29 魔術祭 後編
「グリシー・メティオ君。グラウンドへ」
号令と共に一礼し、中心へと歩むグリシー。
グラウンドの中心から少し手前で止まると、グリシーは両手をグラウンドの中心へと向けて念じた。
土が現れる。
粘土のような艶やかな光沢のある土だ。
最下部から上へと作られ、徐々に全貌が明らかになっていく。
それはどんどんと大きくなって行き、全長5メートル程で止まった。
出来上がったのは、一つの”像”。
観客はその像を見て、あまりの美しさに息を飲んだ。
それはまるでロダンの『考える人』のような。
そこには椅子に座り考え事をする全裸の男の像が鎮座ましましていた。
その憂いを帯びた顔は観衆達に異国を感じさせる端正な目鼻立ちで、深い慈愛を孕んだ表情である。
つるつるとした表面の土がその曲線を見事に作り出し、艶かしい雰囲気を醸し出していた。
頭から足の先まで一切の妥協がない、至高の曲線美を描いた芸術的な作品。
観客からはため息にも似た歓声が起こる。
この場にいる誰もがその芸術品に見惚れていた。
――唯一人を覗いては。
「グリシー……恨むからね…………っ!」
真っ赤な顔でそう呟くのは一人の主人公。
何故なら、その像の顔はどう見てもソラだったからである。
「フッハハハハ!」
「わ、笑わないで下さいよ!」
「……くっふ、し、しかし、芸術品としては素晴らしい出来だなっ、くははっ!」
アルギンは笑いが堪えられず吹き出す。
ソラは恥ずかしさのあまり縮こまってアルギンに文句を言った。
「ふぅ……あの男もお前の研究室の人間か。全く、面白い奴だな」
一頻り笑い終えると、そう言って感心するアルギン。
「期待していてって言ってたのは、この事だったのかぁーっ」
ソラが嘆いている間に、グリシーは一礼をしてグラウンドを退場した。
「……む。技術で言えばリーシェかと思うが、芸術性で言えば今のグリシーとやらだな……」
アルギンはグリシーの採点に悩む。
というよりは、優勝者を決め兼ねているようであった。
ソラは両手を頬に当てて顔の熱を覚ましつつ、そのアルギンの呟きを聞いて、もしかして、と思う。
グリシーを恨むと言ったばかりだが、公平な審査でなければリーシェもグリシーも納得しない筈である。
「……あの、アルギン様。もしお気づきならば申し訳ないのですが、公平な審査の為に進言しても宜しいですか?」
「ふむ……ッフ、何だ? 言ってみろっ」
アルギンはソラの顔を一瞥すると、像を思い出したのか笑いをこらえつつ許可した。
グリシーは絶対に許さないと心に決めたソラであった。
「…………はい。グリシーの像は二重構造となっていて、中は堅く崩れにくい強度のある土を、表面は艷やかに光沢が出るように水分を含んだきめ細かい土を使っていることが見て取れました。これを加味して審査して頂ければと思います。べ、別にグリシーの為なんかに進言しているわけではないです。あくまで、あくまで公平な審査のために、参考にして頂ければと……それだけです」
ニヤニヤと聞いていたアルギンは、何かに納得したように頷く。
「……なるほど。お前の言う通りだとすれば、優勝者は決まったな」
アルギンは名簿に何やら書き込むと、侍女を呼び渡した。
その際に、侍女に耳打ちをする。
侍女はそれを受け取り聞き終えると、他の審査委員達に耳打ちして回った。
おそらく、先程のソラの言を伝言しているのだろう。
採点表が出揃うと、号令係が結果を読み上げる。
「土の部、結果発表です。優勝者は……1年1組の、グリシー・メティオ!」
観客から大きな歓声が上がる。
まさに接戦。
リーシェとグリシーのどちらが優勝してもおかしくなかった対決だ。
こうして魔術祭は、リーシェの火・水・風の三部門優勝と、グリシーの土の部優勝という結果で幕を閉じた。
いや、閉じる筈だった。
「これより閉会式です」
そう号令が飛ぶと、出場者達は整列しようとグラウンドに出て来る。
そこで、アルギンは立ち上がり声を発した。
「皆、少々待て。最後に一つ余興だ」
グラウンドの半分まで出てきていた出場者達は、アルギンの言葉を聞き、後退し待機場所に戻った。
何が始まるのだろう。
開会式の時のように、学園長がまた魔術を見せてくれるのだろうか。
その場の全員が、期待に胸を躍らせた。
立ち上がっていたアルギンはくるりと後ろを向くと、ソラを見つめる。
嫌な予感がするソラ。
「ソラ。前に出てお前の魔術を披露してやれ」
ほら来た、と何故か他人事のように思う。
ソラの背中から瞬時に汗が吹き出した。
「な……えっ、マジすか?」
「マジだ」
アルギンはソラの手を掴んで引っ張り立たせると、グラウンドへ向けて背中を押した。
「この者が最後に魔術を披露する!」
観客へと向けてそう宣言するアルギン。
逃げ場が無くなった。
ソラは覚悟を決めながら渋々歩き出す。
「…………マジか」
グラウンドに入ると、1000人以上の大観衆の視線をその肌に感じた。
足が竦むソラ。
「どうしよ……何すればいいんだ……?」
魔術を披露しろと言われたが、ノープランも甚だしい。
気がついたら、グラウンドの中心まで来てしまっていた。
そこには、巨大なソラの像。
ソラは少し赤面しつつも、憎きグリシーの顔を思い出す。
「ん…………よーし」
そこでふと、アイデアが浮かんだ。
観客は「あれは誰だ」「あの像に似ているな」「アルギン様の隣に座っていた」「養子か?」「像のモデルだ」「結構タイプかも」等とざわめいている。
ソラはざわめきの中、グラウンドの中心に位置する”考えるソラ像”の横で1分ほど考えていたかと思うと、ふいに歩き出し、そこから10メートル以上の距離をとった。
観客やアルギン、リーシェ、グリシーを含むその場にいた全員が、ソラが何をする気なのか、そして何をしたのか分かった者はいない。
ソラは両手を像へと向けた。
何をするのだろう――観衆がそう思った瞬間。
空中から像の脳天へと強烈な閃光が走った。
それは5メートルの像を飲み込むほどに太い稲妻の光。
大地を震わせる爆音が周辺をつんざく。
誰もが体を萎縮させ、耳を塞ぎ、目を疑った。
ソラによって生み出された雷が土でできた像を貫いた時、水分を多量に含んだ土の中を雷の電流は絶縁破壊しながら貫通し、水は瞬時にプラズマ化、蒸発。その衝撃波と膨張圧により、像は跡形もなく砕け散ったのだ。
想像を絶する光景であった。
瞬き一つの間で、大きな像を木っ端微塵に消し飛ばす雷魔術。
目撃した者全員、アルギンでさえも、戦慄と感動を覚えた。
十数秒経ち、ソラはくるりと振り返ると、観客へ向かって一礼する。
直後、堰を切ったように拍手と大歓声が巻き起こった。
わけがわからないが何だかもの凄い物を見てしまった! という興奮による盛り上がりである。
大観衆が湧き立つ中、リーシェとグリシーは口をぽかんと開けて唖然としていた。
ソラが常軌を逸していることは知っていたが、まさか雷を作り出せるとは予想もつかなかったからである。
当のソラは、グリシーへの腹いせに一発ぶっ放して気が晴れたからか、スッキリとした笑顔であった。
こうして魔術祭は大盛況で終わりを迎えた。
「……すまない、ソラ――――」
ソラが披露を終え、歓声を浴びて席へと戻って来る中。
アルギンの意味深長な呟きは、喧騒にかき消されて、誰にも聞こえることはなかった。
お読み頂き有難う御座います。
魔術祭終了です。
無茶振り回でした。
……べ別にアルギンは無茶振りを反省して呟いたわけじゃないんだから勘違いしないでよねっ
次回は、急展開です。
<追記>
次回更新は多忙のため遅れてしまいそうです。
週末迄には必ず投稿します。
申し訳ありません。




