34 暴力
7/19(土)修正しました。
「ぐあっ!」
「がっ!」
待ち伏せしていた兵士達がソラのスタンガン魔術を食らい、短い悲鳴をあげて倒れる。
ソラは裏口までの間に30人以上の兵士を無力化させていた。
脳裏に不安が過る。
屋敷裏口のエントランスまで辿り着くと、10人の魔術師と100人余りの兵士がソラを待ち構えていた。
いくつかの蝋燭台は倒れ、壁の蝋燭だけが辺りを照らす薄暗いエントランス。
そこに包囲陣を組み、魔術師を先頭に距離を取ってソラの動向に最大限の注意を払っている。
そして、その奥にはダトス・ニケフーダ・エスホの姿があった。
「ほぅ! ここまで辿り着くとは……化け物だな」
ダトスは、ソラの姿を見て感心するように言った。
「だがな……貴様が幾ら化け物だとしても、もう私の勝ちは決まっているのだよ! そこで私の兵と遊んでいるがいい! ふははっ!」
そう言ってソラに背を向けると、裏口へ向かう。
「待て!!」
後ろ姿に向かって叫ぶソラ。
ダトスはその声に止まる事なく、歩み去る。
ふと、無残に破壊された扉がソラの目に入った。
よく見渡すと、内装は荒れ果てており、激戦であった事が伺える。
リーシェの姿はこの場の何処にも見当たらない。
瞬間、血の気が引いた。
頭部が冷たくなっていくのが分かる。
「第一斉射!」
魔術師隊の隊長は一瞬の隙を突き号令、ソラへ向かって火属性中級魔術【砲炎】を放ち先制した。
火炎放射器のように打ち出された10本の炎の筋がソラを襲う。
前方120度からの遠距離同時攻撃は回避不可である。
ソラは咄嗟に目の前に水の壁を作り出し【砲炎】を防ぐ。
その行動は、判断ミスであった。
水の壁と水蒸気で視界が塞がれるソラ。
前方斜め左右、小鬢の方向から、水の壁をくぐり抜けて2人の兵士が斬りかかって来た。
「――――ッ!!」
完全な不意打ち。
距離は2メートル弱。
回避不可能。
振り上げられた剣が、勢い良く振り下ろされる。
鮮血が舞った。
水の壁が崩れる。
どさり、と倒れる音が聞こえた。
「――え?」
兵士の誰かがそう口にする。
そこには、胴体で真っ二つに引きちぎられた肉塊が転がっていた。
その場にいた敵兵の誰もが愕然とし、行動を停止する。
ソラは体内魔力を瞬時にエネルギー化し、力一杯に薙ぎ払ったのである。
これが、ソラの秘策。
何が起きたのか理解できた者はいなかった。
「…………うっ……ぷ」
ソラは吐き気を催した。
それは、目の前のグロテスクな光景を見ての事でもあるが、もう一つの大きな理由がある。
手応えがあったのだ。
今、自分の手で人を殺したという明らかな事実を、改めて実感する手応えが。
「ッだ……第三斉射!!」
魔術師隊隊長がそう叫ぶと同時に、ソラへ向けて風属性上級魔術【旋風】が放たれる。
リーシェを追い込んだ強力な風魔術だ。
ソラは胃液を無理矢理に飲み込み、即座に風魔術で対抗する。
何が来ても風魔術で対抗する腹積もりであった。
風速250m/s超の風魔術。
下手をすれば屋敷そのものが崩れてしまいかねないため、魔術師の居る範囲に限定し3秒間に留めて放つ。
【旋風】は瞬時にかき消され、魔術師達とその周囲に居た兵士達は風圧で後方に倒れた。
ソラは即座に次の手段へ移る。
エントランス横の階段前に居る兵士をスタンガン魔術で無力化。
他の兵士達が風でよろめいている間に、階段を駆け上がりながら、水魔術でエントランスを床上浸水させた。
急速に一箇所に大量の水を発生させたため、激しい水流が兵士達を襲う。
そこへ、高電圧の大電流を10秒以上放つソラ。
水流に浸かっていた者の全員が感電死した。
ソラはその光景を見て、己の暴力を実感する。
”私は自衛のための暴力を、暴力とは呼ばない。知性と呼ぶ”
かの有名な黒人解放指導者マルコムXの言葉を思い出す。
今こそ、戦わなければならない。
暴力を振るう事が、この場の最善であったと、自分に言い訳をした。
「リーシェ……!」
余計なことを考えている暇はない。
直ぐに気持ちを切り替えて、思考を巡らせる。
リーシェは、亡骸が見当たらないという事は、おそらく連れ去られてしまっている。
ダトスがこの場を後にしてから2分と経過していないため、まだそれ程遠くには行っていない筈。
追うしかない。
しかし、どうやって。
何処に逃げたかさえ分からない。
そこでふと、侍女の行動を思い出した。
ソラはニ階から更に三階へと上り、風魔術で窓をぶち破る。
外を目を凝らして見渡すと、小さな光が森の中をチラチラと移動する様が見えた。
「あれかっ!!」
直線距離で300メートル程。
今から下に降りて走って追いかけたのでは追いつけない。
そもそも自分が森の中に入れば、移動する光を捉えることは出来ない。
――ひとつ。
ひとつだけ、閃いた。
だが、それは余りにも危険な、一発勝負の賭け。
「いや、やるしかない……っ!」
ソラは窓から5メートル程離れ、助走距離を準備する。
足に力を込める一瞬、葛藤がソラを苛んだ。
生じた葛藤を振り払う。
「――ッ!!」
床を蹴ると同時に体内魔力をエネルギー化、ソラの体を押し出すように動かす。
瞬時に信じられない程の加速が起き、ソラの体が浮いた。
そのまま加速し続け、高速で窓から飛び出す。
その瞬間に、自分の後方から斜め上方向に風魔術を放ち、体を吹き飛ばした。
「うおおおおおお!!!」
ソラの体は、まるで大砲に撃ち出されたかのように、上空へと放物線を描いて飛んで行った。
ソラは必死に体勢をよじり森を見下ろす。
奇跡的に、光を発見した。
追加で風魔術を放って、飛距離を稼ぐ。
そこから更に風魔術を駆使し、着地点の調整をする。
移動する光の前方辺りに着地出来るよう目算し、墜落開始。
「ひいいいい!!」
下降が始まると、死の恐怖がソラに襲いかかった。
風魔術を自分の進行方向から体に吹き掛かるように放ち続ける。
だが、思ったより勢いが収まらない。
着地まで後少し。
目の前には大きな樹木。
ソラは咄嗟に、自分の目の前に大量の水を生成した。
足を下に、顎を引いてその水へと突っ込む。
風魔術で抑えたといえど、相当な速度で着水するソラ。
フォームと入水の角度が適切だったため、着水の衝撃によるダメージは少なかった。
ソラは水と共に落下する際、木の枝に引っ掛かり、そこで降下が停止。
森の中を進んでいたダトスとその護衛の兵士、そして人質のリーシェは、天から降り注いだ大量の水によって体勢を崩した。
「なっ……何が起きた!?」
そう叫ぶダトス。
兵士の持っていた松明が消えたため、森は暗闇に包まれている。
ダトスは火属性下級魔術【小火】で辺りを照らすと、よろよろと立ち上がる近衛兵達の姿を確認した。
リーシェは手足を縛られているため、起き上がれない。
衝撃で意識を取り戻したが、反撃できる程の魔力は残っていなかった。
「周囲を警戒。リーシェを抑えておけ」
ダトスはそう命令する。
兵士達はダトスを取り囲むように陣を取り、リーシェを起き上がらせると、首筋にナイフを当てた。
ガサリ、と木の葉が音を立てる。
次の瞬間、ダトスと5人の兵士の目の前にソラが尻から落下した。
「イッ――!!」
地面がぬかるんでいたため、大したダメージではなかったが、痛いものは痛い。
ソラは尻を押さえて悶えた。
「兄さんっ!!」
リーシェが叫ぶ。
「っ……かかれッ!」
一瞬呆気にとられたダトスと兵士達だったが、好機と見るとソラを殺しにかかった。
距離にして2メートル弱。
一歩踏み出し、剣を振り下ろすだけでソラの命は無い。
だが、それは同時にソラの間合いの中でもあるという事。
エネルギー化したソラの体内魔力が力任せに振り下ろされる。
ソラへと斬りかかった4人の兵士は、目に見えない圧倒的な力によってぐしゃりと潰された。
「――――ッ!!」
ダトスと兵士、リーシェはその光景に目を見開く。
魔術とも思えない未知の力。
「はぁっ……はぁっ……」
ソラは息を荒げ、ふらりと立ち上がる。
肩で息をしているのは、尻を強打した事が原因ではない。
体内魔力のエネルギー化、これは魔術とは違い、魔力ではなく体力を消耗するのだ。
原因は不明。
推論だが、術者の体内に体力を体内魔力の運用エネルギーへと変換する機構が存在するのではないかとソラは考えている。
とにもかくにも、使えば使うほど恐ろしく疲労するのであった。
「ち、近づくな!!」
ダトスはソラの所業を見てそう叫んだが、その体は恐怖で強張り、逃げ出す一歩が動かなかった。
近付かれるのは不味い。
勝てる相手ではない。
逃げなければならないのに、足は動かない。
蛇に睨まれた蛙。
下手に動いたら殺されかねないという不安が、ダトスの行動を数秒だけ遅らせた。
「リーシェを殺されたくなければ、今その場で自害しろ!!」
この男をこのまま生かしておく事は危険過ぎると判断したダトス。
背を向けて逃げる事は恐ろしくてとても出来ない。
いくら人質がいるからといって、この化け物じみた男に不意を突かれれば対処の仕様がないだろう。
この場で仕留めるしかないと、覚悟を決めた。
ダトスは懐からナイフを取り出し、ソラへ投げつける。
ソラの2メートル手前の空中で、そのナイフは停止し、地面へと落下した。
ダトス達とソラとの距離は、4メートル程。
ダトスは、ソラの謎の力の範囲は2メートル強だと推測した。
ナイフを拾いに近付くソラ。
兵士とリーシェを連れ、ソラとの間に3メートル以上の距離をおくダトス。
「さあ! 早くしろ!」
じりじりと、更にソラから離れながら、自害を要求するダトス。
「兄さん! そんなっ……!」
リーシェの目から涙が溢れた。
ソラはナイフを拾い上げると、手に持ってじっと見つめた。
「何をしている……おい、リーシェの指の爪を剥がせ!」
ダトスは数秒も我慢できずに、そう指示を出す。
リーシェを捕まえていた近衛兵がリーシェの手を掴んだ。
「ひっ……!」
怯えるリーシェ。
痛みに耐える様に、ぎゅっと目を瞑る。
ソラは、兵士がリーシェの首にあてているナイフから後ろ手に縛られている手へと気が移る一瞬を利用し、地面を踏み込んだ。
「――ッ!!」
ただ単に、地面を踏み込んだわけではない。
同時に、エネルギー化した体内魔力で体を加速させたのである。
それは加速と言うべきか、車に撥ねられたと言うべきか、ソラの体は瞬時に前方へと吹っ飛んだ。
ソラは吹っ飛びながらも、兵士が3メートルの間合いに入るや否や、その体をエネルギー化体内魔力で押さえつける。
「なんっ!?」
兵士は指一本動かない体に恐怖を覚え、短い悲鳴を上げる。
ソラは地面にスライディングで着地すると、押さえつけていた兵士をリーシェから引き剥がし、首を捩じ切った。
その隙に、ソラの左方から【砲炎】が放たれる。
しかし、それはソラによる一陣の風魔術でかき消され、ダトスは強風に煽られて体勢を崩した。
明らかな実力差。
人質は奪還され、近衛兵はもう居ない。
「くっ……そ!!」
崩れた体勢のまま、全てを諦め、全速力で走り去るダトス。
ソラは追おうかと一瞬躊躇ったが、ダトスの前方に現れた炎に照らされ金色に輝く人物に気が付くと、安心し、リーシェを抱き起こす。
ダトスは目の前に突如現れた焔の魔女を視認すると、ガクガクと足が震え、腰が抜け、転倒した。
「ソラ……良く、やってくれた」
アルギン・ロイス・オニマディッカは、そう独りごち、悔恨する様に笑った。
「…………あ……あ」
絶望。
ダトスは3ヶ月かけて練りに練った計画に失敗し、情けなく敗走し、殺される自分を見る。
まるで走馬灯の様に。
それが彼の最期であった。
お読み頂き有難う御座います。
雌雄此処に決したり。
次回は、後日譚のようなものです。