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30 一本釣り

 閉会式が終わると、観客は散り散りに帰路についた。

 中にはリーシェやグリシーそしてソラといった大活躍の立役者を探して出待ちする者がおり、パニックを避けるためその3人は暫し学園内で待機である。

 学園職員の誘導による効果で、1時間も経つと学園内には関係者以外誰もいなくなった。

 帰宅の許可が下りた3人。

 リーシェは学園の裏手のオニマディッカの屋敷へ、グリシーは学園の横に位置する生徒寮へ、ソラは林道を行った先の住宅街にある寮という名の一軒家へと家路についた。

 時間は日暮れ。

 ソラは林道を5分程歩かなければ住宅街に着かないため、徐々に薄暗くなる林道をひた歩く。

 ――――林道深く、完全に日没した時にそれはやって来た。

 ジャリ、と足音がソラの背後で鳴る。

 気が付いた時には既に遅かった。

 ソラが即座に振り返ると、そこには剣を振りかぶる覆面の男が一人。

 全てがスローモーションに動く。

 ソラは0.2秒遅れて反応し、スタンガン魔術を使おうかと考えた瞬間、何もかもが遅いと悟った。

 もう剣は数十センチ手前まで迫っていたのである。

 躱すことは不可能、魔術での対抗も一手遅い。

 為す術がなかった。

 完全に油断していた。

 命を狙われる事を最大限考慮し、魔術理論の研究に現を抜かす事なく、自衛力として攻撃・防御魔術の発展と索敵方法や暗視等の模索を行うべきだったと反省した。

 やはり心のどこかに地球人、日本人であった頃の甘えや油断が残っていたのだろう。

 ソラは剣に切り裂かれるまでの間の一瞬、走馬灯のように自分の反省点を羅列した。

 ギィイン――と甲高い音が鳴る。

 振り下ろされていた覆面の男の剣は、横からぶつけられた剣撃により弾かれた。

「ふっ!」

 横の林から突如現れたソラの救世主は、低く身構え足払いを掛ける。

 剣を弾かれて体制を崩していた覆面は見事にすっ転び、そこに追撃。

「ぐああああ!」

 覆面の右足が切断された。

「っ……ユーリ、さんっ!?」

 助太刀したのは、学園の女衛兵のユーリであった。

 ユーリは血に濡れた剣を払うと、ソラを振り返る。

「ソラ様、ご無事ですか」

「はい。助かりました……有難う御座います」

 ソラは動悸を押さえつけて、ユーリにお礼を言う。

「…………まだ敵が居ます」

 ユーリは林を一瞥しそう言うと、左右の林から5人ずつ、合計10人の武装した覆面が出て来た。

 剣を構えるユーリ。

「くっ……私に気が付いていたのですね」

 ユーリはソラを学園から尾行し護衛していた。

 尾行の護衛の存在に気がついていた覆面達は、一人を囮に使いユーリを引っ張り出して、10人で囲むという作戦をとったのだ。

 最初の一人でソラが死ねば万々歳、ユーリが出てくれば作戦成功。

 実に真っ当な作戦である。

 だが覆面達は一つ大きな間違いを犯してしまっていた。

 それは、ソラにその存在を目視されているという事。

 覆面が一斉に抜剣する。

 その瞬間、眩い稲妻が一閃した。

 ソラの魔術である。

 覆面達は全員痺れて動けなくなり、その場に倒れた。

「…………さ、流石で御座います」

 慄きながら呟くユーリ。

 恐らくそれなりの手練であろう覆面集団は、ソラによって瞬時に無力化された。

「あの……説明して貰っても……?」

 ソラは、何故衛兵であるユーリがここにいて助けてくれたのか、何故ソラが狙われていることを知っていた様なのか、疑問に思い聞く。

「はい。アルギン様に仰せつかっておりますので、屋敷までご案内致します」

 ユーリがパチリと指を鳴らすと、林から騎士の風貌をした男達が4人現れた。

 彼らもソラを尾行していたのである。

 覆面集団が囮に一人使ったように、ユーリ達護衛もユーリだけあえて気付かれるように行動させていたのだ。

 ソラがあのまま10人を倒さなくとも、2人を囲む覆面達の背後からこの4人の騎士が攻撃をし無力化していただろう。

 ソラは護衛の抜かりの無さを感じる。

 4人の騎士は覆面の男たちを縛り上げ連行した。

 ソラとユーリは来た林道を引き返し、オニマディッカの屋敷へと向かった。



 屋敷に到着すると、アルギンとリーシェが出迎えた。

 リーシェの表情は晴れやかで、目の端には涙の跡がある。

 ソラは、アルギンとリーシェが通じ合えたのだなと直感し、嬉しく思った。


「……ソラ。先ず初めに、お前に謝らせてくれ」

 屋敷の一室に案内されたソラ。

 部屋の中にはソラとアルギンの2人のみである。

 アルギンの言葉の続きをソラは待った。

「私はお前を騙し、利用した。……すまない」

 頭を下げるアルギン。

「それは……僕が襲われた事と関係があるんですよね」

 ソラは何故謝るのか、どう騙されたのか、何に利用されたのか分からないが、今回の件と関わりのあることは察することができた。

「ああ。順を追って説明しよう」

 アルギンは険しい表情をし、説明を始める。

「9年前、オニマディッカ公爵家はハンターの集団に突如襲撃された」

 それは、ソラがシスティに聞いた話と合致する内容であった。

「原因は、当時オニマディッカ家がギルドを悪用する輩の取締を強化し対応していたため、ギルドへの依頼が減り、それに困ったハンター達が起こした反逆だと、そう考えられていた。……だが、私はそうは思わなかった」

 確かに不自然な話ではある。

 取締を強化して減る依頼は違法なものであり、それが減ってもハンター達は困ることは無いのではないだろうか。

 また、文句があるのなら、先ずはギルドに言うのが筋だ。

「私はそのギルドを解体して新たに作り直し、傘下に入れ、管理を行った。その際、反逆を起こしたハンター集団は複数の何者かに雇われた可能性が浮上した」

 システィの調べた情報では、その雇った人間というのは黒幕の末端も末端、手掛かりにはならなかったらしい。

「オニマディッカの血縁者は先の事件で私とリーシェの二人だけとなったが、それであっても公爵家だ。オニマディッカ公爵家全勢力を上げて調べ上げれば直ぐに黒幕は見つかると思っていた。だが……」

 ――見つからなかった。

 ギリリと奥歯を鳴らすアルギン。

 ハンター達を雇った者達は、全員殺されていたという。

「……敵は相当に大きく、そして賢い。下手に動けば私の臣下の命も危ういと感じた」

 しかし、そんな悪党をのさばらせておくわけにはいかない。

「私はデキストロに情報網を張り巡らせて様子を伺いつつ、敵に対しての罠を考えた。……それが、ソラ。お前だ」

 ソラは自分が敵に対して何の罠になるのか、まだ分からなかった。

 それもその筈、ソラは自分の事をリーシェの兄だと思い込んでいるからである。

「私は所有している組織の全てを用いて実力者を探した。敵に対して出来るだけ脅威となるような実力者だ。そして、お前が見つかった」

 ソラは考える。

 アルギンは実力者を探していたという。

 それも、所有する組織を使って。

 ということは――

「……つまり、僕が護衛した違法商人というのは……?」

「ああ。私が仕組んだものだ」

「え、しかし、僕は依頼を自分で選んで受け――あっ」

 ソラは思い出す。

 受付のフェリルに奥へ通され魔力検査を行った後、彼女は「依頼をまとめて紹介しましょうか」と言って、自分はそれに頷いた事を。

「フェリルさんも仕掛け人だったんですか……いや、でも、僕が何か別の依頼を受けたり、依頼を受けずに帰ったら、どうするつもりだったんですか?」

「ふむ。先ず、ギルドの従業員はこの事を知らない。測定水晶の反応などで力量を図る際に事前に言い渡した基準より高かった場合、そういった対応をしろと教育してある。また、お前が別の依頼を受けようが、少々やり難くなるだけで問題はない。依頼を受けなかった場合は、理由をつけて引き止めろと行ってある」

 この口振りだと、緻密なマニュアルがこの他にも大量に用意されているのだろうとソラは予測した。

 ギルドの受付、恐ろしい職業である。

「続きを話すが……お前が騎士達と一戦交えた時。ソラの力量を見るための場だったのだが、そこでお前の底知れぬ才能を見る事ができた。そして私はどうしてもお前が欲しくなった。これ以上無い逸材だと感じた。だから、お前に罪を着せ、学園へと拘束し、オニマディッカ家へと入れたのだ」

 それを聞き納得するソラだが、同時に悩ましくもあった。

 あの契約書の内容が何なのかが未だ分からないからだ。

 それを感じ取ったアルギンは言う。

「む、あの契約書についてだが……あの内容は全くの出鱈目だ。心配する事はない」

 少し安心するソラ。

 しかしアルギンの言う事が本当かどうかは分からない。

 アルギンは話を続ける。

「……オニマディッカの実権を握るのに一番有効で正当な手段は、リーシェと結婚することだ。それを目論む貴族は少なくない。敵が貴族であり、その中にいることはまず間違いないと推理した。……そこで、お前を矢面に立たせ囮に使った」

 ソラは囮と聞いて、いまいち想像がつかなかった。

 実際覆面の集団に襲われたが、それが何の囮になったのか。

 敵が何故自分を襲ったのかがまだ分からない。

「お前がソラ・ロイス・オニマディッカを正式に名乗る存在という情報を学園中に流した。貴族の集まるこの学園だ、勿論敵の耳にも入るだろう。それによって、お前は敵に”リーシェの婚約者”と誤解された筈だ」

 合点がいくソラ。

 実技授業中の竜巻事件後から妙に視線を感じた原因はそれも関係していたのだと察した。

「私は、敵はリーシェを狙いつつこちらの動向を伺うだろう、と予想していた。事実そうなった。一応お前にもリーシェにも護衛はつけていたがな。そして、最終的に私はお前を魔術祭で大々的に目立たせる予定でいた」

 婚約者が邪魔だから殺しに来るはずだと踏んでいたのか、と理解していたソラだが、何故魔術祭で目立たせる必要があったのか分からない。

「お前が有能な人間だと分かれば、ましてや大勢の貴族の前で大々的にそれが分かれば、敵はお前を消しに来る事は分かっていた。……だが、これ程早いとはな」

 納得である。

 多くの貴族に認められた実力者がリーシェの婚約者だと発表されるのは、敵にとってあまり嬉しくない展開なのだ。

 芽を摘むという考え。

 正当な手段を奪われれば、凶行に走るよりなかったのだろう。

 ――しかし、何故だろうか。

 何か違和感が残る――。

 ソラがそう考えていると、部屋のドアがノックされる。

「何だ」

「捕えた者が情報を喋りました」

「入れ」

 アルギンが許可すると、一人の侍女が一礼し入室した。

 侍女は姿勢を正すと、淡々と話す。

「捕らえた者11名に拷問し、うち4人が絶命、7人がダトス・ニケフーダ・エスホの部下だと言い、内容が一致しています」

 その言葉を聞いたアルギンは、口を半月に歪ませ満面の笑みを見せた。

「良くやった。全員出陣の準備をさせておけ」

「畏まりました」

 侍女はまた綺麗な一礼すると、退室した。

 拷問、絶命と聞いて震え上がるソラ。

 しかし、今、自分はそういう世界に居るのだと、無理矢理に自分を納得させる。

「ソラ、お前のお陰だ。感謝する。……また、改めて謝る。すまなかった」

 そう礼を述べ、謝るアルギン。

 ソラは急場だからか、多少の憤りはあれど、騙されたことも利用されたこともアルギンに対して文句は言わなかった。

 実際、その見返りと言ってはおかしいが、学費を免除されこの3ヶ月を悠々自適に過ごせたのであると考え、むしろ、自分が知らぬ間に一役買わされていたお陰で、オニマディッカ家の、そしてシスティの仇敵を炙り出せたという事を喜ぶ程だった。

 だが、事が終わった後で思い出し、根に持ってアルギンに色々と要求する事請け合いである。

 ソラはそういう性格であった。

「お役に立てたのなら幸いですが……質問してもいいですか?」

「ああ。何でも答えよう」

「では、この後どうするおつもりか聞かせて下さい」

「敵がエスホ家と分かった以上、向こうに感付かれないうちにエスホ侯爵領地の拠点へと攻め込む」

 エスホ侯爵家領地はデキストロから2キロ東北に位置する。

 その中でもエスホの屋敷を襲撃し、当主のボリゴを捕らえるという事だろう。

 敵がソラを襲ってから1時間程しか経過していない今、奇襲をかけるのは有効かもしれないとソラも考える。

「なるほど……一つ、お願いを聞いて頂けませんか?」

「出来る範囲ならば応えよう」

「9年前の事件――両親の仇をとらせてあげたい人が一人居るのです。腕利きのハンターです。同行させることは出来ないでしょうか」

 それがシスティの為になるかどうか、ソラには分からない。

 だが、9年間復讐のために辛く苦しいハンター生活を耐え抜いた彼女の怒りや悲しみをぶつける機会が消えてしまってもいいとは思えなかった。

 アルギンはソラの言葉を聞いて、難しい顔をする。

「……奇襲とはいえ、総力戦が予想される。そいつは耐えられると思うか?」

「彼女はダイアウルフ3匹程度なら軽くあしらえます」

「ふっ、良い戦力だ。使わせて貰う」

 ソラはシスティの家の場所を知らせると、アルギンは馬を出し侍女に迎えに行かせた。


 夜色が闇に淀む頃。

 遂に決戦の火蓋が切られた。


 お読み頂き有難う御座います。


 急場と言えど、餌にされて喜ぶソラ……ドM?


 次回は、戦です。

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