04 鬼才
昼食後。
エニマは空に魔術を教えるべく、向き合って座った。
「ソラ君。先ず、魔力とは何か分かるか?」
空は本で読んだ事を思い出す。
「えーっと、エネルギーのような物……と理解してます。本には、空気の中や生き物の体の中に多数存在していると書いてありました」
「うむ。それで間違いない」
「魔術とは、その空気中の魔力に術者の体内の魔力を働きかけて行う」
「そうだったんですね」
空は、納得、という感じだった。
「この空気中の魔力に術者の放出した魔力が働きかけた時、魔力という物は4つの種類に変化する。それが、火水風土の基本属性じゃ」
「それは、4つ以外には決して変化しないんですか?」
「儂は聞いた事がない。儂は予言魔術を使えるが……これがどういった原理なのかは全くわからんし、儂以外に使える者もおらん」
空はこの時、基本属性4つ以外にも魔力が変化するのではないか、という考えが自分の中にあったが、まだ口には出さない。
「では……何故念じた通りの属性が魔術として発現するのですか?」
空は段々と、魔術というものを理詰めしたい思いでいっぱいになってきた。
「ふむ、いい質問じゃな。魔術を扱う上で最も重要なのは何か分かるか?」
「確かこの本にはイメージが重要と書いてあった気がします」
そう言って基本魔術概論を指差すと、エニマは少し眉を寄せた。
「お主の持っているその本は200年程前の古い物でな、今とは魔術の考えが違っておるんじゃが……」
エニマはそう言って暫し思案した後、口を開いた。
「確かに、イメージが大切じゃ。しかし、ただ単に想像するだけでは魔術は成功せん。ここで重要になってくるのが、火水風土の基本属性に基づく考え方じゃ。例えば、水。これをこうやって理解する。目に見えないほど細かい水属性の魔力の粒が集まってできている、とな」
空は、やはり、と思った。
エニマは、いやこの世界の人々は、古代ギリシアにおける四大元素に近い考え方をしていた。
四大元素とは、この世の全ての物が火・水・空気・土の4つの元素で構成されているという考え方。言わば、現代における原子論の草分けの様な説だった。
空の中ですくすくと立ち上がる仮説は、これで更に信憑性を得る。
「……なるほど。そういった考え方をすると魔術が成功しやすい、ということですか?」
「そうじゃな。とは言っても理解するのは難しく、理解したとしても相当な鍛錬が必要じゃがの」
そう言ったエニマはにやりと笑いながら空に尋ねた。
「……ソラ君。お主は今日初めて魔術を使い、中級魔術をいとも簡単に成功させているように見えた。これはお主が異世界人じゃからか?」
空は、それも理由の一つだろうと自分の中で納得する。
「エニマさん。もしもの話をしても良いでしょうか」
「何じゃ。言うてみい」
空は仮説を立証するための第一歩を踏み出す。
「もしも、水という物質が必ず”決まった2種類の粒”で構成されていたと仮定して、その2つを深く理解していたとしたら、魔術は成功すると思いますか?」
「ふむ……二種類の粒か。うーむ……」
エニマは暫し思考し、答えた。
「難しいが、恐らく成功するじゃろうな。一時期、魔術は基本属性それぞれに対する理解の深さが関係するという説もあった」
空はその説を聞いて確信した。
「エニマさん。僕が簡単に魔術を使える理由が恐らく分かりました」
「何っ、それは真か」
「ええ。ちょっと実験をしたいので、付いて来て頂けますか?」
空はそう言って椅子から立ち上がると、庭へと出て行く。
エニマもその後を追った。
空の中には魔術の仕組みについてある一つの仮説があった。
それは、言葉が違うのに何故通じるのかという事を学んでいた時に浮かぶ。
言語が違う者同士で言葉が通じるのは、言葉を発する者の体内の魔力が体外の魔力に作用し、その作用した魔力が相手の体内の魔力に作用することで通じる。ここでは、言葉を発した方と受け取った方の認識が合致している言葉だけが通じる。この現象については、相手に言葉を伝えようという思いが魔力を練り、魔術として相手に伝わっている、とも言える。
あくまで一説として、本にはこう書いてあった。
空はこれを読み、魔術における術者の”認識”の重要度を察した。
空の仮説はこうだった。
魔力が認識によって変化するオールマイティな元素と仮定するならば、正しい認識さえあれば簡単に魔術が使える筈である、と。
そう、”正しい”認識さえあれば。
先ほどのエニマの解説によって、この仮説は空の中で立証段階に到達していた。
庭に出た空とエニマの2人。
空は振り返ると、エニマに向かい話し始める。
「エニマさん。僕は、この火水風土を構成する粒の全てに対して高い理解を持っています」
それは、原子論。
例えるなら、水は酸素と水素によって構成されていると、空はしっかりと認識している。
「そして、基本属性以外の、物を構成する粒についてもある程度高い理解があります」
空は手のひらを上に向けて突き出し、炭素をイメージした。
すると、手のひらの上にサラサラとした黒い粉が積もった。
「よし! 成功です!」
そう言って、エニマにその黒い粉を見せた。
「これは……土属性魔術か?」
エニマは不思議そうに空を見て尋ねた。
「いいえ、これは炭素と言います。えっと……そう、炭の粉です」
「炭の粉じゃと?」
エニマは少し驚いたが、信じられないといった顔をしていた。
「よーし……だとすれば、これもできそうだな」
空はそう言うと、暫し思案し、手のひらを上に向けてかざした。
空は氷を想像する。
水分子が水素結合し六方晶系に連なる。
この程度の理解で氷はできるのか実験しようと空は思った。
イメージしたのは5センチ程の氷のブロックである。
「おっ! 上手くいきました」
エニマが空の手のひらを覗き込むと、そこには氷が生成されていた。
エニマは目を見開いた。
氷の魔術など見たことも聞いたこともなかったからだ。
「これが成功するということは、もしかすると……」
空はそう言いながら、またしても手のひらを上に向けた。
「やっぱり!」
嬉しそうな空の手のひらには、大きなダイヤモンドが乗っていた。
エニマは絶句した。
お読み頂き有難う御座います。
この設定だと空はかなりチートなんじゃ……?
次回は空が魔術を色々と応用して実験します。