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38 お医者様でも、草津の湯でも

 いつからだろう。

 出会った瞬間からだろうか。

 助けてもらった時からだろうか。

 名前を呼んでくれた時からだろうか。

 ……いつからだろうか。

 あたしは四六時中ソラの事を考えている。

 復讐を終えた今、別にこれ以上強くなる必要は無いのに、ソラに魔術を教わっているのは何故か。

 ソラの隣にいつもくっ付いているリーシェが気に食わないのは何故か。

 もっといっぱい一緒にいて、沢山話したいと思うのは何故か。

 あたし自身が気がつかないうちに、もうソラ無しでは生きていけない程に、好きになってしまっていた。

 そう考えるだけで、頬が熱くなる。

 今まで復讐のためだけに生きてきたあたしには、初めての経験。

 ソラを想うと、まだ父さんと母さんが生きていた頃、眩しく輝いていた日々の記憶の様に、暖かく優しい感情が湧き上がる。

 この先、ずっとソラと一緒にいられたら素敵なのに。

 日に日にその気持ちは増していった。

 ――そんな中。

 あたしは、ソラが旅立つ事を知った――



 その話を聞いた、いや、聞いてしまったのは、アルギン様の私室の前。

 あたしはあの事件以来、アルギン様に気に入られて、直属の護衛兵としての職を貰った。

 直接の復讐の機会を頂いた恩義を返す為にも、あたしに出来る事を頑張っている。

 とは言っても、今までの数ヶ月間は雑用しかしていないけれど。

 その時も、雑用の報告にアルギン様を訪れただけだった。

 盗み聞きするつもりなんて無かった。

 ノックをしようとした時、扉越しに、ソラの声が聞こえた。

「――1週間後から、長期休学しようと思います」

 吃驚したあたしは、思わずノックする手を引っ込めた。

「そうか、分かった。いつまでだ?」

「2年間でお願いします」

「何処か、旅に出るのか?」

「はい。エクン王国まで、2年程」

「……分かった。旅の資金も準備しておこう」

「助かります」

 そこまで聞いて、あたしは思わず駆け出した。

 旅。

 2年。

 エクン王国。

 それらの単語が頭の中をグルグルと渦巻く。

 2年間、ソラに会えない。

 エクン王国は北の森を抜けて山を越えて、何週間も移動した先にある。

 そうそう簡単には会いに行けない。

 ソラは一人で行くのだろうか。

 もしかしたら、リーシェも付いて行くのかもしれない。

 そう考えると、悔しさや寂しさ、悲しい気持ちが湧き上がって、胸が痛くなった。

「チッ……嫉妬かよ……」

 最近、ソラの事を考えると、こうなる事が多い。

 悩む事も、喜ぶ事も、全てがソラ絡みだ。

 リーシェの様にもっと積極的に行けば、この胸の痛みが少しはマシになるかもな、と考える。

 そうすれば、もしかしたらあたしも一緒に旅に出る事が出来るかもしれない。

 でも、2日に1回魔術を教えてもらっているけど、旅の話は一度も聞いていない。

 ソラは、あたしを誘ってくれないかもしれない。

 また、胸が締め付けられるように痛む。

 何も考える気が起きなくなる。

 気が付いたら、あたしは家に帰っていた。

 アルギン様への報告は、大した事じゃないし、明日に回そう。

 ご飯も食べる気が起きない。

 ベッドに倒れ込んで、目を閉じる。

 この日は、このまま何もせず眠った。


 そして翌日、あたしは、ソラとの特訓を休んだ。


 ソラの事を考えるだけで、胸が苦しくなる。

 ご飯も喉を通らないし、考え事も纏まらない。

 そして何より、ソラに会う事が怖かった。

 今の状態の自分がソラに会ってしまったら、一体どうなってしまうのか、恐ろしい。

 もし、ソラに旅に誘われなかったら、泣いてしまうかもしれない。

 感情を抑えきれる自信が無かった。

 唯々、怖かった。

 だから、あたしは逃げたのだ。

 こんなに苦しいのなら、辛いのなら……。

 そうやって、ソラの事を諦めようとも考えた。

 でも、どうしても、諦められない。

 何故。

 答えは出ない。

 あたしは一体どうしたらいいのだろう。

 アルギン様に言い付けられた雑務をこなしながらも、考えている事は、やっぱりソラの事だった。



 ソラが旅立つ前の日の夜。

 結局、あの後一度もソラとの特訓に行く事はなかった。

 ベッドで仰向けになって、考える。

 本当にこのままで良いのか。

 駄目に決まっている。

 だが、怖い。

 あたしは、これ程に弱い人間だったのか。

 ひと握りの勇気さえ持ち合わせていないのか。

 一歩が、踏み出せない。

 迷惑に思われるんじゃないか、付いて行っても足手纏いなんじゃないか、アルギン様に頂いた職を投げ出しても良いのか。

 何故だか、一歩を踏み出さない為の理由はスラスラと出て来る。

「あ゛ぁ~~~~もうっ!!」

 癇癪を起こして、うつ伏せになりながら枕に顔を埋めた。

 すると、ひらりと何かが腕を掠めた。

「ん?」

 窓から射す夜空の星の光を頼りに拾い上げると、それはいつだったかソラが引越しの挨拶にくれたお菓子の包み紙だった。

 ベッドの横の棚に、大事に取っておいてあったのだ。

 あたしは、その包み紙を手に取った時、ふと思い出した。

 勇気を出して、食事に誘ってお礼を言った事、魔術を教えて欲しいと声を掛けた事、自分の秘密の過去を話した事。

 懐かしい、甘酸っぱいけれど、輝いた記憶。

「……なんだよ、あたし。勇気ならあるじゃん」

 こんなに悩む必要なんて無かったのだ。

 ただ、自分に素直になれていないだけだった。

 あたしは、やりたいと思った事をやればいい。

 今までだって、復讐の為とは言え、形振り構わずそうやって生きて来た。

 怖かろうが、何だろうが、あたしはソラの事が好きなのだ。

 その事実だけは、どうしたって覆せないのだ。

 ソラがあたしを好きかどうかなんて、今は気にする事じゃない。

 ソラと、一緒に居たい。

 ただそれだけだ。

 あたしは、好きな相手から貰ったお菓子の包み紙をいちいち大切に取っておくような人間だ。

 2年間会えないだなんて、我慢できるわけがない。

 せめて、ソラを見ていたい。

 ソラと離れたくない。

「よしッ!」

 ベッドから跳ね起き、身支度を整える。

 不思議と、考える事は前向きな事ばかり。

 荷物を整え終えた頃には、朝日が覗いていた。

 お菓子の包み紙を小さく畳んで、胸ポケットに入れる。

「……よろしくな」

 今日からこれは、あたしの、勇気のお守りだ。

 荷物を背負って、玄関を出る。

 目的地は、アルギン様の私室。

 旅立ちの許可を頂くのだ。



「くっはははははは!」

 アルギン様は、あたしの覚悟を聞いて、大声で笑った。

 ”ソラにこっそり付いて行く”というのが、可笑しかったのだろうか。

 ……確かに、勇気を出したにしては中途半端だったかもしれないけど。

 でも、これが、あたしの精一杯の勇気だ。

「お前といい、リーシェといい、ソラに関わった者は皆変わって行くな」

 楽しそうに微笑むアルギン様。

「……私も、そうなのだろう」

 その表情に、一瞬、切なさが帯びる。

 次に、あたしを見つめる顔は真顔になっていた。

「システィ・リンプトファート」

「はっ」

「お前の旅立ちは認めない」

 頭が真っ白になる。

 そうだ。

 私は馬鹿か。

 この可能性を考慮していなかった。

 覚悟が決まったからといって、自分の思い通りに行くなんて保証は何処にもないんだ。

 今までの人生でもそうだった。

 嫌という程味わった筈なのに。

 何故忘れていたんだろう。

「本日、午前10時にデキストロ北門に馬車を回して待て」

 アルギン様の命令に、頷けない。

 今ここで、あたしが逃げ出したらどうなるだろう。

「これは、ソラからの依頼だ。全うしろ」

 ソラからの依頼。

 つまり、あたしはソラに旅に誘って貰えなかったという事か。

「…………はい」

 辛うじて、返事の声が出る。

 そこから先の事は、よく覚えていない。



―――



「……ふぅ」

 椅子に深く腰掛け、ため息をつく。

 ”ソラに関わった者は皆変わって行く”

 私自身もそうなのだな、と改めて感じる。

 リーシェも随分と変わったものだ。

 昔は何をするにも私を頼って、厳しく接すれば一人で無理をする、難しい娘だったというのに。

 今や何をするにも「兄さん」だ。

 自律してオニマディッカに相応しい女になって欲しいのだが、あれではソラに相応しい女になって行く一方なのではないかと心配になる。

 オニマディッカをソラに任せるというのも、悪くはないが……。

 まあ、今考えたところで仕方がない。

 システィ・リンプトファート。あいつも変わった、と言うよりは、見誤っていたか。

 もっと形振り構わない奴だと思っていたが、存外に乙女だったようだ。

 その乙女たる要因はソラなのだが。

 そして、私だ。

 どうやら私は、リーシェは勿論、ソラの事もリンプトファートの事も相当に好きらしい。

 今回も、リンプトファートにはお節介をやいてしまった。

 これでもう少しソラとの距離が縮めば良いが……。

 リーシェの嫉妬癖も少々心配だ。

 ソラは……大変だな。

「ふふ」

 三人を思うと、笑みが溢れた。

 それと同時に、若干の寂しさも覚える。

 2年後に帰って来ると言う。

 その時、三人はどれ程成長しているのだろうか。

 楽しみが、一つ増えた。



―――



 旅立ちの日。

 ソラとリーシェは、デキストロ北門に向かっていた。

 何故なら、そこにシスティが待っていると知っていたからだ。

「おーい! システィー!」

 馬車の傍に佇むシスティを見つけたソラが、遠くから声を掛ける。

「…………あぁあああッ!?」

 ぼんやりとした顔で暫しソラを見つめ、自分に声を掛ける相手がソラだと分かった瞬間に、大声を出して驚くシスティ。

「な、なん、なん、なんっ!? はぁああ!?」

「……そんなに驚く事かしら?」

 リーシェが呆れたように言う。

「な、な、何でここに来るんだよ!?」

「何でって……システィも一緒に行くからだろ?」

「――っ!!?」

 さも、当たり前のように。

 ソラは、システィが旅に付いて来る事が当然だと、そう言った。

「……もしかして、アルギン様から聞いてない?」

「はあ。全く、お母様ったら……」

 困ったように笑う二人。

 システィは未だ状況が掴めていない。

「ど、どういうことだよ!?」

 ソラに詰め寄る。

「システィを護衛として旅に連れて行きたいってアルギン様に交渉して、オッケー貰ってたんだけど……まさか本人に伝えてないとは……」

「まんまとお母様のドッキリに引っ掛かったという事ですね」

 ぽかんと口を開けて唖然とするシスティ。

 だんだんと状況が飲み込めて来る中、分かった事は一つ。

 ソラはシスティを旅に誘っていたという事。

 システィはその事実を認識すると、安堵からか、涙が溢れて来た。

「そ……」

「そ?」

「ソラぁああああああ!!」

「わっ!?」

 そう叫びながら、勢い良くソラに抱きつく。

「ちょっと! 兄さんから離れなさい!」

「ソラああああ!!」

 ソラの胸に顔を埋めてわんわんと泣くシスティ。

 引き剥がそうと怒り顔のリーシェ。

 慰めながら困ったように笑うソラ。

 そこには、多少の嫉妬はあれど、とても暖かな空気が流れていた。


 システィが泣き止んだ後、馬車に荷物を積んで出発の準備をする。

 馬車の中には金貨が100枚入った袋と、システィの荷物が積んであった。

 金貨100枚、つまり100万セル。日本円に直して考えると、約一千万円だ。外貨両替の手数料を考えても、2年の旅は余裕の金額である。

 システィは屋敷に置いて来た筈の自分の荷物を見て「あのババア……」と呟いていたが、その顔は晴れやかであった。

 馬車に荷物を積み終えると、ソラとリーシェも乗り込む。

 御者はシスティだ。

「それでは、エクン王国へ向けて、出発!」

「おう!」

 ソラの号令に、上機嫌なシスティが元気良く答えた。

 リーシェも、ソラの傍に座って微笑んでいる。

 笑顔溢れる三人を乗せた馬車は、エクン王国へ向けて走り出す。

 三人の冒険が、今、始まった。


 お読み頂き有難う御座います。


 好いたお方と添や治る、ってな具合で。


 今回で、第一章は終了です。

 次回からは、第二章に突入します。

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