37 慮外な訪問者
数ヶ月前までの暑さは嘘のように消え去り、涼しい秋もあっという間、日に日に寒さを増して行く中で冬を感じる。
この世界のスクロス王国も、日本の様に四季があるのだろう。
そんな肌寒い晩秋。
ソラの研究室で、予言魔術の呪文を解読していたソラとリーシェとグリシーの三人。
そこにノックの音が響いた。
ドアに一番近いグリシーが出る。
「ソラ君、お客様がお見えだよ」
どうやらソラを訪ねて研究室まで来た人のようだ。
「ん、有難う。……誰だろう?」
ソラが研究室を出ると、そこには薄汚れた白衣の様な衣服を羽織り、無精ひげを生やしたおっさんが立っていた。
THE研究者といった風貌である。
「君がソラ・ハルノ君?」
ソラを見るなり、そう聞くおっさん。
ソラは数ヶ月前からソラ・ロイス・オニマディッカ改めソラ・ハルノと名乗り直しており、学園の生徒達にも定着しつつある。
しかしながら、それはアイドル名のようなものであって本質はオニマディッカ公爵家の人間なのだろう、と思っている者が大半だ。
「ええ。僕がソラ・ハルノで間違いありませんが……」
ソラがそう答えると、おっさんは笑顔を見せる。
「そうか!! 君の論文読んだよ! 尊敬している! 握手させてくれ!」
少し興奮気味に握手を求めるおっさん。
渋々応えるソラ。
過去にソラ達3人が解明できた魔術理論の氷山の一角を論文として提出した物が、このおっさんの目に触れたのだろう。
「君が随分と持て囃されているからどんなもんかと思って読んでみたんだが、いやぁ、評価されるだけあるな!」
「は、はぁ……」
おっさんは、何故か上から目線で褒める。
ソラは苦笑いするしかない。
「おっと、失礼。俺はガリゼ・シータテーンという。この学園で魔術研究をやっている者だ」
おっさん改めガリゼは、やはり研究者であった。
「それでなぁ、いきなり本題だが……君、研究結果を秘匿してない?」
心臓が大きく脈打つ。
ソラの背筋に冷たいものが走った。
「そ、それは……」
ソラは、研究結果を秘匿する事が実はこの世界では違法行為であって、それがバレてしまったのではないかと瞬時に考えつく。
正直に話してしまおうかと悩んでいると、ガリゼは試すように笑いながら言う。
「はは、別に公に追求しようってわけじゃない。ただ単に、君の研究に俺自身の興味が抑えきれなかっただけの話だ」
実際のところ秘匿が違法かどうかは分からないまま、ガリゼは話を続けた。
「で! ……見せてくれない? そして出来れば君の研究に協力したい。礼は必ずするって約束するからさ、ね? ね?」
そう言ってソラに詰め寄るガリゼ。
ソラは悩む。
このガリゼという研究者風の男を信用して良いものかどうか。
答えはNOだ。
「その……すみませんが、特に隠している事は一切無いです」
嘘で拒む。
それを聞いたガリゼは、アプローチの方法を変える。
「なるほど、そう易々と見せられる内容じゃないってわけね。益々興味が沸くなぁ……」
にやりと笑うガリゼ。
一つ頷く仕草をすると、話を続けた。
「よし。じゃあ、君が隠してる事についてはもういいや。とりあえず君の研究室を見学させてくれないか?」
とても図々しい人だなと思うソラ。
「……見学くらいなら、別にいいですけど」
ソラが日本に居た頃は、研究室を見学に来る後輩も多く、自分も3回生の頃はアポ無しの研究室見学巡りをした覚えがあった。
幸い、今のソラの研究室では予言魔術の呪文を解読する事しか行っていないため、見られて困るものは殆ど無い。
「本当? 言ってみるもんだなぁ」
ガリゼは意外な表情を見せつつも、嬉しそうに笑った。
「どうぞ、お入りください」
「失礼するよ」
そんなこんなで、ガリゼを研究室内へと招き入れたソラ。
まさかこの小汚いおっさんが、予言魔術の発展の切っ掛けになるとは、誰も予想していなかった。
「こちら、ガリゼ・シータテーンさん。僕たちと同じ魔術研究者で、今日は見学にいらっしゃいました」
ソラはリーシェとグリシーにガリゼを紹介する。
ガリゼはぽりぽりと頭を掻きながら辺りを見渡していた。
リーシェとグリシーは、一言で表すと「何だこいつ」という表情を浮かべている。
すると、ガリゼが唐突に口を開いた。
「君、それは何?」
それ、とはリーシェの目の前に広げられている大きな予言魔術の巻物。
公爵家のご令嬢を君呼ばわりするあたり、身分とは程遠い世界の人なのか、それともリーシェを誰だか知らないのだろうか。
「……ユニーク魔術の巻物、ですけれど」
普段からジト目のリーシェが、その目を更に鋭くさせて睨みながら、あえて予言魔術とは言わずユニーク魔術と答えた。
「へぇ~」
ガリゼはその睨みに全く動じずに、巻物に目を落とすと、暫し見入った。
ガリゼが巻物を見始めて、かれこれ10分が経とうかという時。
彼はぽつりと呟いた。
「これ、ネガロのとこで見た事あるっぽいんだよなぁ……」
それを聞き逃さなかったソラは、即座に質問する。
「ネガロ……ですか?」
「ああ、俺の友人にネガロ・ルッコって奴がいてな。同じく魔術研究者のエルフなんだが、そいつのラボでこんな感じの呪文を見た事ある気がしたんだよ」
エルフと聞いて、ソラの期待が高まる。
この予言魔術を扱うエニマ・トゥルグもエルフであったからだ。
ここ数ヶ月、図書館にある文献を出来る限り漁り、前に暮らしていたログハウスに戻って色々漁り、と様々な事をしたが、役に立つ情報は得られていない。
ここに来てこんな意外な所から新たな手掛かりが現れるとは、考えてもいなかった。
「ネガロさんは、どんな研究をしている人ですか?」
ソラは期待を込めてそう聞いた。
ガリゼは答える。
「あー、あいつは確か、魔術の呪文化について研究してたな。…………おお!」
大当たりであった。
「ネガロのラボはエクン王国にある。今は何やってっか分かんないけど、多分呪文に関してはあいつが誰より詳しいと思うよ」
そう話すガリゼは、何故だか突然に上機嫌だ。
「なるほど。教えて頂いて、有難う御座います」
ソラは変に思いながらも、感謝の言葉を述べた。
「へっへへ、ソラ君よぉー。これで考えちゃくれない? さっき言った事をさぁ」
妙に嬉しそうな理由はそれか、と得心が行く。
「そうですね……僕がネガロさんの所で手掛かりを見つけて、その後に野暮用を片付けて、帰ってきてからなら、考えてあげなくもないです」
「そりゃ……何年後だ?」
「今から約2年後ですね」
「……しゃーない、待つよ。待ってる事で俺を信用してくれるってんなら、安いもんだ」
安いもんで信用してくれ、とは可笑しな要求だが、ガリゼが飄逸な人柄だからだろうか、ソラは不思議と嫌な感じはしなかった。
「じゃ、今日のところはこれで。2年後宜しく」
あっさりと、そう言うガリゼ。
クールに去って行った。
ガリゼが帰った後、ずっと傍観していた二人が口を開いた。
「……兄さん、私も付いて行きます」
ソラが旅立つ事を知ったリーシェは、早いもの勝ちとばかりに宣言する。
それを聞いたグリシーも、同じく口を開く。
「僕も一緒に行かせて欲しいな、ソラ君」
ギロリと睨むリーシェ。
何ヶ月経とうがこの二人の仲は悪いままである。
「貴方は、研究室のお留守番をしていたらいいわ」
「君こそ残りなよ。女の子に旅は厳しいんじゃないかな?」
「あら。私は貴方より強いけれど?」
「魔術はね。旅は体力さ」
「……試してみるかしら?」
「…………遠慮しておくよ」
今日はリーシェの勝ちのようだ。
リーシェは格闘技も強いのだろうか。
あのオニマディッカの侍女達がリーシェの幼少期から仕込んでいたとすれば、相当であろう。
「書記の貴方はお留守番がお似合いだわ。私は助手であり何より義妹でありますから、兄さんに付いて行くのに適任よ」
「……くっ」
悔しそうなグリシー。
「グリシー……その、悪いけど、お留守番を宜しく」
ソラからの追い討ち。
グリシー・メティオ――再起不能!
「お詫びにとっておきの資料を置いていくから、僕たちの居ない間に見ると良い事あると思うよ」
――復活!
「とっておきの資料かぁ、ワクワクしちゃうね」
一気に回復したグリシーはむしろ嬉々としていた。
リーシェはとっておきの資料と聞いて少し羨ましそうだ。
ソラの言う資料とは、小学校の理科の教科書のようなものを予定している。
グリシーにとってはバイブルになり得る貴重品である。
「リーシェは旅先でも助手を宜しくね」
「はい、兄さん」
こうして、エクン王国を目指す旅が決定した。
予言魔術研究の手掛かりになり得る人物、ネガロ・ルッコを訪ねてエクン王国へ。
そして約2年後、予言が指し示した”エクン王国北の森の川のほとり”に現れる来訪者とは一体誰なのか。
ソラ達の冒険が、始まる。
お読み頂き有難う御座います。
「次回は予言魔術の謎について」と約束したな……あれは嘘だ。
次回はシスティです。




