40 新技
森の中を進み、2日が経過した。
予定では、あと1日も進めばドワーフの里である。
「左前方にグレムリンが3匹。右前方に2匹」
「はい」
「りょーかいっ」
ソラがそうとだけ言うと、リーシェとシスティは馬車から降り、前方へ駆け出す。
ここまでの旅の中で頻出する魔物に対して、ソラが索敵、リーシェとシスティが迎撃という体制が出来上がっていた。
この森にはグレムリンと呼ばれる魔物が住み着いている。
グレムリンは、僅かばかりの知性を働かせ、群れをなし、旅人を殺して食糧を奪い生きている魔物だ。
身長1メートルに満たない直立二足歩行の小さな魔物で、力も然程強くはないが、俊敏性に長け、集団で襲い掛かり、鋭い牙で噛み付いて来る厄介な魔物である。
「ふっ――!」
リーシェは前方に3匹のグレムリンを目視するや否や、両手を構えて魔術を発動した。
それは、ソラとの修行によって生まれた新たな魔術。
等級という枠を超えた、全く新しい魔術である。
リーシェが念じた数秒後、1匹のグレムリンが突如目の前に出現した”何か”によって脳天を貫かれ息絶えた。
続いて、2匹目、3匹目と続けざまに死んでゆく。
凶器を飛ばしたというわけではない。間違いなく、リーシェの魔術によるものである。
グレムリンの脳天を一撃で貫いたものの正体――それは”水”であった。
ソラの提案により、リーシェは”ウォータージェット”を魔術で実現するため、血の滲むような修行を行い、会得したのだ。
水を加圧し、射出点を1mm以下に狭め、敵の至近距離から放射するという、宮廷魔術師も真っ青の技術力を持っていなければ出来得ない芸当てあった。
リーシェの魔術への理解の深さと、幼少期から訓練を繰り返し培われた熟練の技術があったからこその新魔術である。
ソラは水に研磨材を添加し更に威力を上げるアブレシブジェットを提案したが、リーシェにそこまでの技量はなかった。しかし、努力家であるリーシェはいずれ実現させる事だろう。
「でやああッ!」
右方のシスティは、高い身体能力を活かして前方へと跳躍し、2匹のうち片方のグレムリンに斬りかかった。
一撃で倒れ付すグレムリン。
それと同時に、もう片方のグレムリンが爆発し吹き飛んだ。
システィの魔術である。
ソラとの特訓において、システィは”爆燃”を発生させる魔術を会得していた。
火属性魔術では上級の上、超級にカテゴライズされる【炎爆】に似た魔術である。
【炎爆】と比べると、より小規模でインスタントな扱い方が出来る魔術で、使い勝手が良い。
火属性魔術に造詣が深いシスティだからこそ、この短期間で習得できた。
だが、依然システィは火属性魔術以外の魔術を扱えないのであった。
一般的には1つ2つの属性を扱えるだけで十分であり、全属性扱える魔術師は割と稀有な為、どちらかと言えばシスティが普通なのであるが、やはりリーシェやソラの魔術と比べると見劣りしてしまう。
しかし、システィには1つ特殊な点があった。
それは、先程のグレムリン2匹を倒す際に顕著に見て取れる。
片方に斬りかかると同時に、もう片方が爆発する――つまり、実際に魔術を発動する際に、その箇所を目視していないのだ。
ソラとの特訓中に明らかとなったそれは、ソラやリーシェの知る限りシスティにしか出来ない芸当であった。
まるで職人が指先の感覚を頼りに逸品を作り上げるように、感覚で魔術を発動しているのではないか、との見解しかソラは出来なかった。
「……ん」
リーシェとシスティがグレムリン5匹を倒し終えた時、ソラはその前方に更に3匹のグレムリンを感知した。
鳴き声、息遣い、足音や歩幅など、聞き取れる音全てを判断材料にして特定するソラの索敵魔術は、案の定大活躍である。
だが、この数ヶ月間、ソラは索敵魔術の修行のみを行っていたわけではない。
「よいしょっ」
ソラは狙いを定め、3匹のグレムリンを射撃した。
射出された何かは音速近くまで加速し、空気を切り裂いて、3匹の体を貫く。
グレムリンを貫いた物は、鉛の弾丸。
ソラのエネルギー化した体内魔力で、魔術で生成した鉛の弾丸を投擲した、ただそれだけの事であった。
非常に原始的な方法だが、簡単なように見えて大変に難易度が高い。
小さな弾丸を直線で加速させる想像はやり辛く、更にコントロールがとても難しいのだ。射出のイメージと、それに応じた弾丸の回転なども加わり、習得にかなりの時間を要した。
ソラは修行を重ねて、現状では確りとしたコントロールで2つの弾丸を同時に投擲し、拳銃ほどの威力を出せるようになった。
3つ同時の投擲は現在練習中だが、今回は上手く行ったようである。成功確率は4回中3回といったところだ。
「ふぅ……」
体外に露出している体内魔力をエネルギー化して扱うと、体力を消耗する。
未だに原因は不明だが、ソラは実験によって自分の限界を知っていた。
投擲に直すと、約300発分。フルパワーでエネルギー化体内魔力を振り回して、約5分である。
「相変わらず、貴方の魔術はどうやっているのかよく分からないわ」
リーシェが戦闘を終えたシスティにそう声を掛けた。
「あたしこそ、お前みたいな馬鹿すげぇ魔術は使えねーよ」
よく喧嘩する二人だが、喧嘩するほど仲が良いと言うべきか、尊重し合っているようだ。
互いに互を刺激し合って成長して行く、良いライバル関係であった。それは、戦闘だけに限った事ではない。
「まー、それもこれも……」
「ええ……」
2人して、ソラを見る。
「ん?」
視線に気づいたソラが2人の方を見やると、「お疲れ!」「お疲れ様です」と言うので、ソラも「お疲れ様」と返した。
ソラとリーシェは馬車に乗り込み、システィは御者台に乗る。
馬車が進み出すと、違和感がソラを襲った。
「…………あの」
「どうしました?」
「……ち、近くないですか?」
「気のせいです」
「そうですか……」
リーシェは体が触れ合う程の距離に身を寄せて座っている。
ソラは何故か敬語であった。
「なんだか、眠くなってしまいました」
甘えるように声を出す。
エスホ家の一件があってから、リーシェは時折こういう事をするようになった。
「ん、眠って大丈夫だよ」
リーシェは自分なりに頑張ってアプローチしているつもりなのだが、女性経験の無いソラは鈍感なのかヘタレなのか、中々リーシェの思うようにはいかない。
「兄さん、肩を貸して頂けませんか……?」
上目遣いでソラに申し出るリーシェ。
「う、うん。どうぞ」
ソラは戸惑いながらも、受け入れた。
このように、ソラがヘタレずに上手く行く場合もある。
だが、そういう場合は決まって邪魔が入るのであった。
「あぁー! ソラっ! あれって村じゃねえか!?」
状況を知ってか知らずか、大きな声で叫ぶシスティ。
「えっ、もう着いたのか?」
ソラはリーシェの頭が肩にのる寸前に立ち上がり、馬車の前方を見やった。
リーシェは溜息一つ、ソラに続いて馬車の外を見る。
「おおっ、本当だ!」
3人の乗る馬車の前方に、大きな村が広がっていた。
点在するログハウス、家畜小屋や畑、農作業に勤しむドワーフたち、あらゆるものから長閑な暮らしが伝わって来る。
そこは、ソラ達の第一の目的地。ドワーフの里であった。
お読み頂き有難う御座います。
新技披露回でした。
次回は、どわーふたちとその暮らしについてです。
☆追記
新連載作品を投稿致しました!
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