43 アドバイス
ドワーフの里を出て、早5日。
ドワーフの里は深い森に囲まれており、3人の進路である西方は、今までと比べると更に森が深く移動距離も長かった。
次の目的地であるルオーン王国のセロという街は、森を抜けて直ぐの場所にある。
ソラ達は、ドワーフの里を出てから1週間以内の到着を予定していた。
今のところ、旅路は順調である。
とは言っても、この5日間、何も起こらなかったわけではない。
グレムリンなどの魔物が襲い掛かって来るのは日常茶飯事、夜襲を受けたり、20匹を超える群れで襲われたりと色々あった。
しかしながら、3人は特に問題無くあっさりと切り抜けてしまったのである。
当然と言えば当然だが、あまりにも呆気無い。
また、システィは鬼丸が未だ砥ぎ終わっていない為、魔術のみで戦っていたのだが、これについても全く問題無かった。
システィが剣士だけでなく魔術師としても、既にかなりの実力を備えている事の証明である。
今までは両刃の剣を扱っていたシスティだが、今後は片刃の鬼丸を扱う事となるので、恐らく暫くは扱いに慣れず魔術がメインの戦い方にシフトするだろう。
修練を重ね、その変化に適応して行く事が、今後のシスティの大きな課題と言える。
そして、この日の夜。
遂に鬼丸が砥ぎ終わった。
日本の研ぎ師の仕事の出来に比べると月とすっぽんだが、刃の鋭さを出す事だけは何とか上手く行ったようだ。
それは偏に、魔力の実現力による。
ソラはここに来て、流石に実現力が働いていないとおかしいと考え、同時に今までの魔術理論を少し考え直すに至った。
今までは術者の知識だけが実現力を作用させるのだと考えていたが、もしかすると術者の魔力量の差や、体内魔力自体に個性の様なものが存在し、それも実現力に影響するのではないかと気が付いたのだ。
旅の道中で実験する事ではないが、いずれ必ず実験しようと決めたソラであった。
そんな事を考えつつ、夕食後、焚き火の前。
ソラは「システィ」と声を掛け、砥ぎ終えた鬼丸を手渡し、言った。
「大事な事を教えますのでよーく聞くように」
「押忍、師匠!」
システィは姿勢を正して鬼丸を両手で受け取ると、気合を入れて返事をする。
「鬼丸は、今までシスティの使って来た剣とは全然違います。何が違うかって、先ず第一に、切れ味が違います。試してみましょう」
そう言って、直径2~3センチ程の木の枝を指差す。
「それじゃあ、力まないで、刀の重みを利用して斬ってみて」
「お、おう」
緊張した面持ちで枝に歩み寄るシスティは、神々しい宝物か何かを扱うように恐る恐る鞘から鬼丸を抜いた。
焚き火に照らし出されて、艷やかに光る刃。
反りを持ちすらりと伸びる刀身は、正しく日本刀のそれであった。
「行くぜ……っ」
振りかぶり、枝に向かってゆっくりと振り下ろす。
すとん、と、大した抵抗もなく枝が落ちた。
「えっ――」
嘘だろ、という言葉が浮かび、しかし口には出ないシスティ。
ソラに言われた通りに、殆ど力を入れずに振ったにも関わらず、目の前の枝は綺麗な断面を見せてスッパリと切断されていたのだ。
システィが驚くのも無理はない。
何故なら、この世界の剣ではこうは行かないのである。
それは刀身に使われている鉄の硬度や靭性が細かく影響しており、何れ程砥いでも切れ味が一定より増さない為である。また、刃の部分を砥ぎ過ぎると、薄くなってしまい、耐久性にも欠けるのだ。
代わってこの鬼丸は、砥ぎによって鋭い切れ味を実現し、その為に砥ぎ過ぎる事も無い。正に理想の刃物と言えた。
「この切れ味を利用した戦い方が求められて来る。つまりは、一撃必殺だね」
一撃必殺。
もし、今まで使っていた剣のように思いっきりこの鬼丸を振ったら、どうなってしまうのか。システィは未知の切れ味に畏敬の念を抱いた。
「さて、次はこの太めの枝を斬ってみて」
ソラは直径10センチ弱の木の枝を指差す。
「少し力を込めて振ってね」
そう指示を出した。
振りかぶるシスティ。
「――オラッ!」
力を込めて振り下ろすと、鬼丸は枝の中程まで食い込み、そこで止まった。
「…………あれ?」
システィは呆気にとられる。
枝の太さから言って、前に持っていた剣ならば、切れはせずとも折る事は出来た筈であった。
また、先程恐るべき切れ味を垣間見せたこの鬼丸ならば、確実に切断できるだろうと、そう考えていた。
不思議に思い、ソラの顔を伺うシスティ。
ソラは何かに納得するように頷いた後、システィに向き直り言った。
「大事な事の1つ目は、鋭い切れ味だったね。そして次の2つ目は、斬り方だ」
「斬り方?」
「うん。今までシスティは、押し潰すように斬ってたと思う。でもこの鬼丸は、自分側か相手側に刃をスライドさせるように意識して斬るんだ。そうでなければ、今のように切れ味を最大限に発揮出来ない」
「……えーと」
「とりあえず、この枝を手前に引き抜くようにしながら斬ってみて」
先程と同じくらいの枝を指差すソラ。
ソラは今まで共に修行して来た中で、システィは実践しつつ体で覚えるタイプだと分かっていた。
口で言うより、実際にやらせた方が習得が早い。
「こう……かっ?」
システィは分からないなりに、言われた通りに振り下ろした。
ばっさりと枝が切断される。
「おおっ! 出来たぜソラ!」
自分でも驚くシスティ。
何故、日本刀初経験のシスティが枝を一刀両断できたのかと言うと、ここにはソラの心遣いがあった。
その心遣いとは、一般的な日本刀と比べてこの鬼丸は反りが少し大きいのである。
反りが大きいと、刃が対象物に当たった所から自然にスライドし易いため、引き斬りが甘くても威力が出る事があるのだ。
「うん。振る時はその感覚を忘れずにね。……で、次に、3つ目の大事な事」
ソラは「鞘に収めて」と指示を出す。
システィは手こずりながらも鬼丸を鞘に収め、畏まってソラに向き直る。
その様子を見たソラは、鞘に収める動作から練習が必要だなと思いつつ、続きを話し出した。
「基本的に、鬼丸は、ここぞという時以外に使わないで欲しいんだ」
「……んん?」
「僕が良いんじゃないかと考えてるシスティの戦い方は……多数相手の場合は魔術のみ、一対一の場合は魔術プラス鬼丸での不意打ち、だと思う」
「……魔術のみってのは、今のところ問題無いけどよ。何で多数相手で鬼丸を使っちゃあ駄目なんだ?」
「理由はいくつかあるけど、一番大きいのは、システィの爆燃魔術と剣での接近戦の相性が非常に悪い事かな。今まで見て来てヒヤッとした事が何回かあるからさ……。ついでに他の理由をあげると、多数相手での接近戦はリスクが高い事と、僕とリーシェが援護し辛い事だね」
もう一つ言うと、頻繁に鬼丸を使われてしまうとメンテナンスが非常に大変なのであるが、ソラは格好をつけて黙っていた。
「なるほどなぁ……分かったぜ。今後はそのスタイルで行くよ」
システィはソラの言葉に納得したように大きく頷いて見せる。
「うん、それが良いと思う。じゃあ最後に、4つ目の大事な事」
「おう」
「システィには、鞘から抜きながらの一撃を練習して欲しい」
「抜きながら……?」
「そう、抜きながら。相手の不意を突いて、片手で素早く鞘から抜きながら一撃、更に確実に命を奪う追い討ちを一撃。この二擊で勝敗を決めるんだ」
「あぁー……んー……ってことは、鞘から抜きながらの一撃をとにかく練習すりゃ良いわけか」
日本刀独特の居合のスタイルに戸惑いつつも、システィは自分のやるべき事を見つけたようだ。
「その通り。鬼丸の鋭い切れ味と、鞘から抜きながら斬りつけるという突飛な技を、敵は知らない。その技の動きが非常に素早く意外性があれば、尚有効だと思う。僕は剣術についてあまり知らないから、このくらいのアドバイスしか出来ないけど……」
「おう、まあ何だ、任せとけ!」
「……有難う。システィならきっと、使いこなせる。今までの特訓の様子を見てきて、そう感じるよ」
「へへっ。絶対に使いこなして、ソラの役に立ってやるぜ」
言い終えると、にへらと笑うシスティ。
ソラはシスティのセンスを信じ、笑顔で頷くと、就寝の支度の為に立ち上がり、後ろを向く。
「…………」
「うわぁ!?」
距離1メートルも無い所に、リーシェが妬ましそうな表情で立っていた。
「り、リーシェ……どうしたの?」
跳ね上がった鼓動を静めながらそう聞くと、リーシェはジトっとした目でソラを見つめる。
「兄さん……丹念に剣を磨いているかと思えば……そういう事だったんですね……」
そのまま暫くソラと見つめ合う。
そして、拗ねたように口を尖らせるリーシェ。
「…………別に何でもないですっ!」
そう言ってくるりとターンし馬車の中へと戻ると、布団に潜り込み、掛け布団を顔まで被る。
実に分かり易い嫉妬であった。
「……リーシェにも、何かあげないとなぁ」
弟子のシスティにプレゼントを渡し、妹のリーシェに何も無しというのは、流石に不公平というか、筋違いだったかと思い至るソラ。
リーシェとしては、単に自分がソラの一番でいたいだけなのだが、やはりソラには伝わらないのであった。
そんなこんなで、ドワーフの里を出て丁度一週間。
今日も今日とてソラ達は、グレムリンをばったばったと薙ぎ倒しながら、西へ西へと進んで行く。
そして、唐突に森が開けた。
「――おおぉ! 見ろよ、ソラ! リーシェ!」
システィがいち早く発見し、声をあげる。
現れたのは、大きな川と、その向こう岸に広がる大きな街。
ルオーン王国最東端の街、セロであった。
お読み頂き有難う御座います。
リーシェには何をあげましょうか……。
次回は、セロの街。ある少年と出会います。
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