもない事だが、その確率は限りなく少ないうえ、グレムリンの血液による未知の感染症の方が余程心配であったため、ソラは消毒行為に及んだ。

「よし、終わり」

 ソラは拭き終えた後に、ティコのおでこをつんとつついてそう言う。

 合図を受けて、ぱっちりと目を開けるティコ。

「あ、あのっ! ありがとう!」

 ソラの目を見つめて、お礼を言い、頭を下げる。

 怖い思い、ましてや命の危機にさらされた直後であっても、決して泣かず、甘えないティコは、子供とは思えない程深い瞳をしており、ソラは呆気にとられた。

「あ、あー、うん。それはいいんだけど……えっと、迷子かな?」

「いえ、その、ぁ……ぼ、ボク! 冒険したくて! ずっと憧れで! えっと! それでっ!」

「落ち着いて落ち着いて」

 堰を切ったように喋り出したティコを、ソラが宥める。

 この時、ティコはある事を考えていた。

 それは、”この旅人風の3人について行けば、安全に冒険が出来るかもしれない”という事である。

 また、それだけではなく、自分の命を救ってくれたこの3人に、強く惹かれているのだ。

 3人と一緒に冒険したいという思いが、徐々に大きくなって行くティコ。

「取り敢えず、君の家に帰ろう。セロに住んでるの?」

「そ、それは……」

 ソラが問いかける。

 ティコは、本当の事を話すわけにはいかなかった。

 それに本当の事を話したとして、髪型はぼさぼさのショートカットでみすぼらしい服装をした泥まみれの自分がルオーン王国の王女だなんて、誰が信じるだろうか。

 もし自分が王女だと分かれば、捕まえられて差し出される可能性もある。

 助けて貰ったとは言え、無闇に信用してしまうのは良くない。

 ティコは悩んだ。

 そして、焦った。

 早く答えなければ、怪しまれてしまう。

「……ニッチ! ニッチに住んでいる! 今、帰るところさ」

 首都ニッチ。

 咄嗟に出た答えが、実家である王宮の所在地であった。

「えっ、ニッチから来たの!? 一人で!?」

 びっくりするソラ。

「ボク、中級魔術までなら全属性使えるんだ。さっきはたまたまピンチだっただけで……」

 自分の有用性をアピールするティコ。

 長い姫生活のせいか敬語が上手く出ず、芝居がかった口調になってしまう。

 それは、大好きな本の主人公の口調であった。

「……そっか。僕らもニッチに向かっているんだけど、一緒に行くかい?」

 ソラは渋々といった感じで、提案する。

「本当!? 願ってもない事さ!」

 ティコは喜び勇んで立ち上がると、破顔した。

「僕はソラ。彼女が妹のリーシェ。彼女がシスティだ」

「どうぞよろしく」

「おう。さっきは悪かったな、坊主」

 紹介され、興味なさげにさらりと会釈するリーシェと、初対面のうえ一応の謝罪をしているにも関わらず坊主呼ばわりするシスティ。ティコは少々苦笑いだった。

「君、名前は?」

 ソラにそう聞かれると、ティコは堂々と名乗った。

「――ボクの名前は、オルト。これからよろしくね」

 こうして、ソラ達に一時新たな仲間が加わった。


 お読み頂きありがとうございます。


 男装ボクっ娘ロリお姫様のオルト君が登場です。


 次回は、ソラ達のぶっ飛びようにオルト君がびびります。



 ツイッターで執筆活動や進捗について呟いております。

 ご興味をお持ちの方は、下部にリンクが御座いますので、そちらからご覧下さい。

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