41 折れる
ドワーフ族。
背は小さいが力持ちで、身の丈程もある大斧を軽々と振るう怪力を持つ者も珍しくない。
ここ、スクロス王国西の森の先にあるドワーフの里は、彼らの故郷である。
里は数々の集落が合わさって広範囲に渡り形成され、その中心には大きな盆地が広がっており、そこでは商業が盛んだ。
「おお、凄い活気だなぁ」
ソラ達3人は、村を抜け里の中心である盆地に到着すると、街の活気に驚いた。
夕方にも関わらず、立ち並ぶ店を人々が行き交い、酒場は人で溢れていたのだ。
逆ドーナツ化現象とでも言うべきか、通って来た農村部と比べると、活気の差は歴然であった。
「スクロス王国とルオーン王国との間の中継地点として利用する旅人が多いのでしょう」
リーシェが冷静にそう分析する。
「おっ、あそこの宿屋が良さそうだぜ」
システィは良さげな宿屋を見繕って、その脇に馬車を駐めた。
何が良さそうだったのかは、システィ以外には謎である。おそらくはフィーリングか、最初に目に入った宿屋に決めたのだろう。
3人は馬車から降りると、宿のチェックインを済まして、街に出た。
「滞在予定は2泊3日。今日は夜まで散策して、明日は買い物。明後日の朝に出発しようと思う」
「分かりました」
「了解! じゃ、早速見て回ろうぜ!」
ソラが今後の予定を伝え終えると同時に、システィは待ちきれないとばかりに駆け出して行った。まるで子供のようである。
物心ついてからこういった経験をして来なかった為か、テンションが上がっているのだろう。
「僕らも散策しようか」
「はい。お供します、兄さん」
ソラとリーシェも初めての街に少々浮かれつつ、システィを追い掛けるように街へと繰り出した。
暫く散策すると、ソラはある事に気が付いた。
「鍛冶屋が多いね」
「はい。ドワーフ族は力持ちが多いので、たくさん金鎚を振るう鍛冶に適していると言われています」
「なるほど……ちょっとあそこに入ってみようか」
2人は目に付いた鍛冶屋に入る。
そこには、素人目でも良い品だと分かる数種類の剣が並んでいた。
「いらっしゃい。剣ですかい?」
品定めしていると、店主と思われるドワーフが奥から顔を覗かせる。
「あー、いえ。ちょっと鍛冶に興味がありまして」
ソラがそう答えると、店主はばつが悪そうな顔をした。
「実を言うと俺は駆け出しでなぁ、見せるのは良いんだがよ……ドワーフの鍛冶がこんなもんだと思われちゃいけねぇ。そうだな……ルフマさんとこなら、ここいらで一番だ。ここの並びの一番左端にルフマさんの鍛冶屋があるから、そこを尋ねると良い」
自嘲するように笑い、ルフマという人物を紹介する店主。
ドワーフの鍛冶を勘違いされるくらいならば、自身のプライドを捨ててでも一流を紹介するというところに、”ドワーフの鍛冶”という矜持を感じる。
「有難う御座います」
ソラは店主に感謝を伝え去ろうとすると、店主から忠告が飛んで来た。
「あーっと……ルフマさんはよ、間違いなく一番の鍛冶師だ。それは間違いねぇんだが、その……一番の偏屈者でもある。怒らせないようにな」
店主は苦笑いである。
ソラとリーシェは店主に改めて感謝の言を述べ、ルフマの鍛冶屋へと向かった。
「んだとコラァ!!」
暫く歩いていると、何処からともなく怒号が聞こえた。
聞き間違いでなければ、システィの声である。
2人は声の方に駆け寄ると、そこには老ドワーフに今にも掴み掛ろうとするシスティの姿があった。
「わああ! システィ待って!」
ソラが慌てて止める。
「離せソラ! こいつただじゃ済まさねぇ!」
老人に向かって物騒なことを言うシスティ。
一方老人はというと、我関せずと言った風に剣を磨いていた。
「貴方どうしたのよ?」
リーシェがそう問いかけると、システィは声を荒げて喋り出す。
「このジジイが、あたしの剣を馬鹿にしやがったんだ!」
ソラとリーシェはもしやと思い、今居る場所を確認する。
先程の店の並びの一番左端、看板には『ルフマの鍛冶屋』と書いてあった。
2人は顔を見合わせて、苦笑い。
すると、今まで黙っていたルフマと思われる老人が口を開いた。
「鍛えが悪い。柄も悪い。手入れも悪い」
「あ゛ぁ゛!?」
ソラはまずいと思い必死にシスティを抑えたが、抵抗虚しく弾き飛ばされ、システィはルフマへと向かって行ってしまう。
「もう一度言ってみろよ、ジジイ」
至近距離でガンを飛ばすシスティ。
「……鍛えと柄と手入れが悪い。おまけに持ち主の柄も悪い」
ルフマはそっぽを向いて、剣を磨きながらさらりと言ってのける。
ブチッという音がシスティから聞こえた。
「テメェ!!」
システィは激昂し、ルフマの胸ぐらを掴みにかかる。
その寸前で、システィの動きが止まった。
「――あ!? ソラっ! このっ!」
ソラがエネルギー化体内魔力でシスティを押さえ込んだ為である。
「一旦、一旦冷静になろう」
ソラは何とかしてシスティを宥めようと、出来るだけ温和に語りかけた。
そこに、リーシェも加勢する。
「システィ。貴方、いくら馬鹿にされたからと言って、それだけで相手に暴力を振るうつもり?」
そう言われて、システィは段々と大人しくなって行った。
冷静さを取り戻したようだ。
押さえ込みを解かれると、システィはルフマから数歩下がった。
「……確かに、暴力は良く無かったな。でもよ、馬鹿にされっぱなしは癪に障るぜ」
ギロリとルフマを睨む。
ルフマは、相変わらず目を合わせずに無視である。
1分程、その状況が続いた。
「あの……」
そこで、我慢の限界を迎えたソラが、一つの提案をする。
「……ルフマさんの鍛えた剣と、どっちの剣が強いか、試してみたらどう?」
収まりのつけ方がこれしか見つからなかったソラ。
この提案が、失敗であった。
「その剣じゃ勝負にならんぞ」
ソラの提案に、ルフマがそう言い放つ。
システィはこれにまたしてもかちんと来てしまう。
「よーし分かった……そこまで言うんならよ、どんだけお前の剣が強ぇか試してやろうじゃねーか」
鞘から剣を抜き、ルフマに向ける。
ルフマはたった今磨き終えたであろう剣を台に固定し、
「ここに叩きつけろ。折れても知らん」
とだけ言って、店の奥に入って行った。
その言葉に、更にむっとするシスティ。
「チッ――言われ、なくてもッ!!」
システィは思いっきり振りかぶり、剣を叩きつけた。
鈍い金属音が鳴り響く。
一瞬の静寂。
直後、ガランガランと、地面に金属の落ちる音が鳴った。
「…………嘘……だろ……」
折れた方は、システィの剣。
システィの握る手は無意識に緩み、折れた剣を取り落とす。
そして呆然と佇んだ後、すとんとその場に崩れ落ちた。
「システィ、行きましょう」
リーシェが肩を貸す。
システィは虚空を見つめたまま、リーシェに連れられてその場を去った。
ソラは、システィのあまりの失意の様に呆気にとられながらも、折れた剣を回収して、2人の後に続いたのだった。
その後、食事処に入った3人。
日が暮れて間もないが、システィのメンタルケアの為にも、早めの夕食である。
「ほら、システィは何が良い?」
ソラはなるべく明るく振る舞い、システィにメニューの紙を開いて見せた。
「あ、あぁ……」
システィはメニューを受け取ると、ぼんやりとした目で見つめる。
その目には、メニューは映っていない。
普段ならば、食事が大好きなシスティは小躍りしながら今か今かと料理を待っている筈だが、今はただぼんやりと俯いているだけである。
鑑みるに、途轍もなく落ち込んでいた。
「貴方、夕食を食べないつもりかしら?」
リーシェが見るに見かねてそう言うと、システィは「ステーキ」とだけ言ってメニューをリーシェに渡した。
「システィ……剣なら新しいのを買えば問題ないし、あまり考え過ぎない方が良いよ」
ソラは何の気なしに慰めたのだが、システィはそのソラの言葉にぴくりと反応し、更に俯いてため息をつく。
その様子を見て心配し「大丈夫?」と聞くと、システィはぽつりと答えた。
「…………あれ、父さんの形見なんだ」
――ソラは思った。
やべぇやっちまった――――と。
お読み頂き有難う御座います。
ソラ、仲裁失敗の巻。
宥め賺してルフマから遠ざけるのが正解だったのでしょうか……?
次回は、ソラ贖罪24時間の巻です。おや、システィの剣の様子が……
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