31 哀炎牢獄
※今回は残酷な描写が含まれます。苦手な方は適当に読み飛ばして下さい。
アルギンは1000余りの兵を率いて、エスホ侯爵領の拠点へと歩を進めた。
その行軍の中で、システィはアルギンの隣という騎士団長ですら許されない場所に居た。
普段ならば緊張でカチンコチンになる筈のシスティだが、今回は違う。
9年間憎み続けてきた仇敵との決戦。
様々な感情が折り重なって、システィを奮い立たせる。
武者震い、荒い息、血走る眼光を隠そうともしなかった。
「憎いか」
アルギンが問う。
「勿論」
システィは敬語すら忘れ、そう答えた。
「……私もだ」
表面上は平淡なアルギンだが、馬の手綱を持つ手はきつく握り締められている。
アルギンは冷静さを欠いていた。
オニマディッカの屋敷には、ソラとリーシェと十数名の侍女が残されるのみ。
ソラはアルギンとのやり取り以来、ずっと考えていた。
アルギンは、ソラが有能な人物だと分かれば消しに来ると言っていたが、それはわざわざ直属の部下を使って行う程の事かと疑問に思う。
ソラが敵の立場なら、適当な奴を雇い、そいつに暗殺者を雇わせ、口封じに雇った奴を消す、という行動をとる。
その方がリスクも少なく良い手段だ。
何か裏がある。
ソラはそう思えて仕方なかった。
「兄さん、何を考えているのですか?」
「あー、ちょっとね……」
ソラが屋敷の広々としたリビングルームで考え込んでいると、リーシェがそう言って訪ねて来た。
リーシェは装飾の凝った白いワンピースを着ており、さながら天使のようである。
「リーシェの私服初めて見るよ。可愛いね」
「そ、そんな……有難う御座います」
少し頬を赤くし、照れるリーシェ。
ソラは妹の機嫌を取るにはとにかく褒めるという事を日本にいた頃に学んでいたので、自然とリーシェの服を褒めてしまっていた。
「3ヶ月も一緒に居たのに、今日、しかもこんな時に初めて見るなんて変な感じだ」
そう言って笑うソラ。
「いつでも兄さんにお見せする事は出来たのですが……なかなか機会がありませんでしたね」
照れ笑いのリーシェ。
ソラはリーシェの言葉を聞いて、何かに気が付く。
「いつでも……?」
「どうかしましたか?」
――いつでも、出来た。
もし敵が早い段階でソラが有能だと気づき、いつでも消すことが出来たとしたら。
いや、むしろその方が自然だと何故気がつかなかったのか。
婚約者を名乗る者が現れた段階でいかなる手段を使ってでも調べ上げるはずである。
恐らくは、そう、実技の授業中の竜巻を消した時。あの時点で敵に警戒されていたのではないだろうか。
では何故、いつでも消すことが出来たのにあえて今日を選んだ?
何故、直属の部下を使った?
もしも、敵がアルギンの罠に気が付いていたのなら――
「――ッ!」
全ては、罠。
敵は罠に掛かったと見せかけて、逆にこちらを罠にハメていたのだ。
敵の本当の狙いは、今、アルギンと兵の居ないこの瞬間、この屋敷を攻め落とす事。
「リーシェ。屋敷にいる全員、ロビーに集めて欲しい」
ソラはそう言って立ち上がると、制服のシャツの腕を捲りながら、ロビーへ移動する。
ダトス・ニケフーダ・エスホ率いる1000近い軍勢は、すぐそこまで迫っていた。
「全軍、突撃!」
アルギンの号令が響く。
エスホ侯爵家の拠点に到着したアルギンは、闇に紛れ奇襲を仕掛けた。
直前に感知したエスホの兵達だったが、既に遅い。
満足な準備も出来ぬままアルギンの兵に攻め落とされる。
「第一騎士隊とリンプトファートは共に来い!」
アルギンはシスティと第一騎士隊を連れ、エスホ侯爵家当主のボリゴが居ると思われる屋敷へと向かった。
「……妙だ」
アルギンは呟く。
「何故これ程手薄なのだ?」
奇襲と言えど、向こうも兵の数はそれなりに居る筈だ。
だが、兵力差は圧倒的に見える。
アルギンの兵は瞬く間に敵拠点を制圧してしまった。
「……いや、今はボリゴを討つ事が先決か」
仇敵は目前。
アルギンは馬を疾走させた。
エスホの屋敷に到着するや否や、アルギンは間髪入れず攻め込む。
馬を降り右手を屋敷へ向けると、巨大な炎が屋敷の周囲を包んだ。
それを見たシスティは息を呑む。
火属性超級魔術【獄炎】
例えるならそれは、巨大な火炎の牢獄。
蟻一匹逃れることは出来ない。
アルギンが焔の魔女と呼ばれている所以は、火属性魔術で彼女の右に出る者は唯の一人もいない事である。
「行け!」
アルギンは号令と共に、【獄炎】の正面に穴を空ける。
第一騎士隊とシスティはそこを通り屋敷へと攻め入った。
屋敷の中には近衛兵が数人おり、第一騎士隊とぶつかった。
システィはその隙に屋敷中を探し回った。
数分探し、裏口の扉が開いているのを見つける。
そこから外に出ると、逃げ道を火炎に邪魔されるボリゴとその妻と思われる女が3人、幼い子供達が5人居た。
「見つけた……ッ!」
システィは剣を構える。
「ひっ!」
ボリゴは短く悲鳴を上げ、腰を抜かし倒れた。
「ゆ、許してくれ! 何でもする!」
システィの眼光が鋭さを増す。
その目には恐ろしい殺気が宿っていた。
「……今、何でもするっつったな?」
剣が荒れ狂う炎を帯びる。
火炎斬だ。
「じゃあ、死ねよッ!!!」
システィは剣を振り上げる。
――その時。
「やめて下さいっ!!」
妻の一人がボリゴに覆い被さった。
「どうか! どうか許して下さい!」
「命だけは! どうか!」
それを皮切りに、他の妻や子供達も命乞いを始める。
ボリゴに覆い被さり、頭を下げ、涙を流す妻達。
システィの足に捕まり懇願する子供達。
「退けッ!!」
システィは子供を蹴飛ばす。
「ぁぐっ!」
地面を転がる子供。
「ああっ!」
妻の一人が子供に駆け寄った。
剣を構え直すシスティ。
妻と子供は命乞いを続けた。
システィは妻と子供を蹴り倒し、退かす。
するとまたシスティに命乞いをする。
退かすと、また命乞い。
――それは数分続いた。
それでも尚、命乞いを続けるボリゴとその家族。
「クソ!! 退けッ! 退けッ! 退けぇッ!」
半ば癇癪を起こし蹴り散らす。
システィは考えたくなかった。
ボリゴを殺すことで、この子供達が9年前の自分のように家族を失うのだと。
「何でだよ!! 何であたしはッ!!」
システィは涙を流した。
何で。
何でボリゴを斬れないのか。
これ程憎いのに、何でこの腕は動かないのか。
「ああああああッ!!」
システィは剣を投げ捨て、咆哮しながらボリゴの襟元を掴み上げ、その巨体を殴り飛ばした。
地面に叩きつけられるボリゴ。
殴ったシスティの拳はじんじんと痺れ痛んだ。
それを意に介さず、倒れ伏したボリゴの鳩尾に踵を突き入れる。
ボリゴが蹲ると、髪を掴んで引っ張り上げ、顔面に膝を入れた。
仰向けに倒れたボリゴは、鼻血を流し、前歯が何本も折れ、情けのない顔で泣いていた。
システィはボリゴのマウントをとり拳を振り下ろす。
何度も何度も振り下ろした。
「やめろ」
いつの間にか来たアルギンのその声で、システィは殴る手を止める。
ゆらりと立ち上がり後ろを見ると、ボリゴの妻の一人がシスティの剣を持ち、それをアルギンによって押さえられているところであった。
「リンプトファート……そうか」
アルギンはシスティの顔を見ると、一瞬悲しげな目をした。
ボリゴの妻から剣を取り上げ、地面へ突き刺す。
「来い」
システィはその言葉に従い、剣を取りにボリゴから離れる。
その顔は涙に濡れていた。
屋敷の周辺を包んでいた【獄炎】の炎が解かれる。
「良くやった」
アルギンはシスティへ向けてそう言うと、生きたままのボリゴを炎で焼いた。
「ぐぁ! あがっ……!」
あまりの苦しみにのたうちまわるボリゴ。
「あがああああ!!」
地面を掻き毟り、ごろごろと転がり、頭を抱え叫ぶ。
「嗚呼……」
妻と子供達は涙を流し、恐怖に震えてその光景から目を背ける。
「あ…………ぁ……」
暴れ続けたボリゴは、体をくの字に折り曲げ動かなくなると、そのまま事切れた。
こうして、エスホ侯爵家は滅ぼされた。
拘束した者の中に、長男のダトス・ニケフーダ・エスホが居ないと分かった時。
アルギンは全てを悟った。
「騎馬隊は武装を解かず、私と共に即時帰還! 他の者は隊列を乱さず、出来るだけ素早く帰還せよ!」
そう号令し、唇を噛むアルギン。
その顔には焦りが見える。
――冷静ではなかった。
何故気が付かなかった。
一筋縄で行く敵ではないと分かっていたのに。
「リーシェ、ソラ……無事でいてくれ……」
馬を疾駆させるアルギンが呟いた言葉は、風にかき消された。
お読み頂き有難う御座います。
某忍法帖アニメ風、漢字四字タイトル。
次回は、ソラとリーシェが大ピンチ。2人の活躍に期待です。




