32 僕らの戦い
7/19(土)修正しました。
オニマディッカの屋敷は、オニマディッカ公爵家領地である首都デキストロの端、学園の裏手を5分程進んだ森の奥、四方を森に囲まれた立地である。
屋敷を含む拠点と駐屯地は、万が一の交戦を考え、都市部から離れたデキストロ郊外に位置する。
また、そこから森を挟んで2キロ北西にエスホ侯爵家領地があり、都市部は更にその先であった。
アルギンが、エスホ侯爵家の拠点を攻め落としている最中。
日が沈み、夜の帳が下りた暗闇。
屋敷の敷地に点々と立つ松明が辺りを薄く照らしていた。
「敵の目的はこの屋敷である可能性があります」
ソラは屋敷のロビーにリーシェと侍女達を集めると、そう切り出す。
「それは、一体何のために?」
侍女の一人がそう疑問を口にする。
立ち位置からして、侍女長だろうか。
「分かりません。ですが、用心するに越した事は無いと思います。敵が今回のアルギン様の作戦を全て予測していたとすると、きっと何らかのカウンターを用意している筈です」
「……なるほど。では、屋敷を出て逃げるべきでしょう」
侍女長はソラの言を聞き即座に納得し、最善の手段を判断する。
「この暗闇の中を、ですか?」
「私共は周辺一帯の地形に詳しいため、敵より有利に逃げる事が出来ると思います」
「分かりました。それで行きましょう」
方針が決まると、ソラとリーシェと16人の侍女達は、急いで裏口へと向かう。
裏口の扉を開くと、前方の森を見た侍女長の動きが止まった。
「……既に、囲まれております」
幾人もの気配を察知し、険しい表情になる侍女長。
この能力や、冷静さ、判断力といい、この侍女長が只者ではないと感じるソラ。
裏口の扉を固く閉ざすと、ロビーへと引き返した。
「最早逃亡は不可能と存じます」
「…………籠城しましょう」
ソラはそう提案する。
蝋燭の灯に照らされた侍女長の頬を一筋の汗が伝った。
「……ええ。厳しいですが、籠城しアルギン様のご帰還を待つしかないでしょう。リン、2階から偵察をお願い」
「はい」
侍女長は部下にそう指示を出す。
「リーシェ様、ソラ様。危険ですので2階に……」
「いえ、そういうのはやめて下さい。僕らこそが戦力の要でしょう。共に戦います」
敵戦力がどれほどか分からないが、たった16人の侍女にやられる程やわな奇襲は仕掛けて来ないだろう。
リーシェとソラを守るのが侍女長のこの場の役目とて、2人に戦わせずに切り抜ける自身はなかった。
「……分かりました。ソラ様は正面玄関を、リーシェ様は裏口を、私共は側面からの侵入に対処します」
配置が決まる。
すると、侍女の一人が二階から駆け下りて来ながら、叫ぶように報告した。
「――侍女長! 敵勢は少なくとも500以上! 四方の森に潜伏、正面には本隊と思われる300以上の兵士が距離500メートルまで接近中!」
「なっ――!」
絶句する一同。
敵勢が余りにも多すぎる。
「皆、弓と剣を取って配置に!」
侍女長の号令に侍女達が駆け出す。
「兄さん……どうか無事でっ!」
「リーシェも。幸運を祈る」
リーシェとソラも一言を交わすと、急いで配置へと走る。
籠城戦が始まった。
ソラは考えていた。
その内容は3つ。
1つ、敵の目的は何か。
2つ、敵を鎮圧する有効な方法は何か。
3つ、敵を躊躇なく殺せるかどうか。
「3つ目は……まあ、やるしかないよな」
”知人の死と他人の死、どちらかを選択しなくてはいけなくなったら、私は迷わず他人の死を選ぶ”
日本に居た頃に読んだ小説の一つのフレーズを思い出す。
誰だってそうだろう、と当時のソラは軽く考えた。
今はどうだろうか。
考えるだけ無駄だ。
やるしかない。
では、どうやって。
「電撃、水、風くらいか。熱と火は屋敷が危ないな。……後は”アレ”か」
アレとは、ソラの秘策。
3ヶ月の間、ソラはただ魔術理論の研究だけをしていたわけではない。
システィとの特訓がてら、自分から溢れ出ている体内魔力の運用について実験と訓練を重ね、実用化させていたのである。
ソラがかつて体内魔力を推進力として岩を持ち上げ振り回した様に、体内魔力をエネルギーとして利用する方法。
これにはまだまだ不明な点が数多くあるが、ソラなりに特性を掴み十分に運用できるまでになっていた。
「敵の目的は……駄目だ。全然分からん」
焦っているのか、考えが纏まらないソラ。
数百の兵の足音が近づいて来るのが分かる。
もう200メートルも無いだろう。
屋敷の正面は窓が無く、入り口は目の前の大きな扉ひとつである。
ソラは咄嗟に、正面の扉を魔術を使い鉄で補強した。
長期の戦闘を考え魔力を消費し過ぎない様に、単純かつ少量で効果の出るであろう補強を施す。
目視できる場所にしか物質を生成できないため、エネルギー化させた体内魔力を使って簡易的に作業を行う。
幅3メートル、高さ4メートル程の大きな木製の扉は、鉄線によって網目状に補強され、外壁との間は即席の補強金具を埋め込む事によって強く固定された。
「裏口にもするべきだったな」
相当量の魔力を注ぎ込み屋敷の全面を補強すれば、アルギンの帰還まで持ちこたえる事は容易い筈である。
だが、もう時間がなかった。
判断が遅れたと言ってもいい。
補強を終えた直後、扉に丸太を叩きつける様な大きな音が鳴り響いた。
ドシン、ドシンと、勢いをつけて何回も扉に叩き付けられる。
その度、揺れるように軋み、扉はメリメリと嫌な音を立てて壊れていく。
5回目の衝撃で、ソラの施した補強金具がいくつか弾け飛んだ。
後数回で正面の扉は破れるだろう。
ソラは扉から10メートルほど離れた広い玄関の中心に立って居た。
「リーシェや侍女さん達は大丈夫か……?」
位置的に、リーシェも侍女の姿も見えない。
補強金具をつけたにも関わらず破られそうな扉を前に、他方への不安が増すソラ。
6回目の衝撃。
扉の木造部分が裂け、留め具の大半が破損する。
おそらく、次は耐えられない。
ソラは魔術の準備をした。
それは、大量の水。
扉の前に馬鹿でかい水の球を作り出す。
7回目の衝撃。
同時に、ソラは大量の水を前方へ勢いよく押し出した。
間髪入れず、扉の外側へと莫大な量の水を生成し放つ。
1000トンを超える水が鉄砲水のように押し寄せ、放射状に広がり、その場にいた200を超える敵兵をなぎ倒して行く。
ソラは休まず追撃する。
玄関脇の階段に飛び乗ると、水の流れる地面に高電圧の大電流を放った。
感電しない可能性を減らすため、出来るだけ長時間行う。
濁流に飲み込まれた200人の兵士達は、声を出す暇もなく感電し、沈黙した。
30秒に満たない出来事であった。
「ば、馬鹿なッ!!」
正面本隊最後列に居たダトスは、驚愕に目を見開いた。
異常に頑丈な木製扉のせいで予定より正面の突入が遅れ、正門前に多くの兵が溜まっていたため水属性魔術の被害を大きく受けてしまった。
それだけならば、隊列の立て直しは問題ない。
だが、水に押し流された200人の兵士達は、起き上がらなかったのである。
「何が起きた!?」
電気の概念を知らないダトスは混乱を極めた。
突入の際に最も警戒していたものは、上級以上の広範囲魔術。
ソラとリーシェの実力ならば、強力な魔術での対抗は十分に予想できた。
今回の水属性魔術も、予想より遥かに強力ではあったが、ぎりぎり想定の範囲内である。
しかし、何故兵が起き上がらないのか。
”感電”というたった一つの知識がダトスには無かったため、予想外の事態に陥った。
一瞬にして200以上の兵を失ったダトスは、即座に作戦を練り直す。
アルギンの帰還まで、最低でもまだ20分の猶予。
正面の守りはソラ。
左右に100、裏に200、正面後方には残り100の兵。
うち、裏に10人の魔術師隊、正面に30人の弓隊。
この奇襲の目的を考えれば――
「正面入り口に突撃・牽制! 弓隊は狙撃せよ! とにかく時間を稼げ!」
そう号令し、ダトスは屋敷の裏へと馬を走らせた。
絶対に失敗するわけには行かない。
3ヶ月の時間をかけて計画を練り、家族を囮にしてまでダトスは何を目指すのか。
待ちに待った、オニマディッカ公爵家、エスホ侯爵家両家の実権を奪取するまたとない機会。
リーシェを人質に取る事こそが、ダトスの目的であった。
9年前の事件より、アルギンがたった一人の娘であるリーシェをどれだけ大切に思っているかは推察できた。
リーシェを人質にさえ出来れば、アルギンが手出しをすることは不可能と読んだのである。
不確定要素のソラも数百の兵士を相手では勝てるわけが無いと予測していた。
仮に抵抗を受けたとしても、リーシェの人質という保険を用意すればいい。
アルギンとソラ、そして父親である当主ボリゴを消し、証拠を隠滅する。
先に手を出したのはアルギンの方である事から、大義名分もある。
多少疑われようが、証拠がなければ意味がない。
計画は完全に練り上げられていた。
分の良い賭け。
失敗は許されない。
ソラの居る正面を捨て、裏口を集中突破する。
ここでリーシェを人質に取る事が出来れば、重畳である。
ダトスは裏口に到着すると、ニヤリと口の端を歪め笑った。
その目に映った光景は、破壊された裏口の扉と、そこへ突入して行く200人の兵士達の姿であった。
お読み頂き有難う御座います。
リーシェの運命や如何に。




