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03 自衛力

 世界間移動の翌日。

 一晩経つと、空の中にはある種の諦念のようなものが湧く。

 この世界で生きていかなければならない、生き残らなければならないという決意が生まれたのだった。


 朝。

 起床した空は、朝食を用意するエニマを見て手伝い、準備が終わると2人とも席に着いた。

「頂きます」

 空は長年の習慣でそう言うと、エニマは空を一瞥し、食べ始めた。

 朝食は謎の豆のペーストと謎の肉の塩漬けを焼いたものだ。日本の食事に慣れ親しんだ空には酷い味に感じた。

 火はかまどを利用していたが、空は火をつけるとろこを見ていなかったので、おそらく何処かに種火があるのだと予想する。

「あの、エニマさん。お願いがあるのですが……」

 食事が終わると、空はエニマにこう言って切り出した。

「ふむ、大抵のことは聞いてやろう。何じゃ」

 エニマはにやりと笑ってそう言う。

「この世界の文字を教えて欲しいんです」

 空は昨晩からずっと考えていたことを言った。

 先ずは文字を覚え、本を読み、とにかく情報を得なければならないと思ったのだ。

「相分かった。確かそういった本を持っていた気が……」

「本当ですか、有難う御座います」

「うむ……おお、これじゃ。ほれ、読むと良い」

 エニマは本棚から古ぼけた本を出すと、空の前に広げた。

「これが、母音といって、順にあ、い、う……」

 一つずつ指でたどりながら、エニマは丁寧に教えてくれた。

 空は慌てて本へと目を凝らし集中する。

 そうして、その日はずっと文字を教わって一日が終わった。



 数週間が経過した。

 ログハウスでの暮らしは日本と比べると不便極まりなかったが、空は段々と慣れつつあった。

 空の1日は食事から始まる。

 いくら慣れたといっても、この食事だけは慣れることはなかったが、他に食べるものも無かった。

 最近は要領を得た空が食事の準備や薪の用意など、家の事を率先して行っていた。


 食事が終わると、昼食まで言語の勉強だ。

 空が分からない単語があれば、後でエニマに質問する。

 だが、最近はそれはもうほぼ無いと言う状況にまで、空の言語レベルは達していた。

 エニマは本を沢山持っていた。

 空は様々な本を読み、様々な知識を得た。

 気になっていたエルフの生態についてや、魔力という存在について、言葉が何故通じるかなどもなんとなく理解した。

 今は、この世界の歴史や国に関する本を読んでいる。

 この世界には印刷の技術が無い為、存在する本は手書きや筆写が主であった。

 エニマから筆記具を貰ったため、適宜疑問に思った物を羊皮紙に細かく書き込み整理する。

 昼食を取ると夕食まで勉強し、夕食を取ると眠くなるまで火のあかりで勉強した。

 元は勤勉な大学生だった空は、学習環境さえあれば何処までも貪欲に勉強するのだった。


 床につくと、空は考える。

 この世界はあまりにも地球と違う。

 この世界の現状を学んだ今、日本で豊かな暮らしをしていた自分の感覚でいてはいけないということを自覚した。

 先ず、エニマと別れた後のことを考えなければならない。

 この世界では自分の身は自分で守るというのが当たり前で、安全は何一つ保証されていない。

 大きな街を少しでも出ると、殺しや略奪が横行しているようだ。

 また、読んだ本の中に興味深い事が書かれてあった。

 それは”魔物”だ。

 自然の中に多く生息し、人を襲うという。

 国の政治においても、魔物への対策は重要課題のようだ。

 空は、自衛力を手に入れるのが何よりも先決だと思った。

 自衛力を手に入れるにはどうすべきか。これは空の中ではもう既に答えが出ていた。

 魔術を習得しよう、と。

 そう決意した空は、静かに寝息を立て始めた。


 翌朝。

 空は朝食を食べた後、エニマに自由にして良いと言われていた本棚から一冊の本を取り出した。

 その本とは『基本魔術概論』というタイトルの分厚い本である。

 とりあえず開いて目次を見る。

 空はどんな本でも目次から目を通す。

 この基本魔術概論も目次から目を通したのだが、ここで少し違和感を覚えた。

 予め魔法の知識はある程度学んでいたので、基本属性が火・水・風・土の4種だということは知っていたのだが……。

「本当に4種類だけ、なのか……?」

 その目次には大きな項目が4つ、火・水・風・土とだけ分けられ、その各項目ごとに各属性の魔術についての項目が並んでいた。

 空はもっと多種多様な魔術を思い浮かべていた。例えるならば、触れずしてドアを開けたりするという様な、そういったイメージだった。

 しかしこの目次を見る限り、魔術というのは火水風土の4種しかないように思える。

「いや、”基本”魔術だからかも……」

 そう呟いて目次から次のページへ進むと、魔術を使うにあたっての準備の項目があった。

 そこには、自分に適した基本属性を知ることと、魔力量を調べることが大事と書いてあった。

 空は今すぐ魔術を使うつもりはなかったので、属性や魔力量の確認は後回しにして、言語の練習も含めてとりあえずこの本を読破しようと目標を立てた。



 空は、基本魔術概論を3日かけてようやく読み終えた。

 この基本魔術概論は本というよりは図鑑に近く、火水風土4種の下級魔術・中級魔術の解説と使い方、その理念について書かれていた。

 だが、大学で沢山の論文を読み、そして書いていた空にとっては、内容は非常にお粗末なものに感じた。

 何故ならば、基本魔術概論の作者自身がその魔術がどういった原理で発動しているかを詳細に理解しておらず、また未解明の部分が多々有り、そして何より根本的な知識が足りていないように感じた。

 その知識というのは、現代科学。

 例えば、空は火が燃える原理を理解しているが、この筆者は酸素と燃料が無ければ火が燃え続ける事はないと理解していない。それは原子論を知らず、酸素という存在を知らないことに起因する。

 この世界の知識レベルは、極めて低いのではないかと空は思った。


 それはさて置き、空は魔術の使い方をある程度理解した。

 ところが空の中では、本当に魔術なんてあるのか、と疑わしく思っているのが現状だ。

 まあ平たく言うと、空は試してみたかった。


「エニマさん、少し庭に出ています」

 朝食後、空はエニマにそう言うと、基本魔術概論を持って外へ出た。

 ペラペラとページをめくり、火属性下級魔術の基本である【小火】について書かれてあるところを開いた。

 空は火属性下級魔術【小火】の使い方を音読する。

「指先に魔力を集中させ、そこに火をイメージする」

 空は、魔力を集中させるやり方を知らなかった。

 でもとりあえずやってみようと思い、右手の人差し指を前に突き出して、そこに火をイメージした。

 ボッという音と共に、指先から20センチ程の火が出た。

「うわっ!!」

 本当に火が出ると思っていなかった空は慌てて手を引くと、火は直ぐに消えた。

「で、できたっ……」

 魔力を集中させはしなかったが、【小火】に成功した。

「す、凄いぞこれ……本当に魔法だ……」

 空は魔術を目の当たりにし、いたく感動した。

「……よし、どんどん試してみよう」

 空は少年のように目を輝かせ、基本魔術概論のページをめくるのだった。


 昼頃になると、空は基本魔術概論に書かれてある下級魔術を一通り試し終えた。

 その全ては、魔力を集中させることなく、イメージするだけで実現出来た。

「これで下級は全部終わったかな」

 空はイメージを切り水属性下級魔術【玉水】を解除すると、目の前に浮かんでいた野球ボール程の大きさの水の玉がその形を崩し地面に落ちて広がった。

「お昼ご飯の前に中級魔術1回だけ試してみるか……」

 空はページをめくり、火属性中級魔術【炎火】の項目を見た。

「えーっと、地面に燃え盛る火炎をイメージすると……なるほど」

 空は下級魔術を試す上で、火属性魔術を使うにあたっての注意点を身を持って理解していた。それは、体の近くで使ってはいけないということである。

 空は3メートル程離れた場所に燃え盛る火炎をイメージした。

 すると、ゴオオオオという音を立てて空の身長を越す程の巨大な炎が現れる。

「おおおっ! これはすごい!」

 空は暫くの間イメージし続け、目の前の【炎火】を眺めていた。


「ソラ君!!」

 突然、空の背後からエニマの声が掛かった。

 その声に驚いた空はイメージを切ると、大きな炎は忽然と消え去った。

 エニマは振り返る空に向かってずんずんと近づいて行く。

「ソラ君、それは独学かね!?」

 エニマは空の所まで来ると、空の両肩に手をおいて少し震えながらそう言った。

「え、ええ……この本を読んで……」

 空は正直にそう答えた。

 何かいけないことをしてしまったのか、と考える。

 エニマの見開かれていた目は、それを聞いて鋭く尖った。

「付いて来なさい!」

 エニマは空の手を強引に掴むと、ログハウスへと戻って行き、空はそれに引っ張られて付いて行くよりなかった。


 空は椅子に座らされると、エニマは向かいに座り水晶玉のような道具を机に置いた。

「これを触って、ここに魔力をイメージするのじゃ」

 エニマはそう言って水晶玉に手を置き目をつぶった。

 すると、その水晶玉の中心にもやのような濁りが生じ、消えた。

「こうじゃ。やってみなさい」

 空はエニマの気迫に押され水晶玉に手を置いた。

 目をつぶり、水晶玉の中心にとにかくパワーのようなエネルギーのようなものが集まる想像をしてみる。

「おおっ!」

 エニマから声があがったので、目を開いて水晶玉を見てみると、そこには先ほどとは打って変わって真っ白に濁った水晶玉があった。

「なっ、なんですかこれ?」

 空は恐る恐るエニマに質問した。

「これはの、魔力量と魔術を扱う力を同時に計測する道具じゃが……ううむ。儂は今までこれ程にこの水晶玉が濁った事を見たことが無い。ソラ君、お主は相当の魔力を持っているようじゃ」

「そうなんですか……」

「……よし。昼餉の後に、儂が魔術について教えてやろう。その本はもう随分と古いのじゃ。魔術の概念も時代とともに新しく考え直されるからの」

 エニマは空にそう言うと、水晶玉を棚に退かし、昼食の準備に取り掛かった。

 空は、エニマが大声を上げた理由が未だ分からずにいた。


 お読み頂き有難う御座います。


 次回は、魔術の仕組みと空の才能が明らかに!



<修正>

紙が高価だという描写を無くしました。

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