42 鬼丸
夕飯を終え、宿に戻った3人。
システィは落ち込んでいるし、旅の疲れもあるだろうからと、すぐに就寝という事で解散した。
部屋について早々にベッドに倒れ込んだソラは、頭を悩ます。
責任感が変に強い性格もあってか、システィに強度を比べてみたらなどという提案をしてしまった事を悔いていたのだ。
「何とかしてあげないと……」
システィもシスティで悪いところは多々あったが、ソラの提案もあまり良いものではなかった事は確か。この先どんよりと落ち込んだまま旅を続けるというのも勘弁である。ここは自分が何とかするより無い、と考えたソラは、仰向けになって天井を見つめた。
「…………うーん」
すると、一つ、アイデアが浮かんだ。
だが、それはあまりにも無謀。上手く考えが纏まらない。
「……1日、か」
出発までの猶予は、残り1日と半分である。
「――よし、やってみるか。面白そうだしっ」
ソラはそう気合を入れて決起すると、見切り発車で部屋を飛び出し、宿を出て、ルフマの鍛冶屋へと向かったのであった。
「すみませーん」
ソラがルフマの鍛冶屋に到着すると、そこには日が暮れた後だと言うのに未だ作業をしている老人ルフマの姿があった。
「……何だ。まだ何かあるのか?」
ルフマはソラの姿を一瞥すると、突っぱねるようにそう言う。
「実は、提案があって来ました」
「提案……?」
聞き返されたソラは、ここに来る途中に必死になって考えた案をルフマに語った。
「――全く新しいスタイルの剣を作り出す構想があります。材料は全部こちらで用意します。お金も払います。なので、1日だけ、貴方の技術と設備を貸して頂きたいのです。どうか、どうかご協力をお願いします!」
ほぼ直角に頭を下げて頼む込むソラ。
その姿を見て、ルフマは鼻で笑う。
「あのな、坊主。俺が誰だか分かるか? ドワーフで一番の鍛冶師だ。その俺に向かって新しい剣の構想だぁ? 舐めんなよ」
明らかに、機嫌が悪くなった。
だが、ここで引き下がるわけには行かない。ソラは事前に反感を買う事を覚悟して、提案をしたのだ。この次の一手が、勝負どころだった。
「鋼を熱した状態から急冷させると、強度が増す事をご存知ですか?」
「……何?」
伝家の宝刀、現代知識である。
もし、この知識をルフマが知っていた場合、この計画は水の泡だ。つまり、一種の賭けであった。
「鋼を打つ際、熱して打ち伸ばし折り重ねて打ってという工程を繰り返すと、強度が増す事もご存知ですか?」
「…………っ、そうか……」
何か気付くところがあったのか、ルフマの作業をする手が止まる。
「ご協力頂けますか、ルフマさん」
そこでソラは畳み掛けた。
ルフマの表情を伺う。
「…………構想ってのを、教えてみろ」
作業を止め、ソラの方を向いたルフマは、久々の興奮にひどく滾っているような、そんな目をしていた。
ソラは何を作ろうとしているのか。
それは、日本刀であった。
昔に大学のフィールドワークにおいて刀鍛冶の現場に行った経験があるが、大した知識は無いうえに、製作のリミットは今から1日後の朝。
あまりにも無謀な計画だが、ここまで来たからには引き返せない。
何より、ソラに突如湧いた好奇心がこの計画を無理矢理に押し進めていたのだ。
「先ず、玉鋼を作るところから始めます」
ソラはルフマにそう伝える。
「玉鋼……確かさっきは純度の高い鋼だと言っていたな。一体どうやって作る?」
ルフマはソラの一言一句聞き逃さず一挙手一投足見逃さないよう、集中している。
この老人の鍛冶に対する情熱が如何程のものか、ソラにひしひしと伝わって来た。
「今回はこの折れた剣と、僕の魔術で、出来る限りの事をしてみようと思います」
玉鋼は本来、砂鉄と炭をたたら製鉄する事で作られる。鉄鉱石から作る西洋式の鉄は、鉄鉱石をコークスの高温で溶かすため不純物が鉄と混ざり合い劣化し易いが、玉鋼はたたら吹きの低温で製鉄し、不純物のみを溶かして取り除くため、より純粋な鉄を作る事ができるのだ。
ソラは持って来ていたシスティの折れた剣を取り出すと、エネルギー化魔力で空中に持ち上げ、更にそこに高温をイメージした。
「おおッ!」
ルフマが驚きの声をあげる。
空中に持ち上げられた刃は、徐々に赤熱し、遂にはドロリと溶けたのだ。
次にソラは、鉄と炭素をイメージして生成し、それに混ぜ合わせた。
炭素含有量が1~2%程の鉄炭素合金を作ろうとしての事だが、正確な量が分からないので、朧げな記憶を頼りに進める。
ここで、ある種の奇跡が起きた。
魔力の実現力が働き、完全な1%鉄炭素合金が作られたのだ。
体内魔力がソラの持つ僅かなイメージと知識を汲み取る事が出来た為である。
ソラは鉄炭素合金を作る事が出来なければそれはそれで仕方ないと思っていたが、嬉しい誤算であった。
そして、その鉄炭素合金を暫くこね回した後、固まって来たところで水に入れて急冷させた。これは不純物を剥離させる為である。
これで、玉鋼の完成だ。
システィの剣には不純物が多々含まれている鋼が使われていたが、ソラが生成した純粋な鉄で薄まり、純度はまあまあ高いものになったのではないかと考えられる。また、今後の過程で不純物は更に取り除かれていくため、特に問題は無いだろう。
「よし、そしたらこれを打ち伸ばします」
ソラはルフマに目配せすると、ルフマは工房の奥に「おーい」と声を掛けた。すると、ルフマの妻と思われるドワーフが、灰と泥の入った器を持って来た。
「これで良いか?」
先程、ソラが頼んでおいたものである。
「はい。十分だと思います」
それを見て頷くと、ソラは先程作った玉鋼を赤熱するまで魔術で熱した。
「これを長い板状に打って下さい」
ルフマにそう指示を出す。
ルフマは大きな金鎚を取り出して、その玉鋼を打ち出した。
火花が大きく散る。
その火花をものともせず、慣れた手つきで、テンポ良く打ち伸ばして行くルフマ。流石ドワーフで一番の鍛冶師と言うべきか、その腕は素晴らしいの一言であった。ソラが玉鋼を動かすと、その意図を読み取って最善の箇所に槌を入れるのだ。長い経験で培われた技術の賜物である。
「ここに水を少し垂らしますので、気にせず打って下さい」
ソラは少量の水をルフマの打つ箇所へと引っ掛けた。
すると、玉鋼に触れた瞬間にその水は蒸発し、小規模の水蒸気爆発が起きる。
これは表面の不純物をその威力で吹き飛ばすための工程だ。
こういう細かい部分で、ソラのうろ覚え知識が光り、再現度の高い日本刀が製作されて行く。
次に、ある程度叩いたところで、玉鋼に灰と泥をつけた。
灰は鉄に直接空気を当てないため、泥は保護膜をつけるためである。
「また熱します」
灰と泥をつけ終えたら、また熱し、熱し終えたら叩いて伸ばし、灰と泥をつけ、また熱し、叩いて伸ばした。
「そろそろ折ります」
そこで、片面に念入りに水を掛けつつ叩き終えた後に、ソラは玉鋼を半分に折った。
「叩いて下さい」
また叩く。
灰と泥を付け、熱し、叩き、伸ばし、折り、叩き、灰と泥をつけ、熱し、叩き、伸ばし、折り、叩き……。
それを10回繰り返した。
10回の折り返し。
2の10乗、つまり1000を超える層がこの玉鋼に刻まれている。
この折り返し鍛錬は、玉鋼の中の空気を抜き、炭素量を均一化し、幾重にも折り重なった層で強度を生み出す為である。
独特の鍛錬法に、作業をするルフマの目は終始輝いていた。
そして、ここでソラにも気付かない事が起きていたのである。
それは、ソラの魔力の実現力によって、玉鋼に対して常に良い方向へと微調整が働いていたのだ。
細かいようで、その効果は絶大であった。
恐らく、この魔力の実現力による微調整が無ければ、この計画は失敗に終わっていただろう。
「これで芯鉄の鍛錬は終了です。次は皮鉄です」
芯鉄とは、日本刀の中心となる部分。皮鉄とは、芯鉄を包む外側の部分の事。
中心に炭素量の少ない柔らかく粘りのある芯鉄を用い、その外側を炭素量の多く硬い皮鉄で包むという発想は、古の日本の刀鍛冶達が苦心して考え出した偉大な工夫である。
「少し、休憩しましょう……」
そう言ったソラは汗だくで、その場に座り込んだ。
汗だくの理由は、体内魔力のエネルギー化で体力を消耗している事もあるが、何よりかなりの高熱を扱うので工房の室温が馬鹿高くなっているのである。
単なる大学生であったソラにしてみれば厳しい環境だ。
だが、ソラの魔術によって、異常な効率で作業は進んでいた。
地球、日本においては出来得ない芸当で、日本刀を作り上げる。
全くもって未知の計画は、魔術のお陰で意外に順調と言えた。
「……これ程の技法、俺に教えて良いのか?」
ルフマも同じように汗だくだが、まだまだ余力があるらしく、余裕の表情でソラにそう聞いた。
「ええ。ルフマさんは何だか、僕の故郷に居た”職人”って呼ばれる人々に似ていて……この人なら大丈夫だろうって勝手に思ってしまいました。あ、勿論他言は無用ですよ」
あの形相のシスティを相手にしても意見を曲げない程の剣に対する絶対的な姿勢が、ソラに日本の頑固職人を彷彿とさせた。
「ふっ……言わんよ」
鼻先でふんと笑って、椅子に座るルフマ。
そこでソラは、夕方から気になっていた事を聞いてみた。
「……あの、何でシスティの剣を見て悪く仰ったんですか?」
何か理由があるはずだと、根拠はないが、そう思っていたのだ。
「…………あの剣は、もうそろそろ折れると分かっていた。それが彼女の大切な物だという事もな」
ルフマはそう言って口の端を歪めて笑うと、続けてぶっきらぼうに語り出す。
「あの時、手入れが悪いと言ったが、手入れは確り行き届いていた。だから彼女はあれ程怒ったんだ。……俺は教えたかったのかもしれん。剣に執着する事は、己の進化を止める事だと。彼女があの剣に何れ程の思い入れがあろうと、戦場で折れてしまえばそれまでだ。君からあの提案が出て、俺は心の中でほくそ笑んだよ。ああ、彼女はこれで救われる、とね」
それはルフマの剣の道を歩む者に対する持論なのか、はたまたルフマが不器用なだけなのか、ソラには分からなかった。
直接「その剣そろそろ折れるよ」と伝えなかった事は、ただ単にルフマの性格なのかもしれないが。
何にせよ、ソラの強度比べの提案は、ルフマの思惑通りだったと言う事だ。
「父親の、形見だそうです」
「……そうか。……では、この剣は、彼女の父親に代わり、責任を持って作らねばなるまい」
ルフマは、今作っているこの日本刀が、システィの為の物だと気付いていたみたいだ。
「はい。頑張りましょう」
「ふん、休憩は終わりだな。次はどうする?」
ソラとルフマは立ち上がり、次の作業に取り掛かる。
外は、既に明るくなっていた。
「兄さん、遅いわ……」
宿のロビー、ソラを待つ人影が2つあった。
「大方、寝坊でもしたんじゃねぇか」
ソラを心配するリーシェに対して軽口を叩くシスティは、一見元気を取り戻した様に見えるが、実はそうでもない。
「こんなに遅れるなんて……」
「……遅れ……おくれ……おく、れ……お、れ、折れ……ッ」
こうして連想する単語を聞いては思い出し、頭を抱えるのであった。
「折れ……」
「す、少し、部屋を見て来るわ」
リーシェは再び落ち込みモードのシスティにそう伝えて、ソラの部屋へと向かう。
「――えーと、ここね」
到着すると、ノックを3回して、ソラを呼ぶ。
「兄さん、いらっしゃいますか?」
返事がない。
「兄さーん? 開けてもいいですかー?」
少し大きな声で言ってみるが、返事がない。
「開けますよー?」
更にノックをし、それでも返事がないので、リーシェは部屋のドアを開く。
すると、部屋の何処にもソラの姿は無く、荷物のみが置いてあった。
「兄さん、一体どちらに……あら?」
リーシェは部屋を見渡すと、ベッドの枕元に一枚の紙を発見する。
「――2人へ。僕は用事があるので、今日の買い物は任せた。以下、買う物リスト……?」
ソラの使いっ走りメモであった。
それを読み、暫し思案するリーシェ。
そして、一つの答えに行き着いた。
「……兄さんの事です。きっと、世界を揺るがすような大きな用事に違いありません」
ソラの事となると、途端に阿呆になるリーシェであった。
「――よし! これで、皮鉄も完成です!」
一方ソラはと言うと、旭日昇天の勢いで朝日が昇ると共に皮鉄を完成させていた。
皮鉄は芯鉄に比べて炭素濃度を若干高く見積もり、更に折り返し鍛錬も芯鉄の10回と比べて倍の20回も繰り返す。
今回の皮鉄の材料は全てソラの生成した鉄によって作ったため、恐ろしい純度となっており、かなりの強度に期待が出来る。
また、魔力の実現力によって、素人の鍛錬とは思えない成果が上がっていた。
「そうしたら、皮鉄をU字に曲げます」
皮鉄を熱し、U字になるように叩いて曲げて行く。
ルフマの熟練の腕が光り、見事なカーブを描いた皮鉄が出来上がった。
「ここに芯鉄を挟んで、叩いて一体化させます」
皮鉄の窪みに芯鉄を挟み、熱して叩いて伸ばしてを繰り返して、一体化させる。
ソラの魔術とエネルギー化体内魔力と、ルフマの職人技のお陰で、驚異のスピードで作業が進んで行った。
「伸ばして行きます」
熱しては打って、熱しては打ってを繰り返す。
この頃になると、もう既に日本刀に近い形が出来上がって来ていた。
そして、ここで特筆すべきは、ルフマの技量である。
かなり高齢の筈だが、ドワーフ族というのは疲れを知らないのか、金鎚を振り下ろす手に疲れや妥協が一切見えない。更に、正確に、的確に、絶妙に作業をこなして行く。熟練の技と経験が、初めての日本刀作りにこれでもかと言うほど活きているのだ。
一方ソラは、常に体内魔力をエネルギー化し、且つ魔術も最大限活用しているため、かなり体力的に辛いものがあった。
しかし、エネルギー化体内魔力と魔術が無ければ、完成は絶望。
更に魔力の実現力も働かなくなり、完成は最早不可能となる。
限界突破が必須であった。
「ここで……切先を作りましょう」
微調整を終え、全面均等に伸ばし終えた頃、ソラがそう言った。
先端を斜めに切断し、そこをヤスリで削る。
その際、ソラはある事に気が付いた。
それは、この世界ではヤスリの種類が少ないという事である。
「ふぅ、参ったな……」
細かなヤスリや砥石が無ければ、最後に鋭い刃を磨き出す事が出来ないのだ。
ソラは、魔術でヤスリや砥石を生成できないか試す。
だが、それらしいものは生成出来ても、上手く行っている気がしなかった。何故なら、ヤスリや砥石の正しい組成を理解しきれていないという自覚があったからである。
他に何か方法はないかと考えるソラ。
そこで、一つ閃いた。
「ルフマさん、少し貸して下さい」
切先をヤスリで整えていたルフマから日本刀を受け取ると、ソラはエネルギー化体内魔力を指先に集中し、高速で回転させ、それを切先に当てた。
チリチリと言う音と共に、若干ではあるが綺麗に磨かれて行く切先。
「おおっ、やった!」
何とか成功である。
後はこれを応用して行けば、ヤスリ掛けは問題なさそうだ。
ソラはそのまま切先を整え終えると、ルフマに指示を出す。
「棟を打って作ります」
記憶を辿り、ここをこうしてああしてと、ルフマと共に試行錯誤を繰り返した。
棟を作り上げると、遂に刃である。
「よし、次は刃を作って行きましょう。中で芯鉄が偏らないように、両面均等にお願いします」
またしても、熱しては打ってを繰り返す。
ルフマはこの短時間のうちに日本刀製作に適応して来たようで、我が物のように両面均等に調整しながら叩いて刃を作って行く。
ここで、単にルフマだけで作業を行っていたとしたら、確実に失敗していた。
ソラ自身、ソラの魔力の実現力によってこの鍛錬が成功している事を自覚してはいないが、終始集中を切らす事はなかったのである。
その為、ここまで上手く出来ているのだ。
「そろそろ、切先を起こします」
先端を切り口側に起こすと、いよいよ日本刀らしい形になる。
また熱して叩いて、微調整。その中で反りが形成されて行った。
微調整、微調整、微調整……。
ルフマとソラが納得行くまで微調整を繰り返す。
そして――
「刃は、終了です! 後は焼き入れをして、砥いで、鍔とはばきと切羽と柄と鞘を作って取り付けて、完成です」
やっとの思いで、鍛え終えた。
得も言われぬ達成感が2人を包む。
「俺の鍛冶師人生で、一二を争う濃密な時間だったよ」
満足気な表情でそう言うルフマ。
ソラはそれを見て、感謝と共に、友情にも似た感情が湧き上がった。
「ルフマさん、有難う御座いました」
感謝を伝えると、2人で少しだけ笑い合う。
「すみません、まだ終わってもいないのに」
「そうだ。完成まで見届けさせてくれ。どんな剣が出来るのか、気になって仕方が無い」
時刻は、夕方。
不可能と思われた日本刀製作が、段々と現実味を帯びて来た。
「焼き入れの前に、焼刃土という泥を塗ります」
焼刃土とは、粘土・砥石・炭を合わせた泥の事を言い、これを刃に薄く、地に厚く丹念に塗る事で、焼き入れの促進と断熱などの効果が得られる。
その後、800度~900度に加熱し、全体に均一に熱が通った瞬間にぬるま湯に浸けて急冷するのだ。
ソラは魔術で均一に熱を分布させる事が出来るので、見極めに職人技は必要としなかった。
また、ここでも実現力が働いている。
魔力様様であった。
「冷やします!」
事前に用意してあった水槽に、刀身を浸す。
大量の水蒸気と踊る湯船が収まると、刀身を取り出した。
「これはッ」
ルフマが声を上げる。
刀身は、予め反りを作っていた所に更に反りが加わり、綺麗な湾曲を描いていた。
ソラも、思わずため息が漏れる。
日本刀独特の、曲線美だ。
「……良いですね」
「ああ、こんな剣は見た事がない」
焼けた泥にまみれている刀身だが、それは細く長く、しなやかで、強く硬く、そして何より美しかった。
ソラはヤスリがけを始める。
すると、じわじわと見事な輝きが生み出されて行く。
全体を磨き終えると、銀色に輝く刀身が姿を現した。
すらりと、持ち上げてみる。
「――感動だ」
そう、ルフマが口から漏らした。
2人が感じたものは、その一言に限る。
正しく、感動。
日本刀は、武器というだけでなく、美術品としての在り方もある。
それは素人が真似て作り上げた模造品であろうと、見る者に感じさせる何かを持っている。
ここまで自分たちで作り上げたのだという誇らしさが、2人に湧き上がった。
日が暮れ、刀身に見蕩れていたソラとルフマは、我に帰った。
残り時間は後一晩。
時間の掛かる砥ぎの工程は後回しにし、先に柄などの部分から作る事にした。
「このシスティの剣の柄を利用出来ないですかね?」
ソラは、ルフマにそう聞いてみる。
「……うむ、この革はまだ使えそうだな」
そう返すと、柄を分解し巻いてある革を剥ぎ取り、ソラに渡しながらこう言った。
「材料は、俺の工房の物を好きに使うと良い」
「そんなっ、良いんですか?」
「金も要らん。思うようにやってくれ。それを見せてくれるだけで良い」
ソラが工房の材料置き場を見やると、様々な木材や革などが揃っており、選り取りみどりの状態であった。
「……有難う御座いますっ。使わせて頂きます!」
ソラはぺこりとお辞儀をし、材料置き場へと駆け寄る。
探すのは、ザラザラとした材質の革。
日本刀の柄木には鮫皮などのザラザラとした滑り止めの革が敷かれており、その上に紐を巻くのである。
今回ソラは、ザラザラとした材質の革を下地に、その上にシスティの剣から取った馬革らしき革を紐状にして巻こうと考えていた。
がさごそと材料置き場を漁るソラ。
まだまだ、戦いは長そうであった。
「――これで、完成です」
深夜。
日本刀は、砥ぎの工程を残し、遂に出来上がった。
柄にはよく分からない動物のザラザラした革を滑り止めに、馬と思われる動物の革を紐状にしたものを拵えている。また、柄の中には柔らかめの紙を詰めて、クッション性を高めた。
はばきや鍔や切羽は、うろ覚えながらもルフマの力を借りて出来る限り再現している。
鞘は、10年以上寝かしてある木材を惜しげもなく使用し、半分に切断して中を掘り、再度接着し、その後納得行くまで磨き抜いて作成した。鞘にも馬革を巻き、柄と揃えて革包太刀拵の様に演出している。
この柄や鞘など、作成経験のあるルフマの助力が無ければ、ソラ一人では作り上げる事が出来なかった。
また、ソラのエネルギー化体内魔力・魔術・魔力の実現力が無ければ、確実に完成は不可能であった。
日本の職人達が作り上げる日本刀と比べると雲泥の差、非常にお粗末な出来だが、それでも、十分に魂の篭った逸品である。
「今まで美術品の様に気取った剣を何本か見てきたが、総じて脆い出来だった。だが、これは……分かる。断言出来る。俺が見てきた数多の剣の中で、最も美しく、そして最も強いとな」
まだ砥ぎの工程を経ていない日本刀を鍛冶職人という立場でここまで褒めちぎるルフマは、日本刀の得体の知れないカリスマ性の様な何かに魅せられているのかもしれない。
その気持ちはソラにも理解出来た。
見る者の心を動かす何かが、日本刀には秘められているのだろう。
「後は、砥ぎですが……」
ソラは考えた。
日本では、砥ぎ師、はばき師、柄巻き師、鞘師など、色々な職人の手を渡って数ヶ月掛けて日本刀が完成される。
今回は、偏にソラの魔術があったため、この超短時間で何とか形にする事は出来た。
しかし、残る砥ぎの工程は、ソラの技量では満足に出来ないのは勿論の事、時間短縮の仕様が然程無いのである。
エネルギー化体内魔力を指先で高速回転させ押し当てる事でヤスリ掛けは出来るが、より繊細な砥ぎ作業となると相当の修練が必要であろう。
「……これで、一応の完成とします」
今後、砥ぎは勿論、細かな装飾や、刀身に含まれる水分子が油分に置き換わるまで手入れを続けなければならないが、ソラは一先ずの完成の判断をした。
30時間強では、魔術の力を用いたとしても、これが限界であった。
「……頼みがある。俺は残りの鍛冶人生、この剣を作って生きて行きたい。駄目だろうか……?」
ルフマは、日本刀に完全に魅入られていた。
ソラに嘆願するその顔は、今後日本刀に捧げて行く日々を思い、興奮に輝いている。
「勿論、いいですよ。この日本刀を作れたのは、ルフマさんの協力のお陰です。後で、詳しい情報を紙に纏めておきますね」
「有難う。ニホン刀……実に素晴らしい」
快く許可したソラは、ふらふらとした足取りで工房の奥の板間に移動すると、床にごろりと横になった。
ルフマも同じようにして、板間に横になる。
ものの数十秒で、2人は深い眠りに付いた。
とっくのとうに活動限界を迎えていたのである。
こうして、この世界初の日本刀が作られたのであった。
早朝、午前5時。
仮眠をとったソラは、ルフマと熱い別れの挨拶を交わし、日本刀を持って宿へと帰還する。
依然、砥ぎの工程は終わっていないが、これは仕方ないと割り切る事にした。
今後の旅の馬車の中で少しずつ磨き上げ、完成させる腹積もりである。
そして、システィの部屋の前。
「――システィ! 開けて! 話があるんだ!」
「うおおお!? 何だどうしたっ!?」
激しいノックと共にシスティを呼び出すソラに、びっくりして飛び起きたシスティ。
ソラは仮眠をとったと言えど睡眠不足、二晩徹夜明けの異常なテンションでの突撃である。
「剣! 剣! 剣の件だよ!」
「だあぁ分かったから落ち着け! 今開ける!」
システィは隣の部屋でまだ寝ているであろうリーシェや、他の宿泊客に迷惑だろうと思い、大急ぎでソラを部屋に招き入れた。
「何だよソラ、こんな朝っぱらから。剣がどうしたって?」
「システィ、君のために剣を作って来たんだ!」
ソラは意気揚々と日本刀を取り出し、システィに手渡す。
わけも分からずに受け取ったシスティは、混乱しつつも鞘から引き抜いた。
「……こ、これは」
一目見て、これ以上無く良い物だと感じ取ったシスティ。
「砥ぎはまだなんだけど……気に入ってくれたかな?」
ソラはシスティの表情を伺うようにそう聞いた。
「こ、これをソラが作ったって言うのか!?」
その表情は、驚愕。
剣においては然程詳しくないシスティでも、宝剣に並ぶかそれ以上の価値を伺える超一流だと一目瞭然の剣を手にし、それを2日と経たずに作ったという目の前の男に、驚愕せざるを得なかった。
「鍛冶屋のルフマさんの力を借りて、なんとかね。刀身の中にはシスティの持っていた剣を溶かして混ぜ込んであって、柄の部分にはシスティの剣の柄に巻かれていた革を再利用してあるよ」
鍛冶屋のルフマと聞いて、ピクリと反応するシスティ。
ソラはそれを感じ取り、話を続けた。
「ルフマさんは、あの剣が折れる事を最初に見た時から分かっていたみたいだ。戦場で折れるより、ここで折れた方がマシだと思ってあんな事を言ったんだろうね。……憶測だけど、彼が剣自体を貶したのは、折れても仕方無いとシスティを納得させる為でもあったんじゃないのかなって、僕は思うよ」
システィはその話を聞き、得心が行った。
「……あたしは、この二晩で自分の心に整理はついたよ。父さんの残した剣だって、そんなに良い剣じゃない事は分かってた。折れる事は、自然な事だって理解してた。……でも、何でだろうな……こんな、こんな結末になるなんてな…………嬉し、すぎるぜっ……」
ぽろぽろと涙を零し「有難う」と感謝を述べると、ソラに抱きついて体を震わせながら暫し泣いた。
システィ自身、形見の剣を不注意で折ってしまったという自責の念や、悔しさ、悲しさ、寂しさを抱えて二晩を過ごしたが、その全てが晴れ渡る思いと、ソラとルフマへの感謝と、加えてソラへの抑えきれない愛おしさに、感無量と言ったところである。
「その刀の名前は、鬼丸。鬼丸というのは、昔々のある持ち主の夢に出て苦しめていた鬼を斬ったと言う事から命名された有名な刀の名前から取ってみた。システィの事を悪い鬼から守ってくれる刀、って思いを込めてるんだよ。……どうかな?」
システィが泣き止んだ頃、ソラは刀についてそう説明した。
「鬼丸か……鬼神と呼ばれたあたしの相棒にゃぴったりだぜ」
システィは実に嬉しそうに鬼丸を掲げて眺めた後、改めてソラに向き直った。
「……ソラ、本当に、有難う。この鬼丸を使って、必ずお前の役に立つ事を約束する」
誠心誠意、感謝の意を伝えたシスティ。
システィの中で、何かが変わった瞬間でもあった。
「有難う。でもシスティは、自由に自分のやりたい事をやって、毎日笑顔でいればそれで良いんだよ」
「……だ、だったらよ、な、尚更、ソラの役に立つ事をしちゃうかもなァ?」
「…………?」
「な、何でもねぇ! あ!? そろそろ、朝食じゃねぇか?!」
システィは慌てて駆け出して、ばたばたと部屋を出て行く。
恐らく、リーシェを起こしに行ったのだろう。
朝食を終えれば、ドワーフの里を去らなければならない。
そう考えると、何だか寂しい気分になる。
ソラは、旅を終えた帰りにまた必ず寄ろうと、そう心に決め、システィの後を追うのだった。
お読み頂き有難う御座います。
凄く長くなっちゃいました。
日本刀はロマンです!
次回は、次なる目的地、ルオーン王国の街セロを目指して出発です。
<修正(8/20)>
・刀の名前を単に『鬼丸』に変更。
・「魔術で作り上げた」と言う描写を増加。
・魔力の実現力が作用している描写を追加。
・テレビのドキュメント→大学のフィールドワーク
ツイッターで執筆活動や進捗について呟いております。
ご興味をお持ちの方は、下部にリンクが御座いますので其方からご覧下さい。




