36 修行
「ここが演習場だ。兵士達には既に伝えてある。ここから奥の範囲ならば、自由に使っていいぞ」
昼食後。
ソラはアルギンに案内されて、演習場へと訪れていた。
「はい、分かりました」
「何か要望があったら、そこらの兵士に言うといい。それではな」
案内を終えて去るアルギン。
事後処理で忙しいのだろう。
ソラは辺りを見渡す。
演習場は、東京ドーム5個分もあろうかという広さの、森の中の開けた場所であった。
「…………広っ」
敷地内には兵士達の駐屯地もあり、訓練をしている兵士もぽつぽつと見受けられた。
「よし。僕も頑張ろう」
ソラは今回の襲撃の件で、一つ後悔をしていた。
それは、自分の戦闘能力の向上について、今まで大した努力をしていなかった事である。
魔術理論の解明が最も大切だと信じ突き進んで来たが、先を見据えるあまりに身の回りがお留守になっていた事を実感した。
つまり、この演習場を要求した理由は、ソラ自身の修行。
攻撃方法と防御方法の模索の為であった。
ソラは考える。
今後、この世界を生きていく上で様々な敵に出会う事だろう。
それは魔物であったり、人間であったり。
もしかすると、エルフや獣人族、魔族の様な他種族の人々とも渡り合う事があるかもしれない。
そうなれば、敵の力は未知。
今回は感電させるという方法が通用したが、それが効かない敵が中にはいるかもしれないのだ。
そう言った意味では、攻撃方法は多ければ多い方が良い。
また、強固な防御方法も欲しいところだ。
現状では、体内魔力をエネルギー化することで、半径3メートル以内においては完全に掌握できると言っても過言ではない。
だが、それが通用しない敵が現れないとは限らない。
防御方法についても一考の価値があるとソラは考えた。
そして、もう一つ重要だと考えている事が、”索敵”である。
魔術祭の帰り道に不意を襲われた際、索敵の重要性を身に染みて理解した。
現代日本でさえ、夜道は背後に気をつけるべきなのだから、この世界では尚更だろう。
とは言えヨハネスブルクの夜道よりはマシかもしれない、と思い独り苦笑いを浮かべるソラ。
当面の課題に、攻撃方法・防御方法・索敵の3つを上げて、修行を開始するのであった。
「おい、あれ」
「ソラ……様、だっけ?」
「おう。何やってんだろう」
「さっきから全然動かねーな」
「何でも凄腕の魔術師らしいぞ。今回の一戦で一番の功績者だそうだ」
「マジかよ」
「一人で500人近い兵士をぶっ殺したらしいぜ」
「はぁ!? それってもう宮廷魔術師軽く超えてるだろ」
「事実だとしたらアルギン様より強いんじゃねーの」
「おい、誰かに聞かれてたらどうすんだよお前ら。オラ、訓練訓練」
「うーっす」
「だりー」
ソラから100メートル以上離れた場所で交わされた数人の兵士達の会話。
本来ならば他の誰にも聞かれる事の無いこの会話だが、一人だけこの会話の内容を聞いていた人物がいる。
それは、当のソラであった。
「……成功、かな?」
ソラは集音のイメージを体内魔力に張り巡らせる事で、かなり遠くの音でも感じ取れるようになった。
原理は不明。
おそらくは、体から溢れ出ている半径3メートルの体内魔力が全方向へ集音器のように働いているのだろうと予測する。
「トレーニングして行けば実用化できそうだ」
これにはまだ維持に集中力が必要であり、歩きながら自然に出来るレベルになるまでトレーニングを重ねなければ実用化は厳しい。
修行して行く中で実用化まで漕ぎ着けられれば、晴れて索敵の課題はクリアだ。
「……うーん、それにしてもなぁ。いくら集音したからってこんなに精度良く聞き取れるのか……?」
適当にイメージしたら出来てしまったため、現状多くの疑問がある。
「もしかして、身体強化の様な現象が起きてたり……?」
場合によっては実験して解明する必要がありそうだ、と考えるソラ。
もしそれが本当だとしたら、新たな攻撃・防御方法に繋がる可能性がある。
ソラは今まで自分自身の事に対して少し無頓着な生活を送って来たが、今回の一件でそれは間違いだったと思い直した。
自分の力を良く理解している事は、戦場においてかなり重要な事であると実感したのだ。
自分に何が出来るのか、今後は攻防の模索と共に知っていく必要があるだろう。
手札は多い方が良い。
いざという時に切れるカードを増やす事が、冒険をする上で有利であるとソラは考えた。
冒険とは、2年3ヶ月後。
予言の巻物に記された場所、エクン王国を目指して。
ソラはこの期を利用して、その旅の準備を始めることにしたのだ。
「修行もそうだけど、予言魔術も何とかしないとなぁ……」
冒険に思いを馳せていると、その事を思い出したソラ。
今後の生活の要事は、”教養の学習・自身の修行・予言魔術の研究”の3つだと決める。
ぱん、と両頬を叩いて気合を入れると、修行を再開した。
結局その日は、日が暮れるまで修行をしていたのであった。
――――――
襲撃事件から数週間が経過した。
エスホ侯爵家はこの事件を切っ掛けに様々な悪事が暴かれ、解体。
オニマディッカ公爵家は、事情が事情とは言え兵を使い侵略行為をした事を咎められたのだが、同時にエスホ家の実態を暴いた功績を評価され、結果的に不問に付された。
これは偏にアルギンが証拠集めと根回しに奔走した事が大きい。
そんな中、ソラはというと、自身の決定した方針通りの生活を送っていた。
教養の授業がある日は学園へ行き授業を受けて、放課後は演習場で修行。授業の無い日は研究室で予言魔術の研究、夕方は修行である。
修行も研究も大した進捗はないが、充実した毎日を送っていた。
主立った変化としては、2週間程前から、授業日の修行にはシスティが、研究日の修行にはリーシェが同行するようになった。
システィとリーシェはそこでソラに魔術を教わっており、二人共少しずつではあるが上達の兆しが見えている。
また、ソラが最も戸惑った変化がある。
それは、学園の生徒達のソラへの態度。
魔術祭後、初めて学園に登校したソラは、その存在を発見されるや否や大勢の生徒に押し掛けられた。
押し掛けたのは、ソラの”ファン”。
魔術祭で最後の最後に大目立ちをしたソラは、オニマディッカという名前であった事もあり、一瞬で学園の全生徒にその名を轟かせたのだ。
また、ソラの持つ日本人特有の顔立ちは、この世界の人々には異国風に見える。
異国風の童顔、端正な目鼻立ち、スマートなスタイル。
ビジュアル面でも、目立つ要素は勢揃いだった。
身長は170cmと然程高く無いが、そこがまた良いのだという意見もあるらしい。
そんなこんなで、魔術祭から2日と経たないうちに、ソラは学園のアイドルと化していた。
女子間では「ソラ×グリ」や「リバーシブル・敬語攻・ノンケ受」という単語が飛び交い、男子間では「ソラ様って何か可愛くね?」という何とも怪しい会話がなされたとかなされていないとか。
目立つことを苦手とするソラにとっては、あまり喜ばしい事ではなかったが、人気が出るという事自体は素直に嬉しかった。
しかし、そんな中でも数週間過ごせば、否でも応でも適応する。
ソラとそのファン達との間には、いつしか適正の距離が保たれるようになり、互いに互を尊重する良い関係へと変貌を遂げた。
こうして日々は順調に過ぎ去り、冒険に向けての準備は着々と進んで行く。
そしてある日、その準備は突如大きな進捗を遂げるのであった。
お読み頂き有難う御座います。
そろそろ冒険編に行きたいです。
次回は、予言魔術の謎について。




