21 僕の妹が以下略。
「…………」
「…………」
研究室内は気まずい雰囲気に包まれていた。
空とリーシェの二人きりだからである。
研究室の中は広々としており、机、椅子、棚など最低限のものが備えられ、棚には水晶玉や謎の道具群、紙や筆記具などが揃えられていた。
居心地は決して悪くないと空は思ったが、今だけは違った。
事の発端は早朝。
学園に到着した空は、正門前で待っていたアルギンの侍女によって研究室へと案内された。
空に研究室の鍵を渡すと侍女は去り、空はとりあえず研究室内を物色していたのだが、5分程するとリーシェが侍女に案内されて来た。
空はそこではたと気が付く。
リーシェは魔術の授業の出席を即免除されたが、グリシーは未だ免除されていないのではないかということを。
その推理は見事に当たったのだった。
依然気まずい研究室。
椅子に座りおとなしいリーシェ。
空は昨日のシスティとのやり取りを思い出す。
(そうだ、先ずは自己紹介タイムだ)
リーシェの対面の席に着くと、コホンと咳払いをし、喋り出した。
「これから同じ研究室でやっていくわけなので、自己紹介をしようと思います」
リーシェは視線を空の顔に向ける。
「僕は空・春野。21歳です。えーっと……この研究室では魔術の理論全般について研究していきたいと思っているので、宜しく」
空はそう言って、ぺこりとお辞儀をした。
それを見て、リーシェが口を開く。
「……私は、リーシェ・ロイス・オニマディッカ。17歳。役に立てるかは分からないけれど、できる限り協力するわ」
リーシェは研究室に到着してからずっと空に謝ろうかと考えていたが、あの一件を水に流してくれた空に何度も蒸し返して謝っては迷惑かと思い止めた。
空はリーシェが普通に喋ったのを見て安心する。
「有難う。リーシェさんには僕の助手という形で協力してもらうから、そのつもりでね」
「ええ、分かったわ。……あの、一つ質問してもいいかしら?」
微笑んでそう返した空にリーシェは頷くと、一つ問い掛けた。
「前にお母様に契約書を書かされたと言っていたけれど、それが原因でオニマディッカ家に入ったのかしら?」
空は困ったように眉をハの字に曲げて答えた。
「それが分からないんだ……。アルギン様に聞いてみても、僕を迎え入れる事でオニマディッカ家の得になるから~みたいな事しか仰らないしね」
「そう。お母様にお聞きしても…………でしたら、貴方は私のお兄様という事になります、か……?」
リーシェは空の様子を伺うように聞く。
「お、お兄様!? いやいや、え? あっ、でも、そうか……」
空が養子としてオニマディッカ家に入ったのだとしたら、年下のリーシェは妹である。
「……ごめん。リーシェさんは僕の妹ってことになる、かも」
空は申し訳なさそうにそう言った。
リーシェはフォローするように言う。
「謝ることではありません。私は貴方がお母様を騙して取り入っているわけではないのだと教えて頂きましたし、悔しいけれど、その実力をお母様に認められているのも確かです。何処の馬の骨とも知らない者でなく貴方が兄ならば、私もまだ納得できます」
数日経って、リーシェも気持ちの整理がついたようであった。
その言葉遣いは先程より少しだけ目上に対するものに変わっている。
貴族の上下関係は厳しいのだろうと伺える。
「そ、そっか。そう言ってくれると有り難いけど……ちょっとお兄様はなぁ」
空は日本に妹が一人いたのだが、お兄様だなんて何かを強請られる時以外に呼ばれたことはなかったので、正直なところかなり戸惑っていた。
「呼び方がいけませんか?」
「うん……もうちょっと砕けた言い方が良いかも。これから同じ研究室でやって行くわけだし」
「そうですか…………では、兄さん?」
上目遣いでそう呼ぶリーシェ。
空はその宝石のような青い目に吸い込まれそうな感覚に陥る。
「そっ、それでいこう。うん」
「ええ。私もしっくりきました」
我に返ると、そう言って目を逸らした。
リーシェは満更でもないという顔である。
そんなこんなで、何故か空に妹ができたのであった。
「さて、それじゃあ先ずは僕の仮説を聞いて欲しい。今後はこの仮説を本筋に、多岐にわたって研究を進めて行きたいと思ってる」
「はい」
適度なコミュニケーションを終え、早速研究の本題に入る空とリーシェ。
空は仮説を紙に書き上げていく。
リーシェはそれを興味深げに見つめていた。
「僕が今考えている仮説は、だいたいこんな感じ」
紙の内容を簡単に箇条書きすると以下の通りである。
・魔術は術者の魔力が空気中の魔力に作用して発動する。
・魔力とは極めて可変的な粒子の事である。
・魔術は術者の魔力量と正しい認識の限り可能性がある。
・魔術には実現力がある。
「…………な、なるほど」
リーシェはちんぷんかんぷんといった風だった。
「この仮説はまだ全然本当か分からないから、色々と実験して行って、解明していこうと思う」
「その実験の手伝いをすればいいんですね」
「うん。よろしく」
「力になれるか分かりませんが……」
空はそう言ってまた紙に目を落とすリーシェを見て、随分と変わったと感じた。
睨みつけられた矢先に殺されかけ、そうかと思えば青白い顔で謝られ、苛立ちをぶつけられ、泣かれ、今はこうして同じ研究室のメンバーとして肩を並べて、挙句は妹――
誰が予測できただろうか。
「あの、兄さん。この実現力というのは何ですか?」
リーシェは空に聞く。
さてどう説明したもんかと空。
「リーシェさんは――」
「お呼び捨て下さい」
「……り、リーシェは、例えば水の構造をどう認識してる?」
間髪入れずに指摘された空は少しびびった。
その声色がアルギンに似ていたからだ。
「水の構造、ですか? それは水属性の魔力の粒が集まって出来ていると思いますが」
当たり前のことだというようにリーシェがそう言った。
「その認識は実は間違いなんだ。水というのは2種類の元素という粒子によって形成されている」
「げんそ……?」
リーシェは酸素も水素も知らないので理解できるわけがない。
「まあとにかく、認識が違うのに何故魔術が使えるのか考えると、魔術かはたまた魔力自体に実現力みたいなものがあるのかなーって思ったんだ」
「それでは、その正しい認識というのは? 兄さんはどうやって知ったのですか?」
リーシェは理解できないなりに考えようと努力している。
それは空には答えづらい質問だった。
空は正直に異世界から来たと言ってもよかったのだが、話をややこしくしてしまうので言わないでおく。
「科学という学問を修めたから……とだけ」
リーシェは釈然としない表情をした。
「……仮に、兄さんの仰る科学が正しい認識だったとして、それはつまり魔術で何でも作り出せるという事じゃないですか?」
有り得ない、と思っているようだ。
「何でもじゃないけど、正しい認識の範囲と僕の魔力量の範囲でなら作れるよ」
「……では、そうですね。鉄を作って頂けますか」
リーシェは空を試すように、そう言う。
空は手のひらを上に向けてかざした。
それは空が規格外の知識の持ち主であることの証明。
空の認識がより正しいという証拠でもあった。
「そんな――っ!」
リーシェの目が驚愕に見開かれる。
空の手のひらの上に直径3センチほどの銀色に光る鉄の玉が現れた。
リーシェは暫しの間、開いた口が塞がらなかった。
お読み頂き有難う御座います。
敬語妹は正義。
箇条書きはあくまで仮説ですので、本当かどうかはまだ分かりません。
次回は、魔力について研究開始の予定です。




