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25 はんさようボム3

「…………」

「…………」

 睨み合う二人。

 早朝、研究室に集合した三人だが、リーシェとグリシーがどうも打ち解けられずにいた。

「……ソラ君が君と和解した事は知っていたけれど、よもやこんな事になっているとはね」

「委員長にも悪い事をしたと思っているわ」

「僕は最早それについてはどうだっていいんだよ――――何だい”兄さん”って!?」

 集合した当初は視線を合わせない程度に仲の悪い二人だったが、リーシェが空のことを「兄さん」と呼んでからグリシーの態度は一変した。

「私の兄ですから」

「そうなのかいソラ君!?」

「いや、あの……うん。多分」

 OMGといった感じで頭を抱えるグリシー。

「こんなぶっちぎりでイカれた女が妹だなんて! 同情するよソラ君……」

 カチン、という音が聞こえた。

「オカマに言われたくないわね」

「僕はバイだッ!」

「……あまり兄さんに近付かないで下さらない?」

「君こそね!!」

 公爵家の令嬢を相手に言いたい放題のグリシーである。

 空は二人の関係がまさかここまで悪化するとは思っていなかったので、どうしたもんかと考えた。

 ……考えたが、二人が打ち解けるのはあまり現実的ではないという結果に至った。

「あの、役割分担をしてもいいかな……?」

 こうなれば、スルーである。

 時間が解決してくれるのを待つしかない。

 チームワークは望めないが、致し方ないだろう。

「役割分担ですか?」

 冷めた目をしてグリシーを見ていたリーシェが空に聞き返した。

「うん。リーシェは変わらず助手として実験を手伝って欲しい。それで、グリシーなんだけど」

「僕は何をすればいいんだい?」

 リーシェに対して啀んでいた表情を戻し、空に向き直るグリシー。

「記録をやってもらおうと思う。実験の目的から過程、結果、考察の全てを紙に書いてまとめて欲しい」

「なるほど、任せてよ! そういう作業は得意なんだ」

 トンと右手で胸を叩いて、自信ありげな表情をする。

「そっか、よかった。それと、記録中に気付いた事があったら色々と意見して欲しい。OK?」

「OK!」

 ズドン、といった感じで気合を入れるグリシー。

 一抹の不安は残るが、こうして研究メンバーが揃い、本格的な研究が開始した。


 役割分担の告知を終えると、空はグリシーに前回の研究内容を解説し、紙にまとめさせた。

「ソラ君、これは凄い……にわかには信じられないよ……」

 研究レベルの高さに驚いたグリシーが色々とぶつぶつ言っていたが、それをさらっと流して話を進める。

「今日は、魔力の特性についての実験を色々としようと思う」

 空は自分の鞄から数枚の紙を取り出す。

「とどのつまり、やりたい実験を紙にまとめてきたから片っ端からやろう、ってことです」

 リーシェはげっそりとした顔をした。

 前回の研究を手伝った際、助手というポジションが意外と疲れる事に気付いていたからだ。

 グリシーは気合十分、といった風である。

 ここから昼食休憩までの間、休むことなく空の実験大好きっ子っぷりが遺憾なく発揮されるのであった。



「……驚き疲れたわ」

 学食で昼食を取りながらそう呟くリーシェはうんざりしていた。

「……不本意だけどそれについては僕も同感だ」

 やる気に溢れていたグリシーも今はぐったりとしている。

「いやー、中々に密な時間だったなぁ!」

 空だけ何故かつやつやとした表情であった。

 ――あれから数時間、三人は研究室で様々な実験を立て続けに行った。

 リーシェは測定や観察など空の補佐を付きっきりで行い、グリシーは実験の全てにおいて目的・過程・結果・考察やその他諸々の情報をまとめあげた。

 数時間ぶっ続けである。

 疲れない方がおかしい。

「午後もこの調子で行ければいいなぁ!」

 リーシェとグリシーは空のその言葉に食事を吹き出しそうになったが、何とか堪えた。

「……あの、兄さん。もう少しゆっくりとやってもいいんじゃないでしょうか?」

「そ、そうだよソラ君。年度内に成果を上げればいいんでしょ? というかもう既に十分な成果だと思うんだけど……」

 二人は不本意ながらも息を合わせて空を沈静化させる。

「え、そうかなぁ……うーん、でもなぁ……」

 必死に空を止めようとする二人。

 心理学的に共通の敵を持つと仲間意識が生まれるというが、この場合がそれに当てはまったのかどうかは定かではない。



「術者の持つ魔力を”体内魔力”、空気中にある魔力を”体外魔力”。あの本に倣ってこう呼ぼう。その方が書いてて楽だしね」

 午後。

 研究室では、午前中の実験について紙にまとめるレポート作成作業を全員で行っていた。

「そうだね。統一してそう呼んだほうがいいと思う」

 空の提案にグリシーが頷く。

「あの、兄さん」

 すると、リーシェが唐突に空に声をかけた。

「どうした?」

「その、今思い出したんですが、実験中に興味深い現象があったので聞いてもらえますか……?」

「ちょ、それは早く言って欲しかったなー」

「……あ、あの、すみません」

「あ、いや、大丈夫だよ。今度からは早めにね?」

 リーシェは午前中のあまりにハードな勤務内容に、今の今までその現象のことについてすっかり忘れていた。

 リーシェがぺこりと頭を下げるのを、グリシーはウシシと笑って見やる。

「それで、どういう現象だったの?」

「はい。実は……」

 そう言ってリーシェは説明し出した。

 その現象は、空が白いモヤを纏った状態でモヤの中に水属性下級魔術【玉水】程の水の球を作り出す実験の時に現れた。

 コンマ何秒の世界の出来事である。

 水の球が発生するその直前、水の球の形に白いモヤが退き、その直後そこに水の球が現れたという。

 白いモヤの中に球形の白いモヤの無い空間が現れた後、水の球が発生。

 どういうことなのだろう、とリーシェとグリシーは考える。

「でかした、リーシェ!」

 空はそれを聞いて、喜び勇んで声をあげた。

 リーシェとグリシーは何がでかしたのかまだ分かっていなかった。

「何か分かったの?」

 グリシーが聞く。

「うん、大きな一歩だよ!」

 嬉しそうに言う空。

「水の球ができる直前にモヤがそこから退いたということは、水の球は体内魔力で作られているわけではないって事さ!」

 空のその言葉にリーシェとグリシーはハッとした。

 白いモヤは即ち空の体内魔力である。

 そのモヤが発生の直前に退いたという事は、水の球を作り出す魔力、すなわち体外魔力がそこに集まったと考えるのが自然だ。

「そして、これでまた一つ仮説が立ったんだ。僕は今まで魔力とは体内も体外もどっちも別の物質に変化できるものだと思っていたけど、もしかしたらその極めて可変的な能力を持つのは体外魔力だけかもしれない」

 別の物質に変換する事ができるのは体外魔力だけであり、体内魔力はまた別の働きをしている、というより掘り下げた見解である。

「……兄さんの仰る説の一つの『体内魔力が体外魔力に作用して魔術が発動する』を解明するにあたってまた新しい事実が判明したわけですか」

 空が語り出したと同時にグリシーは紙に鉛筆を走らせた。

 もう既に理解しているようであるリーシェは、一人で納得するとレポート作業に戻った。

「うーん、これはリガンドとレセプターの関係に似てるかも……」

 空はそう呟く。

 リガンドとは特定のレセプターに特異的に結合する物質、レセプターとは特定のリガンドが特異的に結合し反応を始める物質の事である。

 この場合、体内魔力がリガンドの役割を果たし、体外魔力がレセプターの役割を果たしていると言って良い。

 体内魔力が体外魔力に作用し、体外魔力が活性化する。

 活性化を魔術の発動と考えると、まさにリガンドとレセプターの関係だ。

「いやー、僕の体内魔力が溢れ出ててよかった。これのお陰で体内魔力を可視化できるから、こうして実験で色々なことが解き明かせる」

 空は心底そう思った。

 この膨大な魔力量と、現代日本における知識があるからこそ、空の魔術の研究はトントン拍子に進み、その魔術の能力もずば抜けているのだ。

「よしよし」

 順調だ、と思う空。

 新たに発見したことも実験レポートに書き込まなければならない。

 空は興奮冷めやまぬまま、レポート作業に戻った。


「ソラ君、最後のまとめ終わったよ。今日一日で素晴らしい成果だ!」

 グリシーはそう言って空に紙の束を渡す。

 空は一枚一枚丹念に目を通した。

 グリシーが一日中必死にまとめあげたそれは、空の目から見ても十分な出来のレポートであった。

 最後の一枚、考察の書かれた紙を見る。

 その中にメモと題された箇条書きの項目があった。

 そこにはこう書かれていた。

 ・体内魔力は魔術発動箇所まで体外魔力を跳躍伝導し移動する。

 ・体外魔力は体内魔力に作用されない限り活性化しない。

 ・体内魔力は術者に情報を得て、その情報を元に体外魔力に作用し情報に基づいた魔術を発動する。

 ・上記の情報は魔力の実現力が影響している。

 ・魔術として発現する物質は体外魔力のみ。

 ・体外魔力は体内魔力が作用する際には極めて可変的だが、体内魔力はそうではない。

 ――それは、空が実験中に何気なく口に出していた仮説。

「グリシー、これ……」

「ああ、これかい? ソラ君が実験中に口にしていた事を僕なりにまとめてみたんだけど、どうかな?」

 グリシーは恐ろしく優秀だった。

 空が駆け足で説明した事を自分で飲み込んで消化し、たった1日で実験中の空の呟きを理解するにまで成長していた。

 勿論、並大抵の集中力ではできない事である。

「素晴らしいよ! こうして整理して見直すと凄く分かり易い。有難う! これからは、僕は実験中に呟くだけじゃなくて、思った仮説を全部グリシーに報告するから、今後もこのメモみたいにまとめて貰っていいかい?」

「勿論さ」

 パチリと空に向かってウインクするグリシー。

 その顔は嬉しそうに微笑んでいた。

 グリシーはリーシェの方を向くと、ニヤリと笑いながら「負けないよ」と口を動かす。

 リーシェは鼻で笑ってそっぽを向いた。

「よーし、今日はこれで終了です。また明後日宜しくね、リーシェ、グリシー」

「はい、兄さん」

「任せてよ、ソラ君」

 研究室を施錠して、挨拶を交わし、解散する三人。

 研究開始から2日目。

 たった2日で他の研究者達が慄く成果を上げている空の研究室。

 今後も魔術の解明へ向けて、恐るべきスピードで研究は進むのであった。


 お読み頂き有難う御座います。


 リーシェとグリシーは啀み合いこそすれ、心の底から嫌っているわけでは無さそうです。

 研究も重要な部分に気がつきました。


 次回は、キング・クリ○ゾンを受けて時間が消し飛び、3ヶ月後のお話の予定です。


<追記>

 多忙のため次回更新に少々時間が掛かってしまいそうです。

 今週中には必ず投稿致します。

 なるべく早めの更新を目指しますので、申し訳ありませんが暫しの間お待ち下さい。

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